鎮守府を発ってから数刻。曙は仲間の艦娘たちとともに、かつて惨劇が繰り広げられた因縁の海域へと戻ってきていた。
朝とは打って変わって、海上を覆っていた霧はすっかり晴れている。視界を遮るものは何もなく、だからこそ──沈みきらずに漂う船の残骸や、ねじ曲がった鉄骨、黒く焦げた甲板の一つ一つが、嫌でも目に入ってきた。まるでこの海そのものが、過去の記憶を忘れることを拒んでいるかのように。
曙は無意識に奥歯を噛みしめる。
「改めて見ると酷い有様ですネ……」
後方を駆ける漣の呟きが、軽い調子とは裏腹に重く響いた。その一言が意味するものを、ここにいる全員が理解している。これは単なる惨状の確認ではない──提督が再び、あの時のように取り乱す可能性を孕んでいるという現実の再認識だった。
「司令官、ここからはモニターを切りなさい。また暴走でもされたら堪らないわ」
霞の声は冷静だったが、その奥には明確な警戒があった。艦隊全体の安全を考えれば、当然の判断だ。曙もそれを理解している。理解している、はずなのに──。
"わ、分かった。モニターは見ないように"
「駄目、クソ提督は目を逸らさないで」
ほとんど反射のように言葉が飛び出していた。
静まり返る無線。周囲の視線が、一斉に曙へと突き刺さるのを感じる。それでも、彼女は引かなかった。
"曙!? しかし……"
「あんたはこの先、こんな事が起きる度にあたし達を見ないの? それって提督の意味ないじゃん」
"それは"
「……多分、今アタシは凄く残酷な事を言ってるんだと思う。でも、もう一度あたし達と一緒に戦うって言うなら──相応の覚悟、見せてよ」
言いながら、胸の奥がひりつく。分かっている。これは優しさじゃない。逃げ場を塞ぐ言葉だ。
だが曙は、あえてそれを選んだ。
ただ怯えているだけの人間に向ける言葉ではない。彼は提督だ。あの場に立ち続ける者だ。だからこそ──逃げることを許さなかった。
曙は、彼の意思を試していた。
「曙。貴方の言っていることは、下手をすれば艦隊全員を危険に晒す行為よ。それは分かっているの?」
霞の声音は咎めるものだったが、拒絶ではない。あくまで確認。曙はその意図を感じ取り、短く息を吐いた。
「分かってる。でもアタシは……もう一度、クソ提督を信じてみたい」
言葉にした瞬間、ほんの僅かに震えが走る。自分でも驚くほど、それは本音だった。
沈黙が落ちる。やがて──
"……分かった。俺も、覚悟を決めるよ。だが万が一、俺がまた取り乱したらその時は"
「ええ、その時は私達が独断で行動させてもらうわ」
霞が即座に応じる。そのやり取りで、曙は小さく息を吐いた。危うい均衡ではあるが、これでいい。互いに譲歩した形で、戦線は維持された。
"改めて、これより生存者の捜索を開始する。敵はまだこの海域に潜んでいる。慎重に探してくれ。"
その声には、先ほどまでの揺らぎはなかった。曙は一瞬だけ目を細めると、すぐに視線を海面へと戻した。
号令を合図に、艦娘たちは散開し、残骸の一つ一つを丁寧に確認していく。だが時間はあまりに経ちすぎていた。潮の流れも、温度も、すべてが生存には厳しい条件だ。
仮に生きていたとしても──見つけ出すこと自体が困難だ。呼びかければいい。そう思うのは簡単だ。だが声を上げた瞬間、深海棲艦に位置を知られる危険がある。この海域では、それは即ち死を意味する。
曙は舌打ちしたくなる衝動を押し殺す。やり場のない苛立ちが、胸の内に溜まっていく。
──その時だった。
ガタリ。
微かな音。だが、確かに聞こえた。曙の意識が一瞬で研ぎ澄まされる。
「クソ提督、今そこの船から物音が」
"損傷が他の船よりも浅いな……内部を調べてくれ。"
即座の判断。曙は迷わず難破船へと飛び乗った。甲板は軋み、足場は不安定だ。崩れ落ちる危険を感じながらも、曙は慎重に足を進める。音の発生源を探る。視線を巡らせ、耳を澄ます。
──床下。倉庫だ。
曙は一瞬だけ躊躇う。もしこれが敵の罠だったら。だが、その可能性を振り払うように、勢いよく蓋を開けた。
「うわぁっ! 助けてくれ!!」
中にいたのは、一人の若い漁師だった。壁に背を押し付け、腰を抜かしながら必死に後ずさる。その目には明確な恐怖が宿っていた。
──生きている。曙の胸が強く打つ。
「生存者を一人発見した!!」
"本当に……居たのか……良かった……!"
