この小説ならではの話になりますので、どうかご容赦下さい。
ホウエンリーグ出場を目指し、旅を続けるサトシ達。
3つ目のジムがあるキンセツシティを目指していたのだが、その道中でとても珍しい現象を見れるという事で、サトシ達はとある草原で満天の星空の下キャンプを行っていた。
「ねぇねぇ、まだ見えないのかな?」
待ちきれないマサトは落ち着かない様子で、ワクワクしながら草原に座っていた。
「もう、マサトもちゃんと夕飯の片付けの手伝いしなさいよ」
ハルカがソワソワしているマサトを注意するものの、マサトは期待に満ちた目で星空を見上げるだけであった。
そんなマサトにハルカは溜息を吐くが、マサトの気持ちも分からない訳ではない。
何しろ千年に1度しかない現象をこの目で見れるのだから。
「いいよハルカ。後は俺がやっておくからサトシもハルカも彗星を見る準備をしててくれ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「よーし、寝袋持ってこようぜピカチュウ!」
「ピッカ!」
皆で食べた夕飯の食器をソラトが片付け、ハルカとサトシは荷物の中から寝袋を取り出して準備をする。
そして片付けも終わり、全ての準備が整うと辺りは草原の草が風に揺れて擦れる音が聞こえるだけの静寂が訪れた。
マサト、ハルカ、サトシとピカチュウの4人は寝袋に入ると仰向けに寝転がり夜空を見上げる。
「すっごい綺麗だね…」
「ええ、まるで宝石ね」
「キラキラしてるもんな」
「チャァ~」
「でも、こんなに綺麗な星たちよりももっと輝いてるんだよね、千年彗星って!」
千年彗星。
それは文字通り1000年に7日間だけ見る事のできる彗星の事であり、カイナシティを出発する前のニュースでそれが見れる場所が近いと知ったサトシ達は折角なので絶好の彗星観察スポットを探してキャンプをする事にしたのだ。
「ソラトもこっちに来いよ」
「フフ、俺は…こっちの特等席だ」
寝袋に入り、並んで草原に転がるサトシ達は折角だから一緒に見ようとソラトに声を掛けるものの、ソラトは珍しく子供っぽい悪戯な笑みを浮かべると傍に生えていた木に登り、上の方にある枝に腰掛けて座った。
「こうやって高い所にいると、星も掴めそうになるよな」
そう言いながら夜空の星に向けて手を伸ばすような仕草をするソラト。
普段はサトシ達のリーダーのように振る舞い、大人びているソラトだったが1000年に1度の彗星を見れるという事で珍しくワクワクしているらしい。
「あっ、お兄ちゃんズルいかも」
「悪いが1人用だ。折れちまうかもしれないからな」
「「「「あははははははははっ!」」」」
ハルカが笑いながらソラトに対してそう言うと、ソラトもそれに無邪気な笑みをして答え、皆で笑いあった。
そして数十分の時間を皆で語り合いながら千年彗星が見えるのを待っていると…。
「あっ! 見えた!」
空の向こうに見えた、白く輝く一筋の光。
見つめていればそれはどんどん大きくなって見え、更に数十分眺めていればそれはそれは見事な彗星となった。
「あれが千年彗星なんだね」
「すっげぇ…」
「綺麗…」
美しい千年彗星に見とれて、サトシ達は言葉少なくなりながら誰に言うわけでもなくそう呟いた。
木の上にいるソラトも再び手を空へ伸ばし、千年彗星に重ねると力強くグッと握って彗星を捕まえるような仕草をしながら静かに千年彗星を眺めていた。
そしてそのまま千年彗星を眺め、静かな草原でサトシとハルカ、ピカチュウはいつの間にか眠ってしまった。
しかし楽しみにしていただけあってマサトは未だに千年彗星を眺め続けていた。
ソラトもウトウトしてきたのだろうか、完全には寝ていないものの船を漕いでいた。
「……あれ?」
1人千年彗星を見つめていたマサトが気がついた、空を動くキラリとした一条の流星。
「あー、流れ星だ」
