どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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開戦は唐突に

 定例会議が終わると、今日はもう帰っていいと求得たちに言われた。他所の防衛都市では会議の後に首席たちが個人的に集まって今後の方針を話し合ったり、首席同士で訓練をしたりするところもあるというが、いい加減代表の求得が統括する南関東の場合はこんなものだ。

 それに千葉に戻れば、たくさんの仕事が俺たちを待っている。なので、俺たちは会議後直ぐに千葉行きの車両に乗った。帰って仕事をするために。

 

「くあぁぁ……」

 

 明日葉が目尻に涙を溜めて、小さな欠伸を漏らした。怠そうに目蓋を擦る姿が、どことなく寝起きの猫を連想させる。

 

「それにしても、東京の人には困ったよねー」

「それな。ほんとそれ」

 

 明日葉の言葉に同意するように霞が答える。

 定例会議は予定よりも大幅に早く終了した。早く終わった原因ははっきりしている。東京首席の壱弥のせいだ。

 今季ランキングの順位発表などの定期連絡などが終わり、本日の議題である、ここ最近の増加している〈アンノウン〉の出現回数について話し合ったときだった。

 増加している出現回数を考えても、一都市単体で対処できない場合がいずれ来るかもしれない。そう意見を述べた神奈川は、他都市との協力作戦を提案した。

 実際、千葉としてはその提案には賛成だ。ランキングやポイントなどの制度があるので、生徒の中には否定や反対する者もいるかもしれない。だが、そういったものを考慮してもこの提案は魅力的なのだ。人類側の最大戦力である天河舞姫が率いる神奈川陣営と協力するだけで、戦線の維持や戦う生徒たちのモチベーションはかなり上がる。

 千葉にもランキング二位に名を置く実力者の千種明日葉がいるが、逆に言えば明日葉以外の生徒たちの実力はほぼ拮抗していた。要するに千葉陣営には、明日葉以外に頭一つ抜けた生徒がいないということだ。今季のランキング上位十名に千葉生徒が明日葉を含めてたった二人しかいなかったことが良い証拠だろう。

 しかし、そんな魅力的な提案を突っぱねたアホがいたのだ。他でもない、東京首席の朱雀壱弥である。

 壱弥は神奈川の提案に対して、なにをトチ狂ったのか『無能な連中と協力なんてできるか。俺一人がいれば充分だ』と拒否。その傲慢とも慢心とも取れる態度は、室内の温度を一気に下げた。

 もちろん口には出さなかったが、アホかこいつ、と俺も頭を抱えた。仮にランキング一位の舞姫がその台詞を言うならまだ納得ができる。だが、壱弥はランキング四位。上位に位置するとは言え、ランキング一位とランキング三位を有する神奈川との協力を拒否する理由が俺にはわからない。次席のカナリアが壱弥の説得を試みたりもしたが、壱弥は最後まで首を縦には降らなかった。身内であるカナリアの説得で駄目だったのだから、余所者の俺たちが何を言っても無駄だろう。

 結局、三都市の協力作戦は白紙になった。

 千葉だけは神奈川に協力するという考えもあったが、それがきっかけで東京との溝を作ることになるなどのリスクを考慮すれば、やはり神奈川の案件は白紙にするしかない。

 

「俺はむしろ、いつ首席さんがブチ切れて霞に襲いかかってくるのか、はらはらしてたけどな」

「あぁ、お兄ぃちょー弱いもんね」

「ついでに言うと、俺もちょー弱いんだよなぁ」

 

 明日葉がからかう様に、にやにやと笑みを浮かべて言う。笑い事じゃないけどな、と俺は溜息を吐く。壱弥が何かを言う度に霞が小声で突っかかるものだから、胃がきりきりと痛んだ回数はもはや数える気すらしない。

 

「だからちょー弱い俺としては、神奈川の協力作戦は魅力的だったわけよ」

 

 乗っていた列車が甲高いブレーキ音と共にその動きを止める。ようやく千葉に帰って来れたことに、俺は浅く息を吐き出した。やっぱり地元の空気が一番落ち着くというやつだろう。

 

千葉(うち)は労災とか厳しいし、使っている武器が銃だから消耗も激しいからなぁ。神奈川と協力してその当たりの出費を減らせれば、浮いた費用を別の科に回せたんだが……」

