ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

21 / 30
5-4

「MG号事件ね」

 

現場へと向かう中、霞がそう呟いた。

 

「霞ちゃん、知っているのですか?」

「……私も聴いた事があるだけよ。今から数十年ほど前にあった、遊覧船MG(マウンテンガリバー)号をたった一体の深海棲艦が襲撃し、大規模な人的被害を出した未解決事件」

「私もそれは聴いた事がある。襲撃を行った深海棲艦は発見されず、生存者は唯一人の少年のみだったらしいね」

 

 霞の言葉に響が付け加える。海上を移動しながら、二人は事態の大凡の顛末を曙達から聴かされていたのだ。

 

「まさかその生存者の少年が、司令官だったなんて驚きね」

「Я согласен(同感だ)。私達は司令官の事を、何も知らない」

 

響の言葉に皆が黙り込んだ。思えば、提督は彼女達に自身の事を何一つ語ってはいない。上官と部下としての関係であれば、それはあるべき姿なのかもしれない。だが、提督がその様な関係であろうとしなかった事は皆分かっていた。

 

「……何か、やり切れない」

「曙?」

「あたし達が、クソ提督がそんな目に遭った時にその場に居なかったのは仕方が無いと思う。でも……うぅん、だからこそ、あたし達の手の届かない所で、惨劇に見舞われ、不幸な運命を辿る人が居る。それがやり切れないなって」

 

 暗い表情で曙はそう答える。自覚してはいなかったが、提督の現状に一番歯痒さを覚えていたのは彼女だった。自分の為に体を張り、自分を認めてくれた提督を、自分は何もしてあげられない。それが我慢できない程悔しかったのだ。提督の過去は表沙汰にしていいものでは無い事は分かっている。それでも――。

 

《それで良いのだよ、曙君》

 

 そんな沈んだ空気を破ったのは、通信機越しの南波の声だった。

 

「南波さん?」

《君たち艦娘は、決して完全無欠のヒーローではない。どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない想いもある。大切なのは、最後まで諦めない事だ。君の、君達の想いはきっと剛の奴に届く筈だ》

「…………」

 

 南波のその言葉を受け、曙は改めて考える。自分は今、提督の力になりたいのだろうか。最後まで諦めなければ、彼を救う事が出来るのか。その願いは、提督と出会うもっと前から抱いていた様な気がしていた。

 

 

 

 

 ふと、曙の脳裏に突如見知らぬ光景が浮かび上がる。ノイズだらけのぼやけた視界、微かに見える地面に並べられたかつてヒトだったモノ。そしてその中央に佇む、おぼろげな影。

 

 

 

 

(……今のは?)

 

フラッシュバックにも似たその光景はすぐに霧散し、彼女がその全容を知る事は出来なかった。

 

「南波さんの言う通りだよ、ぼの」

「漣?」

「漣達が今すべき事は、救えなかった事を後悔する事じゃない。救えるかもしれない命を救いに行くこと! それが結果的に、ご主人様の為に戦う事にだってなるんだから」

「……そっか、そうよね。何かごめん」

「良いてことヨー……そう、ご主人様の為に、頑張らないとね」

「え?」

「……何でもない。それよりほら、行くヨ!」

 

 会話を強引に終わらせて漣は速度を上げ、先陣切って現場へと向かって行く漣。彼女の先程の言葉に一瞬見えた陰りに、曙は一抹の不安を感じた。その不安により、先程見えた謎のヴィジョンの事は直ぐに忘れたのだった。

 

 

 

 

 襲撃現場に着いた一同が目にしたのは、無残にも破壊された漁船の姿だった。船底から真っ二つに割れた船体はVの字に折れ曲がり、前面と後面が共に上を向く形で既に沈みかかっている。

 

「そんな、遅かった……!?」

《――生存者は見当たるかね》

「見た所、確認できません。周囲を探してみます」

《まだ深海棲艦が周囲に居るかも知れない。気を付けるんだよ》

「了解」

 

 南波との通信を終えた潮と朧が先行し、周囲を捜索する。「誰かいますかー?」と声をかけるが、周囲は静けさに包まれていた。やはり、船員達はもう……?

