どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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炭鉱のカナリア
無力という名の呪い


 夜が明けようとしていた。

 チリチリと、水平線から太陽が顔を見せようとしているのが見える。

 千葉海岸道路はひどく強い横風が吹いていた。

 走るのにこれほど不適切な環境もないな、と愚痴を溢しながら、俺は命気(オーラ)を消費して走る速度を上げる。

 管理局から新しい連絡がきたのは、壱弥(馬鹿)の回収を任されてから数分後のことだった。耳に嵌めたインカムから聞こえてくるノイズ混じりな通信に、溜息が溢れる。

 案の定というべきか、壱弥含む東京先行組はリヴァイアサン級率いる〈アンノウン〉部隊に大敗した。現在、東京先行組は後方まで撤退し、海ほたるで籠城しているらしい。

 対《アンノウン》用の最前線戦略拠点である海ほたるは、基礎建物が堅牢に造られているのに加えて、攻撃を遮断する特殊防壁や対空砲も完備し、さらには長期的な戦闘に備えて備蓄なども十二分に蓄えられている。

 だが、要塞と言って差し支えのない海ほたるといえど、一方的な集中放火にさらされ続ければ長くは持たない。一分一秒を惜しむ状況だった。

 

「クソが、あの馬鹿……」

 

 悪態を吐き、命気(オーラ)を更に纏う。

 

『聞こえているか……』

 

 インカムから聞こえる力無き悲痛な声。それは、壱弥の声だった。

 普段の威風堂々とした声色はなりを潜め、別人かと疑いたくなるくらいに弱々しい。

 

『後で何を言われてもいい……俺のためでなくていい。……カナリアを、カナリアのために、俺の力になれ……』

 

 やがて、その声は切れ切れになってゆく。

 

『カナリアを……カナリアを助けてくれ』

 

 喉の奥から絞り出したような声音が耳に残る。

 

「ああ……最悪だ」

 

 なにが最悪って、何故か自分が一番乗りだったという事実だ。

 予想通り集中砲火を受けている海ほたるが視界の先に見えてくる。これからあの中に突っ込んで、壱弥(馬鹿)の尻拭いをしなければいけないのかと考えると、文句の一つも言いたくなってきた。

 

 ──だから

 

「止まれ」

 

 口にして、俺は自分の〈世界〉を発動させる。

 眼前に見える東京湾。海ほたるを取り囲む〈アンノウン〉たちの動きが停止する。

 赤く染まった〈世界〉の中で、〈アンノウン〉たちを素通りして海ほたるへと突貫。窓ガラスを蹴りで叩き割り、中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 窓ガラスを叩き割って海ほたる内部へと入った瞬間、複数人の視線が肌を刺した。警戒、不安、そして小さな安堵感が混じり合った視線だ。俺はそれらを無視した。腹が立っていたというのもあるが、そんなことよりも優先させなければいけないことがある。()()()()を取り囲むようにして立っている東京生徒たちに俺は近づく。

 

「千葉所属・日下神楽(くさかかぐら)だ。救援要請を受けて来た」

 

 簡単に所属と目的を告げると、東京生徒たちは足を後ろに引いて道を作った。俺はその道を進む。

 

「俺の……俺の所為だ」

 

 短い道のゴールに居たのは、意気消沈とする朱雀壱弥(すざくいちや)と仰向けに倒れている宇多良(うたら)カナリアだった。

 外傷の少ない壱弥はともかく、カナリアの容体は一目見てわかるくらいにかなり危険だ。出血をしたのか、口元には血の跡が見えるし、近くに置かれたタオルやら水やらが入った桶は赤く染まっている。

 俺は壱弥に尋ねた。

 

「宇多良の出血は〈アンノウン〉からの外傷か?」

「…………」

「出血の理由は? 血はどれくらい吐いた?」

「全部……俺の所為だ……俺の……」

 

 壱弥は答えない。カナリアの側でへたり込んで、うわ言のように懺悔の言葉を言い続けている。

 その態度に俺は舌打ちを一つ落とし、

 

「……邪魔」

「朱雀さん!」

 

 言って、俺は壱弥を全力で蹴り飛ばした。勢いよく地面に倒れる壱弥を見た東京生徒たちが、一斉に敵意の視線をこちらに飛ばして来る。

 俺は再び舌打ちし、

 

「なあ、あんたら宇多良を殺したいのか? 俺が何の為にここにいるか、理解してる?」

 

 正直かなりイラついていた。

 明日の、正確には今日の決戦の為に俺や霞がどれだけ大変な思い(残業)をしてきたと思っている。それなのに、こいつらはそれらを全部無駄にした。徹夜明けの眠気と命気(オーラ)の過剰使用からの疲労感が相まって、かなり機嫌が悪い。

 

「──あ、あの!」

 

