どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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森閑のアリア
内地行き


 今更な話だが、そもそも護衛役とはなにをする役職なのだろう。それを知ろうにも、過去にそういった前例がない役職なので調べる術がない。だからと言って、管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)夕浪愛離(ゆうなみあいり)に訊いてまわるほど知りたいのかと問われたら、別にそこまで必死になって知りたいわけでもない。ワンチャンで似たような役職に就いているらしい、凛堂(りんどう)ほたるにでも訊けばわかるのかもしれないが、生憎と彼女は神奈川所属の人間で、しかも次席という立場だ。下っ端の、それも千葉所属である俺の都合でほいほい会えるもんじゃない。まぁ、とりあえず四六時中一緒に居るのが護衛役の仕事なのではないのかと俺個人は認識している。

 ともあれそんな理由から、護衛役になってからというもの俺の行く場所はある程度固定されるようになった。基本的に護衛対象の主席と次席の二人が定期的な視察以外はあまり出歩いたりしない性格なのもあって、俺が行く場所は三都市定例会議が行われる南関東管理局か、千葉の代表に与えられる専用の執務室に限られる。極稀に、代表二人が住む千種(ちぐさ)家に訪れることもなくはないが、それだって仕事というよりはプライベートでの付き合いという意味合いが強い。そんなわけで、意図したわけでもないのだが、俺は執務室の住人的な感じで千葉の生徒たちから認識されていた。

 何か俺に用事があるならば、とりあえず執務室に行ってみればいい、というのが千葉生徒の共通認識らしい。そこまで仕事熱心になった覚えがないんだがな。

 あの海中探査から数日が経ち、晴天と言っていいくらいに晴れた日の今日は、俺と次席の(かすみ)、そして珍しいことに主席の明日葉(あすは)が執務室にいる。俺は窓際に用意された俺専用の椅子に座って、都市運営費用の見積もりをしていた。霞は俺の斜め前の席を陣取って、カタカタとパソコンのキーボードを鳴らしている。明日葉だけは、ソファーの上で体育座りの姿勢でぽりぽりとチョコのお菓子を食べながらファッション雑誌らしきものを読んでいた。変わらない、何時もの風景というところだろうか。

 ふと気づけばさっき時間を確認してからもう一時間以上も経っている。意識されない、或いは集中している間の体感時間は短い。とはいえ、それで目の前に積まれた書類の束が急激に減ることはなく、むしろこれだけやってまだこんなに残っているのかと思うとゲンナリしてくる。

 沈黙の中、キーボードと電卓を叩く音、そして明日葉がお菓子を食べる音が執務室に響く。

 

「…………ん?」

 

 疲労から眠くなってきた頃。

 唐突に扉を叩く音が聞こえた。それに気づいた霞が、面倒くさそうにぽつりと言う。

 

「神楽」

 

 こちらを見てこそはいないが、明確に名指ししている段階でその意図は読み取れた。護衛役として、こういった訪問者の対応は俺がすることになっている。だが、一番離れた場所にいるので少々面倒くさいとも思ってしまう。

 そんなことを考えていると、再度コンコンッ、コンコンッとノック音。ちなみにどうでもいいことだが、ノック二回はトイレ用のノックらしくマナーとしては失礼に当たるそうだ。一般的には四回なりし三回のノックが正しいマナー。そして、扉越しにいる人物はそういったマナーに明るい人物ということになる。ヤンキーの集まりと他の都市の生徒たちから呼ばれている千葉にそんな常識を知っているやつがいるとは驚きだ。

 と、何時迄も応答がないことに苛立ったのか、ノックの音がドンドン、ドンドンと荒々しいものへと変わる。やっぱりヤンキーの集まりだった。

 

「はいはーい、今開けますよー」

 

 俺は、よっこいしょと腰を上げて扉に近づき、そのまま扉を開ける。

 

「遅い!」

 

 開けた瞬間、眼前に飛んできたのは罵倒に近い怒声と、きらりと光る素敵なおでこ。眉を吊り上げ、いかにも苛々してますオーラを醸し出す訪問者は、生産科所属の釣瓶朝顔(つるべあさがお)だった。

