オスマン学院長はじっと一十百の目を見る。
その瞳には揺るがない意志と、召喚主であるルイズを心配する優しさが見え隠れしているように見えた。
同時に、真実を見抜くような、鋭い光が見えたような気がした。
嘘は通じそうにないのぅ……。
「わかった。ただし、このことは他言無用じゃ。もちろん、おぬしの主である、ミス・ヴァリエールにもじゃ」
「……わかりました」
「オールド・オスマン! よろしいのですか!?」
「隠したところで、この者ならすぐに真実までたどり着くじゃろう。少なくとも、私にはそう見える」
そう言われてコルベールは一十百の事を見る。
小柄な姿、どことなく幼げな顔。
オールド・オスマンが言っているような存在には到底見えない。
しかし、学院長であるオスマンが決めたのだから、口答えすることはできない。
「その使い魔のルーン。ただの使い魔のルーンではなく、とある使い魔に刻まれたルーンなのだ」
「とある使い魔?」
「うむ。伝説の使い魔『ガンダールヴ』と言う存在に刻まれたルーンじゃ」
一十百は左手のルーンを見る。
「『ガンダールヴ』は主人が呪文を詠唱している間の無防備になってしまう間を守るための存在だと言われている。ありとあらゆる『武器』使いこなし、その強さは千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持っていたそうじゃ」
「それは……すごいですね」
一十百は自分に刻まれたルーンをそっと右手でなぞる。
なにか秘密がありそうだったけど、そんなに強い力を持っていた物だったんだ……。
「それで、何故、ルーンが消えてしまったんでしょうか?」
「それはわからぬ。正直に言うと、『ガンダールヴ』については不明な点が多いんじゃ。私たちが知っている事も、今話した内容がほとんどなんじゃ」
「そ、そうだったんですか」
一十百が困ったように俯く。
ルーンの事を聞けば、何かしら対策出来ると思っていたのだが、たったこれだけの情報では対策の取りようもない。
「困りました。せめて、ルイズを安心させてあげたかったんですけど……」
「う~む、それならば、私が一芝居うつとしよう」
「ほぇ?」
「なに、簡単なことじゃ。そのルーンは“本来そういう形だった”という事にすればいいのじゃ」
オスマンは髭をいじりながらそう言う。
確かにそれならルイズは安心するが……。
一十百は首を横に振った。
「せっかくの申し出なんですけど、ごめんなさい。やっぱり、そういう事は他人に頼ってはいけないと思うんです。使い魔として主を支えるつもりなら、このくらいの事、自分で何とかしないとダメな気がするんです」
「ふぅむ、なるほど」
この使い魔の少年、思っていたよりも強い意志を持っておるな。
平民とはいえ、彼の意志を曲げさせるわけにもいかんな。
「あいわかった。ならばお主がミス・ヴァリエールを納得させればよい。ただし、『ガンダールヴ』である事だけは内密にな」
「はいっ! それじゃ、僕はルイズの所に戻ります」
一十百は一礼すると、学院長室から退出して行った。
オスマンはその後ろ姿を見送ると、ふぅとため息を吐き深く椅子に腰かけた。
「よろしかったのでしょうか?」
「あの者なら問題ないじゃろう。下手な貴族より、よっぽど真っ直ぐな意志を持っておったからのぅ」
「は、はぁ……」
コルベールは、よくわからないと言ったように相槌を打った。
一十百が部屋に戻ってみると、ルイズが杖を一心不乱に探していた。
「ない、ない……。あ、トモモ」
「えと、階段の隅に落ちてました」
そう言って杖を渡す。
「それ! それよ! それじゃ、学院長室まで戻るわよ」
「そのことなんですけど……」
トモモは紅茶の入ったカップをそっとテーブルの上に置く。
「座って話をしましょう」
「え? わかったわ」
トモモが話した内容はこうだった。
この使い魔としてのルーンは平民のトモモには大きすぎる力だった。
そのため、私が刻んだルーンはトモモの身体に合うように短くなったらしい。
「それ……本当なの?」
「難しいです。使い魔のルーンが消えてしまう事は、今まで一度もなかったらしいので……」
「そう」
使い魔のルーンが完全に消えてしまうわけではないとわかって安心したのか、ルイズの表情が柔らかいものになった。
「それで……、そのルーンはどんな力があるって言ってた?」
「えっ! それは……」
トモモはそこで考える。
言ってはいけないと言ったのは『ガンダールヴ』の事だ。
つまり、このルーンがもたらすであろう恩恵の事は言ってもいいはず。
そう解釈し、トモモは答える。
「何でも、武器を使いこなせるようになるそうです」
「武器?」
ルイズはこの前のギーシュとの決闘を思い出す。
たしかあのときは……素手だったような。
……という事は、あの力はトモモの素の力!?
