ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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 貨物船の近くまでやって来て、二人は改めてその船を見据えた。真新しい船体の殆どに錆や傷が無く、年季の入った船特有の貫録を感じさせない。恐らくこの船は、今回の作戦のために新しく新造されたものなのだろう。

 

「曙ちゃん、曙ちゃん! 見て下さいこの子、ピカピカですよ」

「今回の作戦用に新造されたんじゃないの」

「ふふっ、随分若い子ですよね」

「潮……あんた婆臭い」

「ひ、酷いです! そんな事言わないで下さいよう」

「はあ……随分テンション高いわねあんた」

「それはもう! 曙ちゃんと二人での作戦ですから。主力艦隊との共同作戦でもありますし」

「共同作戦ね……深海棲艦が制海権を奪ってる今、何でわざわざ船を出すのかな。こんなのあいつ等からすれば格好の的じゃない」

「それは……基地を造るって言っていたから、建築資材を一杯積んでいるんですよきっと。さすがに大きな部品とかは、艦娘だけじゃ運べませんから」

「それは分かってるけどさ、危険を冒してまで基地を造る必要あるのかな」

「うーん……主力艦隊の皆さんのやっている事は、難しいです」

「あたし達が知る由も無いか」

「それも行ってみれば、もしかしたら分かるかも知れませんよ? 早く行きましょう」

 

 二人でそんな話をしながら船の搭乗口まで辿り着くと、紺色の作業着を着た一人の青年が二人に気付き、迎える様に近づいてきた。黒い短髪で、年齢は提督より少し上の20代後半に思える。体格は提督と比べれば流石に見劣りする……否、それを差し引いてもひょろりとした感じの青年だ。にへらとした眼差しも相まって良く言えば優し気な、悪く言えば頼りない印象の男だった。

 

「ようこそ貨物船【小用丸】へ! 私は【中町】。お二人の案内を任されています。貴方たちが代理で派遣された駆逐艦の艦娘ですね?」

「はい、特型駆逐艦潮及び曙、可香谷提督の鎮守府より参りました」

「曙ちゃんと潮ちゃんですね、宜しく。主力艦隊の方々は、既に中で待機しています。私についてきて下さい」

「はい、宜しくお願いします」

 

 中町と名乗った船員に案内される形で、二人は貨物船の内部へと入って行った。

 

 

 

 

「いやー、いきなり上から『船に乗れ』って言われた時はどうしようと思いましたが、艦娘さんを護衛に付けてくれるとなると安心ですよ!」

 

 中町に先導されながら、貨物船小用丸の内部を進む曙と潮。船の中は結構声が響くもので、中町の身の上話が薄暗い船内にこだましていた。

 

「はい、私達で必ずお守りします。ね、曙ちゃん」

「…………」

「ふふ、頼もしいですね。それに、主力艦隊のお二人もいる訳ですから、安心して航海が出来ます。妻と娘を残して、人生を終える訳にはいきませんからね」

「娘さんがいるのですか?」

「はい、この子です」

 

 中町がポケットから携帯を出す。その画面には幼い女の子の写真が表示されていた。

 

「わぁ、可愛い娘さんです。ね、曙ちゃん」

「…………」

「あはは、有難うございます。こんな冴えない男には、勿体ない娘ですよ」

「そんな事無いですよ、中町さんも素敵です。ね、曙ちゃん」

「…………」

「もう! ちゃんと聞いて――」

「潮」

「えっ?」

「あたし、今そんな気分じゃ無いから」

「……ごめんなさい」

 

 ピシ、と周囲の空気が張り詰める感じがした。潮の相槌を曙が冷たく制止したのだ。それにより、潮の勢いも完全に無くなってしまう。

 今の曙には、そんな潮の言葉は全く耳に入って居なかった。今の曙には、目の前の会話よりも気がかりな事があるのだ。

 

「さあ、着きましたよ。この部屋です」

 

 中町はそう言って、目の前の扉を開け部屋へと入っていった。部屋の中には、彼の同僚と思しき船員たちが集まっている。

 そしてその中に、曙の悩みの種でもある二人の艦娘の姿もあった。濃い栗毛色の髪をツインテールでまとめた艦娘と、白に近い銀髪のロングヘアーに赤い鉢巻を髪の上から巻いた艦娘。共に曙達より大人びた、女子高生か女子大生くらいの容姿で、弓道着の様な服を着ている。

 彼女達が、かの大戦で第五航空戦隊として名をはせた航空母艦、その転生した艦娘【翔鶴】と【瑞鶴】である。彼女達二人――特に翔鶴は、曙にとって浅からぬ因縁を持っている艦娘だったのだ。

 

 

 

 

