どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
会議が終わり、千葉へと戻る道中の間、俺たちは終始無言だった。
今後の防衛ラインの人員補給や都市運営など、話さなければいけないことは山ほどあったが、とてもそんな気分にはなれない。それに、神奈川の方がある程度東京を立て直すまでは、こちらもどう立ち回るべきか決まらないというのもある。そう急を要することでもないだろう。
それよりも、今はこの状況について深く考える時間が欲しかった。
舞姫の力強い瞳が頭の中から消えてくれない。
それが、隠し事をしている自分の胸を穿つ。
駅前の噴水に明日葉が腰掛けたのをきっかけに、なんとなく誰もその場から動こうとはしなかった。習うように俺や霞も噴水に座る。
ほんの数日前までは普通に感じていた日常が、やけに遠くになったなぁ、と思う。
もちろん誰が悪いわけではない。強いて言うなら元凶たる〈アンノウン〉なのだが、それは今回の始まりに過ぎないし、それを今更追求するのも、ましてや恨むのも何か違う気がする。どんな理由であれ、俺たちは戦争をしているのだから、犠牲者が出るのは至極当たり前なのだ。犠牲や被害が怖いなら、最初から戦争なんてしなければいい。
だからといって、霞や明日葉が戦争の犠牲者になってもいいのかと言われたら話は別だ。このまま何もしないまま、ただなあなあに現状維持を繰り返していれば、また何処かの都市の何処かの誰かが犠牲になるかもしれないし、最悪の場合はその犠牲者が明日葉や霞になる可能性だってある。絶対にないと言い切れないのが、余計に不安を増長させていく。
思い知った。たとえ護衛役だろうが、戦闘科だろうが、〈世界〉を持っていようが、俺は無力な子供でしかない。とっておきの情報を開示することも許されず、さりとてそれを禁じた大人たちに反発する度胸もない自分。それに、たとえ情報を教えるのが許されても、結局は周りの不安を煽るだけにしかならない場合もあるわけで。
それはそれとして、求特のおっさんや愛離さん、神奈川の舞姫やほたる、そして東京の壱弥とカナリアのことが、俺はわりと好きなのだと思う。
管理官二人に俺が素直に従っているのも、それが理由の一つかもしれない。
神奈川が東京を立て直すと言って、心配する言葉が自然と出たのもそういうことだろう。
だからこそ、今自分が他のみんなに隠し事をしているのが少しつらかった。
未確認の〈アンノウン〉による襲撃。その正体を俺は知っていて、その姿が従来の〈アンノウン〉と比べて機械的だったということを今からでも教えるべきなのだろうか。
そこから生まれたある一つの仮説を伝えるべきなのだろうか。
だが、言ったところで何が変わる?
そんな考えが、俺の言葉を奪う。
噴水から吹き出す水の音が反響する。
〈アンノウン〉のこと。壱弥のこと。千葉のこと。明日葉のこと。霞のこと。
考えることが多過ぎて、頭の中はとっくに容量オーバーだ。
鉛を背負ったみたいに、自分の身体がやたら重くて息苦しい。
「──ねぇ、神楽」
ふと頭上に影が落ちた。明日葉が俯いていた俺の前に屈みこんで、笑っている。
先ほどの会議のことも今後のことも、様子のおかしい俺のことも何も言わずに、明日葉は猫が背伸びする時みたいな声を上げて立ち上がった。ふーん、と背伸びをして、後ろ髪を纏める明日葉。
昼を少し過ぎたくらいの時間。千葉の街は色々な科の生徒で賑わっている。海の匂いと蒼天の空を背景にして、明日葉はスカートをふわりと翻した。
年相応な、戦闘科や戦争中なのを忘れてしまうくらいに、年相応な普通の少女が目の前にいる。そして、
「買い物行くから付き合って」
「は?」
俺は訝しげに顔を上げた。
買い物? なんでこの状況で?
