どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
覚醒
これはとある人物が言っていた言葉の受け売りなのだが、世界というのは見る者によって姿を変えるものらしい。
忘れがちな話だが、それはたぶん当たり前のことなんだろう。
そうでなければ、三十年前の世界は〈アンノウン〉に負けることはなかった。
そもそもな理由で、お互いに手を取り、足並みそろえて頑張るなんてことは、人間には無理な話なのだ。誰だって自分だけの優先順位がある。自分だけの世界というものを必ず持っている。
それが人間という生き物だ、と俺は思う。
一見すると悪の行為でも、反転すると正義として扱われる場合がある。
良かれと思った行動が、実は最悪の事態を招く可能性を秘めている時がある。
要するに見方の問題だ。
それは俺たちが持つ異能力の〈世界〉も同様。
例えば、
例えば、
発想と応用。そして閃き。
都市代表に選ばれる人物たちの多くは、そうやって自分の〈世界〉の特性を完璧に理解し、それぞれがオンリーワンの戦う術を手に入れている。
考えてみれば、俺は自分の〈世界〉というのを理解したつもりになっていた。
時を止める〈世界〉。なるほど確かに強力だ。しかし、その止めるという行為に自分の
自分の未熟さの所為で、強力だが使い道のない〈世界〉。
それが俺や周りの人たちの共通認識だった。
だが、しかしだ。実は、その認識こそが間違いだとしたら。
俺にはある一つの疑問があった。
本当に、俺の〈世界〉は時を止める〈世界〉なのか?
「まだだ……まだ……死ねない」
赤い空が広がっている。
時の止まった世界。無力な俺がこの理不尽な世界に抗う為の力。
その力が本人の意思を無視して発動する。
「ああ……クソッ」
地面に這いつくばっている身体が悲鳴を上げているのがわかる。右腕は折れて指先の感覚が鈍いし、溜まりに溜まった疲労感の所為で足に力が入らない。肋骨でも折れたのか、息を吸う度に胸元に激痛が走る。
「つか、腕痛いし、身体中擦り傷だらけだし、なんでこんなことしてんだよ俺……」
それでも……それでも、まだ生きている。
「……あー、笑えねェな」
浅く息を吐き出しながら、自虐気味に呟いた。
ここまで詰んでると、一周回って笑えてくる。
それでも、不思議と逃げるという選択肢は出てこない。
防衛都市の戦闘科で活躍している以上、常に死を受け入れる覚悟は出来ている。そしてそれは冗談でもなく、本当だ。死にたいとは思わない。だが死ぬ覚悟はできている。中には”死なない覚悟が重要だ”なんていう若者らしい声も聞こえるが、それは現実を知らない馬鹿が言う事だ。
俺たちは三十年も昔から知っている。
何時だって死は、終わりは理不尽なのだと。
理不尽で身近な所に死はある。それは受け入れなくてはならないものだ。抗ってもいい。嘆いてもいい。理不尽だと泣き叫んでもいい──だが、それら全てを最後には受け入れなくてはならない。それが人生。それが人間という生き物。俺達はどうしようもなく蹂躙される側の生物だ。
だからこそ、意地を張る覚悟はできている。
その理由は至極単純。
思い出したからだ。自分の存在理由を。
俺には記憶が無い。家族のことも、過去にあった筈の思い出も、全てを綺麗さっぱり無くした空っぽの人間だ。
だから俺は、唯一残っていた〈夢の世界〉という記憶に縋っていた。
縋って、縋って、防衛都市でそれすらも失ってしまう可能性に怯えながら毎日を過ごしていた。そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、
──
それを自覚した瞬間、カチリ、と俺の中で何かが噛み合う手答えを感じた。
身体は傷つき、血を流し過ぎてもはやポンコツ同然だが……かろうじて動くことはできる。
だったら──諦めるのはまだ早い。早すぎる。
日下神楽にしかできないことが、まだ残っているのだから。
ならやろう。最期まで前のめりに。
たとえどれだけ手酷くやられても、その結果として死んだとしても構わない。
「ぐッ……!」
右腕に力を入れて、ゆっくりと起き上がる。
身体中から、血から、細胞の一つ一つから、根こそぎありったけの
「行くぞ」
赤い世界が砕けて消え、見慣れた青い空に戻る。眼前には未だ健在の未確認〈アンノウン〉。
「ああぁぁァァ!」
口から溢れる血を無理やり飲み込みながら吠え、拳を構えて一気に接敵する。肉体が限界を迎えているのであれば限界を超えるしかない。
足りないのは知っている。怠惰による自業自得なのも理解している。俺は明日葉や
なら絞り出せ。奥の奥。文字通り自分の命も力に変えろ。
打撃による迎撃が来る。狙いは首。今のぼろぼろな身体では避けるのは不可能だ。間違いなくコンマ数秒後には、俺の首と身体は永遠の別れを迎える。
──だけどそれは、相手の狙いがわからない場合の話だ。