無線越しに聞こえる提督の声は、心の底から安堵したものだった。続く鈍い音から、彼が膝をついたことが分かる。曙は小さく息を吐いた。
戻ってきた──いつもの提督が。
「干渉に浸ってる場合じゃ無い! 一先ずコイツを連れて離脱する?」
"そうだな、それで行こう"
「あ……あんた達、艦娘か? 俺は助かるのか……?」
震える声。漁師はまだ現実を受け入れきれていない様子だった。話によれば、仲間たちは一瞬で襲われたらしい。自分だけが咄嗟に隠れ、生き延びたのだという。極限状態の恐怖が、そのまま残っている。
「もう大丈夫です。朧達が──」
朧が優しく声をかけた、その瞬間。海域に響く咆哮。
複数だ。曙の背筋に冷たいものが走る。曙は即座に漁師へ背を向け、主砲を構える。
「ひいいっ!」
"落ち着いて下さい! 俺の仲間達が、必ず貴方を守ります!"
だが恐怖に囚われた男は、制御が効かない。暴れれば、それだけ危険が増す。
曙は歯を食いしばる。このままでは守りきれない。
「司令官、彼は私が航行しよう」
その時、響が一歩前に出た。
迷いのない声。小柄な身体で漁師を背負い上げる。その動きは無駄がなく、周囲も即座に理解した。異論は誰からも出なかった。
だが──その刹那。
残骸の影が揺れた。
次の瞬間、駆逐ハ級と二級が飛び出し、朧と漣へと襲いかかる。反射的に振り向いた二人が迎撃。砲撃が炸裂し、敵は悲鳴を上げて海中へと逃げ込んだ。
「って、あれ? あいつら確か前回倒しませんでしたっけ?」
"まさか……増援か!?"
嫌な予感が、全員の胸をよぎる。そしてそれは、すぐに現実となった。
海面が盛り上がり不気味な影が、ゆっくりと姿を現す。異形の深海棲艦──ホ級。
その周囲に控える駆逐級たち。統率された動き。明らかに、先ほどまでとは違う。
「軽巡級──成る程、道理で動きが良い訳だわ。こいつら水雷戦隊ね」
霞の声に、曙は唇を歪める。厄介な相手だ。
「響、そいつを頼んだわよ。こいつらは、あたし達で食い止める!」
曙の言葉に、響は無言で頷く。エンジンが唸り、彼女は最大速力で戦場から離脱していった。
守るべきものは、任せた。ならば──こちらは戦うだけだ。
"みんな、奴らを響の下へと向かわせるな、戦闘開始だ!"
「了解!」
「がってんてん♪ 漸くいつもの空気に戻ってきましたねっと」
砲が構えられるのと同時に、ホ級が咆哮を上げる。その直後、イ級が巨大な口を開き、一直線に突っ込んできた。狙いは──曙。
「ふん、そんな単調な動きであたしが……うわっ!?」
回避した直後、衝撃。視界が揺れる。
少し離れた位置からの砲撃。煙を噴くロ級の砲口が、はっきりと見えた。
囮。
理解した瞬間、遅かった。
イ級が迫る。巨大な顎が、曙を飲み込もうとする。両手足で必死に踏ん張る。押し返す。だが力が足りない。横目に見えるのは、動けない自分を狙うロ級の砲口。
逃げ場がない。焦りが、心を侵食する。
"朧、曙の救援に向かってくれ。漣と霞は二級とハ級の妨害を警戒!"
次の瞬間、砲撃。朧の一撃がイ級の口内に叩き込まれた。衝撃で顎が緩む。
曙はその隙を逃さず、全力で後退した。
「大丈夫? 曙」
すぐ傍に立つ朧。いつもと変わらない、穏やかな声。
「朧、その、あたし」
言葉が出ない。
礼を言えばいい。それだけのはずなのに──喉が詰まる。曙は浴室でのやり取りが、脳裏に引っかかっていた。朧に言葉で噛みついた……その記憶が、素直な言葉を拒む。
「仲間でしょ、朧達」
あまりにも自然に返ってきた言葉に、曙は目を見開く。彼女は責めるでもなく、気にするでもなく。ただ当然のこととして。
「背中、任せたよ曙」
朧は曙と背中を合わせた。左右から唸るイ級とロ級。挟撃の構え。曙は一瞬だけ迷い──それでも、逃げなかった。
気持ちは整理できていない。それでも体は動く。朧と共闘する……なし崩しに、それが現実になっていた。
"ちょっと漣! 戦場でふざけない!"
