どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
防衛都市の朝はわりと早い。
都市運営の全てを在学中の学生たちによって行われている都合上、当然と言えば当然だろう。厳密に管理されたシフトやスケジュールを与えられ、それらをこなす様は、旧時代の学生という概念から些か外れている気がしなくもないが、俺たちにとってはそれが当たり前なのだから仕方ない。
そんな防衛都市の中でも俺の所属する防衛都市千葉は、他所の都市と比較しても一際朝が早いことで有名だ。
朝日がようやく昇り始めた時間帯、旧時代の都市文化にあったとされる歩行者天国に倣って全ての車両の通行を禁止にし、屋台やパラソル付きのテーブルをずらりと並べたビル街は、客を呼び込む掛け声と朝餉の歓談で大いに賑わう。
南関東防衛都市の食料庫として名高い千葉は、当たり前だが内部での需要供給も盛んだ。常日頃から品種改良に情熱を燃やす生産科の生徒たちが競い合うように各々の自慢の商品を並べ、舌の肥えた他科の生徒たちは自らの好みに合わせた嗜好品を見つけるべく商品を品定めする。
千葉の朝は、そうした学生同士による売り手と買い手がひしめき合う朝市から始まるのだ。
知り合いの経営する露店を冷やかしに行く生徒たち。恋愛漫画よろしく、一つのグラスに二本のストローを差して飲む
平凡でありきたりな、掃いて捨てるほどくらいには転がっている日常。
そんな中で他の人からしたら普通な、だけど俺には普通ではない光景がある。
広場の隅っこにいくつも鎮座するボックス型の公衆端末。
そこに籠った学生は、ホログラムモニターの向こうにいる人物と軽口混じりの会話を楽しんでいた。
電話の相手は内地にいる両親、あるいはそれ以上に大切な誰かなのだろう。時折にだが漏れる声とその表情は明るく、どこもかしこも笑顔で溢れている。
両親がいない俺には無縁な、少しだけ羨ましくも妬ましくも思う光景を、自分と同じで両親がいない明日葉と一緒に眺めていた。ふーんと眠たげな目で一瞥している明日葉の内面はいまいち読み取れない。寂しいのか、羨ましいのか、それは明日葉だけにしかわからないことだ。
広場の端に設置された円形テーブルの一席に頬杖をついて陣取る明日葉は、食べやすいように一口サイズにカットされた千葉一押しのフルーツの盛り合わせを退屈でも凌ぐかのように惜しげなく口の中に放り続けていた。しゃくしゃく、ぱくぱくとその手と口は止まらない。
「……ねぇ、明日葉ちゃん」
その遠慮なんて何処かに捨てましたと言わんばかりの豪胆ぶりに、俺の隣、明日葉から見たら対面席に座る霞が遠慮がちに声を発した。
「んー?」
もぐもぐと咀嚼しながら明日葉が返事を返す。質素な皿に盛り付けられていたフルーツたちは、種と皮を残して綺麗に食べ終えていた。
「……それ、俺が買ってきたんだけど」
霞が力なく所有権を主張するそれとは、つい先ほどまで「もぎたてフルーツ盛り合わせセット」と銘打たれていた至高の一皿だ。残念ながらもはや種と皮ばかりの「残念食い終わりセット」と化してはいるが。
それは数分前の出来事だ。
朝食を食べる為に朝市が行われているビル街まで来た俺たち三人。真っ先に明日葉が席に座り、そのまま不動の精神で動かなかったので仕方なく霞と俺が買い出しに行った。ここまではいい。問題はその後だ。
所狭しと並ぶ屋台を眺め、久しぶりにちょっと豪勢な朝食にしようと霞が選んだのが件の「もぎたてフルーツ盛り合わせセット」だった。
そして──
人混みをかき分けて俺たちが買い出しから戻ると、明日葉はさも当然のように霞が買ってきたフルーツセットを食べ出し、それを霞が唖然として眺めている内にフルーツセットは残飯セットに早変わりした。
多くを語れずただ慄然としている霞に、明日葉はやれやれと首を振る。
「あたしたちは運命共同体っしょ。お兄ぃのものはあたしのもの。あたしのものはお兄ぃのもの」
ジャイアンも真っ青な、言葉だけなら平等な、実際は暴君顔負けな言葉に俺は霞にちょっとだけ同情した。……あ、このサンドイッチ美味いな。
「はい」
明日葉は元もぎたてフルーツセット、現ただの食い散らかした皿を押し出して対面の兄へ突き出す。端的に換言すれば、おかわり持ってきて。この兄妹の間において、等価交換の法則はまったく仕事をしないようだ。鋼の錬金術師もこれには苦笑いだろう。