「神楽、千葉の都市運営してる人みたいじゃん。ウケる」

「みたい、じゃなくて実際にしてるんだよ。霞と一緒に」

「仲良しだもんね、お兄ぃと神楽」

「頼むから同性愛主義の神奈川が喜ぶ発言は控えてくれ」

 

 軽口を交わしながら改札口を出た直後、快晴の空から殺人的な日差しが空から降り注ぐ。徹夜が多く、睡眠不足な俺や霞にその日差しは正直キツい。

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 駅近くに建てられた大型の時計を見て、既に昼の三時近いことを知る。小腹が空いたなぁ、と俺は小声で呟いた。執務室にお菓子の買い溜めとかあったっけ。

 そんなことを考えていると、隣で霞の制服の裾を明日葉がくいくい、と引っ張っていた。

 

「お兄ぃ」

「ん、なに?」

 

 言葉こそ変わらないが、明日葉の声のトーンが微妙に違う。それでも素直に反応してしまうのは、兄としての悲しいサガなのか。

 

「あたし、あそこ行きたいなー」

「えっ?」

 

 可愛らしく、ついでにいうと芝居くさい棒読みな台詞で明日葉が指差した先。それを目で追った霞の動きが止まる。

 明日葉が指差した先にあったのは、小さな喫茶店だった。駅前にある普通の喫茶店といった雰囲気のお店で、入り口にメニューが書かれた看板が鎮座している。

 

「あれって……」

 

 看板に書かれたメニューを見て、俺は目の前の喫茶店が以前に知り合いから聞いたことのあるお店だと思い出す。確か、千葉プラントの食材の中でも特に高級なフルーツを扱っているお店で、看板メニューのフルーツタルトは千葉の女子に大人気らしい。

 むろん、そのぶん値段はかなり高いそうだ。ちらりと値段を確認すると、俺の知っているケーキと桁が一つくらい違う値段が書かれている。

 

「あ、明日葉ちゃん。お兄ちゃん、今月はちょーと手持ちが……」

 

 適度な言い訳を並べて逃亡を謀る霞に明日葉は一言、

 

「お願い、お兄ちゃん」

 

 一撃必殺。漫画やアニメなら、きゅぴん! なんて効果音が付きそうなウィンクと対霞最強魔法の、お兄ちゃん呼びによって霞はあっさり撃沈した。

 口元だけをにやにやとさせながら、「まぁね、お兄ちゃんだからね」と呟く霞の姿は控え目に言ってキモい。親友だとか、幼なじみだからとかを踏まえても、その姿はキモかった。

 先導するように前を歩く霞の後ろで、明日葉が小声で「ちょっろ」とか言っている。だが、悲しいことにそれを否定できる要素がない。哀れ霞、頑張れ霞。

 

「じゃあ俺は先に戻ってるから、後は兄妹水入らずってことで……」

「おー、待て待て」

 

 ひらひらと手を振って、空気を読んだ俺の肩を、霞が掴んでくる。そして、わざわざ明日葉には聞こえないように顔を近づけてきた。

 

「なに水臭いこと言ってんの。おまえも行くんだよ……だからお金貸してくださいお願いします」

「ばっか、ふざけんな! 兄貴の良いところ見せてやるチャンスだろ。ってか、金無いのになんで先頭歩いたんだよ」

「お兄ちゃん今月ピンチなの。明日葉ちゃんにお洋服買ってあげたから」

「キャバ嬢に貢ぐリーマンか!」

「むしろ将来のヒモ候補生なんだよなぁ」

 

 だからこれは将来の為の投資だとのたうち回る霞の腹に肘打ちを叩き込むも、器用に腰を引っ込めて回避される。

 こうなったら〈世界〉を使ってこの場を切り抜けるしか──

 

「お兄ぃも神楽もなにしてんのー。早く行くよ」

 

 まさかのご指名だった。

 

「いや、霞はわかるけど、俺も?」

 

 空振りした右手で自分を指差して言うと、明日葉は当たり前だろ的な顔をしていた。

 もしかして、普段から激務に身を削る俺に明日葉が気を利かせてくれたとか? 

