どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
別に、昔から待つのは嫌いではない。
常日頃から明日葉の我儘に霞と一緒に付き合わされているからか、はたまた今は亡き霞と明日葉の母親が常識をかなぐり捨てた人だったからか、それとも単純に俺の性格故なのか。そこのところは俺自身もよくわからないが、とにかく俺は昔から誰かを待つことは嫌いではなかった。
そういったとこの感性は霞も同じらしく、スナイパーという職業柄からか、霞はゆったりまったりと気長に待つのが好きだったりする。随分前に明日葉が『お兄ぃと神楽は休みの日は縁側でお茶とか飲んでそう』とか言っていたのを思い出した。だが甘いな明日葉。そもそも俺と霞に休みなんて素敵DAYは存在しないのだ。バンザイ社畜生活。
反対に、妹の明日葉は待つことはそんなに好きではないらしい。まあ、大抵の人は明日葉と同じ意見だろう。俺や霞が例外なのだ。
「それにしても、すざくんたち遅いねー」
ぽつりと呟くような舞姫の声が無音の室内に響いて溶ける。〈アンノウン〉との戦闘で遅れて来るという東京代表を待って既に一時間が経過しようとしていた。
最初のうちは自分たちが所属する各都市の話に花を咲かせていたのだが、それだって十分程度が限界。そもそも、定例会議以外にも戦場やプライベートでお互いちょくちょく会っているのだ。話題が直ぐに枯渇するのは必然といえば必然だろう。そんなほいほい話題に事欠かさない青春を俺たちが謳歌していないというのもあるが。
あれ、おかしいな? そう考えると涙が出てくるぞ?
「仕方ないだろ。万年四位様がそんなテキパキと仕事終わらせられるわけないんだから。ここは俺たちが気長に待ってやらないと。仕方ないよな、だって万年四位なんだから」
覇気のない声で、しかししっかりと毒を吐くように、座っている席が隣の霞が舞姫に応えた。
霞は右手で頬杖をつき、目蓋を深く閉じているせいでその気怠さに拍車がかかっている。傍目にはわかりづらいが、今の霞は相当機嫌が悪い。
わざわざ万年四位なんて言葉を二回も言っているのがいい証拠だ。
いくら待つのが嫌いでないとはいえ、その待つ相手が嫌いなやつだった場合は別問題ということらしい。
「それもそうか! そうだよね!」
霞の雑な説明に納得顔の舞姫。そんな舞姫を、うんうん、と無言で肯定するほたる。何気に神奈川陣営も東京首席をディスりまくってるよな。なまじ千葉と違って、悪意ゼロで無自覚かつナチュラルにディスるのだからタチが悪い。
「でも暇だよー」
椅子に座ったまま退屈そうに足をぷらぷらと動かす舞姫の姿に一人鼻を押さえて悶絶しているほたるのことは気づかないフリをした方がいいのだろうか。
この舞姫の様子を写真に撮るだけで、神奈川で高く売れたりするんだろうな。なんたって神奈川だし。今度小遣いが足りなくなったらやろうと言葉に出さずに誓う。きっとその場合のお得意様はそこにいる
「あ、そうだ! ねぇ、かぐらん!」
唐突に、なにかを思いついたのか、舞姫が大声で誰かの名前を呼んだ。
地味に聞き覚えのない名前なので、たぶん知らない神奈川陣営のやつだな、と俺は一人で勝手に当たりを付ける。ここに到着してからずっと姿を見ていないということは、隠密に優れた〈世界〉でも使っているのだろう。ストーカー大国・神奈川らしい〈世界〉だ。
「あれ? かぐらーん!」
再度の舞姫からの呼び出し。しかし返答は返ってこない。
やがて業を煮やしたのか、舞姫はぴょん、と椅子から飛び降りて室内を歩き出した。
そして、淀みない足取りでこちらに近づいて来て、
「かーぐーらーん!」
「うおおぉぉ!」
耳元で舞姫は、それはそれは大きな声で叫んだ。
あまりの声の大きさに思わず変な声が出る。見れば、一番近くにいた明日葉は両耳を押さえてしかめ面だ。それでも霞よりはマシだろう。霞は自分の耳が常人の何倍も優れているせいで、まるでハンマーにでも頭を殴られたかのように悶絶している。
何時から神奈川首席の〈世界〉は声によるソニックウェーブを発生させる〈世界〉にチェンジしたのだろうか。
「やっと気づいてくれた」
「……待って、ちょっと待って。もしかしなくて、そのふざけたあだ名は俺のことを呼んでたりします?」
「そうだよ? 神楽だから、かぐらん」
どうよ? 的な顔、所謂ドヤ顔で胸を張る舞姫に俺は未だきんきんと煩い鼓膜を押さえて、
「お願いだからやめて……」
「え? なんで?」
「なんでって……ッ⁉︎」
そんなの当たり前だろ、と言いかけた口が止まる。幻覚でも見ているのかと瞬きを数回繰り返したが、残念ながら違うようだ。
眉を内側に寄せて考え込む舞姫の後ろに、般若の顔をしたほたるがいる。
何故?
