ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降朽葉

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『あんた達もこの鎮守府に配属されたの? 始めまして! ウチは秋霜って言うんだ』

『薄雲です。宜しくお願いしますね。秋霜さんと、えっと……』

『特型駆逐艦、曙よ。で、こっちが同じく潮』

『えと……潮です』

 

 砲撃訓練の最中、曙は過去を思い出していた。ここより前、すべての始まりの日。配属先鎮守府の応接間で、曙と潮は同じ日に着任した二人の同期生と初めて挨拶を交わしていたのだ。

 

 右側に七三分けの銀髪ショートヘアを持つ活発な艦娘、秋霜は白いカッターシャツに臙脂色のジャンパースカート姿で元気よく声をかける。対して銀灰色の髪を赤いリボンでポニーテールにした儚げな艦娘、薄雲はお淑やかに吹雪型制服を着こなし挨拶していた。

 

『皆さん、宜しいでしょうか』

『えっと、あんたは?』

 

 いつの間にか司令室に入っていた、薄いピンク色のセミロングヘアを後ろで小さなポニーテールにまとめた艦娘が声をかける。白いカッターシャツに黒っぽい利休鼠色のブレザーベストを着こなす姿から、生真面目な性格が垣間見える。

 

『私は陽炎型2番艦、不知火です。この鎮守府で秘書艦を務めさせて頂いています。宜しくです』

『と言う事は、あたし達の先輩か。宜しくね、不知火さん』

『あ、いえ……さん付けも先輩扱いも不要です。不知火、で良いですよ』

 

 凛とした表情から優しげに微笑む不知火。厳しそうに見えた彼女の柔らかい笑顔に、肩の力を抜いた曙達はまず秋霜から歩み寄る。

 

『よろしくね、ぬいぬい!』

『ぬいぬい……』

『あはは、秋霜ちゃん。誰彼構わず距離感を詰めすぎだよ……』

『……いえ、ぬいぬい。悪く無い響きですね。それで構いません』

 

 思いの外気に入ったのか、不知火は凛とした瞳で微笑む。その意外な反応に秋霜も驚くが、すぐに表情を明るくした。

 以上の五人。これから同じ釜の飯を共にする仲間として、第一印象は悪くなく、良い滑り出しだった。

 

『賑やかな艦娘達でしたね、曙ちゃん』

『うん。キツい奴とか居たらどうしようかと思ったわ』

 

 潮の問いに答えつつ、曙は思う。彼女には人見知りの面があり、初対面時に比べて大分慣れたとは言え、まだまだ完全には馴染めていなかった。だが、この出会いをきっかけに色んな艦娘と話せるようになれたら――保護者のような気分で、曙はクスッと笑うのだった。

 

『……はい、直ちに。……皆さん、こちらに集まって下さい。今から司令による挨拶があります』

 

 ふと、不知火が右耳のイヤホンに手を当て誰かと会話した後、皆に向き直る。どうやら鎮守府を預かる提督との対面のようだ。優しくて格好良い名指揮官ならいいな、そんな淡い期待を胸に、曙達は扉の向こうから現れる提督を待った。

 

 これから、栄光の艦隊暮らしが始まる。艦娘として、人々の平和のために戦うのだ。曙の胸の内は希望で満ちていた。

 

 

 

 

 やがてその情景は曙の意識から薄れ、演習場で射撃訓練を終えた曙だけが残された。曙は我に返り、砲撃の手を止めながら深いため息を吐いた。

 

 正直に言えば、曙はまだ艦隊に愛着を持てていない。彼女にとっての仲間は、あの時間に置いてきたものだ。今更別の艦娘達と共に戦う気も起きない。提督に対しても同様だ。変わった人物ではあるが、未だ信用には値しない。

 

「仲間なんて、今更なのよ」

 

 もう一呼吸置き、曙はボソリと呟く。その顔には果てしない哀しみが満ちていた。肩に乗った曙妖精は、どうすることもできず主の頬をそっと撫でるだけだった。

 

 

 

 

