どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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境界線からの手紙

 赤い空が広がっていくのを見て、俺の背中は気持ち悪い汗で濡れていく。見慣れた筈の赤い〈世界〉だが、はっきりとわかる。これは()()()()()()()()()()。理屈抜きの、半分以上直感によるものだが断言できる。

 振り向くと、壱弥と霞の時は予想通り止まっていた。テープの一時停止ボタンを押したように動く気配がない二人を確認し、この事実に一人で対処しなければいけない現実を受け入れる。

 

「なんだよ……これ」

 

 ようやく絞り出せた声は、わかりやすいくらいに震えていた。時を止める〈世界〉を持つのは、この防衛都市で俺だけだったはずだ。しかし、現にこうして自分以外の全ての時は止まっている。俺だけがこうして無事なのは、俺が似たような〈世界〉を持っているからなのか、それ以外に理由があるのか。

 ぐるりと周囲を見渡し、

 

「なッ!」

 

 状況を理解する前に呼吸が止まった。

 東京湾海上の一部が歪んだ。間違いない。〈ゲート〉の出現だ。

 俺は身構える。最悪だ。まさか〈アンノウン〉が時を止める能力を得るなんて。

 〈ゲート〉が開く。そして、身構えていた俺は再び固まった。

 

「か、紙飛行機⁉︎」

 

 他にアレを示すのに相応しい言葉がない。ふらふらと海上の気流に任せて空を泳ぐ紙媒体の物体。見間違えるわけもなく、それは紙飛行機だった。

 〈ゲート〉を通過し、ふらふらと頼りない軌道を描くそれは、ふらふらと頼りなくこちらが立っている浮島に向かって飛んで来ている。そして、その軌道が変わることなく浮島に着陸。

 パサリと力尽きたかのように足元へと着地した紙飛行機を、俺は呆然と見ていた。

 うっすらと汚れが見えること以外に、その紙飛行機には変わったところは見られない。どう見てもただの紙飛行機だ。

 

「…………」

 

 ど、どうしよう。

 頭の中で自問自答してみるが、答えが出てくれるわけもない。見やれば、〈ゲート〉は既に閉じていた。残っているのは、この正体不明な紙飛行機と俺。明らかに面倒事の匂いがプンプンする。

 恐る恐るその紙飛行機を拾い上げた俺は、ぎょっとした。間近で見て気づいたんだがこの紙飛行機、うっすらと赤い跡が見えるんですけど。確認するまでもない。どう考えてもその赤い跡は血痕の類いだろう。もうこのまま、東京湾に投げ返した方がいいんじゃないか? と自問自答再び。

 それから数秒後。諦めたように、ええいままよと紙飛行機を広げる。中身は血痕で真っ赤に染まった不幸の手紙ではなかった。

 

 日下神楽へ

 

 この世界は偽物だ。

 

 ──はい? なんだこのわけのわからない手紙は。少なくともこの意味不明な手紙が俺に宛てられたものであることはわかった。だが、内容というか意味が全くわからない。

 そもそも、だ。この手紙を書いた人物は何者なのだろうか。コールドスリープ前と比較して、交友関係は比べものにならないくらいに増えているのもあって該当する人物が逆に思い浮かばない。逆説でコールドスリープ前の知り合いの線も考えたが、コールドスリープ前の知り合いで生きているのはそれこそ千種兄妹くらいなものだ。

 俺と同じで時を止める〈世界〉を持ち、俺が知らない俺を知る人物が〈ゲート〉の先に、侵入不可領域の向こう側にいるということなのか。

 で、あるならば、これは俺たちの常識をぶち壊す要因になりかねない事実というわけだ。それは面倒事に他ならないことを意味するが、だからといってこのことを隠し通すのもどうかとは思う。

 とりあえず紙飛行機改め、よくわからない手紙は見なかったことにして、羽織っていたパーカーのポケットに押し込んでおいた。問題の先送りな気もするが、気にしてはいけない。

 赤い空が見慣れた青い空に戻ったのは、ちょうどそのタイミングだった。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時の時間。俺たちは海ほたるから戻る帰りの列車の中にいた。

 作業に疲れ果てて眠りにつく者もいるからか、車内はとても静かだ。ガタンガタンと規則正しいリズムを刻みながら列車は帰りまでの帰路を進む。

 

「──結局、かすみんがやっつけた一体だけってコトみたいだったね」

 

 ふむーんと前の席に座る舞姫が呟く。

 あの後も何度か探査を繰り返したのだが、結局見つかったのは霞が狙撃した〈アンノウン〉一体だけだった。

 

「大山鳴動してネズミ一匹、か。まあ被害がないにこしたことはない」

「うん!」

 

 ほたるの言葉に舞姫が元気良く頷けば、青生もまたはいと返事を返す。舞姫にとっては誰も不幸にならないことこそが至上の喜びなのだろう。それは俺も同感だ。今日のように〈アンノウン〉があまり出ないほうがずっと喜ばしい。

 

「かぐらんもそう思うよね?」

「……なんでそこで俺に話を振るかなー、このおヒメ様は」

「んー、なんとなく!」

「あー、はいはい」

 

 やれやれと嘆息し、俺は窓の外に視線を逃す。

 窓の外には、黄昏の空が広がっていた。

 ここから見える風景は、特になにも変わっていない。お世辞にも美しいとは言えない、崩れ落ちた瓦礫の山や半壊した建造物たち。ひどく歪で、だけど変わらない俺の日常を示す風景がそこに在る。

 

「しかしあれは何だったんだ? 〈アンノウン〉が出現する時は〈ゲート〉が開き、必ずその反応が捕捉できていたはずだ」

 

