どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

37 / 42
護るべきもの

 なんとも言えない沈黙が生まれた。背中に気持ち悪い汗が張り付き、最悪の結末が頭をよぎる。

 海ほたる本館の一棟が、大型〈アンノウン〉のエネルギー放射の餌食となって、その上層部を抉られていた。そして、倒壊した瓦礫が折り重なるように崩れ落ちた所為で、今も尚もうもうと黒煙が立ち昇らせている場所が一点。

 その様子を俺は呆然とした表情で見ていた。

 隣にいる明日葉も同じように口を開けて、黒煙が昇る場所を見つめていた。現場近くにいた霞も呆然と見ている。

 

「え……なにしてんの、あの人……」

 

 引きつったような口調で明日葉は呟き、瓦礫の山に向かって跳んだ。瓦礫が積み上がったその場所は、ちょうど壱弥が棒立ちでいた場所だった。

 

「あ、待てって!」

 

 慌てて俺も明日葉の背中を追う。生き埋めになった壱弥を救出しなければいけないのはもちろん、呆けていた所為で何体かの〈アンノウン〉の接近を許してしまった。

 後方組の霞たちも気づいたらしく、スナイパーの照準を〈アンノウン〉へ合わせている。俺も銃を〈アンノウン〉へと構える。

 

 刹那、瓦礫の山が爆発した。

 

「……はい?」

 

 ド派手な爆発音と爆散したコンクリートや鉄骨の礫が空を舞う。

 ドドドッ、とまるで散弾のように巨大な塊が接近していた〈アンノウン〉に着弾し、撃墜する。ついでとばかりに、こちら側にまで飛んできたコンクリートを避けて、俺は爆発地帯を見た。

 

「──ふ……は、ははは、はははは」

 

 爆発で生じた粉塵の中に、不気味な笑い声をあげるバカがいた。

 直後に、旋風が巻き起こり粉塵は搔き消え、視界が晴れる。

 

「壱弥……?」

 

 先程までの死んだ魚みたいな目をしていた壱弥とは真逆の壱弥がそこにはいた。

 無数の瓦礫が、重力という枷から解放されて宙を浮いている。紫電が激しく火花を散らし、彼の〈世界〉の結晶たる漆黒の斥力球が壱弥の周りを揺蕩う。他を寄せ付けないほどの威圧感を放つその主は、禍々しいほどに口元を上げた。

 

「どうせ救うべき者がいない世界……なら……俺が全て壊してやる!」

 

 壱弥が自棄にも似た怒号を上げると、制空圏は一気に膨張し、竜巻のような破壊の嵐が巻き起こった。その足元がクレーターのように陥没し、海ほたる本館に亀裂が駆け上がる。

 

 ──あのバカ……一周回って、考えるのを辞めやがった! 

 

 ヤケクソ気味な咆哮を上げ、砲弾のような速度で海上へ飛翔する壱弥を見て、俺は壱弥の豹変のわけを察した。

 昨日の俺との会話で多少は前向きになったと思っていたのだが、どうやらそれは悪い方向へ前向きになっただけらしい。有り体に言えば、癇癪を起こした。それも災害規模の。

 壱弥が軌道上にいるクラーケン級の〈アンノウン〉を、兵装のガントレットが装着された左腕で力任せに殴打する。

 明らかに過剰なまでの威力が込められた一撃は、〈アンノウン〉を消し炭にするには十二分過ぎた。クラーケン級が跡形もなく弾け飛び、周辺一帯に衝撃波が奔る。それは激しく海面を穿ち、一拍の間の後に巨大な水柱が天高く伸びた。

 

「無能がぁぁぁぁ!」

 

 それは誰に対して向けられた言葉だったのだろう。壮大過ぎるその光景に、この場に居合わせた全員が唖然とした表情で目を奪われ、動きを止めて壱弥を見ていた。

 

「あのバカ……」

 

 そんな中で、霞だけはいち早く我に返るとライフルを構えてスコープを覗き込む。

 生きた台風。文字通りの暴風の化身と化した壱弥はその過剰な一撃(オーバーキル)で気が晴れたわけもなく、縦横無尽に空を翔けては手当たり次第に〈アンノウン〉を撃墜していった。だが怒り任せの猛攻は壱弥から視野の広さを奪い、周囲を囲まれている事実を忘れさせ、結果として壱弥の側面や後方は隙だらけになる。