「
俺の意思に応えて、首筋に埋め込まれたクオリディア・コードが光る。
再び広がる赤い世界。そこに変化が起きた。
静止した赤い〈世界〉の空が揺らぎ、不愉快な音が鳴り響く中で、俺の〈世界〉が物理法則を書き換える。
ステンドグラスが割れた様に赤い空が割れ、キュルキュルとテープが回る音が鳴り響き、
その結果──時間が数秒だけ巻き戻った。
「こっ、のぉ」
勢いよく首を捻る。無理矢理に首を捻った反動で首筋から肩にかけて激痛が走るが、大した問題ではない。そのまま身体を前のめりに倒して、お互いの距離を一気に縮める。足を止めたら終わりだと自らに言い聞かせて、右肩を当てに行く。
先読みなんて芸当はできないし、優れた動体視力なんて勿論無い。だから俺は、俺にしかできないイカサマを使う。
以前、壱弥が俺の〈世界〉を【時を喰うもの】──タイムタイラントと命名した事があった。あの時は否定していたが、成る程確かに、と今なら納得できる。
〈世界〉の発現には、コールドスリープ中に見ていた夢の内容が強く関係するらしい。で在るならば、過去に縋り、あの日の終わってしまった日常を夢見た俺が、時を止める〈世界〉なんて望む訳がない。
そうだ。
俺の〈世界〉は時を止める〈世界〉なんかじゃない。時を──巻き戻す〈世界〉だ。
「捕まえた」
お互いの距離が零になり、俺は小さく笑った。初めてこの出鱈目に強い〈アンノウン〉が動揺した気がしたからだ。それはこの瞬間、機会を持ち望んでいた自分には十分すぎる瞬間であり、
「ありったけだ。釣りはいらねェよ」
左拳を強く握る。持ちうる全技術、
「──
海底調査の時、
何度も何度も拳が直撃した事実だけを残して、過程のみを巻き戻す。そうすることで時間と空間は圧縮され、俺の拳は概念すらも捻じ曲げた必殺の一撃に昇華する。相手を必ず倒す為こと、その一点だけを磨いた拳は阻むものもなく、止められるわけがなく、黒い〈アンノウン〉に衝突し──吹き飛ばした。
その衝撃は凄まじく、衝突と同時に周りに数メートルの亀裂とクレーターを生み出し、相手の体を何十メートルも先へと押し出す。そのあまりにも規格外な破壊力から、間違いなく倒したと確信した瞬間、
身体中にかつて経験した事がないレベルの激痛が走った。
「あ……がぁ……」
口から溢れ出す血をどうしようもなく、それを吐き出しながら膝を地につけ、うつ伏せに倒れる。血を流し過ぎたせいか目は霞んでいるし、殴った左手首から先の感覚は完全になくなっていた。身の丈に不釣り合いな力を行使したのだ。これくらいの代償は必然だった。
それでも俺の中にあったのは、確かな満足感だ。
「なんだ……俺もやればできるじゃないか」
痛みが全身を満たし、今にも死にそうだが、それでも内側から溢れ出す満足感には抗えなかった。勝った。決して正攻法では無い、卑怯な手段を取ったが、勝利した。非力で無力で凡人の俺が、舞姫や明日葉みたいな強者たちの力を借りる事なく強敵に勝利したのだ。
これ以上の充実感はない。
だからこそ、
煙の晴れた先に黒い〈アンノウン〉が立っていたことに、俺の心は完全に砕かれた。
「そん……な」
震えながらも立ち、生きている〈アンノウン〉の姿が霞んだ視界に映る。右腕を庇う様に左腕で支えていて、片足を引きずってはいたが、それは今もなお健在と証明する姿だった。
まさか、直撃するコンマ数秒の刹那に自分の右腕を挟み込んで盾にしたのか?
「ははッ……」
思い知らせる。現実ってやつは、何処まで行ってもクソなんだと。
限界を超えて、新たな力にも目覚めた。それでも、勝てないものは勝てない。
認めるしかなかった。相手は強い。自分よりも、はるかに。自分なんかが見上げることすら叶わない領域に相手は立っている。だからこの結末は自然なものだと。
強いものは強い。
人生に奇跡なんてものは存在しない。
弱者が強者を破る様な物語は、決して万人に与えられる特権ではない。
もう、笑うしかなかった。そうでもしないと、自分を保っていられない。
──あぁ、ごめん。明日葉、霞。
──約束、守れそうにないわ。
漠然とした痛みと、疲労と、そして終わりを肌で感じる。これが俺の終わりだと思うとどこか寂しいものがあるが、死には抗えない。
最後の力を振り絞って、辛うじて動く右手を動かして、中指を点高く突き上げる。所詮は最期の意地だ。だから、せめて悪態の一つくらいは吐き捨ててから死んでやる。
「地獄に堕ちろ、クソったれ」
そう言い残して、俺は意識を失った。
物語の主人公が愛する人の為に真の力に覚醒したら、どんな強敵にも勝てる!
そんなわけないだろ(ゲス顔
そんな感じで救済のパラノイア編スタートです。
本編裏話 技名候補
壱弥「時間を屈折させ、打撃を瞬間にニ撃以上を同時に打ち込む技か……ふむ」
神楽「あ、やな予感」
壱弥「二重の極み、だな」
神楽「悪一文字は背負えないかなぁ……」
原理的には同じ。