どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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小公女のレガリア
喪ったもの


 南関東管理局の会議室は、基本的に騒がしいことで有名だった。弓形のテーブルと六つの椅子が設えた会議室に三都市各陣営の首席と次席が集まり、今後の方針や活動内容を話し合う。その点は他の防衛都市と変わらない。

 決定的に他所の管理局と違うのは、毎度のように睨み合いだの口喧嘩だのが絶えず、ついでに屈託のない笑い声が響く場所だということだ。千葉の次席が東京の首席と喧嘩して、それを東京の次席が宥めたりして、神奈川の首席がにこにこ笑って、神奈川の次席が一人で盲目的な宗教活動をして、千葉の次席と千葉の護衛役が我関せずとばかりに知らん顔する。それが南関東の日常だった。

 しかしこの日は、そんな日常とは懸け離れた、重苦しくて沈鬱な空気が会議室内を支配している。

 誰一人として無駄口を話す気配もなく、ただひたすらに、誰一人例外なく眉を辛そうに寄せていた。

 南関東管理局の会議室には六つの椅子が設えている。

 だが、そのうちの二つの席は空席だった。

 誰かが声なき声を漏らす。或いはこの場に居合わせる全員のものだったのかもしれない。その小さな吐息は、言葉以上にこの現実を雄弁に物語っている。

 

「昨日、各地でアンノウンによる襲撃があり、七名の生徒が犠牲になった」

 

 重々しい空気の中で、南関東管理局管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)が口を開く。

 各々の視線の先、ホログラムディスプレイに表示されているのは、アンノウンの襲撃による犠牲者一覧だ。

 

 ──その一番上に、東京校次席・宇多良(うたら)カナリアの名前があった。いつもならこの場に参加し、常にあざとい笑顔を振りまき、みんなを自然と笑顔にしてしまう少女の名がそこにある。

 

「これによって東京の主力生徒が多数失われてしまったわ。もちろん早急に対応をするつもりだけど、当面の間はあなたたちの手を借りることになると思う……」

 

 もう一人の管理官、夕浪愛離(ゆうなみあいり)が求得の言葉に続くように言った。

 それに応えたのは明日葉だ。

 

「それはいいけど、具体的に何するの?」

 

 明日葉(あすは)の声は酷く淡々としていた。視線が交わることもないやりとりは、事務的な会話に近い。

 何時も気怠げに、低体温を感じさせる明日葉だが、今日の明日葉は普段と違う。常日頃から手離さない携帯端末を弄っていないのが、良い証拠だろう。きっと、彼女なりに思うところがあるのだ。

 

「人員の補充が済むまでの間、東京の都市運営及び防衛の補助を神奈川と千葉にお願いしたいの」

 

 明日葉の問いに、愛離は僅かに表情を曇らせたが、それでも指揮官たる態度を崩さなかった。取り繕ったような冷たい声は、この場にいる者の神経を逆撫でさせる。

 

「ほーん……意外と冷静なんですね。……人が死んだってのに」

 

 ぼやく口調こそいつもと変わらずの平淡。しかし(かすみ)が発した言葉は上官二人への当てつけと皮肉が十二分に込められている。

 

「霞」

「へいへい」

 

 俺が咎めるように言うと、霞は肩を揺すって戯けて見せる。

 愛離は唇を噛み、求得は眉を寄せていた。一同、反応は様々だが、場の空気が悪くなったことは確かだ。沈鬱だった空気は更に重苦しさを増す。

 霞だって、悪気があったわけではない。ただ、どうしようもない感情が言葉に乗ってしまっただけなのだ。

 おそらく、それはこの場に居合わせる全員に言えた。そして、この重苦しい空気はこれから先もずっと続くのだろう。大切な人を喪う悲しみは、どんな人間にも耐えられないのだから。

 

「ていうか、その辺の話をする前に説明してほしいんですけど。敵はどんなやつで、どうやって生徒たちを殺したわけ?」

「……それについては調査中だ」

 

 霞の質問に、求得が答えになっていない返答をする。霞は呆れたように息を吐き出した。

 

