どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
誰が誰の為に
たぶん、俺という存在は、本来なら必要ないのだろう。
そう思うようになったきっかけは、そんな大した理由じゃない。
自分の存在理由がそう在ったからだ。
世界で一番好きな女の子が一番好きなのは──俺じゃない。
世界で一番大切な男の子が一番大切なのは──俺じゃない。
そんな二人のことが──俺は世界で一番好きだった。
どんなに望んでも、どんなに願っても、俺は一番にはなれない。
だから、俺はそんな世界が好きじゃなかった。
……まあ、別に嫌いなわけでもないのだが。
面倒なしがらみとか、意味がわからない理屈とか、そういうのはぶっちゃけどうでもよくて。つまりは俺の中で一番が決まっていることが大切なわけで。要するに、世界なんて、俺にとってはどうでもいいのだ。
結局のところ、俺にとっての二人は?
そう問われる機会があったら、俺はどう答えるのだろうか。
上手いコトバが見つからない、いや──そのコトバが見つかることは、きっとこの先の人生でもないのだろう。
ただ……俺にとって一番大事な存在ってだけ。
コールドスリープから目が覚めて、家族とか知り合いとかを全部失って、記憶も含めて全部カラッポになった俺に唯一残った存在。
一生のうちの、一番大事だった時間を一緒に過ごして、同じ食べ物を一緒に食べて、同じ空気を一緒に吸って生きた。その証。
だから、俺は二人の為に勝手に自分の全部を捧げた。
存在も。夢も。生きる理由も。
──命さえも。
それが、俺がここに
突然の意識外からの不意打ちに驚くよりも先に、肌で感じ取った感覚に、俺は腹の底から恐怖した。
そこにあったのは明確な敵意。殺意や憎しみなどの
俺は今の今まで敵意というのは、大なり小なり
殺意や憎しみこそないくせに、そこには敵である俺を必ず仕留めるという敵意が存在する相手。その矛盾にも似た感覚が、俺が直撃の瞬間まで敵の存在に気づけなかった原因だった。
──ああ、これは駄目なやつだ。
吹き飛ばされ、一撃を受けて、俺は確信する。
この相手は自分なんかよりも遥か高みにいるやつだ。
殺意も憎しみもない理由は簡単だ。俺という存在が、相手側に微塵も脅威と感じられてない。人が蟻を踏み潰す時に殺意も憎しみも抱かないのと同じ理由だ。陳腐な言葉だが、次元が違う。格が違うと言ってもいい。
脳内が告げる。逃げろ、今すぐに逃げろ、と。おまえでは逆立ちしても勝てないと、残酷で冷静な自分が告げてくる。
「……まあ、それで素直に逃げれたら苦労はしないって話なわけですよ」
そもそも自分よりも格上の相手なんて、数えるのが面倒なくらいにいるだろうが。
それにしても、この相手はなんで明日葉が居なくなってから出てきたのか。せめて明日葉が居てくれたらなんとかなるのに。
そんな、男として非常に情けないことを思いながら、俺は空中で身体を捻る。地面に落下するよりも先に銃のグリップを強く握りしめて、自分を吹き飛ばした相手に銃口を向けた。
「ぶっ飛べ」
告げて、引き金を引く。出し惜しみなどする暇はないし、元よりするつもりもない。体内にある
迸る
呼吸をするのが苦しくて仕方ない。
制服のポケットから、以前の任務でカナリアに使った時の残り物である
倒せたのか? そんな有り得ない希望は、あっさりと否定された。
「──わかってはいたけど、キッツイなぁ」
一息入れる暇すらなく、煙塵が風で洗われる。
多少はダメージを与えれたつもりだったのだが、まさかの無傷。心が折れそうになる。
そこに居たのは、見たことのないタイプの〈アンノウン〉だ。人型──とでも呼称するべきだろうか。今まで見てきたどのタイプとも違う。二足歩行型の〈アンノウン〉だ。しかもカラーリングは黒。中々に厨二心を刺激してくる。
「大丈夫ですか!」
少し離れた場所から、先程まで一緒に喋っていた生徒が俺の安否を確認するように声を張り上げて近づいて来た。
しかし、それは悪手だ。俺は反射的に怒鳴った。
「馬鹿! さっさと逃げろ!」
「えっ──」
瞬間、黒い〈アンノウン〉の姿が消えた。
俺が視認するよりも先に、目の前に突然現れた〈アンノウン〉の腕が横一線に振るわれる。直後、俺に近づいて来た生徒は空を舞い、海面へと叩きつけられた。
「クソっ……!」
海に落ちた生徒の心配をする余裕はない。次に同じ末路を歩むのが自分だとわかっているからだ。せめてもの抵抗で銃口を向けようとしたが、それよりも相手の反撃の方が早い。