 朝方の海原。霧が立ちこめ、煙と血肉の匂いが漂う。既に破壊された漁船の跡が点在し、周囲で数体の駆逐級深海棲艦が咀嚼を行っている。その口の中にあったものが、かつて人であったことは想像に難くない。唯一無事だった漁師が、木片に捕まりながら、数刻後の自分の姿を想像し顔面蒼白となる。

 

 その様子を少し離れた位置から見つめる影。ドラム缶のような円柱状の鉄塊に女性の上半身が融合した異形の怪物だ。顎から上は巨大な臼歯で構成された髑髏のようで、表情は読めないが──駆逐級達が人を喰らうのを見て、満足げに嗤っているように思われた。

 

 やがて怪物が漁師に人差し指を向けると、目の前に駆逐イ級が浮上。獲物を確認したイ級は、口から涎のような海水を噴き出し、舌状のロープを生き残った漁師へと発射した。

 

 希望のない海に、漁師の絶叫が鳴り響く。

 

 

 

 

"鎮守府近海に、深海棲艦艦隊の侵入を確認。付近を航行中の漁船団が襲撃を受けたとの報告が入りました"

 

 司令室では艦娘達が可香谷提督の元へ集まる。モニター越しに大淀の声が静かに響き、緊張が走った。

 

「大淀、船員の安否は?」

"霧が酷く、被害規模敵勢力共に不明です"

「ッ! 手遅れになってからでは遅い。艦隊、直ちに出撃だ!!」

 

 可香谷提督の号令で、曙、朧、漣の三人がまず出撃。潮だけは、曙を追うように出撃する。

 

「霞、響、お前達も早速で悪いが━━」

「初日だからって余計な気遣いは無用よ」

「右に同じくだ。遠慮なく使って欲しい」

 

 二人を見送り、提督はモニターの深海棲艦を表す位置を睨みつける。眉間に皺を寄せた焦燥の表情が、彼の焦りを物語っていた。

 

 鎮守府下の海岸。曙達は海上を疾走し、戦場への道を進む。遅れて到着した霞と響は、一呼吸置き体勢を整える。やがて二人は虚空に右手を伸ばした。

 

 霞の背中に駆逐艦の胴体に当たる艤装が出現し、赤い肩紐が肩から腕にフィット。右手に主砲、左手に魚雷発射管が現れ、それぞれの手に装着され握りしめる。最後に、右斜めにアンテナのような装飾があしらわれた鉄のカチューシャがセットされ、霞の艤装装着が完了。

 

 同時に響の背中にも艤装が展開。左右に三連主砲が広がり、アームが伸びて縦長の鉄の盾が肩から腕を護るように装着される。背中からは鎖で繋がれた錨が尾のように伸び、装着完了。二人はほぼ同時に海へ駆けていった。

 

 

 

 

 襲撃現場は凄惨な空気に包まれていた。霧の中に佇む破壊された船影。辺りには血と焦げた木材の不快な匂いが漂う。

 

「うわ、酷いですネこれ」

「船が完全に破壊されてる。船員は……」

 

"各自、要救助者の捜索を開始……頼む、無事で居てくれ"

 

 不気味な静寂が霧に運ばれる中、艦娘達は周囲を警戒しつつ進む。やがて、曙が──見つけてはいけないもの──を発見する。

 

「うっ」

"どうした、曙"

「……要救助者を、発見したわ」

 

 曙は端末を操作し、鎮守府に惨状を映し出す。それは引きちぎられた人間の腕。周囲には足や手首も散乱していた。

 

「まだ他にも生存者が居るかもしれないわ。その場合、多分接敵する事が──クソ提督?」

 

 途中まで話した曙は、通信先の異変に気付く。応答がない。代わりに聞こえるのは、過呼吸のような荒い呼吸と、枕崎の「提督さん、大丈夫!?」という悲鳴。

 数秒の沈黙の後、可香谷提督の声がようやく続く。

 

"……各艦、前進。この地獄を作り上げた奴らを、決して逃がすな"

 

「え? いや、クソ提督。まだ船員が全滅したと──」

"もう手遅れだ!!"