 

「好き勝手してんな……。……よ」

 

 それをさせないのが、億劫そうにしながらも壱弥の死角をカバーする霞だ。引き金を引き、壱弥のフォローに徹する霞に、当然だが壱弥が気づくことはない。

 

「片思いだねー。辛そう」

 

 その報われない援護射撃を、後方まで下がった明日葉がそう評した。

 

「お兄ちゃん、そこまで乙女じゃないんだよなぁ……」

 

 妹の戯言に戯言で返す兄。そんな兄妹のやり取りを見ながら、俺は空を見上げる。

 相変わらず〈アンノウン〉相手に無双をし続けている壱弥。しかし、それを素直に喜べない。来ないのだ。神奈川と東京の増援部隊が、一向に来る気配がない。

 

「神奈川と東京はまだなのか……」

「あ、神楽。それたぶん無理っぽいかも」

「えっ?」

 

 独り言に明日葉が反応し、俺に向かって端末を投げ渡す。

 それを受け取り、霞と一緒に画面を覗き込んだ俺は今度こそ言葉を失った。画面に表示されていたのは南関東一帯の広域図。その広域図の東京を示す位置が、〈アンノウン〉の出現ポイントを表すマーカーで真っ赤になっていた。

 霞が普段の気怠げな表情を変えずに、驚きの声を上げる。

 

「はぁ、東京が? いや、なんでよ。防空体制どうなっちゃってんの?」

「そもそも、〈アンノウン〉って〈ゲート〉の関係で海からしか来ないんじゃないのかよ?」

 

 〈アンノウン〉は海の向こう側にある〈ゲート〉を通って現れる。それが大原則であり、俺たち防衛都市に住まう生徒たちの常識だった。しかし今、目の前にある画面に映る敵のマーカーはそれのみに溜まらず、内陸部──東京都市新宿周辺──をも塗り潰しているのだ。

 

「最近の〈アンノウン〉って進んでるのね……おじいちゃんついていけねぇよ」

「んなアホなこと言ってる場合じゃねぇぞ。敵の進軍を頑張って食い止めてたら、実は背後から本土侵略されてましたとか、笑い話にもならないって」

「むしろ笑い話にできるなら、早いとこ笑い話にして欲しいレベルなんですけど」

 

 軽口を叩く霞だが、その表情は決して穏やかではない。可及的速やかに対処しないと、取り返しのつかないことになるのは明白だ。

 

「お兄ぃ、神楽、急いで東京に戻るよ! 東京落とされたらマジでやばい!」

 

 この状況下での明日葉の発言は正しく正論だった。理由はどうあれ〈アンノウン〉が内陸に現れた以上、ただちにそちらの掃討に向かうべきだろう。

 

「いや、それはそうなんだけどな……」

 

 霞は眉を寄せて、難しい顔になる。

 確かに東京へ増援に行くことは間違いない。だが、今の戦況を無視するわけにもいないわけで。本土の防衛は最優先で行うべきだが、敵の進軍を文字通り水際で持ち堪えている戦場を放置するわけにもいかないのも事実。ただでさえギリギリの戦力の中で、主力を下がらせるのはリスクが高い。

 だからこそ、俺はある提案をした。

 

「しゃーない。霞、明日葉、ここは俺が引き受けるから、二人は東京に行ってくれ」

「はっ? 神楽が?」

 

 心底不安そうな表情で霞が言う。心外だ。

 

「なんだよその顔は。つーか、列車動かせない以上、移動手段はバイクだろ? サイドカー込みで行けるのは二人までだろうが」

 

 団体行動が嫌いな明日葉は、移動手段に愛用のサイドカー付きバイクをよく使っている。今回の任務もそのバイクで現地に来ていた。そして、そのバイクは砲塔列車に収納されている。

 明日葉のドライブテクニックを駆使すれば、砲塔列車で行くよりも数倍早く東京に着ける筈だ。それまでに霞が無事かは別問題だが。

 

「そーっすよ。ここは護衛役とオレらで大丈夫ですから、行っちゃってください」

 

 俺と霞のやり取りに気づいた千葉の戦士たちが頼もしげに笑ってみせる。グッと親指を立てて、彼らは言う。

 

「東京を頼みます明日葉さん、ついでにそのお兄さん!」

 

 減らず口がデフォルトの皮肉屋たちは言葉にこそ出さないが、霞の頭脳を信頼している。軽口は回りくどい信頼の証だ。

 