願い事をしなくちゃと思ったマサトだったが、いざこういった場面になると何をお願いしたら良いのか分からない。
立派なポケモントレーナーになれますようにだろうか。歴史的なポケモン博士になれますようにだろうか。それとももっと別の願いを願うべきだろうかと考えている内に流れ星は消えてしまった。
「あっ…消えちゃった…」
願い事をする前に消えてしまった流れ星に少しガッカリするマサトだったが、そのお陰で願い事は決まった。
流れ星は消えてしまったが、もしまだ間に合うのなら―
「僕に、最高のパートナーを下さい…!」
サトシにとってのピカチュウのように。ソラトにとってのスイゲツのように。
互いに互いを信じあえる、強い絆で繋がる事のできる最高のポケモンパートナーと出会いたかった。
そうは願うが、もう流れ星は流れない。
「やっぱ駄目だよね。ふぁ…僕もそろそろ寝ようかな…」
マサトも遅くまで千年彗星を眺めていて眠気が堪えきれなくなったのか、大きな欠伸をして眠ろうとする。
最後にもう1度、流れ星が流れていないかチラリと空を見上げると―
「あっ、流れ星…! えっと、僕に最高のパートナーを下さい! 僕に最高のパートナーを下さい! 僕に最高のパートナーを下さいっ!」
流れ星が消えるまでに3度言い切れたためおまじない的には願いが叶えられるかもしれないと、マサトは表情を明るくした。
動きが遅く、随分と長く残る流れ星だったから言い切れて助かったとマサトは満足気にその流れ星を見続けていた。
だが流れ星はいつまでも消える気配が無い。
いや寧ろなんだかどんどん大きくなっているような…。
マサトの気のせいではない。その流星は空気を切り裂いて地上へと落ちてきていた。
そしてマサトがその事に気がつき、声を上げようとした時には―
「あっ…」
ドッゴォオオオオオオオオオオオン!!!
大地を揺らすような地震とも思えるような衝撃と、腹の底にまで響く強烈な音が響き渡った。
「きゃあああっ!?」
「な、何だ!?」
「ピカッ!?」
「うごっ!?」
突然の地響きと音に、ハルカとサトシ、ピカチュウは跳ねるように飛び起きた。
木の上で船を漕いでいたソラトも地響きと、突然目を覚ました事でバランスを崩してしまい木の枝から落下して背中を打ち付ける。
「痛ってぇ……な、何なんだ?」
「何だかんだと聞かれたらーって、ロケット団が来たわけでも無さそうだし…」
「ビ、ビックリしたかも…」
何が起きたのか把握できていないサトシ達は突然の事に驚きを隠せないでいる。
当然と言えば当然だ。まさかこの付近に流れ星が落ちてきたとは思わないだろう。
マサトは寝袋から飛び出すと、草原の向こう側に落ちた流れ星を追いかけて駆け出した。
「あっ、ちょっとマサト! どこ行くの!」
突然駆け出していってしまったマサトを追いかけて、ハルカを筆頭にサトシとソラトも走り出す。
数分も走っていると、大きなクレーターのできた場所に辿り着いた。
「ハァ、ハァ…」
「マサト、どうしたの…って何ここ!?」
「でかいクレーターだな…。さっきの音といいもしかして星が落ちてきたのか?」
「そんなまさか…」
こんな所に大きなクレーターがあり、先ほどの音と衝撃からもしかしてとソラトがそう口にするが、いくらなんでもそれは無いだろうとサトシが乾いた笑いを浮かべる。
しかしマサトは見ていたのだ。あの流れ星が落ちる瞬間を。
そしてその流れ星が気になったマサトはクレーターを滑り降り、中心にある筈の流れ星へと近づいた。
「お、おいマサト!」
サトシが声を掛けるが、マサトは今落ちてきた星に夢中で声が届かない。
もしかしたら、と頭のどこかで考えているのだ。もしかしたらこの流れ星は…自分の願いを叶えてくれるのではないか、と。
クレーターの中心にあったのは、直径40センチほどの繭のような形をした石だった。
「これが流れ星…?」
空から落ちてきた不思議な石を見て、そっと手のひらで石に触れるマサト。