困惑よりも先に恐怖が体を支配する。
般若は声を出さずに口だけを動かして、こちらに意思を伝えてきた。
──ヒメを困らせるとは……貴様、死ぬか?
おかしい。俺は読心術なんて使えないはずだ。なのに、どうして目の前の般若の言葉が理解できるのか。
いや、たぶん般若ことほたるがご自分の愛刀に手をかけているからだろう。
「……もう好きにしてくれ」
頭で考えるよりも先に本能が色々と諦めた。この場で下手な論争を唱えて、ほたるに斬られるリスクを考えれば妥当な判断だ。
「いいじゃん。似合ってるよ、かぐらん」
「そうだな。今度から俺らもそう呼んでやろうか? なあ、かぐらん」
黙れそこの性悪兄妹。
にやにやと含みある笑みで、項垂れる俺とにこにこ顔の舞姫を見ている千種兄妹とは、後できっちり話し合う必要があるようだ。
「それで、俺に何のようだ? なにか面白い話でもご所望なら、悪いけど期待には答えられないぞ」
「んー、用ってほどじゃないんだけど……」
そこまで言って、舞姫は少しだけその先を口にするのを躊躇う。沈黙が重い。主にほたるの殺気のせいで。
「……そういえば、かぐらんの〈世界〉について私知らないなー、て思ったんだ」
少しだけ生まれた沈黙を破ったのは、やはり舞姫だった。間近で聴いてみて、綺麗な声の持ち主だなと改めて実感する。宝石のように紅い瞳が、じっとこちらを見ていた。
「俺の、〈世界〉?」
「うん」
「そんな愉快な能力じゃないぞ?」
「それでも!」
つい訊き返してしまったが、どうやら聞き間違いではないようだ。目の前にいる人類の希望様は、本気で俺ごときの〈世界〉が知りたいらしい。
知りたい理由が、ただの時間潰しなのが悲しいとこではあるけど。
「んー……俺の〈世界〉かぁ……」
困ったな。俺は右手で自分の頭をかいた。
いや、別に舞姫に自分の〈世界〉を説明するのは個人的には構わない。ただ、自分は神奈川ではなく千葉に所属し、ましてや首席と次席を守る護衛役という立ち位置にいる。そんな人物がほいほいと他所の首席に自分の手の内を晒してもいいものだろうか。
「──ごめんお姫ちん。一応神楽ってあたしらの護衛役だからさ。あんまり他の人に〈世界〉のこと教えるのは駄目なんだ……ってお兄ぃが」
「俺のせいなの……いや、そう言ったのは確かに俺だけどさ」
意外なことに助け船を出したのは明日葉だった。
明日葉からの説明を聞いた舞姫は再び俺へと視線を向け、
「そうなの?」
「まあ、一応」
「そっか。なら仕方ないね」
やたらあっさり引き下がられて、逆に少しショックなんですけど。
「じゃあ、そのうち一緒の戦場の時にでも見してもらうよ」
「見てわかるもんでもないけどね」
というか、本人すらよくわかっていないし。
「そんなに特殊な〈世界〉なのか?」
興味深そうに、今度はほたるが訊いてくる。探りを入れてみよう、みたいな感じではなく、本当に純粋な興味からの質問のようだ。おそらくは、ほたる自身も特殊な〈世界〉の持ち主だからだろう。
「特殊、というよりは地味なんだよ。使っても誰にも気づかれないし」
「なるほど。そこの千種兄のようなものか」
「そんな感じだ」
そうほたるに答えると、霞が小声で『よく言うよ』と呟いた。ついでに『人様の〈世界〉を馬鹿にするの止めてくれる。心折れるから』的な泣き言も。
「……あっ」
会議が始まるどころか、まだ集合すらしていない段階でバッキバキに心が折れた霞が何かに気づいたような声をあげた。その視線は閉じられた扉へと向けている。
「どうした?」
「あー、来たみたいだ」
「東京組?」
「そ、東京組」
心底嫌そうに眉を寄せる霞は、諦めたように再び目蓋を閉じた。そんなに会いたくないのか、おまえ。
──頼むからまた喧嘩するなよ。
そんな小さな願いを俺がした直後、閉じていた自動扉が開いたのだった。
明日はクオリディア・コードの最終回。なのにこっちはまだ一話分も終わってない。……頑張ろう。
評価、お気に入り、UAとみなさんありがとうございます。
本編裏話 かぐらん
舞姫「かぐらん! お菓子食べようよ!」
明日葉「かぐらん。あれ取ってきてー」
霞「あー、悪いかぐらん。ちょい今から視察に付き合ってくれ」
神楽「……」
ほたる「どうした? 日下」
神楽「おまえだけは俺の味方だよな」
ほたる「は?」
オチなんて知らない。