「なーんもわかってないのに任務に当たるんですか? それ無理でしょ。千葉(うち)の連中、消耗品じゃないんですけど」

「…………」

 

 求得と愛離の両管理官は苦しげに押し黙る。だが、それを庇う者はいない。二人は咎められて然るべきだからだ。

 その様子を何処か他人事みたいに眺めて、俺は唇を噛む。

 どんな敵なのか? 霞の質問に答える術を俺は持っている。何故なら、俺も襲われた一人だから。

 ──だが、それを教えることを管理局から禁止された。

 この状況で、余計な混乱や不安を招かない為に、調査がある程度済むまで口外を禁ずる。

 そう言われたからだ。

 だからと言って、目の前の二人の態度には納得ができない。

 確かに不幸な出来事ではあった。不条理、理解不能、原因不明。

 だからこそ、俺たちはそれが繰り替えされるのを看過できない。

 霞も俺も、世界なんてどうなってもいいのだ。物事の最優先は、優先順位はいつだって決まっている。

 世界の為に、平和の為に、勝利の為に、そんなどうでもいい理由で自分の身内を危険に晒す気はない。千種(ちぐさ)霞は、そういう男だ。

 その最優先事項にして至高の身内が傍らでふっと温度の低い微笑みを漏らした。

 

「ウケる。お兄ぃ幹部みたい」

「幹部なんだよなぁ」

 

 空気を読んでか、明日葉が茶々を入れて混ぜ返す。しかし、その緩みも許さないとばかりに、神奈川次席の凛堂(りんどう)ほたるが建設的な話を進める。

 

「……しかし、やはりこの襲撃が偶然起こったものだとは考えづらい。調査中でも構いませんので、資料を共有していただけますか」

「千葉も同じ意見だ。護衛役としては、再発の可能性は少しでも防ぎたい」

 

 ほたるは冷静に、俺は暗にこいつらにバラすぞと脅迫紛いの視線を管理官たちに向ける。

 すると求得と愛離は互いに目配せし、仕方ないと求得は小さく頷いた。

 

「……ええ、わかったわ」

 

 躊躇いがちに渡される資料に目を通しながら、俺は妙な違和感を抱く。なんというか、資料を共有することも含めて、今回の件の情報をやたらと渋っている気がする。

 ──まるで、俺たちに今回の件を深く知られたくないかのように。

 

「ていうか、東京云々の話をするなら足りないやつがいるんじゃないの? 四位は四位でも一応は東京のトップなんでょ、アレ」

 

 不遜な態度のまま霞は東京校の空席に視線を向けた。

 それはこの場に無断欠席をした東京校首席・朱雀壱弥(すざくいちや)に対する非難でもあり、同時に指揮官たちへの非難にも聞こえる。

 壱弥がこの場にいない理由など、俺を含めて全員が百も承知だった。原因はわかりきっているし、その辛さも悲しみも痛いほど理解できる。

 それなのに解決できていないのは、三都市を統括している管理局にも責任の一端があるだろう。

 悲しみも痛みも全部わかってはいるが、それでも壱弥は東京の長なのだ。泣いて、一人で引きこもるのが許される立場ではない。

 

「それは……」

 

 愛離が言葉を濁し、辛そうに眉尻を下げる。

 その時だった。ふっと力強くも優しい吐息が漏れたのは。

 

「……わかった」

 

 これまで沈黙を守っていた神奈川首席・天河舞姫(てんかわまいひめ)が、真剣な表情と声色で決然と頷いた。

 そしてぱっと何時ものように頼もしい笑みを咲かせて胸を叩き、

 

「神奈川は全面的に協力するよ。こういう時こそ助け合わないと。いいよね、ほたるちゃん!」

「……ああ、ヒメがそう決めたのなら、私に異存はない」

 

 舞姫に同意を求められ、ほたるが口元を緩めて相槌を打って答える。まあ、彼女ならそう言うだろう。ほたるが舞姫の意見を否定したとことか見たことないし。

 

「ありがとう。舞姫ならそう言ってくれると思ったわ」

 