しかし、石に触れた瞬間まるで頭に直接流れ込んでくるような感覚で声が聞こえた。
『名前を呼んで』
―と。
「……僕はマサト! キミの名前は?」
まるで自己紹介をするように。
マサトは名乗り、同時にこの石の中にいるであろう存在に向けて名前を尋ねた。
そして聞こえた。
彼の名前は―
「そっか…よろしくね、ジラーチ!」
名を呼んだ瞬間、石から暖かな緑色の光が漏れ出してくると同時に、少しずつ石が粒子になって消えていく。
離れた場所からそれを見ていたサトシ達にも見えていた。
石が消え去ると、中から現れたのは体長30センチほど。黄色い星のような形をした頭には緑の短冊が下げられており、小さな体はよく見れば何か羽衣のようなもので包まれて丸くなっていた。
「な、なんだあれは…?」
「あのポケモンは…!」
何がなんだか分からないという風に動揺しているサトシとハルカとは対照的に、ソラトは現れた小さなポケモン見覚えがあるらしく、図鑑を開いて検索をかけた。
『ジラーチ ねがいごとポケモン。
1000年間で7日だけ目を覚まし、どんな願い事でも叶える力を使うと言われている。』
「やっぱり、幻のポケモン…ジラーチか!」
「「幻のポケモン!?」」
「ピィカ!?」
ソラトの口から出た思わぬワードにサトシもピカチュウもハルカも驚きを隠せない。
そう、マサトの元にいるポケモンの名はジラーチ。図鑑の説明通り願いを叶える力を持つと言われている幻のポケモンである。
「あぁ、俺も見たのは初めてだ。オヤジを追って世界を旅している道中でその地に伝わる伝承なんかに登場する事もあったんだが…」
ソラトが聞いた話によれば、ジラーチは星からの贈り物とも言われているポケモンであり、空から落ちてきては千年彗星から得られるエネルギーを使ってその土地を豊かにするらしい。
そのため場所によっては祭壇や祠、もしくは神殿等が建てられてジラーチを祀っているという。
ソラトがジラーチの姿に気がついたのは、昔とある地方にあったジラーチを祀っていた遺跡の壁画にジラーチの姿が描かれていたのを見たからである。
『ふぁ…おはよう、マサト』
「うん! おはようジラーチ!」
「え…!? 今ジラーチが…!?」
「これは、テレパシーか…?」
マサトだけではなく少し離れた場所にいるサトシ達にも頭に響くような声が届いた。
これは一部のポケモンが使うことのできるテレパシー等を使った会話である。
石の中から現れたジラーチをマサトは優しく抱きかかえると、転ばないように慎重にクレーターを登るとサトシ達の元へと戻ってきた。
「えへへ、皆、紹介するね! ジラーチだよ!」
『よろしく!』
よろしくと当然のように言われるが、サトシ達からすればちょっと理解が追いつかないでいる。
とりあえず状況を整理する所から始める事にした。
「ええと…マサト、ジラーチがここにいるって分かったのか?」
「うん、最初は流れ星に願い事をしてたんだけど…その流れ星が落ちてきたんだ! それでここに来て、石に触ったらジラーチがいるって分かったんだよ!」
マサトの言葉だけでは正直信じられないものがあったが、状況から考えてもマサトが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「お、お兄ちゃん…どうしよう?」
「どうするもこうするも…連れて行けばいいんじゃないか?」
この状況をどう収拾をつけるかと迷ったハルカはソラトに助けを求めるが、ソラトとしてもどうする事もできないし、する必要もないだろう。
「ジラーチ、今晩は一緒に寝ようね!」
『うん!』
既にジラーチはマサトに懐いているようだし、ここでジラーチを放っておいて変な連中に幻のポケモンを狙われるのも良くない。
一先ずは自分達で保護していくしかないだろう。