 朝顔とは、そこまで深い付き合いではない。が、それはあくまで俺個人としての付き合いという意味での話になる。彼女は生産科を束ねるトップという立場の人間で、一年ほど前まで霞がお世話になっていた部署の上司でもあった。きめの細かい白い肌と、女性らしい細い手足や華奢な身体つきから可愛らしい印象を人に与える彼女だが、騙されてはいけない、それは見た目からくる巧妙な罠だ。朝顔は霞以上に千葉好きで、霞以上に仕事中毒の鬼である。彼女の前では仕事に関係する「できない」や「間に合わない」などの言葉は全て言い訳扱いになる。以前真顔で、金がかからないのは人件費だけと言っていたところから、彼女の仕事に対する意識の高さは俺なんかとは数段違う場所にあるのだろう。もっとも朝顔は自分にも厳しいので、仕事面での彼女の人望はとても厚い。

 ちなみに俺はそんな彼女が少し苦手だった。

 突然の来訪者に、俺は怪訝な顔で訊く。

 

「あー、ナンノゴヨウデショウカ?」

「なんでカタコトなのよ」

「いや、なんとなく」

 

 朝顔は呆れ顔で肩をすくめた。そしてそのまま我が物顔で執務室へと足を進めていく。一応許可くらいは取って欲しいんですけど。

 執務室に朝顔が入ると、先ず最初に霞が来訪者の存在に気づいた。目を大きく開き、なんでいるの? 的な表情で朝顔を見上げている。ちなみにそれについては俺も知りたい。

 朝顔は霞を見下ろし、

 

「邪魔するわよ、霞」

 

 そう言って、惚ける霞を無視して朝顔はそのままぐいぐいと執務室を驀進していった。見かけによらず行動的なやつだ。

 そんなことを考えているうちに、その驀進は明日葉の前で止まった。

 

「はいこれ」

「……え、なにこれ?」

 

 目的地に着いた朝顔は、ソファーに座っていた明日葉にぐいっとその手にある紙袋を突き出す。身に覚えのない、しかも明日葉からしたら予想外な人物からの贈り物に、明日葉は困惑の表情を浮かべる。

 そんな明日葉に朝顔は、

 

()()()()の生徒たちから主席にって。代表して渡しにきたわ」

 

 ……ああ、そういえば今日か。

 壁にかけたカレンダーを見て、突然の来訪の理由に納得する。

 俺は小さくこほん、と咳払いをして場を取り繕った。

 

「確か、内地行きの発表は今日だったっけ」

「まぁ、何人かの生徒には事前に連絡が行ってたみたいだけどね」

 

 それは初耳だった。毎年この時期になるとびくびくしていたのが懐かしく感じる。成績下位組の俺にとって、この時期はある意味で大事な時期なのだ。

 ──後方移送。通称、内地送り。

 それは、この戦争が日常化している世界においての事実上の死刑宣告と言っていい。

 内地と呼ばれる安全地域に行く条件は、大きく分けて三つに区分される。

 格別に戦果を挙げた生徒や、ランキング上位の成績優秀者、都市主席・次席となった者は、早期に卒業して内地への移送が可能になる。その待遇は破格と言っていいレベルの好待遇だ。早い話が臨時政府の軍属、その中枢に行くということになる。歴代の主席たちやランキング上位者たちもそうした道程を経ていた。例外がいるとすれば、何年も主席の座にいながら内地移送を断っている神奈川の主席くらいだろう。

 もう一つは通常通りに任期を終わらせ、通常通りに卒業してから内地に行く方法。ちなみに大抵の生徒はこの道をいく。

 そして、最後に管理局から落伍者の烙印を押されて、強制的に内地移送となるケース。

 元々この防衛三都市は、防衛戦争の最前線であると同時に、長期的将来的な〈アンノウン〉根絶排除に向けて、戦争に特化した人材を育てるための場所でもある。

 そのため、戦闘行為をはじめとした戦争に有益な能力を持たない生徒には容赦なく落伍者の烙印が押される厳しい場所でもあった。そうした者たちは、本人の意思に関係なく強制的に内地へと移送されるのだ。

