どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
──こうなるから嫌だったんだ。
きりきりと痛み出した胃と頭の所為で眉間に皺を寄せながら、俺の心中はそんな一言で埋め尽くされていた。
『どういうつもりだ』
耳に嵌めたインカムから、怒気を孕んだ壱弥の声が聞こえてくる。それが俺たちに向けられたものであることも直ぐに理解した。自分の背中が気持ち悪い汗で濡れていくのがわかる。
壱弥本人は、〈アンノウン〉を倒している最中にいきなり味方から撃たれたと思っているのだろう。そう考えれば、壱弥のお怒りは至極もっともだとも言える。
……実際には、壱弥が勝手にこちらの射線上に割り込んできただけなのだが。
「なに? もしかして怒った? 東京校の首席様なら、二百七位の俺程度の弾なんて、余裕かなって。いや、ほんとごめん」
無論、こちら側にも非がある。射線上に割り込んできた時点で、霞は引き金を止めることができたはずなのだ。しかし、霞は引き金を引いた。弁明にも説明にも、ましてや謝罪にもならない皮肉めいた言葉で壱弥を挑発する霞を見て、俺は深く溜息を吐く。
普通ならきちんとした説明と、お互いの謝罪があれば今回の誤射の件は丸く収まるだろう。ただし、この二人じゃない場合、がつくが。
『貴様……』
滲み出る怒りを隠すつもりなど毛頭ないと言わんばかりの口調でそうつぶやき、壱弥は海上から遥か先に位置する建物を睨んだ。睨んだ建物は当然だが俺や霞のいる場所で、ここが戦場でなければ、そのままこちらに突っ込んで来そうな勢いである。
そんな壱弥を邪魔する影が一つ、
『っち……』
言葉よりも先に、壱弥が自らの〈世界〉によって作り出した漆黒の球体を背後に接近していた〈アンノウン〉へと投げつけた。重力操作によって発生した力場に吸い込まれるように、あるいはねじ切られるようにして〈アンノウン〉が爆発する。
それとほぼ同時、再びこちらに振り返るよりも早く、霞の放った第二射が壱弥の真横を通り抜けた。
『千葉カス! 邪魔をするな!』
「煩い。邪魔してんの自分だって自覚しろよ、クズ雑魚さん」
『なんだと!』
「あー、もう煩い……」
この時点で察せる通り、霞は壱弥の存在をいないものとして扱っている。射線上にいようが知ったことかと言わんばかりに、霞は視界に映る〈アンノウン〉を撃ち落とし始めた。もはやスポッターの役割なんて無かった状態だ。
お互いにムキになっているのか、壱弥は壱弥で射線上から決して離れないし、霞もそれを理由に射撃を止める気配は無い。
さらにタチの悪いことに、お互いに獲物を譲り合うつもりも無いらしく、時折だが霞の撃った弾が空を駆ける壱弥に被弾しかけている。幸いにも壱弥が自分の〈世界〉を使って弾を弾いているが、彼のいる場所は四方八方に〈アンノウン〉がいる密集地帯だ。下手をしたら撃墜の危険すらある。
俺は一人呟く。
「おいおい、洒落にならないって……」
しかも、味方同士のトラブルが起きているのはどうやらここだけではないらしい。
──陸では、千葉の生徒たちが同じ射線上にいる〈アンノウン〉を奪い合っていた。
──海では、神奈川の生徒たちがお互いの武器で殴り合いを始めていた。
──空では、東京の女子生徒が味方の攻撃に被弾したのか杖の上で泣いていた。
ぽつり、ぽつりとだが戦場で味方同士の同士討ち──フレンドリーファイアが発生していると理解するのに、そう時間は必要なかった。
インカム越しに聞こえてくる味方に対して向けられたいくつもの罵詈雑言。『俺の獲物だ』、『邪魔しないで!』、『編隊を乱すな! この屑が!』、と戦場に広がっていく悪意に胃と頭がまた痛み出す。
どうしてこんなことになったのか。その原因ははっきりしている。
こっちの戦力が過剰戦力だったからだ。
もともと、〈アンノウン〉単体の戦闘能力はかなり低い。それこそある程度の戦闘訓練を受けた生徒なら、十分に対処できるレベルだ。
今回は〈アンノウン〉の数が多く、それに対応する為に済し崩しで三都市が協力したわけだが、それが仇になった。人類最強の天河舞姫や、それに続く実力者の千種明日葉と凛堂ほたる。さらにはランキングこそ下だが、上位三名に劣らない実力を持つ朱雀壱弥。言ってしまえば、今の戦場は人類が持つ全ての戦力を投入した状態なのだ。有象無象が集まったとこで、なんの問題もない。
それがマズかった。