困惑する俺を他所に、明日葉は見慣れた笑みを浮かべ、いつもみたいな気怠げな声音で、座っていた俺の腕を引っ張った。
「ほら、これから忙しくなるじゃん? だからその前に色々と……ね?」
なにがどうしてその結論になったのかよくわからない。というか、忙しくなるのは俺や霞だけなんですけど、とか思う。
「そういうわけだから、お兄ぃ、神楽借りてくから後よろしくね」
「……え? あの、明日葉ちゃん。それって、所謂デート的なやつなのでは……」
「はぁ! お兄ぃ、自分がモテないからって変な誤解とかしないでくれる? そういうのマジウザいしキモい」
騒がしく喚き散らす明日葉と妹の言葉という暴力に心を折られそうな霞を見ながら、まあいいか、とも思う。たまには、明日葉のワガママに付き合って振り回されるのも悪くない。明日葉とそういう思い出を作れる機会がなくなってしまう前に、少しでもほんの少しでも多くの思い出を。
「──とりあえず服かなぁ。新しいのとか出てるとかこの前言ってたし。それからケーキとかも食べたい。最近お菓子ばっかだし」
「いや、お菓子食べてるだけ十分じゃね?」
「や、全然違うから。お兄ぃとおヒメちんくらいに違うから」
「そこでナチュラルにお兄ちゃんを比較対象にしないでくれるかな……」
げんなりとする霞を見て、我らがワガママプリンセスはニヤニヤ笑った。
「あ、ケーキは神楽が奢って」
「なんでだよ!」
「や、デートってそういうものじゃん。そういうのは男が全部出すの常識じゃん」
「初めて聞いたんですけど、その常識」
「まぁまぁデートとか絶対にできなさそうな神楽に、あたしが色々教えてあげるから」
いらんお世話だ。
なんだよ、デートって。買い物じゃないのかよ。ほら、隣の霞が真っ青な顔で俺に殺気飛ばしてくるの気づいてるだろ。
だけど、明日葉の言う通りなのかもしれない。年頃の男女が一緒に出かけたら、それはやっぱりデートだし、デートというのはそういうものだ。たとえ相手が幼馴染で、最近周りから主席の腰巾着とか言われている男だとしても。
子どものころと変わらないワガママっぷりで、少女は笑っている。
それを見ているうちに、色々とどうでもよくなってきた。
きっと俺は深く考え過ぎている。これからのことを色々と。
だから一回頭を空っぽにした方がいい。
たぶんなんとかなるだろう。そう思うことにした。
とりあえず今はデートという名の荷物持ち兼お財布係を楽しもう。
そう決めて、俺は座っていた噴水から立ち上がった。
明日葉の希望を手っ取り早く叶えるなら、という理由から、俺と明日葉が向かったのは千葉で唯一のショッピングモールだった。
千葉に限った話ではないが、防衛都市には娯楽施設の数が圧倒的に足りていない。一年前まではアイドルという単語すら風化した風習扱いだったことからも、それははっきりとわかる。
だが、それも仕方ないことではあった。なにせ千葉には戦い大好きな脳筋戦闘科と、お仕事大好き社畜生徒の、二種類の人種しかいなかったのだ。そう考えると、このショッピングモールはある意味で人としての尊厳的な何かを取り戻した象徴にも見えなくもない。
ともあれ、俺たちはそのショッピングモールをデートの場所に選んだ。
女性の服屋に付き合わされて、こじゃれたカフェで高いケーキを奢って、何故かあった映画館で血とアクション盛りだくさんのガンアクション映画を観た。途中、何度か千葉生徒に見つかって冷やかしだか脅しだかを言われたり、間違って女物の下着売り場に迷い込んでしまった所為で明日葉に殺されそうになったり、映画の途中で明日葉が飽きて寝てしまったりしたが、基本的に世の中の普通なカップル的な感じの時間を過ごしたと思う。思っていた以上に楽しい。おかげで財布の中身は随分と軽くなってしまったが、そんなことは些細なことだと思ってしまう。
そのデートの最後に明日葉が選んだのは、ショッピングモールの端っこにあった小さなアクセサリーショップだった。
「うーん。いや、でもこれも」
ぶつぶつと唸って、アクセサリーを凝視する明日葉を隣で眺めながら、そういえば明日葉と二人だけで出かけるのは、これが初めてかもしれないと思い出す。何時もはふらふらと気まぐれに一人で何処かに行くか、ちょこちょこと兄の後ろを付いて来るのが明日葉だ。
そんな明日葉と二人だけで出かけれることに、少しだけ優越感を抱いた。
「なに一人でニヤニヤしてんの? キモいよ」
「もうちょいオブラートに包んでくれないかなぁ。俺、霞ほどメンタル強くないんですけど」
「ウケる。お兄ぃがメンタル強いとかありえないし」
「ひでぇ……」
「それよりさ」
ぐいっと明日葉が突き出してきたのは、二種類のピアス。リングみたいなやつと丸いやつ。どちらも普通の銀色の、シンプルなピアスだ。
「どっちがいい?」
「どっちがって。明日葉、ピアス付けるのか?」
「や、付けないけど」
じゃあなんでそのチョイスなんだ。そう思った俺に明日葉は、
「付けるのは神楽」
「は? 俺?」
「そっ。ほら、誕生日プレゼント的なやつ」
「誕生日って、俺の誕生日だいぶ先なんですけど」
あれ? なんか前にもこんな会話をした記憶がある。どこでだっけか?