「ジラーチは千年彗星からエネルギーを得て1000年に7日間だけ目を覚ます。眠りにつくと再び眠り繭というさっきの石の状態になって大地に恵みをもたらすとされているんだ。眠りにつくまでは面倒を見てやろう」
「…そうね。マサトともあんなに仲良しになっちゃってるみたいだし」
「よーし、それじゃあ一先ずは明日に備えて寝るとしようぜ!」
「ピィカチュ」
こうしてマサトと仲良くなったジラーチを連れて、サトシ達はキャンプに戻る事になったのだが…そんな彼らを見ている3つの影…。
「聞いた? どんな願い事も叶える幻のポケモンですって」
本日もサトシ達を追いかけるロケット団3人組である。
ロケット団も千年彗星を眺めながら眠っていたのだが、突然の轟音に叩き起こされてここへやって来たのである。
タッチの差でサトシ達に遅れを取ったようだが、こんな事ではめげないのがロケット団のガッツである。
「寝てる時に何やら大きな音がするから来てみれば…」
「まさかこんなオイシイ話にありつけるなんて、アタシ達ツイてるわ。ジャリボーイ達の隙を突いてあのジラーチってポケモンを奪えば…!」
「願い事を叶えてもらってニャー達もサカキ様に見直されるニャ」
「それじゃ作戦を練って、明日以降に仕掛けるわよ」
「「ラジャ!」」
こうしてピカチュウではなくジラーチに狙いを定めたロケット団は作戦を考えるためにも一時撤退する。
ジラーチを奪えば、自分達の願い事が叶うと信じて…。
そしてサトシ達がキャンプをしている頃…近くにある天体観測の施設にて。
数多くの機器が並び、星の動きを観測するこの施設において、とある男が千年彗星を眺めていた。
「落ちた…落ちたぞ! ついにこの地にも願いの星が落ちた! それはつまり、私の願いを届けてくれるジラーチがこの近くにいるという事だ!」
「バトラー」
バトラーと呼ばれた男は後ろに目を向けると、長い金髪と赤いジャケットが目立つ美しい女性がやって来ていた。
「ダイアン、出発の準備をしてくれないか。観測によるとジラーチは少々離れた場所に落ちてしまった。今から出発すれば明日の日暮れ頃には落下地点に着けるだろう」
「…分かったわ。ガレージで準備をしておくわ」
ダイアンと呼ばれた金髪の女性は目を伏せるとバトラーに背を向けて部屋を出て行った。
かつて大切だった人。掛け替えの無い存在だった筈なのに、今のバトラーの目には千年彗星しか写っていなかった。
「千年彗星よ、感謝するぞ! 私の野望を叶えるために、願いの星を落としてくれた事を! フフフ…ハハハハハハハハハハ!」
高らかな笑い声が観測所に響き渡る。
その声にはバトラーの狂気と、腹の底から湧き出る渇望が含まれていた。
7日間見る事ができる千年彗星が現れてから最初の昼。サトシ達は近くにあった歴史ある街、フィレンタウンに辿り着いていた。
古びておりながらもオレンジ色のレンガの建物が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気のある街だった。
カイナシティを数日前に出発したばかりなので物資にも余裕はあるのだが、オシャレな町並みを見たいというハルカと、アラシに関する情報集めをしたいというソラト2人の希望で立ち寄る事にしたのだ。
「よーし、フィレンタウンに到着だ!」
「ピッピカチュウ!」
「私観光したーい!」
「僕もー!」
『僕もー!』
今朝から今まで、ジラーチはマサトにベッタリで出会ってからまだ24時間も経過していないと言うのに2人はサトシとピカチュウ並みに仲良しになっていた。
ジラーチには浮遊できる能力があり、今は羽衣を羽のようにしてフワフワとマサトの近くを浮かんでいた。
「それじゃ二手に分かれるか。俺はこの街にある広場で聞き込みをしてくるよ」
「私達はこの街にある美術館に向かいましょう!」
「「『おーっ!』」」
サトシ、ピカチュウ、ハルカ、マサト、ジラーチの5人組とソラトの二手に分かれてこのフィレンタウンを満喫する事にした。