"ダイジョーブかすみん。伊達や酔狂でこんな事しているんじゃ無はにゃーっ!?"
"漣!!"
"……なーんちゃって♪"
爆発音。敵の断末魔。
曙はロ級の攻撃を捌きながら、思わず息を吐いた。いつもの調子だ。軽口。やり取り。緊張の中にある、妙な余裕。
"あんた何考えてるの!? 一歩間違えば轟沈する様な戦い方をするな!"
"い、いや霞。これが漣なりの戦い方なんだ。どうか大目に見てやってくれ"
"は、はあ? 司令官までそんな"
"まあまあかすみん。漣は無傷ですから、許してやって下だせぇ"
"え? ……確かに、服が少し煤けているだけね"
思わず、曙は小さく笑いそうになるのを堪えた。不格好だ。まとまりがあるとは言い難い。それでも──確かにそこには、《仲間》があった。仲間。もう終わったはずのもの。
二度と持たないと決めたはずのもの。
「この……!」
曙は迷いを振り払うように、イ級の口内へ砲撃を叩き込む。爆発。イ級は力を失い、ゆっくりと海へ沈んでいった。
「やったね、曙」
背中越しの声。
「う、うん」
反射的に返してしまった自分に、曙は一瞬だけ戸惑う。自然に応じてしまった。まるで──最初からそうだったかのように。
彼女の胸の奥が、ざわつく。
その時再び、海域を震わせる咆哮。ホ級だ。
「あっ、ロ級が!」
朧の声に振り向く。さっきまでいたはずのロ級が、消えている──潜った。
"油断するな、二人とも! 周囲を警戒"
背中合わせのまま、互いに距離を保つ。
水面。波紋。影。
次の瞬間──朧の足元が盛り上がった。ロ級が、下から突き上げる。衝撃で朧の身体が宙へと跳ね上がる。
「──っ!」
体勢が崩れる。空中では制御が効かない。ロ級の口から砲口が現れ、無慈悲に火を噴いた。
直撃。朧の身体が、力なく落ちる。
「朧!!」
考えるより先に、曙は動いていた。全力で駆け寄り、落下する朧を受け止める。
腕に伝わる重み。視界に入るのは、破損した艤装と、額から流れる深紅。
「クソ提督、朧が!!」
"朧は無事か!"
「息はある! でも意識が……」
"何とか朧を連れて離脱出来ないか?"
「やってみ……うわっ!」
海面が裂ける。再びロ級が現れ、曙へと牙を向ける。回避。反撃。しかし──重い。朧を抱えたままでは、思うように動けない。攻撃も、防御も、すべてが鈍る。
それでも曙は歯を食いしばる。腕の中の重みを、絶対に手放さないために。
"──霞、ハ級とニ級両方を相手取る事は可能か"
戦場の喧騒の中、不意に落ちるような沈黙のあと、通信機越しに提督の声が響いた。その一言が持つ意味を、曙は即座に理解する──戦力の分断。
今の状況でそれを行えば、各個撃破される危険もある。だが同時に、朧を抱えた自分を救うには、それしか手がないこともまた明白だった。
"えちょ、ご主人様。流石にそれは"
"漣は曙の加勢に回って欲しい……行けそうか"
漣の戸惑い。霞への負担。どちらも現実的な問題だ。
海上に張り詰める空気は、先ほどまでの戦闘とは別種のものだった。選択一つで誰かが沈むかもしれない──そんな緊張。
曙は息を呑む。
そして、数秒にも満たないはずの沈黙が、やけに長く感じられた後──
"任せなさい。2体は私が引き受ける。漣は朧と曙の救出を"
"でもかすみん"
"見くびらないで。こんな奴等に遅れは取らないわ"
霞の声は揺るがなかった。
悲観でも、虚勢でもない。ただ、自分の力を正しく理解した者の確信と誇り。その響きに、曙は思わず息を詰める。
漣もそれを感じ取ったのだろう。数秒の逡巡の後、
"……オーケー、帰ったら一杯やろうぜ"