「いーじゃん。ちょい早くても」
「そういう問題か?」
「なに? いらないの?」
怒気を孕んだ声で明日葉が言うので、俺は素早く首を横に振って否定した。失言で痛い目をみるのは、霞だけでいい。
「そんなわけないだろ。明日葉が俺に物をくれるなんて初めてだから、ちょっと驚いただけだよ」
「……そだっけ?」
「そうだよ」
言って、明日葉は小さく笑った。なにが楽しいのかはさっぱりわからないが、とりあえず楽しそうならそれでいい。
「で、どっち?」
「……じゃあ、こっち……かな?」
「ふーん」
銀色のリングみたいなピアスを指差すと、明日葉はとてとてとレジに向かって行ってしまった。その後ろ姿を見送り、ついでになんとなく目に止まった細工物を手に取ってみる。
精緻な花弁を象ったペアの指輪だ。芸が細かいからなのか、やたらめったら値段が高い。
その指輪を眺めながら、ふと考える。
結局のところ、俺は何がしたいのだろう。
日下神楽は護衛役だ。しかし、その存在が絶対に必要かと問われたら、そんなことはない。明日葉にしろ霞にしろ、俺なんかよりもずっと強いのは俺自身が一番理解している。だから、他の誰かにそう問われることに俺は怯えながら、さりとて反発することも、反論することもしないまま、千葉の護衛役という立場を受け入れていた。
じゃあ、何故護衛役になろうとした。
明日葉がいたから。霞がいたから。
たぶんそんな理由だ。自分が護衛役になったのは。
そんな自分が、二人以外の人間の為に動こうとしている。それは間違っているのか。それがずっと胸の中で消えない悩みだった。だけど、
「……ああ、なんだ。考えてみれば、すっげぇ簡単なことじゃん」
明日葉とのデートで頭の中が一回リセットされたおかげで、思考がすごくスッキリしている。
壱弥はカナリアが、カナリアは壱弥が大切だった。
舞姫はほたるが、ほたるは舞姫が大切だった。
だから俺はみんなが好きになったのだ。
似ていたんだ。俺が大好きな、大切な二人の在り方に。
思い出す。カナリアが死んだと知らされた会議室で、申し訳なさと同じくらいに感じた衝動。
東京の今後とか、防衛都市の未来とか、正体不明の敵だとか、そんなことはべつにどうでもよくて、本当は
そう思う一方で、伝えるべきなのか悩む。俺には励ましの言葉も、慰めの言葉も言うことができない。もしかしたら、逆に壱弥の心をもう一度折ってしまうかも、とすら考えてしまう。それでも、
「やらない後悔よりは、やった後悔ってか」
「なにが?」
買い物を終えた明日葉が首を傾げる。
それがなんだか可愛くて、口元がにやけた。
そんな俺を見て、明日葉は若干引き気味に、
「うわ、お兄ぃみたいでキモい」
「そこで兄を引き出す辺り、容赦ないよな。ほんと」
「まあ、いいや。はい、これ」
「ん、ありがとう」
小さな袋を手渡され、礼を言えば明日葉は満足そうに頷いた。
付けろと急かされ、袋を開けられ、挟むタイプの穴を開ける必要のないピアスだと教えられ、詳しいなと感心しながら左耳にピアスを付ける。
「うわ、なんかヤンキーっぽい」
「お世辞でいいから、せめて褒めてくれませんかね?」
「や、渡してなんだけど、あんま似合わないね」
「自分に正直過ぎなんですけど、この娘」
教育方針間違ってないか。まあ、可愛いからべつにいいけどな。
似合わないと言われたピアスを指差して、明日葉が言う。
「──無くさないでよ」
「無くすかよ。霞じゃあるまいし」
耳に挟むタイプのピアスは外れやすいらしい。戦闘中とかは外した方が良さそうだ。
それにしても、なんだか今日は初めての経験が多い。
初めて明日葉と二人で出かけて、初めて明日葉からプレゼントを貰った。
すごく気分がいい。最高にハイってやつだ。
だから、
「どったの? なんかキモい顔してるけど」
「んー、東京の人に伝えるべきなのかなって」
「なにを?」
「絶望するのは、まだ早いってさ」
ちょっとくらい自分の好き勝手に立ち回ってみよう。
たぶんなんとかなる。きっと上手くいく。
結論から言えば、それは大いなる間違いだったのだが。
元々はデートのお誘いとデートの話は別々にする予定でした。けど、思った以上にお互いが短くなったので、無理やりに一つに。
それはそれとして、これからちょっとだけ原作から脱線していきます。めっちゃ批判とか怖いけど、オリキャラ使ってる以上多少はね?
そういう意味でも分岐点ってタイトルです。
ではまた次回。
本編裏話 ミッション
戦闘科生徒「ターゲットK、ターゲットAとカフェから出る模様」
霞「よし、そのまま状況を報告して」
戦闘科生徒「っ! 次席! 両ターゲットは女性下着売り場に向かったようです!」
霞「なん……だと。直ちに妨害工作を!」
後日
明日葉「っていう録音データがあたしの端末に送られてきたんだけどさ。お兄ぃ、なんか遺言とかある?」
霞「ま、待ってくれないかな。ほら、誤解だよ。明日葉ちゃんは誤解してるんだって。ちょっと一緒にご飯でも食べたらそんな誤解は直ぐに解け――」
明日葉「お兄ぃ。キモいから燃えて」
神楽「ヤムチャしやがって……」
録音データの送り主は匿名希望のミスおでこちゃんととあるりんごを作るのが上手い女子生徒だった模様。