まずはソラト。
街の中心部にある聖堂のある広場にてアラシの写真を片手に道行く人に見覚えがないかどうか尋ねて回る事にした。
以前むげん島にアラシがいたのなら、もしかしたら近くにあるこの街でも見た人がいるかもしれないという淡い期待を込めて。
「…そうですか、ありがとうございます」
アラシの事を知らないかと数人の通行人に尋ねたものの、未だに良い結果は得られなかった。
「ハァ…駄目か。話だけならオヤジの事を聞けるけど、実際には影も形も見えな―」
瞬間、視界の端に何かが見えた気がした。
見慣れた白い四足のポケモンが、建物の屋根の上から自分の方を見ていたような、そんな気がした。
ハッとしてそちらに顔を向けるものの、そこにはもう何もおらず、美しい建物と青い空が広がっているだけだった。
「今…のは…!?」
居ても立ってもいられなくなり、ソラトは駆け出した。
あちこちの建物の屋根の上を注意して見ながら街中を駆け回る。
見間違いかもしれない。でもそうでなければ、今のは恐らく…アラシの手持ちのポケモン。
ニックネームをヴィランという、わざわいポケモンのアブソルだ。
一方でフィレンタウンにある美術館にやってきたサトシ達。
美術館には様々な骨董品を始めとして、美術品や芸術品が数多く並んでいる。
ハルカはそういった美術品に見とれており、あっちを見たりこっちを見たりと忙しなく動いているものの、サトシとピカチュウは既にぐったりとしていた。
本来体を動かす事を好むサトシにとって静かに美術品を鑑賞するだけの美術館というのはハッキリ言って少し退屈だったのだ。
「なぁハルカ、そろそろ出ようぜ…」
「何言ってるのよサトシ、まだ来てから30分くらいしか経ってないじゃない」
「でも退屈だし…ピカチュウもそうだろ?」
「ピィカ…」
サトシよりは我慢強いものの、ピカチュウも元気いっぱいでバトル好きの性格であるため美術館はやはり少し退屈しているようでサトシに同意しているようだった。
こんな事ならソラトを手伝っていた方が良かったと思うほどである。
そうしてサトシとハルカが話している場所より少し離れた場所でマサトとジラーチは額縁に入れられ、壁に掛けられているとある絵を見つめていた。
絵は赤と黒を基調した風景画のようだ。
夜空から赤い炎が降り注ぎ、地上を燃やしているような…そんな災厄を表現しているようにも見える。
しかし希望を示すように、夜空の中心に星のような白い光も描かれていた。
「…これは何が書かれてるんだろう?」
『マサト、この絵気になる?』
「うん。なんだかちょっと…この絵を見ていると胸騒ぎがするような気がするんだ」
『この絵を知ってるの?』
「そういう訳じゃないんだけれど…」
どちらかと言えば恐ろしいような絵画だと言うのに、何故か目を離す事ができない。
いったい何が描かれているのか、誰が描いたものなのか気になったマサトは添えられている解説文に目を通す。
絵のタイトルは七夜の願い星。大昔に遠くの地で実際に起きた事を当時の画家が描いた物になっているらしい。
長い間、奇跡的に良い状態で保存されていたものを、最近発見されたようである。
「へぇ…実際にあった事なんだ」
解説文を読んでからもう1度絵画を見つめると、こんな災厄がかつて本当にあった事ならばどんなに被害が出た事だろうか。
そうマサトが想像していると、ジラーチが何かを感じ取ったのか周囲を見渡す。
『マサト、何か来る…』
「え?」
「ピ? ピカピ!」
ジラーチと同じく、何かを感じ取ったピカチュウもピクピクと耳を動かすと同時に周囲を警戒するように回りを見渡す。
「どうしたんだピカチュウ?」
「ピカチュウ、美術館では静かにしないと駄目よ」
「ピカ! ピカピカ!」
突然大きな声でサトシに何かを訴えかけるピカチュウだが、ハルカに静かにするように注意されてしまう。