いつもの軽口を残し、エンジンを吹かす音が通信機越しに響いた。その音に、曙はほんの僅かに安堵する。
距離はそう遠くない。すぐに来る。分かっている。それでも──その「すぐ」が、やけに遠く感じられた。
朧を脇に抱え、曙はロ級と対峙する。重い。腕にかかる負担以上に、その存在が重い──
ふと、脳裏に過ぎる過去の光景。あの海。あの喪失。胸の奥が焼けるように痛む。もう二度と、同じものを手放したくはない。曙は歯を食いしばり、砲撃を放つ。だがロ級はそれを嘲るように、ジグザグに軌道を変え、すべてを躱す。
そして次の瞬間、ロ級が海面を蹴って跳躍した。影が落ちる。巨大な顎が、曙と朧をまとめて喰らおうと迫る。
逃げ場はない。曙はただ、その黒い影を見上げるしかなかった──終わる。そんな考えが、頭をよぎった、その時。
「お ま た せ !!」
横合いから衝撃。ロ級の巨体が大きく軌道を逸らし、海面へと叩きつけられる。間一髪。曙のすぐ傍に、漣が滑り込むように現れた。
「私が来た。チャリで来た。毎度おなじみ漣さんですよっと。後は私にお任せ……」
「漣、朧を頼んだ!」
「へっ? いやいやぼのちゃん、ここは漣が」
言い終わる前に、曙は動いていた。抱えていた朧を、強引に漣へと押しつける。
よろめきながら立ち上がるロ級。その姿を、曙は真っ直ぐに睨みつけた。視線に宿るのは、燃えるような怒り。
「コイツだけは、あたしがやる!!」
言い切ると同時に、曙は踏み込む。距離を詰め、蹴り。タックル。連続砲撃。怒りに任せた猛攻が、ロ級へと叩き込まれる。防御も回避も許さない、圧力の連打。
最後に渾身のキックを叩き込み、ロ級の身体を吹き飛ばす。間髪入れず膝を落とし、照準を定める。魚雷発射態勢。
「喰らえ!!」
解き放たれた魚雷が一直線に走る。全弾命中。轟音とともにロ級は爆発に包まれ、形を失った。海面に残るのは、崩れゆく残骸と波紋だけ。曙はしばらくその場に立ち尽くし、荒い息を整える。
やがて、大きく息を吐いた。
「もー、ぼのちゃん。助けられた身で良いとこ取りとは感心しませんな。本日のぼのちゃんは強かで困る」
「その、ごめん……それから、助かった。ありがとう」
「へ? ……あ、あー、うん。どういたしましてですぞ?」
予想外の返答だったのか、漣の声がわずかに崩れる。曙自身も、言ってから少しだけ驚いていた。自然に出た言葉だった。
「って、そうだ。霞は?」
"私なら大丈夫。でもホ級が……!"
通信に、曙たちははっとして視線を向ける。煙を上げるハ級とニ級。その先。敵旗艦──ホ級が、低く唸りながら後退しようとしていた。随伴艦は全滅。敗北を悟った撤退だ。
だが霞は、二体を相手取った直後で明らかに消耗している。追撃は間に合わない。曙の位置からも遠い。
手が届かない。
"くそ! 逃げられる!!"
提督の焦りが、はっきりと伝わる。このまま逃せば、再び被害が出るかもしれない。だが──どうしようもない。
そのはずだった。
次の瞬間。側面から走る閃光。衝撃。そして、大爆発。ホ級の巨体が大きく揺れ、崩れ落ちる。曙たちは一斉にその方向を見た。そこにいたのは──魚雷発射の姿勢を取ったままの、響。
"敵旗艦を撃破した"
短く、淡々とした報告。
「……あーっ! 響、一番美味しいとこ取りじゃないですか!!」
"興味無い。私は敵を倒しただけだ"
"はは……響、助かったよありがとう。だが、戻ったなら一声かけて欲しかったな"
提督の苦笑混じりの声。確かに、結果は最良だった。だが連携としては改善の余地がある結果だ。
"……善処する"
わずかに気まずそうな響の声に、曙は小さく息を吐いた。
"──任務完了だ。艦隊、帰還せよ!"
