どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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無責任男と勘違いヒーロー

 仮設司令部を離れた俺と霞は、海ほたるの工事中区域にいた。霞が誰も来なさそうで、静かな場所を求めたからだ。

 

「よっと」

 

 工科の生徒から借りたロープを垂らして海面近くの消波ブロックの上に着地する。

 そこから改めてきょろきょろと霞が前後左右に目を凝らす。

 

「……あそこにするか」

 

 言って霞が指差したのは浮島のように海面に顔を覗かせる小さな足場だった。二、三人ほどが立てそうな場所だ。黙って頷き、その背中に着いて行く。

 命気(オーラ)強化によって長時間の潜水ができない以上、俺たちができることは限られてくる。とりわけ、時間を止めることしかできない俺の場合は余計にできることが少ない。

 だが、霞は違う。霞の〈世界〉は力こそ強くはないが、応用力に長けている。そして、応用力や発想力で霞に勝てる者を俺は知らない。

 足場に着くと霞はその場に寝そべり、片耳だけを海面に浸けた。別にサボっているわけではない。霞の〈世界〉は音を利用しての広範囲サーチ能力だ。今回はそれを応用して、擬似的なソナーを再現するつもりらしい。

 瞼を閉じて音の〈世界〉に入る霞を見て、特にすることもない俺はぼんやりと海を眺めて時間を潰すことにした。

 青く、広い海が眼前に映る。普段は戦場としてしか利用していない東京湾だが、改めて見るとこの場所は本来ならとても静かなところなのだと理解できた。

 静寂そのものの海。透明度が高いからか、海中の様子がぼんやりとだが海面越しでもわかる。

 皮肉な話で、〈アンノウン〉との戦争によって自然環境だけは戦前よりも良くなった。なにせ戦争で自然を破壊する人間を始めとした多くの生き物の数が減ったのだ。復興も未だに目処が立たないこの状況で、戦前のような資源の無駄遣いなどできるわけもない。

 その結果の一つとして、この透明な海が在る。

 

「……あれ、壱弥?」

 

 十数分ほどが経った頃だろうか。海中から浮上して来た壱弥が顔を覗かせた。

 ふるふると濡れた前髪を鬱陶しそうに搔き上げる仕草が何故だかもの凄く様になっている。これがイケメンにのみ許される行為というやつなのだろうか。仮に俺がやっても気持ち悪がられるだけなんだろうな、とぼんやりとした頭で考える。

 壱弥はきょろきょろと現在地を確認するために周囲を見渡し、やがてこちらの存在に気づくと小さく首を傾げた。

 おそらくは居眠りでもしているのではないのかとでも思ったのだろう。バシャバシャと音を立てながらこちらのいる浮島に泳いで近づいて来る。

 すると突然、今まで無言を貫いていた霞が寝転がったままライフルの銃口を壱弥へと向けた。

 俺がぎょっとしている間に引き金が引かれる。慌てて海面下に潜る壱弥の上を銃弾が通過していった。

 

「何をする!」

 

 再び頭を出した壱弥が叫ぶ。いきなり殺されかけたのだから、その反応は正しい。霞は片目だけ開けてじろりと壱弥を睨み返した。

 

「煩い。この近くで泳ぐな。音が聞こえん」

「はあ?」

 

 泳ぐなと言われたからか、壱弥が〈世界〉を使ってこちらの浮島へと飛ぶ。

 そう大きくない足場は、壱弥が着地したことで途端に狭くなる。が、近くに壱弥が居ようが関係ないのか、霞は起き上がるどころか指一本動かす気配がなかった。

 

「居眠りか? 二百七位」

「この間の戦闘で二百十三位だ」

「まだ下がるのか」

 

 壱弥は呆れたような声を出した。

 そもそもスナイパーは〈アンノウン〉戦では不遇なポジションだ。仕事のほとんどが前線の撃ち漏らし改めおこぼれを貰うこと。前回の戦闘で霞は久しぶりに多くのスコアを叩き出したが、相対的に他の人のスコアも伸びていた。

 更新されたランキング表を見て苦笑いしたのは記憶に新しい出来事だ。まさかあんだけ頑張った結果、ランキングが下がると誰が予想できただろうか。そんなことを知らない壱弥はまあいい、と鼻を鳴らす。

 

「質問に答えろ、居眠りでないなら何をしている」

「海中は空気中より音がよく響く」

「は?」

 

 霞の言葉の意味がわからず、壱弥は眉を寄せた。そして直ぐに俺に説明を求めてくる。

 

「音を利用して海中を索敵してんだよ。まぁ、探してるのは〈アンノウン〉じゃなくて明日葉だけど」

「誤解されるようなことを言うなっての」

 

 睨む霞を前に肩をすくめると、壱弥はああ、とまたも呆れる。要するに俺たちがしているのは明日葉の援護なのだ。しかも本人に頼まれたわけではなく自主的に。

 

「おまえたちも大概過保護だな。嫌われるぞ」

「いーんだよ、別に」

 

 珍しく霞は軽口で返さない。

 

「好かれたいとか嫌われたくないで兄妹なんかやってらんねーだろ」

 

 俺は黙って再び肩をすくめた。隣にいる壱弥も同じ反応だった。

 霞がこうやって妹の為に無駄骨を折ったり、割に合わない役回りを被るのは、今に始まったことではないからだ。

 

「なあ、クズゴミ君」

「なんだ二百十三位」

「ちょっとそこらの石を一つ投げ込んでくれない?」

「ふむ」

 