だが余程何かあるのだろう、ピカチュウはより大きな声を出すと四足で立ち尻尾をピンと立てる。これはピカチュウが何かに警戒している戦闘態勢だ。
「ピカチュウ、どうし―」
再びピカチュウに何があったのか問おうとするサトシが言葉を発する途中で、パリィン!と天井のガラスが割れる。
「きゃああっ!?」
「な、何だ何だ!?」
突然の音と上から落ちてくるガラスの破片に他の美術館にいる人々が悲鳴を上げて身を竦める中、割れたガラスの部分からとあるポケモンが降りてきた。
「な、何だ!?」
「アブルルルル…」
「こ、このポケモンは…!」
『アブソル わざわいポケモン。
アブソルが人前に現れると必ず地震や津波などの災害が起こったのでわざわいポケモンという別名で呼ばれる。』
現れたのはほぼ全身が白い体毛で覆われており、顔の額の部分が三日月型の刃になっている四足のポケモン、アブソルだった。
図鑑でアブソルを検索したサトシは驚きに目を見開いた。
まるでポケモンが災いを呼ぶというデータと、そのアブソルが目の前に現れたという事に。
「アブソル…お前がここにいるって事は、災いを起こすって事か…!?」
「アブル…」
そうサトシが問いかけるや否や、アブソルは額の三日月の刃にエネルギーを貯めると顔を軽く降るってそれを放った。
「ピカッ!?」
「うわっ!?」
放たれたのはかまいたち。
空気の刃が駆け抜けるが、ピカチュウとサトシは屈んでどうにか回避した。
「と、突然何…するん…」
かまいたちを躱したサトシとピカチュウだったが、後ろからパラパラと音が聞こえたためチラリと後ろを見て再び目を見開いた。
サトシのいる後ろの壁。かまいたちが当たった壁がゴッソリと削り取られていたのだ。
もし今のかまいたちが当たっていたらと思うとゾッとする。
そんなサトシをアブソルは一瞥すると、少し離れた場所にいたマサトとジラーチに目を向けた。
『ひっ!?』
「ジ、ジラーチ! 逃げよう!」
アブソルの鋭い瞳で射抜かれたジラーチは身を竦めてしまうが、ジラーチの手を引くようにしてマサトが引っ張った。
そしてアブソルは再び額の刃に力を込め、、マサトとジラーチに向けて連続でかまいたちを放つ。
「わあああああっ!?」
「マサトッ!? 大丈夫!?」
ドガガガガンッ!と、かまいたちがマサトの後ろにあった壁を粉砕する。
壁は崩れ落ちて瓦礫の山となり、埃が舞う。
マサトとジラーチはどうにか無事のようだったが、心配したハルカがマサトの元まで駆け寄って怪我が無いかを確認した。
「マサト、ジラーチ、怪我はない?」
「う、うん」
『マサトのお陰で大丈夫だよ』
「良かった、早く逃げ―」
「アブルッ」
逃げようとするハルカ達だったが、アブソルは歩いてハルカ達の目の前まで迫っていた。
「ピカチュウ、10万ボルト!」
「ピーカーチュゥウウウウウウッ!」
「アブルッ!」
ハルカ達を助けるため、サトシはピカチュウに指示を出し、アブソルに向けて電撃が放たれる。
だが身軽な動きでアブソルは10万ボルトの電撃を回避すると、自らのかまいたちで崩した瓦礫の上に着地した。
そしてアブソルは瓦礫の中を漁った。
すると先ほどまでマサトが見ていた壁にかけらていた七夜の願い星というタイトルの絵画を漁りだすと額縁を口で咥えた。
「絵を…?」
「アブッ!」
そして絵画を口に咥えたまま、アブソルは駆け出すと美術館の出口へと向かっていく。
「アブソルが美術品を盗んだぞ! 捕まえろ!」
美術館の職員がアブソルを捕まえようと追いかけるものの、アブソルは絵画を咥えているとは思えぬスピードで美術館の廊下を駆け抜けると扉を破って逃げおおせた。
アブソルが去ったものの、未だに騒然としている美術館でサトシはハルカとマサトとジラーチに駆け寄った。
「皆大丈夫か!?」
「えぇ、ありがとうサトシ。でも、あのアブソルなんだったのかしら?」
「僕らが見てた絵を盗んでいったみたいだけど…」
