どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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再び立ち上がる為に

 海ほたるを脱出した後、カナリアは集中治療室へと運び込まれた。

 どうやら命気(オーラ)切れによる出血は見た目以上に酷かったらしく、消耗した命気(オーラ)による疲弊に加えて、肉体へのフィードバックがかなり危険なレベルまで達していたようだ。

 医務官たちの話では、内臓にまでダメージがいっているとのことで、未だカナリアの意識は戻ってはいない。

 

「で、なんで神楽はカナちゃんの服をひん剥いてたの?」

 

 集中治療室の前。徹夜明けの疲労からふらふらになっている俺に、明日葉が微妙に殺気を込めた視線とともに言ってくる。その様子に、俺は大きくため息を吐いた。まあ、実際にそう誤解されても仕方ない状況だったとは思う。だが、あれはれっきとした治療なのだ。せめて弁明するチャンスくらいは欲しい。

 

命気(オーラ)を回復させる薬を投与する為に脱がしただけだよ。やましい気持ちは一切ないって」

 

 というか、女の子がひん剥いたとか言わない。俺がそう言うと、明日葉はジト目で。

 

「でも見たんでしょ?」

「まあ、それゃあ……な」

「あっそ……」

 

 拗ねたように素っ気なく顔を背けてしまう。

 どうやら年頃の乙女の柔肌を無理矢理に見たという事実に、目の前のお姫様は大層御立腹な様子だ。だからといって対処する方法など思いつくわけもなく、俺は壁に背中を預けたまま小さく溜息を吐いた。

 

「──にしても、()()はどうにかならんのかねぇ」

「知らない」

「だろうな」

 

 つくづく面倒なことになったなぁ、と思う。

 壁の先。ちょうど死角に位置する場所には壱弥と霞がいる。普段なら顔を見合わせるだけで、皮肉と嫌味と罵倒が入り混じった会話の応酬が始まる二人だが、今はそんな気配すら感じられない。

 医務課までカナリアを運んだ時に見た壱弥の表情は、はっきり言って酷かった。

 ひたすらに意気消沈して、懺悔するように項垂れる壱弥に、俺も明日葉もついでに霞もかける言葉が見つからない。あまりにも空気が重過ぎて、俺と明日葉に至っては、こうして退散してしまうほどだ。

 

「はぁ……」

 

 本当に、面倒なことになってしまったと思う。

 今回の件は、結果的に見れば間違いなく壱弥が悪い。だが、どうにもそれを頭から否定できない自分がいる。普段の言動やらが色々とアレだが、壱弥自身は実力も人徳もあり、しかも文句なしのイケメンだ。そんなやつがこうして単独行動なんて奇行をやらかしたのは、壱弥なりの譲れないものがあったからなのかもしれない。

 だからといって、今回の行動が許されるのかと言われたら話は別だ。重軽傷者含めて怪我人を多数出し、あげく当初予定していた作戦を実行不可能なレベルまでの被害まで出している。流石にそれを何のお咎めもなしに許せるほど大人ではない。

 

「珍しいじゃん」

 

 ふと隣にいる明日葉がそんなことを言う。

 珍しいって、何がだ? と俺が聞き返すと明日葉は、

 

「神楽がそんなに怒ってるの。あたし初めて見たかも」

「あー……まあ、そうだな。怒ってる……な、うん」

「何それ? 自覚してなかったんだ」

 

 俺に顔を近づけて、明日葉はニヤニヤと揶揄うような視線を向けてくる。それが何となく気恥ずかしくて、俺は逃げるように顔を逸らした。

 だけど、明日葉が言う通りだ。俺は確かに怒っている。言うまでもなく、怒りの矛先は朱雀壱弥だ。

 

 ──じゃあ、何に対して? 