あまりにも横暴。奴隷制度時代の暴君と奴隷ばりの扱いに、さすがの
「おかわりお願い、お兄ちゃん」
嘘だった。明日葉は上目遣いに慎ましく兄の霞にお願いしている。しかもウィンクのおまけ付き。間近で見ていた俺もそのあまりの可愛さに横柄な態度をあっさり許してしまうほどの破壊力だった。そんなのを霞が耐えられるわけがない。
案の定、霞は気持ち悪く頬を上げている。きっと霞の中で今までの態度は嘘で冗談だったと断言したのだろう。霞は明日葉が食べ尽くした皿を持って立ち上がり、
「……ま、まぁね? お兄ちゃんだからね?」
「……付き合うよ」
いそいそと再び妹の為に人混みの中へと向かう霞をさすがに不憫だと思い、俺もその後を着いていった。
遠ざかる兄と幼なじみの姿を見送りながら、明日葉は先ほどまでの嘘か冗談のような慎ましさを引っ込めてほくそ笑んだ。
「……ちょっろ」
そう言いつつも、明日葉は健気な背中二つが雑踏の奥へと呑まれるまで生温かい目で眺めていた。だが、手持ち無沙汰になったのを自覚したころには朝特有の眠気が舞い戻ってきてしまう。
前のめりになる重心を再び頬杖に預け、身体をやや前に倒す。
そうしていると、はらりと流れる前髪の隙間から、屋台に並ぶ二人の姿を見つけた。明日葉はじーっとその様子を眺める。
霞は並んでいた列の割り込みをされていて、神楽は神楽で屋台の生徒から色々とぼったくられていた。それが面白くて明日葉は見るたびにふっと小さく吹いてしまう。くすくすと笑って、ローファーをぱたぱたとさせる姿は、上機嫌な猫が尻尾を振っているようだった。
明日葉はこういうゆるゆるとした空気や時間が好きだ。ぽかぽかな陽だまりにもにた感情のせいで、明日葉は、くあと小さく欠伸を漏らす。
このまま眠ってしまいたいな、と重くなった目蓋を落ちてくるままに任せていると、不意打ち気味にテーブルが小刻みに震え始め、明日葉の安眠の邪魔をした。
億劫そうに手を伸ばして明日葉は安眠妨害の元凶を苛立たしく拾い上げる。その正体は霞が忘れていった携帯端末だった。明日葉のささやかな幸せの時間に水を差した発信音を確認すれば、ディスプレイに映る「
「…………んー」
しばしの少考の後、明日葉の指が一瞬ばかり宙に留まる。
しかしすぐにその指は液晶画面へと着地。そして、霞しか知らないはずの四桁のパスワードを慣れた手つきで押す。手慣れた操作で電源ボタンを切って、完全にもの言わぬ金属の塊と化した携帯端末。ついでとばかりに今度は神楽の携帯端末をピ・ポ・パ・ポ。まったく同じの秘密の四桁を打ち込んで、霞の端末同様にもの言わぬ金属へと変える。なんてことはない、その四桁の数字は本来なら明日葉のほうが馴染み深いものだ。
(二人ともパスワードがあたしの誕生日とか、ほんとバカだなぁ。お兄ぃも神楽もキモいなぁ)
そんなことを思いつつ、二つの端末を元にあった場所へと滑らせ、しれっと兄と幼なじみの帰りを待つ彼女は、嘘か冗談かたしかに口角が上がっていたのだった。
朝市の屋台が軒並み撤収を終えて通常通りの交通網が機能し始めたころ、南関東管理局から呼び出しがかかった。
厳密に言えば呼び出しを受けたのは俺ではなく、明日葉と霞、つまりは千葉の首席と次席だったのだが、護衛役の仕事の都合上俺は二人と一緒に南関東管理局へと足を運ぶことになったわけだ。
「アクアラインで護衛任務?」
遮蔽物の少ない作戦会議室に、緊張感の欠けた神奈川首席・
「そうだ」
ぶっきらぼうに舞姫の言葉を肯定した管理官の
旧時代から千葉と神奈川を海上から一本に繋いできた歴史的にも実用的にも、そして現在では軍事的にも貴重な交通上の要所兼戦時での要塞が、何者かの過失というか勇み足というかぶっちゃけただのうっかりによって分断されたあの間抜けな事故。映し出された画像を見た
ちなみに、当事者たる舞姫は厳重注意とポイント減点の処罰を受けたそうだ。もともと襲来する〈アンノウン〉への過剰防衛という面も無きにしも非ずだったので、落とし所としては妥当だろう。求得もその件に関して今更蒸し返すつもりはないようだ。
淡々とした調子を保ったまま、求得は本題に切り出した。
「半壊したアクアラインを工科の生徒たちに手伝ってもらって修復中なんだが、ボチボチ目処もつきそうな今になって妙な噂を耳にするようになってな」
「妙な噂、ですか?」
つい反射的に訊き返してしまった俺に求得は「ああ」と頷き、