「ポケモンが絵を欲しがるなんて事があるのかしら…?」
ポケモンが美術品を盗むとは考え難い。
あのアブソルにトレーナーがいて盗ませたという事なら考えられなくもないが、トレーナーがいるかどうかも分からないのが現状である。
「僕らを攻撃した訳じゃなくて、僕らの傍にあった絵が欲しくて技を出したんだよね?」
「多分だけど、そうじゃないかな」
「でもマサトがジラーチを連れて逃げなかったら危なかったかも!」
確かに、先ほど壁を破壊したかまいたちはマサトが連れて避けなかったらジラーチは無事では済まなかったかもしれない。
巻き込まれただけかもしれないが、被害が出ていたらと思うとゾッとする。
『マサト、助けてくれてありがとう』
「友達を助けるのは当たり前だよ!」
何はともあれ皆に怪我が無くて良かったと思うことにしたサトシ達は、アブソルの影響でその日はもう閉館となった美術館を後にしてポケモンセンターに向かう事にするのだった。
夕刻。
ジラーチの落ちたクレーターのある場所へ車でやって来たバトラーとダイアン。
クレーターの中心部にある筈の眠り繭が存在せず、バトラーは険しい表情をしていた。
「バトラー…」
そんなバトラーを心配そうな瞳で見つめるダイアンだが、バトラーはフッと笑うとモンスターボールを用意した。
「なに、誰かに先を越されたようだが問題ないさ。寧ろ眠り繭が無いという事は既にジラーチがパートナーの少年によって目覚めているという事でもある」
用意したモンスターボールを投げ、バトラーの手持ちのポケモンであるグラエナを繰り出す。
「グラエナ、ここに残っている匂いを追いかけるんだ」
「グラゥ!」
人間より遥かに優れた嗅覚を持つグラエナに、その場に残る匂いを覚えさせるとグラエナが駆け出して追跡を開始する。
バトラーとダイアンは車に乗りなおすとスピードを調節してグラエナを追いかけた。
向かうはフィレンタウン。
マサトとジラーチの元へ、バトラーの魔の手は確実に迫っていた。
そして完全に日が落ちた後、アラシのポケモンであるヴィランを探して街中を駆け巡っていたソラト。
もうどれくらい走っただろうか。もうどれくらい歩いただろうか。
ヴィランの影も形も見えず、あれはやっぱり見間違いだったのだろうと判断したソラトはトボトボと人通りの少なくなった街を歩いていた。
「ハァ…ハァ…もうこんな時間か。サトシ達が待ってるかもしれないし、ポケモンセンターに行くかな」
空を見上げれば2日目の千年彗星を眺める事ができる。
「ジラーチに願えばオヤジを見つけれるかな…」
普段ならば自分の力で探し出すのを躊躇しないソラトだが、最近のアラシに近づいているようで近づけていない様子からついつい弱気になってしまいそんな事を呟いてしまう。
「ハァ、駄目だな。オヤジを見つけるの頑張るってルチアにも約束したんだ。今日はとりあえずポケモンセンターに行って休むとしよう」
カイナで再開したルチアにもアラシを見つける事を応援されて、必ず見つけると誓ったのだ。
だが今日は街中を駆け回って疲れてしまったため、ポケモンセンターに向かう事にした。
そんなソラトの背中を、離れた場所にいる絵画を咥えたアブソルが見つめているとは知らずに…。
フィレンタウンにあるポケモンセンターへと到着したソラトは、ロビーで話をしているサトシとハルカを見つけると彼らに合流した。
「サトシ、ハルカ」
「あ、ソラト。情報集めはどうだったんだ?」
「駄目だったよ。そっちはどうだ? フィレンタウンは歴史のあるお洒落な町だし、色々見て回れたか?」
「それが…」
サトシはソラトに、美術館でアブソルに出くわした事を話した。
そしてそのアブソルが美術館にあった絵画を盗んで逃げ去っていった事も。
「アブソルが…」
「そうなの。マサトとジラーチが巻き込まれそうになって危なかったんだけれど…サトシのお陰で助かったわ」