 

 頭の中でもう一人の自分が問いかけてくる。

 簡単だ。壱弥が自分の一番大切な存在(モノ)を自ら傷つけた。

 そのことに俺は怒っている。

 それは、自分が護衛役という大切な存在(人たち)を護る仕事についているからなのか、はたまた自分と違って、護る力が在る壱弥が道を踏み間違えたことに対してなのか。そこのところはわからない。

 俺は思う。

 護りたい存在(モノ)がある。それはこの防衛都市に住まう者であれば、誰でも思うことだろう。それは俺だって例外ではない。だからこそ俺は一番近くで護ることができる護衛役に就いているわけで、極論だがそれら以外はどうでもよかったりもする。

 だが壱弥は、世界全てを護ろうとしている。大げさな表現で言えば、人類全部。志という意味でなら、それは神奈川の舞姫と同じだろう。だが壱弥の場合はたった一人で世界全てを護ろうとしている。それほどまでに盲信するような過去があったのかは知らないが、はっきり言って異常だ。

 

 ──何故そこまでする必要があるのか? 

 

 思考のループに入りかける俺の耳に、端末の着信ベルが聞こえた。着信したのは壱弥の端末。電話の主は管理官だと直ぐにわかった。

 

「……はぁ」

 

 疲れた様に、俺は本日何度目かになるため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……呼び出したのは壱弥だけなのだけど……」

 

 管理局中央棟のコントロールルーム。そこに()()()集まった面々を見て、管理官である夕浪愛離(ゆうなみあいり)は困ったような笑みを零した。

 本来なら管理官の人間以外は立ち入りを禁止された室内には、俺を含む六人の学生たちの姿がある。

 

「報告書を出したのは私だよ! 見届ける義務があると思うな!」

「私にはヒメを見守る権利がある」

 

 神奈川の主席たる舞姫が得意げに胸を張り、次席のほたるはそんな舞姫の隣に当たり前のように寄り添う。

 

「通りがかっただけ。悪い?」

「いや、悪いでしょ」

「もう少しマシな言い訳を考えろよ」

 

 いけしゃあしゃあと霞が言って、明日葉が一言で切り捨て、それに俺が同意見の言葉を発する。

 各々態度に違いの差はあれど、結局のところこの場所に俺たち他都市所属の人間(余所者)が集まった理由はただ一つ。

 俺たちの視線の向こうには、先の東京校独断専行の追求のために呼び出された東京校主席の壱弥がいる。

 上官二人と対峙する壱弥の背中は先ほどよりも弱々しく見えた。

 

「壱弥、俺は昨日、部隊を編成して明朝三都市で同時に出撃、そう言ったよな」

 

 もう一人の管理官、朝凪求得(あさなぎぐとく)の言葉には確かな、そして静かな怒気が混じっている。問いかけ、というよりは、確認に近いそれを聞いた壱弥は力なく頷き、

 

「はい……」

 

 苦渋の顔で呻く壱弥。

 求得は表情を更に険しくする。そこには普段いいように都市代表たちに振り回されている駄目大人の雰囲気は一切ない。地球の守護者たる男の顔だった。

 求得は話を続ける。

 

「その際に誰からも異論は出なかったよな」

「はい……」

「ミスはそのとき取り返せ──そう言ったつもりだったんだがな」

「はい……」

「俺の言葉をも、意思も、命令も、全てを理解した上で、何故勝手なことをした」

「全責任は俺にある。どんな処罰でも……」

 

 壱弥の返答に求得は怒りから眉間の皺を更に深くした。

 壱弥本人からしたら、それは心からの反省から出た言葉だったのだろう。しかし、それは間違いだ。求得は壱弥のそれを遮るように言う。

 

「そんなことはどうでもいい。壱弥、おまえは自分一人で何とかできると思っていたのか?」

「俺が無能だったから……できなかっ──」

 

 壱弥の言葉は最後まで続かなかった。

 パンッと乾いた音が鳴り、次いで壱弥の頬に赤みが増す。

 音の正体は壱弥の頬を求得が張った音だった。

 求得は壱弥の胸倉を掴み、叫ぶ。

 