それで、さらに武器を持たせたら……。
ルイズは想像をする。
巨大な怪物を相手にトモモが大剣を振りかざし、使い魔として自分を守っている。
それを遠巻きに見ている人が羨ましそうにため息を吐く。
そして口々に言うのだ、さすがミス・ヴァリエールが召喚した使い魔だと。
そう、私はゼロのルイズなんかじゃない。
これだけ立派な使い魔を召喚したと、胸を張って言う。
その光景が目に浮かぶ。
「……そうね。武器、買いに行きましょう」
「えっ? えと、必要ですか?」
「必要よ! 使い魔として私を守るときに、せめて剣の一本でもないと格好がつかないでしょ」
「そうなんでしょうか? う~ん……」
よくわからないが、貴族としての価値観があるのだろう。
そう思ったトモモは一度頷く。
「わかりました」
「それじゃ、明後日買いに行くわよ」
「はい」
そして、買い物に行く日になった。
朝早くから馬の用意をし、ルイズがそれに跨った。
「さあ、トモモも乗って」
「いえいえ、走っていきますから大丈夫ですよ」
「走って……って、町までどれくらいあると思ってるのよ」
「えっ、そんなに遠いんですか」
きょとんとトモモが尋ねた。
「馬で三時間ってところね」
「あ、なら平気です。走っていけますよ」
平然とそう言ってのけた自分の使い魔を見て、ルイズは少しムッとする。
そこまで言うなら、面白いじゃない……。
「わかったわ。なら、ちゃんとついてきなさいよ! 途中で乗せてなんて言わせないから」
「はい、もちろんです」
ルイズは手綱を大きく撓らせた。
馬は一鳴きすると、疾走を開始した。
それに並ぶようにトモモも走り出す。
三十分くらいして、ルイズは横を見る。
トモモは別に疲れたような表情も浮かべず、並走している。
「どうしました、ルイズ? 疲れたなら、休憩しますか?」
「な、何でもないわよ」
どうして息が上がってないのよ?
まあ、そのうち音を上げるわね、と気にせずに馬を走らせた。
さらにそこから一時間。
町まで半分くらいは走ったはずだ。
いつもより少し飛ばしているから、もう少し来てるかしら?
そろそろ、息が上がってきたころ、そう思って横を見ると……。
何やら錆びたような剣を持って並走しているトモモがいた。
な、何あの剣……、って、それよりもなんであっさりと横を走ってるのよ!
「トモモ、その……疲れない?」
「ふぇ? いえ、大丈夫ですよ」
「そ、そう……」
自分の予測が外れだしたことを、ひしひしとルイズが感じ始めていると、トモモが横から声をかけた。
「ルイズは、優しいですね」
「ええっ! い、いきなり何!?」
「使い魔の心配をしてくれるなんて、優しいじゃないですか。普通の方なら、そういう事ってあまり気にしないじゃないですか」
にっこり微笑んで、そう言った。
その屈託のない微笑みを見て、ルイズは自分がしようとしたことを少し恥じた。
ダメね、こんなじゃ……。
トモモが馬に乗らなかったのは、私に窮屈な思いをさせないためだったのかもしれないわ。
それなのに、私は……。
馬に乗りながら、そっとため息を吐いた。
そして……。
「あっ、町が見えてきましたね!」
「そうね」
結局、トモモは約二時間半、馬と並走をし、トリステイン城下町まで駆け抜けた。
息も上がらず、汗もかかず……。
「本当に走りきるなんてね」
「これくらいの距離と速さなら問題ないですよ」
ルイズは門の所に馬を預け、城下町を歩いていく。
白い石造りの町は、たくさんの人が行き来していた。
籠の中に入った果物や野菜を売っている商人たち。
なにかの魔法を使うための物なのか、一風変わったようなものが置いてある店。
「色々なものが売っていますね」
「この大通りには貴族のために使われるものと、平民のためのものが置いてあるからね。売ってる物の種類はかなりあるわよ」
トモモは少しだけ驚く。
道幅は五メートルあるくらいだ。
大通りというには、少しばかり道幅が狭いような気がする。
「こっちよ」
「あ、はい」
ルイズとトモモは裏路地に入る。
大通りとは違い、人の通りはかなり減った。
しかし、裏路地のためゴミが至る所に転がり、悪臭を放っている。
「あまり、長居はしたくないところですね……」
「ええ。確か、ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺りのはずなんだけど」
ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。
そして、銅色の看板を見つける。
「あ、あった。こっちよ」
トモモもルイズを見失わないように、しっかりと後ろについていった。
~今回の結果~
ガンダールヴについての情報:経験値45
馬との並走(魔法学院~城下町):経験値25
合計 経験値70
一十百はLvUP!
「僕が次のレベルになるまで 0/170 です!」
現在の称号:不思議な使い魔 Lv4