 神奈川からの助け船に、愛離が胸を撫で下ろし、感謝の言葉を言った。ただ、それは少しだけ卑怯にも取れる。まるで、舞姫の優しさにつけ込んでいるみたいだ。

 

「俺たちはどうする?」

 

 俺が霞に尋ねると、霞は椅子に深くもたれかかり、気怠げに答える。

 

「うちはパスだ。四位さんがいるなら、四位さんがやるべきだろ。尻拭いなんてする気ないし、仕事したくないし、都市運営なんて千葉だけで手一杯」

「だよな。護衛役としても、この状況で千葉と東京往復されるのはちょっと困る」

「それ、お兄ぃや神楽(かぐら)が重役っぽく聞こえない?」

「……重役ってか、ほとんど俺たちがやってるんだよなぁ」

 

 偶には手伝ってくれないですかね? 千葉首席。

 嘆息をつくと、求得が話を続けた。

 

「いや、実質的な都市運営をする人員は残っている。どちらかというと問題は、東京の生徒たちの心の方だ。壱弥が立ち直るまで……もしくは新しい首席が擁立されるまでの間、神奈川と千葉から人員を派遣してこれを支えろ。これは命令だ」

「は? だからそんなの──」

 

 協力否定派の霞が食い下がる。言葉にこそしないが、俺も同じだ。どう考えても悪循環になる未来しか見えない。

 

「いいよ、私がやる」

 

 すると、意外な場所から声が上がった。すくっと立ち上がり、泰然自若と言った態度の舞姫だ。千葉に回ってきた任務の分まで引き受けるつもりらしい。

 こちらとしては願ったり叶ったりなのだが、それはやはり悪循環だ。

 舞姫の提案は、厳密に言えば管理局の提案は決して最善手とは言えない。神奈川と千葉が東京の負担を請け負うせいで、両防衛都市の負担増加は避けられないし、結果的に前線の戦力低下にも繋がってしまう。ましてや、神奈川と千葉は南関東防衛の両翼を担う陣営だ。今までのような三都市防衛構想の延長線上という考えで補てんするのは、其の場凌ぎにしかならないのは明白。

 確かに、天河舞姫が戦闘力や統率力に優れているのは知っている。三都市の中でもっとも武勇に長けた神奈川が東京を守るというのも納得はいく。

 だが、それは根本的な解決に繋がらない。

 今回の件に関して、正すべき部分を正さなければ、きっと近い未来に同じ悲劇が繰り返される。また同じ目にあう人間が出てくる可能性は十二分にあるのだ。

 そして、その可能性がもっとも高いのは、この中で戦闘能力が一番低い霞や俺に他ならない。現に、俺は一度襲われている。

 

「御立派な考えだが、それはちょっと無茶じゃないか?」

「でも、誰かがやらなくちゃいけないんだよ」

「それゃあ、そうだけどよ……」

「大丈夫だよ、かぐらん。私、強いから」

 

 そう言って、舞姫は笑う。

 天河舞姫は絶対的なカリスマだ。東京でも上手くやるだろう。

 だが、神奈川に、舞姫に守られることに東京が慣れてしまえば、最悪の場合は東京が二度と戦力として機能しなくなる。そういう意味では、天河舞姫はある意味では諸刃の剣なのだ。管理官の二人は、そこのところを理解しているのだろうか。

 

「──で、仕事だけじゃなくて人望まで奪うと……さすがカリスマお姫さまは言うことが違う」

「貴様ッ!」

 

 皮肉気な霞の呟きに、ほたるが激情して身を乗り出したが、舞姫は毅然とした態度でほたるを制し、強い意志の込もった瞳で霞を見つめる。

 

「そう思ってくれて構わないよ。でも私が都市を運営する以上、そこは命に代えても守ってみせる」

 

 命懸けの宣誓だった。そこまでの意思と覚悟を見せられてしまえば、俺や霞は口を挟む余地がない。

 

「かすみんも、かぐらんも辛くなったらいつでもおいで?」

 

