どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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零れ落ちる想い

 廃都のひび割れた道を、一台の大型バイクが唸りを上げながら北上する。

 

「うーわ、あれヤバくない! 空から〈アンノウン〉降ってきちゃってる」

「あー……、やばいな」

 

 運転手の明日葉は前方に見える東京都市上空の光景に驚嘆の声を上げ、サイドカーの霞が応じるように頷いた。

 突如として現れた〈アンノウン〉の大群。これまでの〈アンノウン〉は東京湾上にある〈ゲート〉を介してしか出現しなかった。防衛都市の生徒たちが管理局から常に聞かされていたのは、南関東一円を覆う障壁の存在だ。これによって、防空態勢は完璧なものとしていた。しかし、その障壁は海上までは効果範囲が足りず、結果として海上からの〈アンノウン〉の侵攻を許してしまう。だからこそ、その穴を埋める為に霞たち防衛都市の生徒がアクアラインをはじめとした要衝を守護してきたのだ。

 その常識が現在進行系で崩れ去ろうとしていた。海上だけではなく、絶対とされていた空からの侵攻。それも海上と空の同時。悪夢なら早く醒めてほしい、と霞は切に願った。

 

「神楽、大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。少なくとも、今から俺らが行く場所よりは安全だし」

 

 状況は理解していても、いざ口にするとゾッとする。何が楽しくて、〈アンノウン〉の大群によって壊滅間近となっている東京にたった二人で向かわなければいけないのか。

 後は任せろと、海ほたるの指揮を引き継いでくれた親友には悪いが、正直な話で今すぐにでも家に帰りたい。

 

「んー、でも神楽はお兄ぃばりにカスカスだしなぁ」

「ちょっと、ナチュラルにお兄ちゃんのことディスるのやめてくれない」

 

 心配性な妹の態度に、霞はやれやれと息を吐く。

 そんなに心配なら、あの場に残さずに連れて行けば良かったのに。

 千種霞にとって、最優先で考えるのは妹の明日葉だけ。それ以外の全ては、正直どうでもいい。

 親友には悪いが、そこだけは譲れない一線だった。仮に明日葉と神楽のどちらかを犠牲にしろと言われたら、霞は迷うことなく神楽を犠牲にする。残酷とか、非情とか、そういった類いの話ではない。要するに、優先度の問題なのだ。何が一番で、何が二番目なのか。そういう話だ。

 それはある種、異常な考え方なのは霞本人も自覚はしている。自覚していて、それでもその在り方を変えるつもりは微塵もない。そして、その歪な考えを親友自身も肯定している。

 親友は言った。

 千種霞はそう在るべきだ、と。

 

「や、だって神楽もお兄ぃも集団行動苦手じゃん」

「明日葉ちゃんにだけは言われたくないかなぁ……」

 

 ただ、明日葉の言いたいことも霞にはよくわかる。

 日下神楽は何も無い。比喩ではなく、本当の意味で中身が無い。それでいて、その在り方は異常なくらいに歪だ。

 以前、本人の口から直接聞いたことがある。

 コールドスリープ中の事故で、名前を含めたほぼ全ての記憶を失ったこと。唯一残っていた記憶が、〈世界〉の発現に関する夢に登場していた自分たちであること。その記憶だけを頼りに防衛都市に来たこと。

 その全てを、霞は神楽本人から聞いていた。

 話を聞いてもピンとこなかったが、成る程と納得もした。

 どうして神楽が自分や妹の明日葉に対してそこまで献身的なのか。その理由はそこにあったのか、と。

 日下神楽という人間の根底にあるのは過去への依存だ。そう霞は考える。

 何もないからこそ、失った過去に自らの存在理由を求めている。そして、霞や明日葉の存在そのものが、神楽にとっての過去であり、存在理由なのだろう。

 だから、日下神楽は自分たち兄妹のために全てを捨てたがる。地位も名誉も──自分自身の命さえも。

 護衛役に着任する際に、皮肉の意味も込めて聞いたことがある。

 

 ──明日葉のために死ねるか? 