 

「だってお兄ぃお金無いし。神楽が出してくれないと」

「そっちかーい……」

 

 なに、なんなのこの子、俺たちのことお財布かなにかと勘違いしてない? しかも割と真面目な顔で言いやがったよ……。霞、教育間違えてるよ……。

 思わず、というか半分脊髄反射でツッコむと、霞がぐいっと肩に手を回してきた。

 

「諦めろ」

「すっげぇ……、今の一言で全部納得しちまった自分がいるんだけど……」

 

 なにより、楽しそうに鼻歌を歌う明日葉を見ると、不満やらなんやらが一瞬で四散するのだから不思議なものだ。これが俗に言う、可愛いは正義というやつなのだろうか。

 ともあれ、腹が減ってたのは事実だし、せっかくだし噂のフルーツタルトとやらを堪能させて貰おう。定例会議も終わったし、後は帰るだけだし。……あ、でも帰っても仕事あるんだった。完全に思考がそのまま直帰する気だったよ。仕事したくねーと深い溜息を吐く。

 その瞬間。

 けたましいサイレンが駅前に、街中に、防衛都市千葉全域に鳴り響いた。

 

『緊急警報──緊急警報。アクアライン南方海域に大規模な〈アンノウン〉の出現反応を確認しました。東京、神奈川、千葉の防衛都市三校は速やかに迎撃に当たってください。繰り返します、緊急警報……』

 

 わんわんと鳴るアラーム音とアナウンス。それが開戦の狼煙であることを理解するのに、そう時間はいらなかった。

 思考が一瞬で戦闘科としての自分へと切り替わる。

 

「うっわ……はりきり過ぎでしょ」

 

 げんなりとしているが、霞は慣れた手つきで自前の携帯端末で戦況を確認し始めていた。見やれば、扉を開けようとしていた明日葉も両足に付けられたホルスターに手を伸ばしている。気が早いな……。

 

「千種首席!」

 

 たまたま近くにいたのか、それともアナウンスを聞いて駆けつけてくれたのか、千葉特有の真っ黒な制服を着た二人の男子生徒が近寄って来た。

 

「わかってる。お兄ぃ」

「神奈川は船の都合で毎度遅れるし、今回も千葉(うち)が先行する形になるな。何分で出撃準備完了しそう?」

「四十秒で支度します!」

 

 頼もしい千葉生徒の言葉に頬が緩む。

 

「オッケーだ。なら、準備できた生徒から順に砲塔列車で待機。俺らも直ぐ行く」

 

 防衛都市千葉は海上防衛の際は、アクアライン上に戦線を展開することが多い。その際に使われるのが、千葉のロマンと変態技術の結晶である砲塔列車だ。この列車は人員を輸送するための手段以外にも、それ単体が〈アンノウン〉に対する攻撃手段でもある。

 その砲塔列車に向かう為に俺たちは待機している場所へと走る。

 

「霞、今神奈川から連絡きた。出撃にはもう少しかかるから足止め頼むって」

「クズゴミさんとこは?」

「あー、それがさ、首席と連絡が着かないんだと。人数集めて待機中らしいよ」

「なにしてんのあの人……」

 

 まったくである。大方、警報と同時に単独先行しているのだろう。場所を考慮しても到着は最後になりそうだ。

 

「お兄ぃー、神楽ー、行くよー」

 

 ああ、待って。急ぐから置いてかないで。発車許可しないで明日葉ちゃん。

 

 かくして、俺は戦場へと向かう。

 轟音と硝煙と、ついでに頭痛が絶えない弾雨の海へ。

 




投票してもらって、お気に入り登録してもらって、おまけに感想まで頂いておきながら、未だアニメ一話分も終わってない小説があるらしい。はい、私の小説ですね間違いない。
ようやくアニメ一話のAパートまで終わったよ。
次はやっとこさ戦闘シーンだよ、やったねたえちゃん。
お気に入り、UA、評価、感想ありがとうございます。

本編裏話 砲塔列車改造案
工科生徒「砲塔列車に新機能付けたいです」
神楽「具体的には?」
工科生徒「サブの列車と変形して巨大ロボットになります。武装は対空用じゃない砲台とロケットパンチ。後はビームライフルです」
神楽「却下で」

そんな予算があるわけないという話。
千葉がだんだんと変人の集まりになってないか? と感じたら、それはきっと作者のせい。
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