 

 突然の怒号に、曙は耳を疑う。こんな声を彼が荒げることなど、これまで一度もなかった。

 

"敵は恐らくまだこの海域に居る。見つけ出し、これを全滅しろ"

「司令官、曙の言う通りよ。私達の役目は人命救助。敵を倒すことは最優先では無いわ」

"そうこうしている間に敵艦隊が離脱すれば、またどこかで同じ事が起きる!それだけは避けなきゃいけないんだ!!"

「司令官、あのねえ──」

「霞」

 

 響が静かに遮る。ここで問答している時間が、余計な犠牲を生むことを小声で伝え、霞は軽く舌打ちした。

 

「クソ提督、あんた……」

 

 突然の豹変に困惑する曙だったが、それに対しての答えは帰ってこない。苛立ちを覚え始める曙だが、今は言い争っている場合では無いのだ。

 

「……あたしが少し遅れながら生存者を探す。他の艦は先に進んで。それで良いでしょ」

"……分かった、それで行こう"

 

 少しの沈黙の後、提督が折れる。曙は艦隊から離れ、周囲を見渡しながら進む。去り際に、「何なのよもう」と小さく呟きながら。背後の潮は不安げにその姿を見守った。

 

 

 

 

 不気味な霧の海を進む艦隊。空気は濃密で、息苦しいほどの緊張感が漂う。予感のような不吉さが、周囲を支配し始めたその時──

 

「電探に敵反応あり! 右です!」

 

 朧の叫びと共に、右側から直進してくる雷跡。艦隊は間一髪、魚雷を回避する。

 

「何でこっちの攻撃は当たらないのに相手の攻撃は当たりそうなんですか!? あれですか、奴さん漣達が赤とかオレンジみたいに見えてたりするんですか!? キャンディ食べる!?」

 

「敵は朧達の位置を正確に把握してる。このままじゃ……」

 

 霧中からの波状攻撃に艦娘達は苦戦。戦況は不利に傾く。

 

「司令官、このままだと艦隊は大きな損害を負うわ。一度撤退して霧が晴れるのを待つ事を推奨します!」

"その間にまた誰かが犠牲になったら、手遅れだ! ここで仕留める!"

 

「司令官!!」

"各艦、一箇所に固まり全方位を警戒。機を見計らい、霧中の敵影を撃て!"

 

「あーもう、こうなりゃやるしかないですな」

 

 視界不良下では、バラバラに動くより固まる方が敵の奇襲を避けやすい。しかし同時に、格好の標的になるリスクもある。一か八かの賭けだった。

 

 朧、漣、響、霞の四人は背中を預け合い、敵の攻撃に備える。

 

「──みんな伏せなさい!!」

 

 霞の号令で一斉に伏せる。頭上を通り過ぎる砲弾が少し先で着弾した。響が真っ先に顔を上げ、霧の向こうの微かな揺れを狙う。

 

「そこだ」

 

 膝を曲げ、魚雷発射管から放つ響。霧の向こうで怪魚の断末魔と爆発音が轟き、敵を撃沈したことがわかった。

 

"良くやった響! この調子で……"

 

 勢いに乗る提督の声──だがここで、漣が異変に気付いた。

 

「あ、あの皆……ぼのちゃんとうっしー、どこです?」

 

 視界不良と敵への集中で、仲間の不在に気付くのが遅れてしまった。マズイのは、通信越しの提督までもが目先の敵に心を奪われ、仲間の異変を見逃していた事だ。

 

 

 

 

「曙ちゃん、どこですかー!」

 

 霧の中、僚艦の声が木霊する。曙は船の残骸を見つけたものの、要救助者は発見できない。だったモノ(・・・・・)なら幾つか見つけていたが、それで得られるのはやるせなさだけだった。

 提督は、この惨状を見てから突然豹変してしまった。一体彼は何を見ていたのだろうか。

 そして、そんな状況下でも潮は曙への依存心を隠せず、それがより曙の苛立ちを引き出していた。

 

"電探に敵反応あり! 右です!"