楽勝ムードの中で戦っている生徒たちが次に考えるのはランキングだ。上位の者は待遇が良いし、なにより内地に特例で迎えられるのだから必死にもなる。そして、ランキングを上げるのに一番手っ取り早い方法は戦場で戦果を出すこと。つまりは〈アンノウン〉をどれだけ多く倒したのか、そのスコアになる。
その結果がコレだ
憎むべき怨敵のはずの〈アンノウン〉はスコアを稼ぐための的になり、協力すべきはずの味方が自分の出世を妨げる邪魔者になったこの状況は、もはや戦場というのすら場違いに思えてくる。
そもそも、俺たちはなぜ戦うのか。
何のために戦うのか。
それは人によって異なる。
少なくとも俺はスコアや待遇のために戦っていない。
自分が本当に守りたい、救いたい者のために戦ってきた。
それが正しい行ないなのかは、わからない。でも、今の状況がよろしくないことは俺にもわかる。
「え……?」
どうしたものか、と頭を悩ませていた時だ。
建物内にある小窓から見えていた砲塔列車に、まるで満員電車にでも乗り込むような勢いで、青ざめた表情の千葉生徒たちが乗り込んでいた。
順番に入れば余裕で全生徒が入れるのにも関わらず、我先にと車両に駆け込む生徒たち。よく見れば、その中には明日葉もいる。唯一明日葉だけはマイペースだったが、何かトラブルでもあったのだろうか。
「あれー……」
霞もようやく気づいたらしく、俺と同じように砲塔列車を見る。俺たち以外の全生徒が収容されたのか、発車される砲塔列車。
それを見送ったタイミングで、俺の携帯端末が鳴った。耳馴染みのある気だるげな声。電話の相手は明日葉だった。
「はい?」
『あ、神楽。ちーす』
「あ、うん。ちーす」
『なんかさ、フレンドリーファイア起きてんじゃん?』
「うん」
『だから、おヒメちんがちょっと本気出すみたい』
「……はい?」
思考が停止する。
──今、この幼なじみはなんて言った? 天河舞姫がちょっとだけ本気を出す?
──それは、この上なく不吉で凶悪な言葉だった。
「それを先に言えー!」
慌てて海上に鎮座する神奈川の空母に目をやれば、そそり立つような巨大な紫色の光の柱が伸びていた。あまりにも規格外な力の奔流に、遠目から見ているだけなのに思わず意識が飛びそうになる。
だが、気絶するわけにはいかない。そんなことよりもやらなければいけないことがあったから。
「霞! 逃げるぞ!」
「マジかよ!」
返答を待つよりも早く、俺と霞は海ほたるを飛び出した。
〈世界〉の副産物にして、身体機能を向上させる
走る。走る。とにかく走る。というか逃げる。
「やばい! やばい!」
「あのアホ娘……」
そして、ついにその力が振り下ろされた。
光の柱は触れたもの全てを薙ぎ倒していく。敵も、味方も関係なくだ。
「神楽!」
霞の叫ぶ声が響いた。バキバキと周り全てを破壊する音。直撃すれば、フレンドリーファイアなんて可愛いレベルの必殺の一撃が迫る音。嵌めっぱなしだったインカムから『あっ……』、と舞姫の間抜け声が聞こえて来たのと同じタイミングで、重々しい唸り声にも似た破壊音が空気を震わせた。
光の柱がアクアライン上を走る俺たちに遅いかかってくる。どう足掻いても、間に合わない。
「やらせるかー!」
腹の底から、俺は叫んだ。汗だくになった掌を握りしめて、自分のうなじにあるクオリディア・コードに触れた。
なにも特別なところがない俺が、この狂った世界に唯一対抗できるちっぽけな〈世界〉。明日葉や舞姫のような他を圧倒する力も、霞やカナリアのようなサポートに特化したわけでも、壱弥やほたるのように応用力に長けたわけでもない。
ただ珍しく、希少な俺の〈世界〉。特別な手順は必要ない。必要なのは発動する意思。
そして俺の視界を、赤が埋めた。
ようやく主人公の〈世界〉が登場。なお詳細は次回の模様。
ちょっとずつですけど、クオリディア・コードの二次が増えてきましたね。いいぞもっとやれ。
UA、感想、お気に入りと何時もありがとうございます。
本編裏話 神奈川空母の一コマ
舞姫「アクアラインこわしちゃって……ごめん‼︎」
他生徒「いや、謝るまえに剣を収めてくだ……うああぁ!」
ほたる「自分の非を素直に受け止める……――さすがヒメ!」
神楽「そういう問題じゃねぇよ……」
アニメ第一話エンドカードの神奈川バージョンのパロ擬き。見てない人や放送時に神奈川に居なかった人は今すぐ円盤一巻を買おう。(熱いステマ二回目