 舞姫たち神奈川組が座るボックス席の隣に座る壱弥が半身を乗り出して、舞姫たちの話に混ざった。

 ほたるは軽く首を横に振り、

 

「管理局の方で調査はすると言っていた。任せるしかなかろう」

「はい、あとは朝凪さんと夕浪さんにお任せしましょう。それよりも今日は一日、警備に探査と、お疲れ様でした」

 

 青生は頷き、舞姫とほたるにぺこりと一礼。そして、横のボックス席の壱弥とカナリア、ついでに俺へと会釈を送った。すると、壱弥が真顔で首を傾げる。

 

「……誰だっけ?」

「ですよね〜……」

 

 壱弥の声のトーンや表情から、その発言に悪意がないことは青生にもだんだんとだがわかってきたのだろう。あはは……と困り笑いを浮かべていた。頑張れ、あと必要なのはその理不尽に対する慣れだけだぞ。

 

「いっちゃん! だいたい、いっちゃんは優しさが足りないんだよ!」

 

 カナリアが自分のお仕事だとばかりに壱弥を叱る。が、それが彼の改心に繋がるのは何時になることやら。

 

「ほんと、一日中はしゃいでたのに元気だよなぁ……」

 

 そんな騒がしいやりとりを眺めていると、隣の席に座っていた霞と明日葉の姿が目に留まる。二人仲良く肘掛けに頬杖をついて背もたれに体を預けていた。会話はなく、無言な、だけどなんか心地よい空気が生まれている。

 

「……お兄ちゃん」

 

 すると、明日葉の囁くような声が聞こえた。それに霞は驚いたように目を見開く。霞は声を掛けるでなく、ただ視線と態度だけで言葉の続きを待っていた。

 明日葉はふいっと窓の方へ顔を向けたままだ。言葉の続きはまだ出てこない。

 ほんのりと頬を朱に染めて。拗ねたように尖らせた口元が、ぽしょりと言葉を絞り出す。

 

「ありがと……」

 

 固まった。俺も霞も時を止めたように固まった。

 それは小さな、聞き逃してしまいそうなくらいに小さな呟き。口の中だけで紡がれた、限りなく自分の本心に近いところに在る言葉。

 先ほどとはまた違う、噛みしめるような沈黙が生まれる。

 霞はふっと、普段よりもいくらか大人びた微笑を漏らした。霞が明日葉だけに見せる兄としての笑み。そして、わざとらしくおおげさに耳を手に当てて身を前に乗り出し、

 

「え? なに? 聞こえない、あと五回言って」

「な、なななななにをッ」

 

 今しがた言った台詞を無かったことにしたいのか、あるいは単純に恥ずかしいのか、明日葉は動揺しまくる。しかし、霞が明日葉の言葉を聞き逃すことも聞き漏らすことも絶対にあるはずがない。

 

「いやだから、お兄ちゃんありがとうって」

 

 うっすらと霞の頬が明日葉同様に朱に染まっていた。一字一句間違えずに覚えているじゃないか、とか野暮な話はしない。

 

「聞こえてるしほんとウザいし! つーか、キモいし!」

 

 そんな兄妹のやりとりを俺は微笑ましく見ていた。なんか、父親になった気分。片方が同い年だけど。

 

「なにをニヤニヤしている? 気持ち悪いぞ」

「少しはオブラートに包む気遣いとかしませんかね、ほたるさん」

「そんなもの貴様には必要ないだろ。それで、なにを見ていた」

「ああ、あれだよ」

 

 言って俺は指差す。

 自分の肩を借りてすーすーと規則正しい寝息を立てている舞姫を気遣ってか、ほたるは小さく声を出した。

 

「相変わらずよくわからん兄妹だ」

「そうか? これ以上ないくらいにわかりやすい兄妹だろ」

「貴様も大概だな」

「お互いさま、の間違いだろ?」

 

 小さく笑って、俺は再び窓の外に視線を向けた。変わらず空は夕暮れ色だ。

 そうして耳に残ったのは、生徒たちの小さな寝息。

 窓の外から、夕焼けの光が差し込んできて俺たちを照らす。俺はその光景を窓ガラス越しに黙って見つめる。賑やかで、静かで、安らかな時間。

 

「──なに?」

 

 とんとん、と小さく明日葉が肩を叩いてきたので振り返る。眼前には、不思議そうに首を傾げている幼なじみ。

 ぽつりと、彼女は言葉を漏らす。

 

「……なんかあった?」

「ん、なんでもないよ」

「ならいいけど……」

 

 明日葉の質問に俺は肩をすくめる。そう、なんでもない。なんでもないのだ。

 俺は制服のポケットに隠した小さな紙を明日葉にバレないように握り潰した。




この世界は偽物だ。いったいどういう意味なんだー(棒読み
というわけでカリカチュア編終了。基本ベースがアニメでも千葉よりだったからほとんど原作通りに。次回からはオリジナルというか千葉よりな話になるからいいんだよ!(謎の半ギレ
あと、この話を書く前にお気に入りが250超えたとか言ってたんですが、何故かその直後100以上増えてたんですけど。現在371人。
みなさんありがとうございます。
では、森閑のアリアでまた。

本編裏話 写真を撮った結果
神楽「はいチーズ」
霞「……なにしてんの?」
神楽「愛離さんから記念にってカメラ渡されたんだよ」
ほたる「貴様!」ガシッ!
神楽「な、なに!」物陰に拉致られる。
ほたる「……いくらだ?」
神楽「はい?」
ほたる「ヒメの写真はいくらだ、と訊いている」
神楽「ア、ハイ」

その後数日間の間、神奈川生徒に写真を売ってくれと頼まれる千葉生徒の姿があったとかなかったとか
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