「力があれば許されるとでも思っていたか⁉︎ 自惚れるな!」

 

 ぐっと、壱弥は唇を噛んだ。

 痛い。痛い言葉だと俺は思った。

 壱弥にとって、力とは盲信するくらいに大切なものだったのだろう。

 そう考えるようになった経歴は知らないが、それでも今までの付き合いから、なんとなくそれは感じ取れる。

 それを真っ向から、現実を突きつけながら否定された。

 

(ああ……だからか)

 

 痛々しい壱弥を見ていた俺の頭の中で、唐突にカチリと思考の歯車が噛み合った。

 だから壱弥は普段から自分を追い込んでいたのか。

 力在る者として、誰も頼らない孤独にして絶対の力を手に入れる為に自分自身を追い込んで、奮い立たせていたのだ。

 

 ──何故そこまで力を欲したのか? 

 

 その答えはおそらく──

 

「……不器用過ぎだろ」

「どしたの?」

 

 額に手を当てる俺を訝しげに見る明日葉に、俺はなんでもないと言い張った。

 何となくわかったのだ。

 壱弥の気持ちが。

 朱雀壱弥は誰も傷つけたくなかった。

 だから自分だけが強くなる道を選んだ。

 自分が強くなることで、自分一人で全てを背負うことで、大切な誰かを護りたかった。不思議でもなんでもない。きっと壱弥は、この場に居る誰よりも人の無力さを知っている。だからこそ力が欲しかったのだ。

 そして、それを知る男が不幸にも再び無力さを痛感して、心が完全に折れているのだとしたら、自分はどうすれは良いのだろうか。

 思考する俺の脳裏に、ある結論が思い浮かぶ。──逆に考えるんだ。知ったことか、と。

 ……そうだ。そもそも何で俺がこいつの為に頭を悩ます必要がある。怒っているのだから、理不尽にキレてもいいのだ。

 曖昧な気持ちを振り切る為に息を大きく吸って吐く。一番近くに居た明日葉と霞の注意が俺に向く。俺は、ワックスの塗られた床をわざとらしく鳴らした。

 

「……なあ、壱弥」

 

 壱弥が無言で振り返る。

 重苦しい沈黙を破り、空気を全く読まない俺の発言にこの場に居合わせた全員の視線と耳が集まった。

 俺はそれを無視して、壱弥だけに視線を合わせた。あくまで何でもないように、面倒くさそうな口調で俺は壱弥に訊く。

 

「なんで仲間(俺ら)を頼らないんだ?」

「……っツ⁉︎」

「もっと頼れよ。千葉を、神奈川を、俺たちをもっと頼ってくれよ」

「日下……」

 

 俯いていた壱弥が、呟くように俺の名前を呼んだ。

 思えば、壱弥にちゃんと名前を呼ばれたのは、これが初めてかもしれない。そんな少々場違いな事を考えながら話を続ける。

 

「難しく考え過ぎなんだって。宇多良の仇を取りたいんだろ? なら、それでいいじゃねぇか」

「……何……⁉︎」

「気に入らないやつがいる。でも一人で相手するのは少しキツい。だから力を合わせる。──そんな理由でいいんじゃないのか、力を合わせる理由なんてのは」

「……」

 

 俺程度の言葉がどれだけ壱弥に届くかはわからない。だけど、それで構わない。俺は好き勝手に自論を言っているだけだなのだ。

 壱弥は拳を握りしめて、再び求得と向き合った。

 

「カナリアを傷つけた敵はまだ……海ほたるを占拠している……せめて……その後始末だけはやらせてくれ……」

 

 唸るように、壱弥は言う。

 

「そうしてまた一人で先走るつもりか? 今度は誰を犠牲にする」

 