 彼の戦争で勃発した海戦にて、駆逐艦曙は僚艦潮と共に第五航空戦隊の護衛に付いていた。曙が担当していたのは、翔鶴型一番艦の翔鶴……彼女にとってはまさに晴れ舞台であっただろう。

 だが、結果は惨敗。守るべき空母翔鶴は、轟沈と見紛う程に大破炎上。彼女の航空隊も大半が全滅し、作戦そのものの続行すら不可能と言う事態を招いてしまった。

 悪い事態は更に続いた。翔鶴大破の責任は、何もかもが曙に押し付けられたのである。敵に見つかった事も、航空戦力が減少した事も、翔鶴が大破した事も。それどころか、別の場所の空母が沈んだ事や、作戦続行不可になった事、剰え天候が悪化した事すら――その総てを『オマエガワルイ』と、軍の上層部は彼女に言ったのだ。そして、この出来事は曙の心に深く大きな影を残す事となった。

 

 

 

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

 先に声かけたのは潮だった。戸惑う曙をリードする様に、二人の前に歩み出る。それに対し、先ずは瑞鶴が歩み寄った。

 

「久しぶりね、潮。艦娘としては『初めまして』って言うのかな」

「久しぶりでいいですよ。こうして作戦を共に出来て、潮は嬉しいです」

「そっか……とにかく、宜しくね。それに曙も――」

 

 瑞鶴が、曙の方へと視線を向けた。曙は、チラリと二人を見た後に伏し目がちに視線をそらす。二人を直視できない。合わせる顔が無いから、何より、あの日を思い出すから。「曙ちゃん」と、そんな曙を察してなのか言葉に詰まる瑞鶴の横から翔鶴が曙の元へと歩み寄り、その手を彼女へと差し伸べる。が……

 

「っ!」

 

 その手が翔鶴の手を握り返す事は無かった。パン。と、翔鶴の手は曙によって払いのけられたのだ。曙が何を思ってそうしたのかは分からない。確かな事は、それは【拒絶】であったと言う事である。悲しみとも怒りとも取れる表情で、曙は翔鶴を睨み返していた。

 

「翔鶴姉!? 曙、あんた何すんのよ!!」

「瑞鶴、いいのよ」

「でも! 翔鶴姉……」

「……御免なさいね、曙ちゃん」

 

 翔鶴は少し寂しそうな顔でそう答えた。曙は、そんな翔鶴の顔を見ようともせず、ただ俯いていた。そんな様子を、潮は残念そうに見た後に瑞鶴と翔鶴にぺこりと頭を下げたのだった。騒ぎに気付いたのか、船員達が「何事か」「仲間割れか?」「大丈夫なのか」とざわつき始める。翔鶴は冷静に、それらを「大丈夫です」と落ち着かせた。

 

 

 

 

気まずい空気が続く中、頃合いを見計らい翔鶴がコホンと咳ばらいをし、全員に注目を促した。

 

「貨物船小用丸クルーの皆さん、本作戦への参加、感謝いたします。これより、作戦概要を説明いたします……私たちは出撃の傍ら、これまで世界各国と連携し、深海棲艦の出現位置や艦隊の規模を調査してきました。その結果、敵の強力な艦隊は【太平洋】を中心に展開されている事、更にその艦隊群の出現位置を地図上に示した結果――」

 

 翔鶴がホワイトボードに張られた太平洋の地図に予め記された点を線で結んでいく。やがてそれは歪な四角形を形成し、その中心には小さな島々があった。

 

「ここ、【ハワイ諸島】の近辺が、最も強力な艦隊が点在しているという結果が出ました。以上の事から、恐らくはここが深海棲艦の【巣】の様な場所になっていると思われます」

 

 翔鶴の説明に船員たちが騒めいた。所々で「ハワイが?」「島の人々は無事なのか?」「敵の本拠地なら恐らくは……」と、不穏な会話が聞こえてくる。翔鶴は構わず、凛とした声で話を続けた。

 

「我々は、ここを最終攻撃目標と定め、太平洋方面への侵攻作戦を進めていこうと思っています。しかし、広大な太平洋を日本から直接攻め入っても、途中で燃料切れを起こしたり、敵艦隊に全滅させられる危険が大きいでしょう。そこで――」

 

 再び翔鶴がホワイトボードの地図にペンを走らせる。そのペン先は、ハワイ諸島から西側の、小さな島へと向けられた。

 

「先の第二部隊による制圧が完了したピーコック島の北方15km当たりの地点にあるこの無人島【シンナ島】を進行の際の中継拠点とし、ここに大規模な基地を建設する計画が立案されました。本作戦は、この無人島への建築資材の運搬を行うと言うものです。道中、恐らく深海棲艦の襲撃に遭うことが予測されます。危険な航海になるでしょう。ですが、私たち艦娘が必ず皆さんをお守りします。共に勝利への第一歩を進みましょう!」