 

 ──当たり前だろ。

 

 その時の神楽は迷う素振りすら見せずに、当然のことの様に即答したのを覚えている。霞にはその姿が頼もしくもあり、同時に──脆くも見えた。その脆さを明日葉は本能的に感じているのかもしれない。

 

「……ねぇ、お兄ぃ」

 

 不意に、明日葉がぽつりと呟いた。

 

「どうした?」

「神楽は……居なくならないよね」

 

 それは、普段の彼女らしくない言葉だった。

 もしかしたら顔に出さないだけで、明日葉も本当は不安なのかもしれない。

 東京が宇多良カナリアを失った様に、千葉や神奈川も大切な何かを失うことになるかもしれないという恐怖。次は自分たちかもしれないという見えない恐怖が、明日葉の心の根っこの深い部分に小さな棘の様に突き刺さっているのだろう。

 霞は知っている。

 明日葉の大切なものは最初から決まっていることを。

 ──そして、彼女が大切に想うものほど、あっさりと彼女の手からこぼれ落ちていくことも。

 だから、霞は何時もと変わらない気怠げ気味な声で言う。

 

「当たり前だろ。あいつは、俺らの護衛役なんだからさ」

 

 その呟きと同時刻。親友が死地のど真ん中にいることを、この時の霞は知らなかった。

 

「だよね」

 

 明日葉は気づかない。自分の中の数少ない大事なものが、今まさにその手からこぼれ落ちようとしていることを。

 

「よっしゃぁ! それじゃあ、行くよー!」

「あ、ちょっと明日葉ちゃん……安全運転でおねがいいぃぃィ!!」

 

 マフラーを吹かして、明日葉は勢いよくハンドルを回した。まるで彼女のテンションに呼応するかの様に、バイクがひび割れた道を爆走する。

 その先に見えるのは、〈アンノウン〉の群れ。

 明日葉は獲物を見つけた狩人の目をして、〈アンノウン〉の群れへと突っ込んで行く。

 振り落とされないよう霞は必死にサイドカーにしがみつき、明日葉の暴走を咎めようとした。だが、もはや兄の霞の言葉すら届かない境地まで、明日葉の戦意が振り切れていることは一目でわかる。

 その証拠に、明日葉はもうバイクのハンドルすら握っていない。

 代わりに握っているのは、彼女が愛用している二丁拳銃だ。

 好戦的に口元を吊り上げ、自らの〈世界〉を発現させる。

 無闇矢鱈に乱射された氷炎(ひょうえん)の弾丸は、その適当さに反比例するかの如く、一発一発が寸分違わず〈アンノウン〉の胴体を撃ち抜く。

 的を外れた弾丸の焔が廃墟を崩し、瓦礫の雨を降らせたかと思えば、その瓦礫にもまた弾丸が当たる。

 すると瓦礫の雨は一瞬にして凍結し、連なり、明日葉の眼前に即席の上り坂が築かれた。

 明日葉は二丁拳銃を太もものホルスターに格納し、再びハンドルを握ると、天高く伸びる氷の上り坂をバイクで勢いよく駆け上がっていく。

 

「いぃやっは──ッ!」

「おおおッ!?」

 

 氷の上り坂の先端から、バイクは慣性に従って飛び出していく。

 確かに数秒の瞬間だけ、重厚な鉄の馬が宙を駆けた。

 息を飲みサイドカーにしがみつく霞の尻に、どんと衝撃が突き上がる。その痛みに思わず尻をさすってしまう。 

 しかし、氷の上り坂を駆け上がったバイクの勢いは止まることなく、高架の高速道路へと着地し、そのまま走り出した。

 

「お、おい明日葉! あんま無茶すんなよ!」

「はっはー! 次行くよ次!」

「訊いてねェし……ん?」

 

 ふと視線に気づいた霞が振り返ると、執拗に追いかけて来る〈アンノウン〉の個体がいた。見るや、霞の口から舌打ちがこぼれ落ちる。

 周りが見えていないどころか声すら聞こえていない様子の明日葉に代わり、霞がライフルでその個体を撃ち落とす。

 ふう、と霞は一息吐きながら思った。

 

「やっぱ、こういうのは神楽に任せた方が楽だわ」

 

 好き勝手に振る舞う妹は勿論可愛い。だけどその度に振り回される兄は、遠くにいる幼馴染兼親友の顔を思い浮かべた。どうせ振り回されるなら、道連れは多い方が良い的な意味で。

 

「おっしゃ次ィーッ!」

 

 明日葉と霞を乗せたバイクは、東京へ向けて爆走して行く。

 大切な場所と大切な人達を護る為に、二人は急ぐ。後ろに残したある一つの不安を振り切って。

 

 後に二人は思い知る。

 

 本当に大切なものは、何時も絶対に手放してはいけないことを。




この後霞は原作通りにサイドカーがぶっ壊れて、一人置いてかれる模様。

本当裏話 仲間意識
工科「離せ! 日下を助けるんだ!」
戦闘科「無茶言うなよ! 退避命令が出てるんだぞ!」
工科「そんなこと知るか! あいつは俺たち工科の大切な仲間だ!」
戦闘科(なんだ……ただの変態集団だと思ってたが、意外と仲間意識が強いんだな)
工科「あいつが死んだら……誰が今後の兵器開発の予算を持ってくるんだ!」
戦闘科「……よし、撤収ー」

一応、元同僚としての仲間意識はある……かもしれない。
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