「正体不明の〈アンノウン〉らしきものが出る──という噂だ」
正体不明の〈アンノウン〉? 耳慣れないその言葉に俺は首を傾げた。
もとより得体の知れない存在、出目も所在も目的さえもわからない〈アンノウン〉だが、三十年の長きにわたる戦争の末に人類側はその歴史相応の交戦データを保有している。そして、そのデータを元に出現した〈アンノウン〉を質量や形状ごとに級別し、下からオーガ級・クラーケン級・トリトン級といった名称を銘じることで俺たちは未知を既知として受け入れている。
しかし、求得の言葉をそのまま受け取るのなら、今回の〈アンノウン〉はその既知に当て嵌まらない、まったくの未知ということになる。
人は未知に対して残酷なくらいに無力だ。
だからこそ、人は未知に対して好奇心を抱く。例えば噂話と聞いて、興味深そうに反応した明日葉のように。
「……お兄ぃ、聞いたことある?」
「いやぁ」
こそっと身を寄せて、明日葉は霞の耳元でぽしょぽしょと喋る。それがこそばゆいのか、霞はくすぐったそうだ。だというのに、明日葉は我慢せずにふっと笑う。
「あー……。まぁ、お兄ぃ、神楽以外に友達いないもんね」
「いや、たまにはいるよ?」
「……たまにって……それ友達? 毎月お金いるやつじゃないの?」
「安心しろ。年間契約だよ。っていうかさ、お兄ちゃんを傷つけるためだけに質問するのやめよ?」
「おまえら会議中だぞ」
怪訝そうな表情の明日葉とげんなりしている霞に軽く注意。あと霞は、今の台詞を
その間も求得たちの話は続く。
「それで工科の生徒たちが怖がってしまってね」
求得に代わって愛離が憂いを帯びた接ぎ穂を足す。その姿が微妙に色っぽいから困る。ともあれ、修復作業は工科の仕事だが、〈アンノウン〉の対処や警戒となればそれはもはや彼らの専門外だ。それで
「あなたたちに連絡して警備の生徒を選んでもらおうとしたんだけど、何故だか皆連絡がつかなくて返信もなかったのよね……あたしからの電話、履歴になかったかしら?」
愛離は三都市それぞれの面々に伺うような視線を注ぐ。
はて? そんな連絡あったか? と一人頭を捻る中、まず先に舞姫が申し訳なさそうにしゅんと項垂れた。
「私の端末、いつもどこかに行ってしまって」
神奈川首席の端末はしょっちゅうと言っていい頻度で行方不明になるらしい。当人は気づいていないが、その主犯らしき人物は現在舞姫の後ろで謎の無表情を貫いている。
「あれ、電源切れてる」
「ありゃ、こっちもだ」
愛離に問われて着信履歴を確認しようとした霞と俺だが、いつの間にやら自身の携帯端末がもの言わぬ金属の箱と化していたことに俺たちは怪訝な表情で見下ろした。なんとなく主犯に心当たりがあるが、容疑者はどこ吹く風の知らん顔だったのできっとなにかの弾みで電源が落ちたのだと自己完結する。
「着信は見た。だが、大切な用なら繋がるまでかけ続けるべきだ。かけ直すこともせずに詰問される理由はない」
東京首席・
とりあえず例によって有能な、東京首席様専用の通訳者の出番である。
「翻訳いたしますと、面目次第もございません……」
「はっはっは! まぁかまわん。こっちとしても希望を聞きたかっただけだからな。仕方なくこちらで臨時警邏の面子を選ばせてもらった」
次席・
「それぞれ都市運営や学生活動で大変だとは思うが、責任を持って警備、やってくれるよな!」
大人の余裕とばかりにガハハと笑っていた求得の表情が、一転して大人の狡猾さを思い知らせるニンマリ顔に変わった。ものすごくぶん殴りたくなる顔だ。
「がんばってね、皆。差し入れ持っていくから」
片や愛離はあらゆる毒気を抜かれるような満面のにっこり顔である。この二つを、主に愛離の微笑みを並べられては断ることなどできるはずがなかった。
「はぁ……」
面倒きわまる心情をおくびも隠さず溜息を吐く明日葉は、この場にいる一同の代弁者だったのかもしれない。
元の話が千葉メインだったのもあってか、カリカチュアはあんまり原作と変わらない展開になりそうです。
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本編裏話 友達料金
朝顔「霞〜、今月分の友達料金貰いにきたわよ」
霞「えっ? マジで払うの⁉︎」
朝顔「徴収していいって神楽が」
霞「勘弁してください……」
元同僚に絞りとられる霞の図。