 求得は試す様に、あえて強い言葉で壱弥を睨んだ。しかし、遠目からでもはっきりとわかる。今の壱弥の瞳には強い意志が宿っていた。

 

「違う! ここにいる奴らの力を借りる! 本当の意味で協力する!」

 

 俺たちは目を丸くした。あの我が儘の化身が誰かを頼ろうとしていることにだ。

 だけど、この言葉に一番驚いているのは、たぶん壱弥自身だろう。

 挫折や絶望からではない、壱弥自らの意志で出した結論は、言葉に意志を、瞳に決意を滾らせる。

 

「だから……頼む……俺に……みんなと一緒に戦わせてくれ……」

 

 絞り出すように壱弥は求得に嘆願する。

 人一倍気位の高い壱弥を、そこまで駆り立てるものはおそらく一つだけだ。

 大切な人(カナリア)の為に、折れた翼(朱雀壱弥)は再び舞い上がろうとしている。

 人によっては今の壱弥を滑稽だと笑うのかもしれない。逆にその愚直さを若さと呼ぶかもしれない。もしくは狂気。あるいは熱意。だが、見方を変えたらそれらは自己満足でしかない。だから怒りや憎悪、もしくは殺意だって正解だろう。

 しかし、それら全てを包んで、愛と、そう定義付けるべきだと俺は思った。

 何故なら、カナリアはきっとそう言うに違いないから。

 初めて見せる壱弥の必死な表情に、求得は、ふっと口許を緩ませた。

 

「……壱弥、それは俺に言うセリフか?」

 

 求得が顎をしゃくる。

 壱弥は後ろを振り向く。その表情は胸を詰まらせたような、そんな表情だった。

 

「頼む……俺に力を貸してくれ」

 

 縋るような、頼るような、だけどそこには確かな意志が込もったセリフ。

 それは、俺たちが手を伸ばす理由として十分だった。

 気恥ずかしそうに頬を掻く霞がいる。

 満更でもなさそうに口端を持ち上げる明日葉がいる。

 涼し気な笑みで目礼を返すほたるがいる。

 満面の笑みで頷く舞姫がいる。

 

「……日下」

 

 壱弥と目があった。

 瞳に迷いはない。だから俺は力強く頷いた。

 みんな、言葉はなくとも壱弥の想いに応えた。

 求得が嘆息をつく。その表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 

「俺がそっち側にいたら、絶対にそういう顔はしなかったんだかな。連中に感謝しろよ。けじめをつけてこい。説教はそのあとだ」

 

 そして愛離がそっと微笑み、朗報を一つもたらした。

 

「カナリアの状態も持ち直した、と先程連絡があったわ。もしかしたら、力を高める彼女自身の〈世界〉のおかげかもしれないわね」

 

 愛離からの朗報に、壱弥をはじめとしたこの場に居る全員の顔に、安堵と歓喜が広がる。

 求得もまた破顔して、力強い号令を飛ばす。

 

「行ってこい! バカヤロウ共!」

 

 人類の反撃が始まる。




次回、リヴァイアサン級スーパーフルボッコタイム。
まあ、その前に作戦会議ですけど。
無理やりに神楽を絡ませた結果、なんだか神楽がKYなキャラに。
ちょっと展開に無理あり過ぎですね。すみません。
ともあれ、また次回。

本編裏話 それはそれとして
壱弥「世話になったな」
神楽「気にすんな。困った時はお互い様だろ」
壱弥「そうだな。……ところで日下」
神楽「あん?」
壱弥「カナリアの服をひん剥いた件なんだが……」
神楽「……さーて、出撃準備をしないと。あー、忙しい、忙しい」
明日葉「お兄ぃ」
霞「あいよ」
ガシッ!
神楽「は、離せ! 待て、話せばわかる! 俺たちは分かり合える筈なんだ!」

直後、炎と氷と瓦礫と千葉の護衛役と千葉の次席の悲鳴が上がったとか上がらなかったとか……
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