「がッ……!」
何をされたかはわからなかった。
唯一わかったのは、自分がもう一回宙を舞ったという事実だけ。
それでも海面に叩きつけられるのだけは回避しようと、体を捻って銃弾を空に向けて放つ。撃った時の反動が上手いこと作用し、強引な軌道で地面に落ちる。
「ゲホッ! ゲホッ! あー……クソッ……ちょー痛い……背中打った」
身体中を駆け巡る痛みに堪えながら、目の前の黒い〈アンノウン〉へ視線を合わせる。動く気配はない。さりとて、隙があるわけでもない。武術でいう自然体に近かった。
嫌になる。
こんな格上という言葉すら陳腐に思えてくる相手と、何故自分が戦わないといけないのか。こういうのは舞姫とか壱弥とかみたいな人外連中が相手をするべきだろ。凡人代表の俺には無理ゲー過ぎて笑えない。
そう思った。甘えた。助けを求めるように視線が壱弥を探してしまった──その直後に〈アンノウン〉が肉薄してきた。
「──ッ!」
風を切る音がした。わかってはいたけど、この〈アンノウン〉は容赦なんてカケラもない。恥も外見もかなぐり捨てて、全力で首を捻る。
繰り出される手刀をギリギリで避けれたのは、ぶっちゃけ奇跡としか言えない。もう一回同じことをしろと言われたら、間違いなく無理だろう。
故に、これは好機だ。鋭く、正確にこちらの首元を狙ってくる〈アンノウン〉の腕を掴み、迷うことなく、ほぼ零距離で先程以上の砲撃を放つ。
目の前が真っ白に染まっていくのを、何処か他人事のように思いながら、体が本日通算三回目の飛行体験をする。身体中にGやら、瓦礫の破片やらがのしかかってくるのを無視して、敵を探そうとして──腹部に鈍器で殴られた様な痛みが襲う。
「ガハッ!」
呼吸が一瞬止まった。意識が飛びそうになる。〈アンノウン〉のやつが回し蹴りをしたらしい。
「いっ……てぇー!?」
肋骨が折れたのか、さっきから胸の辺りが物理的にとてつもなく痛い。
しかも敵から目を離すなんて愚行をした自分の愚かさを恥じる暇すら与えてもらえないらしく、敵の右腕が俺の首根っこを掴む。
酸素を求めながら、これは逆に言えば相手から距離を詰めてくれたと前向きに考える。ならば、こっちの首がへし折られる前に目の前の〈アンノウン〉に一撃叩き込めればいい。そう思って、俺は目を見開く。
「ははっ……笑えねぇ……」
酸欠気味の頭で瞬時に判断し、信じられない、信じたくない光景を見た。敵の左腕に光が収束している。それも徐々に大きく肥大化しているのだ。間違いなく、超高密度に圧縮されたエネルギー的なナニカだろう。
その矛先は当然だが俺なわけで。真面に受けたらどうなるかなんて、わかりきっている。
このままでは──死ぬ。
「こん……のォォ!」
捻る。体を無理矢理に捻る。今は骨が折れてるとか、どうこう言っている場合じゃない。喰らったら死ぬ。明確な死から逃げるように暴れ回り、首根っこを掴んでいる敵の右腕に両手両足を使って掴み返し、そのまま反転。相手も腕が折られる可能性に気づいたのか、即座に右腕を首から離した。その隙に迷うことなく全力離脱。
離脱の瞬間、エネルギー的なナニカが真横を掠めた。
「あー……もう、嫌だ……帰りたい。誰でもいいから、助けてくれよ……」
溢れたのは泣き言。
敵意が直に突き刺さる。
隙らしい隙はなく。油断らしい油断もない。実力は自分の頭三つは上。この強敵をどう対処したら良い。なにを持って勝機と見るべきだ。答えがまったく出てこない。
ただ一つだけはっきりと理解したのは、確実に死が迫っているという事実。それを今の俺はギリギリでチョン避けしている。何度も何度も、それこそ気が狂いそうな数の死線をこの短時間でチョン避けしたのだろう。頭を空っぽにして、反射神経と直感に全振りして、それでようやく保たれている現状。間違いなく一生分の運を使い切ってる。
──逃げたい。何もかも投げ捨てて、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。死のチョン避けループとか、もうしたくない。
「こんなことなら、モチっと真面目に戦闘訓練しとくんだったなぁ……」
餅は餅屋と言い訳して、戦闘科に配属されてからも戦闘訓練なんて片手で数えるくらいしかこなしてなかった事を今更ながら後悔する。
〈アンノウン〉が再び接近。全力で後ろに逃げようとしてみるが、当たり前の様に失敗した。
いよいよ誤魔化しが効かなくなってきたらしい。詰みが近いのだと予感する。
