どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
アクアラインでの三都市連合によるリヴァイアサン級攻略作戦が終了してから数日が経過した。〈アンノウン〉によって破壊された海ほたるの修復も一応とはいえ完了し、三都市の生徒たちもそれぞれの生活へと漸く戻り始め、何時もの日常が返ってくる。朱雀壱弥の単独行動から始まり、三都市が本当の意味で力を合わせて戦ったあの日の出来事が随分前のことのように思えた。
しかし、それは表面的なものでしかない。
作戦終了後も密かに、事後報告書類作成という名の戦いは続いていた。
「……暑い……溶ける……死ぬ……なにこれなんの拷問?」
千葉の執務室。俺の隣に座る霞が、殆ど言葉にすらなっていない、悲鳴の様な呻き声を上げた。霞に割り当てられた報告書が、まだ完成していないのが原因だ。普段は気怠げながらも絶対に弱音を吐かない霞も、さすがに限界らしい。
「ほら、頑張れ。あと少しだから」
「前にもそう言って、今徹夜五日目なんだよなぁ……」
マッ缶で喉を潤し、糖分で朦朧とする頭を叩き起こす。室内に散乱した空のマッ缶の山が、その過酷さを言葉以上に語りかけてくる。
リヴァイアサン級の攻略作戦終了後。勝利に喜ぶ防衛都市生徒たちを尻目に、俺と霞を待っていたのは戦後処理の報告書作成という名の拷問であった。
使用した武器や火薬。作成に参加した生徒たちの戦果報告。更には今回の作戦で使用した都市運営費。数えるのすら嫌になるほどの書類の山に、俺と霞は本気で逃げるべきかと考えたくらいだ。そして、やっぱりというべきか、案の定というべきか、今回の作成で一番都市運営費を使ったのは千葉だった。調子に乗って、工科にGOサインを出してしまったことを今更ながら後悔する。
一方、他所の都市。神奈川や東京は割とスムーズに事後報告が進んでいるとのことだ。神奈川もバラストの大量使用や無茶をやらかした空母の整備費など多大な金が動いた筈なのだが、そこは舞姫至上主義の神奈川と言わざるを得ない。各生徒が自腹を切ってでも舞姫の名誉の為に粉骨砕身する様は、側から見ると一種の宗教団体にも思えてくる。
東京はそも主力武装が個人の〈世界〉で、兵装も主立った運用は移動手段ということ、それらに加えて、意外にも事務仕事が得意な壱弥の手腕によって、三日ほど前に全ての報告書が提出されたと管理局から連絡があった。今度ウチの事務仕事も手伝っては貰えないだろうか。
顔に死相を浮かべて、カフェインの過剰摂取で小刻みに震える指先でパソコンのキーボードを叩く霞の隣で、俺は管理局からの催促メールをパソコンのゴミ箱へ打ち込む作業を繰り返す。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で気分転換に「太陽殺す……」と呟いて、世の中の不条理について真剣に考える。そのうち、思い出したように霞が俺に訊いてきた。
「そういえば、明日葉ちゃんは? 今日はまだ見てないんだけど」
特等席となっている執務室のソファーには、主たる気まぐれ猫姫の姿はない。どうやら兄の霞
「東京に行くってさ」
「は? 東京? 何で?」
「宇多良が今日退院するんだと。快気祝いをアホ娘たちとするって昨日言ってたぞ」
リヴァイアサン級攻略作成終了後、カナリアは病院に逆戻りしたらしい。
当然と言えば当然。訊けば彼女は、無理矢理に病室を抜け出してあの戦域に参加したのだとか。
意識不明の重症患者が許可なく病室を抜け出したとあって、医務官の
ともあれ、そんなカナリアも無事に本日退院。そうなると舞姫が「快気祝いだ!」と口を開き、ほたるは当たり前の様に舞姫の提案を肯定し、流れでウチの明日葉も快気祝いという名の馬鹿騒ぎに参加することになったわけである。
「あれー? お兄ちゃん何も訊いてないんですけどー?」
「『ウザいからお兄ぃには内緒にしといて』って言ってたからな」
「あ、はい」
ほろりと涙が溢れていたのは見なかったことにしよう。それがきっと優しさだ。明日葉は、攻略作戦が終わった直後も、事後処理の時も、そして今日でさえ、なんの手伝いもしなかったのだ。今更だが、ウチの首席は本当に仕事をしない。だからこそ、兄で次席の霞が働くのだ。ひたすらに、馬車馬のように、絞りカスになるまで働き続ける。そしてそれに俺も巻き込まれるのは何時もの事だった。
明日葉の願いを叶えるのは霞の役目で、明日葉と霞の願いを叶えるのは俺の役目だ。
つまりは
「終わったぁ……」
タンっと霞がキーボードを叩く。パソコンの画面には「送信完了」の文字。無事に生きてこの地獄から生還できた瞬間、霞は力尽きた様に椅子の背もたれに背中を預けた。遺言の様に「やっぱり仕事ってクソだわ」と呪詛の言葉を繰り返している。