「…そうか。ところで、マサトとジラーチは?」
「今はトイレに行ってるよ。それでソラト、この町はいつになった出発するんだ? 情報収集を続けるなら明日から俺も付き合うぜ」
アブソルと聞いたソラトはやっぱりこの町のどこかにヴィランがいるのではないかと考えてしまうが、首を横に振ってその考えを振り払った。
「いや、明日明後日にでも出発するとしよう。キンセツシティはそんなに遠くないからな」
アラシならもう他所に行ってしまっているだろうと判断したソラトは次のジムがあるキンセツシティへ向けて出発する方針を固めた。
それを聞いて、本当は早く次のジム戦をしたかったサトシのテンションが上がってきていた。
「そうか! よーし、それじゃジム戦に向けて特訓頑張らないとな! やるぞピカチュウ!」
「ピッカー!」
「でもサトシ、ジム戦ならジラーチに勝てますようにってお願いしてからの方がいいんじゃない?」
「何言ってるんだよ! ジム戦は自分の力で勝つから意味があるんじゃないか! ハルカだって他の誰かの力でコンテスト優勝したって嬉しくないだろ?」
「うーん…それもそうかも」
自分と、ポケモンの力で勝つから意味がある。
それはサトシもハルカも同じらしく、多くのポケモントレーナーも共感するところだろう。
「でも折角すぐ近くにジラーチがいるんだし、何か願い事をしておくのも悪くいないかも!」
「まぁ、そりゃそうだけどさ…ハルカなら何て願い事をするんだ?」
「そうねー…美味しいものをいっぱい食べたいかも!」
「ははは! ハルカらいしな」
「ちょっと、何で笑うの!? それならサトシは何て願い事するのよ!」
「俺はそうだな…強いポケモンと出会えますようにとかかな!」
「プッ! それもサトシらしいかも!」
「何だよ、ハルカだって笑ってるじゃないか」
サトシとハルカはお互いにジラーチという願いを叶える事ができるという存在に何を願うのかと話し合っていた。
だがハルカはハルカらしい、サトシはサトシらしい願いを聞いてお互いに笑いあっていた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんならなんて願い事するの?」
「おっ、俺も興味あるな!」
「ピィカ?」
サトシとピカチュウ、ハルカに目を向けられたソラトはうーんと考え込む。
アラシを見つける事は自分の力ですると決めているし、他で何か願い事と言われても正直あまり思い浮かばなかった。
―いや、1つだけあった。
「そうだな。もう1度だけでいい…オフクロに会いたい、かな」
「「あ…」」
思わぬ願いを聞いてサトシ達は目を見開くと気まずそうな表情になってしまった。
自分達の俗っぽい願い事の後にソラトのような願いが出てくるとは思わず申し訳なくなってしまったのだ。
「そんな顔するな、俺は大丈夫さ。ただ、何か1つ願いが叶うならって思っただけだよ」
表情が暗くなるサトシとハルカの頭をポンポンと軽く撫でてやると、ソラトは窓の外に見える千年彗星に目を向けた。
1000年に1度の奇跡に願うなら―
そんなサトシ達の会話を、手洗いへと続く奥の薄暗い廊下でジラーチと共にマサトは聞いていた。
だがマサトは下を向いており顔には影が差している。
マサトに何かあったのかと心配になったジラーチは声をかけるがマサトの表情は変わらなかった。
『マサト、どうしたの?』
「…ううん、何でもないよ」
『マサト…?』
そう言うとマサトはサトシ達の元へと歩いていった。
しかしジラーチはマサトの背中を見ていると胸騒ぎがした。
何か、良くない事が起こるような気がして。
千年彗星が見えなくなるまで、後5日。
to be continued...
次回も1週間後の更新になると思います。
っていうか基本的に週1更新でいこうと思います。
イイカンジで書けた時は週2回更新になることもあると思いますが、基本が週1だと思って頂ければ。