 今回の内地行きは、落伍者の烙印を押された者たちだった。

 そんな彼らがこうして主席の明日葉に物を贈るのは、中々に意味深く感じる。受け取り方によっては、嫌味や妬みにも感じ取れてしまうからだ。そこのところを明日葉はどう受け取るのだろう。

 暫くの沈黙の後、明日葉はぽつりと口を開いた。

 

「あー、ありがとう……ございます」

「私に言われても困るけどね」

「え?」

 

 明日葉は首をひねる。

 

「おでこ先輩が代表してってことは、おでこ先輩も内地行きになったんじゃないの?」

 

 そう来たか。ちらっと横目をやれば、朝顔は頬をヒクつかせていた。うん、そのどうリアクションすればいいのかわらない気持ちはよくわかる。

 朝顔は頭を冷静にさせる為か、大きく息を吐き出し、

 

「私は行かないわよ。まだまだやらなきゃいけないことがあるんだから」

「と言うか、おでこちゃんがいなくなったら俺らの仕事増えちゃうからね」

「あ、そうだ霞。この前の資料、計算ミスがあったから再提出ね」

「あれー? フォローしたら仕事増えたんだけど」

 

 霞と朝顔のやり取りを見ていた明日葉は、少し考え込む姿勢を見せてから訊いた。

 

「じゃあ、なんで代表で来たの?」

「……生産科(うち)の生徒も何人か内地行きが決まってね。その子たちが主席にお礼をしたいって言ってきたのよ」

「ああ……それでおでこ先輩が」

 

 あー、と納得顔で頷く明日葉。

 内地行きになる生徒は直接戦闘に関わる戦闘科が大半を占める。だが、稀にではあるものの、朝顔の所属する生産科や俺が元居た工科などからも内地行きが出る場合があった。その辺りの判断基準はよくわからない。しかし、成績が著しい生徒が内地行きになることに変わりなく、結果的にそれが戦闘科以外の科の求められる水準も引き上げている。

 

「なにか俺らもお返しに贈るか?」

 

 やんわりと俺は明日葉に提案してみた。

 明日葉は、うーん、と眉を内側に寄せ、

 

「でも、そんなにお金無いしなぁ」

「大丈夫、大丈夫。俺も少しなら出すから」

「いいの?」

「あんま貯金してないし、そんな高いのは買えないけどな。護衛役に明日葉たちが推薦してくれなかったらって考えると、俺も内地行きの連中のことを他人事だとは思えないし」

 

 丁度いいところに、この場には生産科を代表する人物がいる。彼女ならお手頃な価格と品質を用意してくれるはずだ。ちらりと朝顔を見れば、やれやれ、と肩をすくめていた。それから小さく小声で、任せなさい、と言ってくれた。本当に頼りになる。

 

「それなら、お願い……します」

 

 そう言って明日葉は、紙袋を胸の中でギュッと抱いた。そしてソファーから立ち上がり、朝顔の前で頭を下げる。その行動に俺を含んだ全員が驚く。

 

「おでこ先輩。その、そういうわけで、なんかアドバイスとか欲しい……です」

 

 本人的には敬語を、実際には少し違うなんちゃって敬語でお願いする明日葉に朝顔は苦笑し、

 

「任せなさい。主席に相応しいのを用意してあげるわ」

 

 そう言った朝顔の表情は、妹を見る姉のように見えた。




一ヶ月の間を空けてしまい、申し訳ありませんでした。
ちょっと普通に難産だったんです。主に内地行きの話と朝顔ちゃんのキャラを理解するのに。
ともあれアニメ第三話こと森閑のアリア編スタートです。
と言っても、たぶん後二、三話くらいで森閑のアリアは終わりそう。中継ぎ回だからね、仕方ないね。
そんな感じでまた次回もお付き合いください。

本編裏話 兄として
明日葉「あ、お兄ぃもお金出してよね」
霞「え、俺もなの?」
神楽「当たり前だろ。おまえ次席なんだから」
朝顔「安心しなさい。霞用にとびっきり(高い)のを用意するわ」
霞「今なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど!」

ちなみに後日、霞の家に高級お土産セットが着払いで届けられたそうだ。
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