 そして、舞姫は最後ににっこりと微笑んだ。

 嫌味でも皮肉でも、ましてや揶揄でもなく、真心からの思いやりであることは疑いようもない。

 敵わない。そう俺は感じた。

 年齢も実力も人望も全てが上。

 けれども天真爛漫な気性は、不思議と幼い子供を想わせ、単純明解な思考回路はある意味では御し易いとも思っていた。

 だが、今の舞姫は違う。

 優しく笑う姿は、俺たちから言葉を奪った。

 あまりにも気高く美しいその姿が、たとえ自らの刃で傷つくことになろうとも、必ず全てを守ってみせると言っているのだ。

 

「強いな、天河は」

「えへへ」

 

 くったない笑みで舞姫が答える。

 それを見ていた明日葉が力ない微笑みを浮かべた。

 明日葉のその微笑みに込められているのは、きっと俺と同じで彼女に対しての憧れだ。日下神楽(くさかかぐら)は、千種明日葉はそこまでできない。俺たちには優先順位がある。その優先順位は、いつか、そう遠くない未来で俺たちの足を止める頸木となるだろう。

 それは、明日葉のように才能に恵まれた存在も例外じゃない。

 しかし、舞姫は違う。

 全てを守ろうとする彼女の足が止まるのは、それこそ全てを守り切ったときか、守るべきものを全て失ったときだけだ。

 だから、天河舞姫は最強なのだ。

 単純な戦闘力だけなら、明日葉も負けてない。しかし、圧倒的なまでの覚悟の差が、明日葉と舞姫に決定的な優劣を決めつける。

 天河舞姫は、悲しいくらいに強すぎた。

 一人の存在が戦場を戦況を戦争を変えてしまう。其れ程までに大きな力。

 その悲しみを理解できてしまうからこそ、明日葉の微笑みは優しくもあり、悲しくもあり、そして儚かった。

 

「よし、じゃあ決まりだな。神奈川は東京の都市運営補助を、千葉はその分手薄になった〈ゲート〉方面の守備強化をよろしく頼む」

 

 まとまったとばかりに求得が締める。

 

「ちょっと? 後半、初耳なんですけど」

 

 しれっと押しつけられた新しい任務に、霞は不平を訴えたが、神奈川がここまで協力的な以上、千葉も多少は協力的な姿勢を見せないといけないのも事実。

 つまり、

 

「まあ、都市運営よりはめんどくなくていいけどね」

「妥協点としちゃあ、十分だろ」

 

 それが俺たちの落とし所というわけだ。

 失ったものを埋めるのに足りないことは重々承知。だけど代わりに何か新しいものを求めてるつもりもまるでない。ついでに言うなら、求められたことに唯々諾々と応えるようなガラじゃない。千葉はそういう集まりだ。

 

「……どうすっかなぁ」

 

 窓の外を見つめて、俺は小さく呟いた。

 この日、俺たちは思い出す。

 失くしてしまったものの大きさと、手から零れ落ちていくことの怖さと、そして、二度と何者にも奪わせないと固く誓ったその決意を。

 忘れないように深く、深く胸に刻み込んだ。




お待たせしました。(全力土下座)
クオリディア・コード第五話、小公女のレガリア編の始まり始まり。
そういえば、原作のクオリディア・コードが一周年。ついでに言うならこの小説も来月で一周年。
全体で見るとまだ半分も終わってないですが、今後もお付き合い頂けたら幸いです。(なんか毎回この台詞を言っている気がする)
では、また次回。

本編裏話 だからと言ってそれは許可できない
あるかもしれない会議室にて
霞「じゃあ、神奈川と東京の分まで防衛ライン担当することになったわけなんで」
明日葉「ちょっと人員増えるかもだから、みんなよろー」
戦闘科「うーす」
工科「……わくわく、わくわく」
神楽「おい霞、なんかやたら目をキラキラさせた工科のやつがいるんだけど……」
霞「馬鹿、目を合わせるな。アレは絶対にやばいやつだから」

その後、工科が提出した書類の山を無言でシュレッダーにかける千葉次席の姿を見たとか見なかったとか。
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