その姿に苦笑しながら、パソコンの電源を落として、俺は椅子から立ち上がった。連日の徹夜続きで、足元が少しふらつく。死にかけている霞には悪いが、一足先に帰るとしよう。いい加減布団が恋しい。
「先に帰るぞ」
「おう……」
ひらひらと手を振る霞に見送られ、俺は執務室を後にする。建物を出れば、快晴と呼ぶに相応しいほど澄み切った青空と陽射しが俺を襲う。目が痛い。
徹夜明けの今のコンディションに、この天気は相当過酷な環境だ。青空に殺意を抱いたのは初めてかもしれない。
執務室のある建物から自室のある寮までは、歩いて三十分ほどの距離だった。バスなどの移動手段もないので、歩く以外の選択肢がない。晴天の空の下、陽射しを不健康な体で浴びながら、俺はアクアライン沿いを歩いていく。
歩きながら、俺は考える。
リヴァイアサン級の討伐は確かに成功した。三都市が本当の意味で力を合わせたこの戦果は、今後のことを考えても、非常に喜ばしい話なのは間違いない。
だが、それとは別に、俺の胸の中にはなんとも言えない違和感と不安があった。
理由ははっきりしている。ここ最近の〈アンノウン〉の動きが活発過ぎることだ。例えば、フレンドリーファイアが起きた時の大量発生。例えば、〈ゲート〉を介さずに出現した未確認〈アンノウン〉の存在。極め付けは今回の超大型〈アンノウン〉・リヴァイアサン級。
今までとは違う、イレギュラーの発生率が明らかにおかしい。まるで、俺たちの戦力を改めて調べているようにも考えられる。
大量発生で統率力と数を調べ、〈ゲート〉を介さない〈アンノウン〉の試運転をし、十分なデータと対策を持って実戦投入したリヴァイアサン級。そう考えてしまうのは、俺の思い込みが激しいからなのだろうか。
そもそも、だ。
そもそも〈アンノウン〉とはどんな存在なのだろう。長いこと戦争をしている相手だというのに、俺たちは〈アンノウン〉について知らないことが多い。
自分たちが〈世界〉という摩訶不思議な能力を手にするきっかけにして、この世界の元凶。それを知ろうともしなかったのは何故?
頭にチラつくのは、差出人不明の手紙の一文。
──この世界は偽物だ。
何を持って偽物なのか、何が偽物なのか。
或いは、今自分が見ている世界全てが、
「……阿呆らしい」
俺はぶんぶんと頭を振って思考を断ち切った。
眠気から思考が変な方向に回っている。さっさと帰って睡眠を取った方が良さそうだ。
そう思った瞬間。
晴天の空に影が落ちたかと思うと、青空が血の様に赤い空へと変わった。ほとんど無意識に、自分の生存本能が俺に〈世界〉を発動させたようだ。
「……はっ?」
見上げ、影の正体に気づいた俺は言葉を失う。やたらと巨大な口が開いていた。その大口が、今まさに俺を丸呑みしようとしている。
──なんだ、この〈アンノウン〉は?
頭に浮かんだ自分の言葉に違和感がある。
改めて俺は大口を開けた〈アンノウン〉を見る。
その〈アンノウン〉は、今までのどの個体とも違う。限りなく機械的な、ただ人を回収する為だけに作られた存在にも見えた。
いや、まて。そもそもなんで俺は、この
わからない。ただ、この気持ち悪さを取り除く方法は在る。
制服から銃を抜き、目の前の存在に鉛玉をありったけ撃ち込む。マガジンがカラになるまで弾丸を撃ち、薬莢が飛び散るのも気にせず、急いでその場を離れる。
それとほぼ同時に〈世界〉が消えた。
直後に鼓膜を破る様な爆音と風圧が俺を襲う。
「ぐっ……!」
手を交差し、腕を盾にするも、風圧に圧されてゴロゴロと地面を転がる。頭を打ったらしく、後頭部がとてつもなく痛い。
抉られた様な深い穴が眼前に生まれた。もくもくと黒煙が空に上がる。
「なんだよ……これ」
質問に答えてくれる者はいなかった。
胸騒ぎが止まらない。
「……っツ! 明日葉! 霞!」
痛む身体を無視して、立ち上がる。
制服のポケットから端末が鳴り出す。画面には「南関東管理局」の文字。
なにか、よくないことが起きている。
唯一わかったのは、今この瞬間から、俺たちの日常は終わったという事実。
そんな確信にも似た感覚を胸に抱き、俺は端末の通話ボタンを押した。
炭鉱のカナリア編。これにて終了です。
実は作者的にも今作品的にも、ここまでが作品全体としてのプロローグに当てはまります。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。今後も引き続きお付き合い頂けたら幸いです。
では、また次回。
本編裏話 それが千葉の日常
執務室にて
霞「えーと、この資料がこれで、明日の会議に使うのがこれで……」 カタカタ
神楽「あ、はい。すみません。その件は首席と次席と話し合ってからで……え? いいから品種改良の予算を寄越せ? いや、ですから……」 ぺこぺこ
明日葉「あ、おヒメちん? 今から千葉でケーキ食べない? うん、じゃあ後でね」 ぴっ
ちなみにケーキ代は兄か幼馴染のお財布に請求された模様。