 右手でポンポンと瓦礫の欠片で遊んだ後、壱弥は指示された通りに力一杯欠片を投げる。かなり遠くまで飛んでいって水柱を立てた。

 海面に波が立ち、波紋が広がるのを確認した霞はそっと目を閉じて、自らの〈世界〉を再現させる。

 それは明日葉や壱弥のように目立つものではない。霞曰く、頭の中でレーダーをイメージするとわかりやすいらしいのだが、俺の想像力ではそれすらよくわからないでいる。

 

「百四十五〜アホ娘……、百六十四〜アホ娘二号……、で。あと二つ、か」

 

 海中の微弱な音の波紋を使って、霞は正確に位置を割り出していく。驚くべきはその精度の高さだ。霞は何でもないようにさらっと、複数の対象の距離や大きさを捉える。

 舞姫、ほたる。おおよその身長にあたりをつけながら、水中を動く存在を特定してく。さらに追加で探知したようだ。わざわざあたりをつける必要もなく、それが明日葉だと俺にもわかる。

 しかし、霞は二つと言った。残る一体は何者なのだろう。

 

「……つッ!」

 

 訊いてみようとした瞬間、霞が跳ね起き、抱いていたライフルを構えた。

 スコープ越しに狙いを定め、霞の指が素早く引き金を落とす。

 撃ちだされた弾丸が、空気を裂くようにして海へと飛び去っていく。

 そして轟音。

 海を割るような激しい爆音が静寂だった東京湾に鳴り響く。爆風が遠く離れたこの足場まで届き、前髪を小さく揺らした。

 

「ふぅ……」

 

 すちゃっとスナイパーライフルを上げ、命気クリスタルを内蔵したカートリッジが排出される。

 

「当てたのか?」

「──さてね」

 

 壱弥の問いに霞は適当な返事を返す。だが、爆発が起きたことを考えればほぼ確実に対象に当たっているのだろう。

 霞の銃弾が引き起こした海中爆発は、海ほたる仮設司令部からも視認されたのか、求得の叫び声が耳元の通信機から聞こえた。

 

『今のは何だ? 敵を見つけたのか!」

「霞が未確認〈アンノウン〉と思われるものを狙撃しました。確認を頼みます」

 

 俺からの返信は同時に他の者たちにも伝わった。

 

『ほお』

『さすがだね! 確認しに行こう、ほたるちゃん!』

『ヒメと共にならどこまでも!』

 

 一緒に行動していたらしい舞姫とほたるは連絡を受けるや直ぐさま、敵の死亡だか撃沈だかを確かめに行ったようだ。

 通信内容を確認し終えて、霞はインカムを外す。

 

「明日葉は無事かな」

「たぶんな。爆発に巻き込まれてなければ、だけど」

 

 曖昧に霞は答える。何故明日葉が近くに居たことがわかるのか、なんて今更な質問も回答も俺たちはする気がない。

 浅く息を吐き出していると、なにやら壱弥が真面目な顔をしてこちらを見ていたことに気づく。

 壱弥は意味ありげに俺たちを見て、

 

「ふむ……」

「──なに?」

「水中に潜む敵を音の僅かな反射から見つけ出し海上から狙撃……か。さすがは【夜を支配する者】──……ヴァンパイアバット」

 

 結構かっこいい声、所謂イケボで自らの〈世界〉に厨ニ病な名前を付けられた霞は引いた。割と本気で。

 

「ちょっと、ヒトの〈世界〉に変な名前付けないでくれる? ひょっとして……」

「ん?」

「……それ、もしかしなくても全員に付けてるの?」

「当然だ。なぁ、【時を喰うもの】──タイム・タイラント」

「そこで俺を巻き込まないでくれますかね! というか、マジでやめてって言ったよな!」

 

 若干どころか、かなり真面目な顔で親友に憐れみの視線を向けられる。かなり辛い。しかも名付け親の当人はめちゃくちゃ自慢げだからタチが悪い。

 

「惰弱な感情論など知らん。……そんなことよりも普段から本気を出せ、無責任男」

 

 それが誰に向けられた言葉なのかは直ぐにわかった。

 だから無責任男は言う。

 

「おまえがくたばったらな、勘違いヒーロー」

 

 勘違いヒーロー(壱弥)は真っ向から霞を見据え、片や無責任男()は横目の端だけで壱弥を捉える。

 

 ──やっぱり似た者同士だよな。

 

 そんな二人を見比べて、俺は内心で決して言うことのない感想を浮かべながら海を眺めた。

 東京湾な海上でウミネコがみゃぁみゃあと鳴いている。俺はその光景を黙って見つめた。

 そんな時だった。

 

「──は?」

 

 間抜けな声を出すよりも先に、視界の色が変わる。

 思考回路が事の重大さを理解するよりも先に、空が〈世界〉の発動を教えるように赤く染まった。




あんまり原作と変わらないせいで神楽の活躍が書けないから無理やりオリジナル展開を突っ込んだ。反省はしているが、後悔はしない。……オイ
ともあれ、次あたりでカリカチュアは終わりますので引き続き今作にお付き合いください。
お気に入り登録が250を超えました。何時もながらありがとうございます。

本編裏話 いっちゃんさんのネーミングセンス
神楽「ちなみに興味本意で訊くけど、宇多良にも付けてるのか?」
壱弥「当然だ。【愛を唄う者】――ハートウォーミング」
神楽「だ、そうですけど。当人的にはどうですかね?」
カナリア「かっこいい名前だよね!」
壱弥「当たり前だ」
神楽「誰かツッコミ入れて……」

同時刻、東京都市在住の工科女子生徒が盛大にくしゃみをしたとかしなかったとか。
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