晴れやかな号令。その一言で、張り詰めていた空気が解ける。誰からともなく、艦娘たちは帰路につき始めた。戦いは終わったのだ。
*
鎮守府を見下ろす海岸。天然の発着場に戻った曙たちは、上陸と同時に艤装を解除し、坂道を登る。戦闘直後の身体には少し堪える勾配だが、不思議と足取りは軽かった。
胸の奥に残るのは、疲労よりも──妙な清々しさだった。
「みんな、よく戻って来てくれた」
提督と枕崎が出迎える。だが、その先の言葉が続かない。
曙はそれを見て、内心で小さく息をついた。今朝の一件。あれだけのことがあれば、当然だ。
やがて、提督が意を決したように口を開く。
「その……改めて、俺の指揮下で動いてくれて、感謝する。勿論俺も、この程度で信頼を回復出来るとは思ってはいない。これからも自分を戒めながら、共に戦おうと思う」
「そうね。今はそれで従ってあげる……漣を救助に向かわせたのは、良い判断だったと思うわ」
霞の言葉は相変わらず厳しい。だがそこに、完全な拒絶はなかった。
曙はそれを感じ取り、ほんの僅かに肩の力を抜いた。
「さあみんな、早く入ってくれ。まずは朧の入渠を──」
「曙ちゃん!」
提督の言葉を遮るように、潮が駆けてくる。どうやら意識を取り戻したらしい。
だが潮は、他の負傷者には目もくれず、一直線に曙へと向かってきた。
「良かった、曙ちゃんは無事──」
次の瞬間。パシン、と乾いた音が響いた。
時間が止まったような錯覚。潮が頬に手を当て、何故と言いたげな目で曙を見る。
曙は、怒りを隠そうともしなかった。
「……真っ先に、みんなに言うことがあるでしょ」
静かな、だが強い声。潮はゆっくりと振り返る。
そこにいる仲間たちの視線。心配。非難。様々な感情が混ざっている。彼女の顔が青ざめ、唇が震える。それでも──
「えと、その……皆さん、心配かけて、ごめんなさい」
か細い声。それでも、確かに潮は言葉を発した。曙はそれを確認し、ゆっくりと息を吐く。
怒りが、すっと引いていく。
「みんなごめん。潮の事は、これで許してやって欲しい」
視線が交差し、漣たちが顔を見合わせる。短い沈黙の後──
「……まぁ、言いたいことは色々あるけれど、勇気を出した謝罪に免じて黙るわ」
「正直、納得はしていない。だがここまでした相手を無下にするほど冷徹にはなりたくないな」
霞と響も、矛を収めた。完全な解決ではない。だが、一歩前進だ。
「コホン……みんな、そろそろ中に入ろうか」
「ゆっくり休むのよ? 終わったらお姉さんの晩ご飯が待ってるからね」
その言葉をきっかけに、艦娘たちは鎮守府へと入っていく。
曙も潮に手を引かれ、続こうとする──が。
「潮、ちょっと貴方は私達と来なさい」
「ふぇ!? えっと、あの、その」
「貴方も少し、私達と馴染んで貰わないとこの先困るわ」
「ちょっと霞、潮は──」
止めようとする曙。だが霞は、顎で提督の方を示す。
意図を察した枕崎が、にやりと笑う。
「よーし!じゃあ潮には、皆が入渠中にご飯の準備を手伝って貰おうかな?」
半ば強引に、潮は連れていかれた。残されたのは──提督と曙、二人だけ。その間に静寂が落ちる。
提督は言葉を探しているようだった。自分が何をしたのか。それが曙にどれほどの失望を与えたのか。理解しているからこそ、軽々しく口にできない。
「曙。その、俺は……」
言いかけた言葉。曙は何も答えず、ただ一度だけ彼を睨みつける。そして背を向け、そのまま歩き出した。
鎮守府の扉へと向かい、そのまま何も言わずに去る──はずだった。
「すまなかった! お前を預かると言っておきながら、無責任な事をしてしまった。どうか許してくれ!」
背後から響く声。振り返れば、提督は深く頭を下げていた。直角に折れた背中。
曙はしばらくそれを見つめ、やがて大きくため息をつく。
「上官が部下に頭下げるなんて、馬鹿なの? ……中、入ろ」
呆れたような声音。だがその中に、わずかな柔らかさが混じっていた。踵を返し、再び歩き出す。ぽかんとしたままの提督を置いて。
曙の横顔は──どこか、晴れやかだった。
to be continued...
次回【軋轢―ナイトメア―】
あー……やっと書けた。
キャラ増えたらこんだけ難しくなるんだ。
本作、群像劇としての側面も持っているけど、視点はあくまで曙だからそれを維持し続けるのが大変。その上で納得のいく筋書きにしないといけないから……勉強になるね。