呼吸をするのすら忘れて、全力で回避行動に専念。目、首、右腕──避けきれずに被弾。ゴキリッという鈍い音と痛みから、たぶん折れた。慌てて握っていた兵装を左手に持ち替える。
『神楽、無事か!?』
割とガチで助けを求めていたら、本部にいる
「絶賛大ピンチ、ってかそっちの状況は?」
『今、愛離が東京上空のホールの緊急封鎖を行なっている。だが、殿を務めている
「なる。未確認はこっちだけじゃないのね」
『待て! 今、こっちだけじゃないって言ったか! まさか、そっちにも……』
「来てるんだよなぁ……」
というか、現在進行形で猛烈アピールを受けている最中だ。
射撃で牽制して距離を稼ぐ。その間、未確認〈アンノウン〉は回避に専念し、じっと此方の出方をうかがっていた。おそらくは奇襲や援軍の到着を警戒しての行動だ。
俺の現状を理解したのから、求得が呻くような声を漏らした。
『……状況は?』
「生徒一名が生死不明。現在、未確認〈アンノウン〉は俺が単騎で対処中。右腕は骨折してて、
『三百秒だ。後三百秒だけ耐えてくれ。そしたら……』
「撤退していいってか?」
『ツッ! ああ、その通りだ』
だよな、と俺は苦笑。このまま後退しても、それは東京側にこいつらを引き連れるだけで、解決にはならない。本部の命令は正しい判断だ。
……でも、そんなの無視して逃げろと言って欲しかった。
「了解です。一応、戦闘データは取ってください。主観ですけど、こいつ明日葉とか舞姫ばりに強いんで、何か対策しないと」
『そんなことはどうでもいい!』
「いやいや、だって
何かを犠牲にしなければならないのなら、その犠牲は少ない方がいい。一を犠牲に九を救う。その一が俺。九は……明日葉と霞。
せめて壱弥がこの場にいるなら、と思ったが、そんなことをしたら他のところの均衡が崩れる。全戦場をカバーできる人材は空を自由に飛び回れる壱弥しかいない。ならば、ここは誰が捨て駒になるべきか。そんなのは決まっている。
『そういう意味じゃねぇ! 諦めるな! おまえが諦めたら、明日葉や霞が悲しむだろ!』
「……わかってますよ。そんなことは」
『なら──』
「でも、どうしようもないんだよ。どうやっても詰んでるんだよ」
きっと霞なら、こんな状況でも奇抜な発想で切り抜けてしまうのだろう。明日葉ならば、そもそもこんなピンチになるわけがない。何万回も思考しても、出てくる答えは同じ。
切り札の〈世界〉で時を止めたとしても、結局は根本的な解決にはならない。
つまり、どう足掻いても死の未来は避けられないということだ。
諦めた、とは言いたくなかった。視界はボヤけてるし、足も震えている。死の恐怖に押し潰されそうなのを、意地張って我慢しているだけ。未練タラタラの、山盛りだ。
『もういい! 作戦は中止! 防衛ラインは一時放棄! 千葉の生徒は全員安全圏まで後退しろ!』
「ダメでしょ。それだと東京と挟み撃ちになるだけだし」
なんでその言葉をもっと早く言ってくれなかったのか。八つ当たりなのはわかってはいるし、結局のところ俺たちの存在理由は戦うことだ。
なによりも、俺が望んでこの防衛都市に来た。俺の意思で銃を取った。俺があの二人の盾になると決めた。
それを嘘にはしたくない。
──けど。
だけど、やっぱり死ぬのは怖い。明日葉ともっとデートしたかったとか、霞と美味い飯を食いに行きたかったとか、バイクの免許を取って三人で遠くに行きたかったとか、やりたいことが山ほどあった。
自分で選んだ道だけど、やっぱり思う。
ああ……
「──死にたくねぇなぁ……」
ポロリと漏らした本音は、再行動をする未確認〈アンノウン〉の放つ閃光に呑まれて消えた。
この時間に投稿すればバレないやろ(震え
半年ぶりくらいに投稿してます。エタったわけじゃないんです、ホントやで? ちょっと別サイトでオリジナルの方書いていて、それにハマってたらこっち忘れてたとか、そんなのはないんだからね(目逸らし
本編裏話 某次回予告風
明日葉「やめて、未確認〈アンノウン〉にフルボッコにされたら、ゴミカスレベルの神楽の精神が見るも無残に燃え尽きちゃう」
霞「頼む、死ぬな神楽」
舞姫「君がここで死んだら、みんなとの約束はどうなっちゃうの」
ほたる「まだ死亡確定はしていない。ここを乗り切れば、奇跡的に生き残るかもしれない」
壱弥「ふん、無能なこいつには無理だな」
カナリア「いっちゃん! 駄目だよ、そんなこと言ったら!」
「「「次回、日下神楽死す!」」」
神楽「鬼かおまえら!」
唐突に思いついたネタ。