 と、絞り出すような声。

 その声の主に見覚えがある。たしか、何時も戦場でカナリアを運んでいる女子生徒だ。

 

「次席は〈世界〉の使用中に、いきなり血を吐いて倒れました」

「いきなり? 前触れもなくか?」

 

 こくん、と頷く女子生徒。

 

「戦闘中に〈アンノウン〉から攻撃を受けたりは?」

「してません。首席に強化の〈世界〉を集中させたら、突然……」

「……ってことは、出血の理由は〈世界〉の過度な使用による命気(オーラ)切れか」

 

 俺たちが使う〈世界〉には、使用限界数というものがある。

 一定以上の回数や出力を超えて〈世界〉を使用した場合、使用者の命気(オーラ)が回復するまで使用する事ができない。

 だが、稀にだが使用限界数を超えた場合でも〈世界〉を使うことができる者がいる。

 カナリアが正にそれだ。

 そこにはデメリットしかない。

 限界を超えた肉体は悲鳴を上げるし、最悪の場合は命に関わる。

 つまり、カナリアは自らの限界を超えた反動(対価)として自らの寿命を削ったというわけだ。

 

「この馬鹿()()は……」

 

 呆れ、小さくため息を吐く。

 俺は他所の都市に所属している。だから、東京の内情や、どうして壱弥とカナリアが都市代表になったのかも知らないし興味もない。

 ……ただ、そんな二人を慕う奴らがいる。

 俺があの兄妹の為に自分の命を賭けれるように、この二人の為に命を賭けれる奴が大勢いるのだ。

 なのに、壱弥もカナリアもそこを理解していない。

 壱弥は常に一人で戦う。まるでそれが強さだと言わんばかりに。

 カナリアは常に無茶をする。まるで自分にはそれしか存在価値がないと言わんばかりに。

 俺はそんな二人が嫌いだ。

 

「宇多良、先に謝っとく。ごめんな」

 

 言って、俺は彼女の制服に手を掛けた。

 シャツのボタンを外し、力任せに横に開く。女性を強調する豊満な胸と下着が露わになる。

 突然の俺の行為に周りにいた東京校生徒たちが小さく声をあげた。

 それらを無視し、制服のポケットから一本の薬品を取り出す。

 

「……それは?」

 

 東京生徒の一人が訊いてくる。

 東京にしては珍しく、やたらと軽そうな男だ。たぶん千葉と所属する場所を間違えたのだろう。

 

「薬」

 

 短く告げて、カナリアの鎖骨辺りの位置にその薬品を注射する。

 一瞬の痛みにカナリアは顔をしかめた。その直後、先ほどまで悪かった顔色が良くなり、呼吸も安定しだす。

 俺はホッと息を吐き、

 

千葉(ウチ)の衛生課が開発した(造った)試作型の命気(オーラ)増幅薬だ。つっても〈世界〉の過剰使用をした人にしか使えないから、実質は回復薬みたいなもんだけど」

 

 何故過剰使用をした人にしか使えないのか? 

 その理由は単純明快。増幅した結果、増えすぎた命気(オーラ)の所為で使用者本人が〈世界〉を扱えなくなるからだ。開発中も〈世界〉が暴発、制御不可になったケースが多かった。

 なのでこの増幅薬は、回復薬としての運用以外に使い道がないとの理由から、開発段階で御蔵入りをしたやつでもある。

 いざという時の為に衛生課時代のコネでいくつか携帯していたのだが、こんな場面で役に立つとは。

 

「これで一先ずは大丈夫だろ」

 

 俺の呟きに東京校生徒は、ほっと安堵の表情を浮かべた。

 残る問題はこの場からの離脱。制限がある俺の〈世界〉は暫くは使えない。

 だが、それに関しては問題はないだろう。

 なにせ──

 

『お待たせー!』

 

 インカム越しに耳に流れ込んでくる頼もしげな声。

 それこそが、俺の待ち望んでいた者たちの到着を意味していた。

 

「遅いぞ」

『ごめんね。ちょっと遅れちゃった』

 

 けらけらと笑う天河舞姫(てんかわまいひめ)の声が空気を揺らす。

 この絶望的な状況を振り払うような力強さだ。

 

『それにしても、らしくないよすざくん!』

 

 励ましの声が壱弥へと向けられる。

 

『まるで一般人のような泣き言だな。おまえはもっと傲慢で賢く、不愉快な男だと思っていたが』

 

 続けて流れ込んできたのは冷淡な皮肉だ。

 

『ほたるちゃん、それほめてる?』

『ほめてるほめてる』

『そっかー。そうだよね! すざくんはふゆかい!』

 

 ほめてないから、それ。

 そんな俺のツッコミを掻き消すように、舞姫が力任せに巨大な命気(オーラ)の刃を振り下ろし、〈アンノウン〉の群れを切り裂くのが窓越しに見えた。

 神奈川の二人が応援に駆けつけてくれたことに、東京の生徒たちの表情は明るくなる。

 それと同時に。

 建物の壁が外から吹き飛ばされて穴が開く。

 〈アンノウン〉の強襲かと東京生徒は身を強張らせたが、舞い上がる粉塵を割って、飛び込んできたのは、見慣れたサイドカー付きの千葉製大型バイク。

 

「とおちゃーく」

「はいはい、どいてどいてー」

 

 その運転手は明日葉(あすは)。サイドカーに乗っているのは兄の(かすみ)。どうでもいいが、逆じゃないか? 