「だとよ。ほら、さっさと行ってこい」

「ってもなー。俺はともかく首席の明日葉がいなくなるのは……」

「大丈夫、大丈夫」

 

 ほら、と俺は躊躇している霞に海上を見るように言う。そこには、実に頼もしい光景があった。

 

「無能がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 雄叫びを上げて壱弥が凄まじい勢いで〈アンノウン〉の数を減らしている。

 

「あ……大丈夫そうですね」

 

 爆発音と煙が上がっている戦場を見て、霞はこの場を俺たちに任せることを即決。

 

「お前らも適当に切り上げて帰れよ!」

「ういーっす」

 

 最後に千葉生徒たちへ大雑把な指示を残して、霞はバイクのサイドカーに飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、俺らも頑張りますかね」

 

 走り去るバイクを見送り、俺は大きく伸びをする。パキパキと関節が鳴り、首の辺りがゴキゴキと音鳴らして自己主張していた。

 運動不足だなぁ、と場違いなことを考えていると、戦闘科の生徒の一人が指示を聞きに来る。

 

「とりあえず、オレらはどうします?」

「まぁ、さっきと変わらずに面射撃でよろしく」

「りょーかいっす」

 

 先程までの拮抗していた戦況と違い、壱弥が手当たりしだいに〈アンノウン〉を蹴散らしていってくれていたおかげで、防衛ラインの維持をギリギリだが、このままでも保っていられる。代わりに壱弥へ〈アンノウン〉のヘイトが集まっているので、俺の仕事はそのフォローが妥当だろうか。

 

「にしても苦労してますよね。首席のお兄さんといい、護衛役の人といい」

「言うなよ……悲しくなるだろ」

「でも首席と毎日一緒ってだけで、余裕でおつり出るじゃないですか。ぶっちゃけた話で、もうベッドにゴールインとかしました?」

「お前、随分と突っ込んでくるなぁ……」

 

 ってかなんだよ、ゴールインって。

 ボキャブラリーをもっと増やせよ。だから千葉はヤンキーの集まりだとか言われてるんだぞ。

 よく勘違いされるのだが、俺は別に明日葉にそういう色恋染みた感情はあんまりない。というか、お互いにそういうのを意識してるのなら、明日葉はそろそろ俺や霞の前で普通に下着姿になるのとかをやめている筈だ。羞恥心とかどこに行けば売ってますかね。真面目な話で。

 

「そりゃあ、気になりますし……ね!」

「残念ながらまだだよ。なにせベッドにゴールインする前にシスコンスナイパーに冥土にゴールインさせられるんでな」

 

 この場に不適切な会話をするのは、ほどよく緊張をほぐすためだ。うっかり頭が冷静になれば、割とこの状況が切羽詰まっていることに気づいてしまう。人間、バカなくらいが丁度いい。千葉はバカしかいないけど。

 戦況は徐々に挽回しつつはある。

 今の壱弥がそう簡単に止まることはない。弾薬や兵装はまだ余裕がある。長期戦になることだけ覚悟すれば、そこまで大変ではない。

 

 だからだろうか。

 

 判断が一瞬、コンマ一秒遅れた。

 

 ──気づいた時には俺の体は宙を舞っていた。




いっちゃんブチ切れ。
明日葉、霞、戦線離脱。
そして神楽は空を飛ぶ。
そんな感じな本編でした(笑
お察しの通り、次回はオリジナルストーリーです。その為、東京・舞姫救出大作戦はたぶんカット。詳しく知りたい人は原作をチェックということで許しください(土下座
最近サブタイ考える方が本編書くより大変かもって思い始めてくる今日この頃……

本編裏話 三人乗り
千葉生徒「そういえば、ここに来る時はどうやって来たんですか?」
神楽「サイドカーに霞と一緒に二人肩寄せあって……」
千葉生徒「え……もしかして二人はホモ……」
神楽「違うからな! 明日葉が自分のバイクのケツに誰か乗せるの嫌いって話だからな!」

霞「ぶぇっくしゅん!」
明日葉「うわっ! お兄ぃ、汚い」
霞「なんだろう……今、不名誉な称号がまた一つ増えた気がするんだけど」
明日葉「なにそれ、キモい」

サイドカーに二人乗りとか、普通なら違法もんですね。間違いない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。