 

 通信機から朧の声が飛ぶ。ついに接敵の時が来た。

 

「ここまでね」

 

 歯痒さを顔に出しながら、曙は捜索を打ち切り、朧達との合流を目指す。潮を探しつつ、声を頼りに進む。通信機からは混乱が伝わり、一刻も早く合流しなければ危険だ。やがて、霧の向こうに見慣れた姿が現れる。

 

「あっ、曙ちゃん!」

「あんた何しに来たのよ! 艦隊に戻りなさい!」

「う、潮は曙ちゃんが心配で……」

 

 曙は怒りを露わにする。潮の行動は、艦隊の安全を脅かす無鉄砲な行動だ。

 

「あの、戦闘が始まりました。だから曙ちゃんも早く合流しないと」

「あんたに言われなくても分かってる。あたしに構わずさっさと──避けろ潮!!」

「──ふえ?」

 

 曙が敵の動きを察知した時には遅かった。密かに近付いた駆逐二級が砲撃を放ち、無防備だった潮に直撃する。

 ──世界が、スローモーションで回る。曙は、目の前で起きた出来事を理解するのに数秒を要した。やがて、海面に2,3度打ちつけられる潮。

 

「潮!! あぁ、そんな……!」

 

 倒れ込む潮を抱きかかえる曙。意識はあるが、致命傷ではない。しかしこのままでは危険だ。これまでの冷たい態度が一変、曙に彼女らしからぬ混乱と焦燥が現れていた。一体、彼女には何が見えているのだろうか。

 

 その間にも狩猟者は容赦しない。これ幸いと追撃に飛び掛かり一網打尽を狙う駆逐二級。だが曙は潮を抱えたまま、何とか片手で砲撃する。

 

「っ……こっちくんな!!」

 

 砲弾は二級の口中に命中。二級は目の前で爆発し、海面に沈んでいった。

 

「ぼのちゃん、大丈夫デスか!?」

「潮……! くそ、間に合わなかった」

 

 霧の向こうから声。敵艦隊の混乱に乗じ漣達が曙と合流したのだ。そして、意識を失った潮の姿が目に入り、彼女達は事態の重大さを理解した。そうこうしている間にも、背後の霧の中から獰猛な声が追いかけてくる。

 

"……そんな。こんなはずでは"

 

 通信機から、可香谷提督の弱々しい声が漏れる。いつもの冷静な声ではなく、困惑が混じっていた。

 

「クソ提督! 潮がやられた。撤退指示を!!」

 

 切羽詰まった声で曙が叫ぶ。しかし提督は"俺はただ……"と囁くように言うだけで、応答はない。

 

「クソ提督、聴いてんの!?」

 

 応答はない。霧の中、海面から飛び出したハ級の牙が霞に迫る。危ない! だが霞は咄嗟に反応し、振り返って主砲を発射。直撃したハ級は空中で被弾し、海面に叩きつけられてのたうち回る。

 

「あーもう! 馬鹿ばっかり!!」

 

 うんざりした声と共に、霞は突撃を開始する。一度武装を仕舞い拳と肘打ちを主体に連撃を左右の眼に叩き込み、ハ級が怯んだところで再び主砲を展開。至近距離からの砲撃で爆風を利用してその場から離脱する。ハ級は大爆発を起こして海中へ沈んだ。

 

「司令官、撤退指示!!」

 

 霞が通信機越しに叫ぶ。ようやく我に返った提督は「あ…あぁ」と言いながら全艦に撤退を号令した。

 

 霞は自身の妖精から煙幕発生装置を受け取り、展開。辺りは一瞬で白煙に覆われた。白煙の中、探照灯を点灯させた霞が艦娘達を導く。曙達はそれを頼りに、悔しげに霧と煙が立ち込める戦場から離脱していった。

 

 戦いは敗北に終わった。駆逐級が後を追おうとするが、ホ級の咆哮がそれを制止する。敵は退き、勝ち誇ったかのようなホ級の笑い声が霧の海に響き渡った。




修正完了。何か完成間近のツボを「気に入らん!」の一言で叩き割ってイチから作り直す職人みたいなムーヴかまし続けていて申し訳ありません。
どうしても自分が納得のいく物語を書き終えたい欲が消えないんです。面倒くさい作家だなコイツ。
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