 ポジションが。

 

「……で、神楽はなにしてんの?」

 

 あ、これは死んだくさい。

 眉を寄せ、殺意を込めた瞳で明日葉が俺を睨む。

 半裸のカナリアとその近くで居座る俺。

 うん。側から見たら、通報待ったなしだわ。

 

「い、いや、違うぞ! これは治療であって、決してやましい気持ちがあるわけでは……」

「ふーん」

 

 ジト目で明日葉が詰め寄ってくる。普段なら赤面したいところだが、その手に持っている二挺拳銃の所為で冷や汗が止まらない。

 助けを求めて、霞にアイコンタクトを送ると、返ってきたのは諦めろのアイコンタクト。親友をあっさり見捨てた霞は後でシメようと心に誓う。

 

「宇多良をサイドカーへ。あと誰かバイク運転できるやつ。天河がデカいのを引きつけてるうちに徹底だ。殿はこっちでやる」

 

 ざっと霞はその場を見渡して、状況を瞬時に把握。東京校の生徒たちに指示を出す。

 

「……で、クズ雑魚さんは?」

「あそこ」

 

 先ほど蹴り飛ばした先で、一人ぶつぶつと懺悔の言葉を吐く壱弥を指差す。霞は眉を寄せて、舌打ちを落とした。

 そして、へたり込む壱弥の胸ぐらを掴んで無理矢理に立ち上がらせる。

 

「早起きっつーか、ぶっちゃけ徹夜明けで眠いの。くだらない自己嫌悪は後にしてもらえる?」

「……」

 

 何時もなら、ここで張り合ってくるだろう。しかし壱弥の瞳には力がなく、言葉を返す気配もない。

 霞は東京校の生徒らに壱弥とカナリアを任せ、先に徹底させた。

 それを見送り、俺たち千葉校は東京校の退路を確保する。

 退路を一望できる位置に狙撃ポイントを取り、援護射撃を開始。

 進路妨害になりそうな〈アンノウン〉は、全て残さず撃ち落とさないといけない。

 

「神楽、〈世界〉は?」

 

 霞が聞いてくる。

 

「ここに来るのに一回使った。ついでに言うと命気(オーラ)も切れかかってる」

「うわ、使えないな」

「否定できないからやめて。心折れちゃう」

 

 軽口を叩き会いながら、制服のポケットから支給品の拳銃を取り出して引き金を引く。

 撃つべし。撃つべし。これだけ的が密集してれば碌に狙いを付けなくても勝手に当たるから楽だ。

 

「敵が多い数が多い仕事が多い……」

「お兄ぃ、自分で言いだしたクセに文句多い。ウケる」

「いやウケないから」

「いやウケるっしょ、ていうかこれからウケるし」

 

 敵が多方面から迫ってくる。

 小型〈アンノウン〉が群れを成して接近してくる様子を視界に収め、明日葉は笑う。

 

「あれさ、全部あたしがやっちゃっていいんだよね?」

「いいけどあんま派手にやんなよ。でかいのがこっちに気付いちゃうから」

「りょーかい。お人好しさんはしょうがないねー」

「だろ? お兄ちゃん良い人なんだよ」

「あは、何そのギャグウケる」

 

 好戦的な笑みを浮かべて、明日葉は〈アンノウン〉の密集する空へと身を踊らせた。




待たせたな!(全力土下座)
三ヵ月放置してた理由は活動報告にて記載してますので、そちらを。
ともあれ炭鉱のカナリア編開始。
開幕へたれ壱弥くんことへたいっちゃんを蹴り飛ばすオリ主がいるらしいよ。そのあと幼馴染みに勘違いでしばかれかけたけどな!
個人的にアリアとカナリアの二つは一纏めな印象。

本編裏話 衛生科のお薬
霞「増幅薬……ね」
神楽「失敗作だけどな。ちなみに鎮痛薬や栄養剤なんかもあるぞ」
霞「なんでも作るんだな。……ん、これは?」
神楽「ああ、神奈川に頼まれて作った液体に混ぜる媚薬だな。ちなみに無味無臭だ」
霞「……聞かなかったことにするわ」

増幅薬などの薬品設定は完全にオリジナル。
ただ、媚薬云々は神奈川生徒には間違いなく需要ありそう。ほたるとかほたるとかほたるとか……
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