 

 翔鶴の勇ましい説明に、先程まで不安を見せていた船員たちは一致団結し、彼女の言葉に「おーっ!」と腕を上げて答えていた。彼らの多くは、自ら志願してこの作戦に参加した者たちである。危険は承知なのだ。

 

 

 

 

 小用丸が波間をかき分けながら雄大に太平洋を進んでいく。作戦説明の後、船員たちはそれぞれが散り散りになっていた。ある者は何やら海図を見たり、ある者は仲間と談笑したり……そんな中、曙は潮とも離れて狭い船内を当てもなく歩き回っていた。初っ端から五抗戦の二人と険悪なムードを作り上げ騒ぎを起こした手前、皆と一緒に居るのが気まずくなったのだった。

 ふと、前方の壁に見知った人間がもたれ掛かっているのを発見する。曙がここに来た時に船内を案内してくれた人間に――中町もこちらに気付き、曙に声をかけた。

 

「おや、曙ちゃんじゃないですか。潮ちゃんはどうしたんです?」

「……五抗戦の艦娘の所に居ます」

「そうですか。色々と語る事もあるのでしょうね」

「まぁ、その……あの、さっきは騒ぎを起こして、すいませんでした」

 

 付け加える様に曙は、先程の行為を謝罪した。いかに人間嫌いな彼女でも、謝罪すべき事はしたい、それはまた話が別だった。

 それを聴き、中町は「あぁ」と何の事かと思い出し、優しく曙に語り掛ける。

 

「さっきの事ですか? 私は全く気にしていませんよ。確かに、少し驚きましたけれどね……私は、船の歴史の事はあまり詳しくはありません。だから曙ちゃんが、翔鶴さん達と何があったのかは分かりませんが……曙ちゃんは、彼女たちの事をどう思っているのですか?」

「え?」

 

 中町に指摘され、曙は考える。自分は、翔鶴と瑞鶴の事をどう思っているのか? 嫌いなのか? 違う、そんな事はない。ならば再会できた事が嬉しかった……?

 

「……分からないんです。ただ……あの人達を見ると、嫌な事を思い出してしまうって言うか」

 

 そう、曙は今現在表現できる精一杯の答えを出した。

 

「なら、きっと大丈夫ですよ」

「大丈夫……?」

「曙ちゃんは少なくとも、翔鶴さんや瑞鶴さんが嫌いな訳じゃない。別の要因が再開の喜びを邪魔している。なら、いつかその要因が取り除かれた時……自分の気持ちに素直になれる様になると、私は思います」

「いつか……そんな時が来るのかな」

「来ますよ、きっと」

 

 優しい声で中町がそう答えた。曙も恐らく、心の奥底ではそれを望んでいるのだろう。あの海戦で味わった苦しみを乗り越え、いつかまた翔鶴達と共に戦い――今度こそ護り抜くと言う事を。中町の言葉を聴き、彼女の心の陰りが、少し和らいだ気がした。

 と、中町が徐にポケットから携帯を取り出し、電源を入れた。

 

「……そうだ。曙ちゃんも家の娘の写真、見て貰えませんか?」

「え? いや、あたしは」

「少し見るだけで構いませんから」

 

 中町が携帯の画面を曙に見せる。珠の様に可愛らしい、小さな女の子の姿がそこにあった。頑なな曙も、思わず目を輝かせた。

 

「……可愛い子だと、思います」

「どうも有難う……今週末は娘の5歳の誕生日なんですよ。ですから、今回の仕事が終わったらパーティーをやりたいんです。プレゼントも渡して……だから、この作戦は必ず成功させて無事に帰るつもりです。家で待っている家族の為に」

「中町さん……」

 

 中町の決意の言葉を聴いた曙は、己を恥じた。彼は……恐らくはこの船に乗っている船員達は、自分達艦娘を信じている、期待しているのだ。それを自分は、個人的な感情により不安な空気を作ってしまった。

 曙は人間に対し嫌悪感を抱いているが、それは彼女と対峙した人間達が、彼女を受け入れなかったからでもある。自分を信じてくれている人間を切り捨てる程、曙はドライにはならなかった。

 

「曙ちゃん。貴方達の力で、私達を護って下さいね」

「……はい!」

 

 この作戦は、必ず成功させよう。曙はそう心に決めた。彼と、彼の帰りを待っている家族の為に。

 

 

 

 

 太平洋を進む小用丸、その前方に大型の物体――否、怪物が近づいてくる。

中途半端に人の様な姿をしたその怪物は、小用丸を発見すると大きな咆哮を上げ、それに反応して無数の艦影が姿を現した。


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