 

「…………」

 

 物陰や周囲を警戒しつつ、一定の距離を保ちながら艦娘達は漁船の残骸の間を動き回る。不気味なほどの静けさを伴うその空間は、宛ら海上の廃墟の様だ。

 沈みゆく船の前甲板部分を潮が通り過ぎようとした時、残骸と残骸の間を何かが高速で横切る。瞬時に警戒態勢になる一同だが、敵の姿を捉える事が出来ない。

 姿を見失う潮を、死角から敵の砲撃が狙う!!

 

「潮! 危ない!!」

「え……ひゃっ!?」

 

 突然の曙の声に瞬時にその場をから高速で移動する潮。直後に彼女の居た場所に水柱が上がった。周囲を見渡す潮は、左後方に異形の影を見た。

 小型のボートに歯が生えた様な物体から人型の上半身が生え、その上半身は艤装と一体化した右腕、ぼろ布の纏った胴体、顔全体を覆った肉食獣の骨を髣髴とさせる仮面と言った出で立ちのその怪物は、狙いを外した悔しさからか、体を大きく広げて雄たけびを上げた。

 

「あの深海棲艦は……」

「【ヘ級】。軽巡級の深海棲艦ね。でも……」

 

 霞は周囲に漂う船の残骸を見渡す。彼女は目の前の敵に、妙な違和感を感じていた。

 

「霞、来るよ!」

 

 雄たけびを終えたヘ級はすぐさま之字運動を行いながら素早い動きでこちらに近づく。接近戦に持ち込もうとする相手に霞は一旦思考を止め、迎撃態勢に入った。

 左腕を振りかぶり飛び掛かるヘ級を、霞は脚部艤装のジェット噴射で軽く背後に飛ぶことで回避。お返しとばかりにカウンターの主砲を放つが、ヘ級は至近距離でありながらそれを横へと回避した。

 

「チッ、これを躱すなんて……!」

 

間髪入れずにヘ級は狙いを近くに居た響へと変え、砲撃を放つ。響は一瞬驚くも、すぐさま右方向へと最大戦速で回避。彼女の銀色の髪が少し焼き切れるも、ぎりぎりで被弾だけは免れる。

 

「響、大丈夫!?」

「問題ない……Душа женщины(女の命(・・・))は傷付いたが」

「冗談が言えるなら大丈夫そうね!」

 

 冗句を交わしながら響はヘ級へ砲を向け、一旦その足元に砲撃を行いヘ級の動きを鈍らせてから本命の一撃を放った。だがヘ級はそれすらも高速移動で回避、しかし僅かながら顔を覆うマスクに火傷跡が残って居る。ダメージこそ与えられなかったが、響は借りは返す事が出来た様だ。その跡を見たヘ級は無傷ながらも唸り声を上げて威嚇をした。

 

「二人とも中々やりますネ!」

「感心している場合じゃ無い……こっち来るよ!」

 

 向かってくるヘ級を迎え撃つべく、朧と漣は構えた。

 

 

 

 

 艦娘達の戦いを枕崎と南波はモニター越しから見守っていた。

 

「敵はしぶといけれど、あの子達なら大丈夫よね」

「うんむ。しかし……」

「どうかしたの? 南波さん」

「…………」

 

 顎に手を当て、南波は思案する。先程霞がヘ級に対して抱いていた妙な違和感、南波もまた、その違和感を感じていた。

 

「何か、あの子達に心配な事でも?」

「いや、彼女達には然程問題は無い。漣君の精神状態だけがやや気がかりではあるが……私が懸念しているのはそこでは無いのだ」

「と言うと?」

「枕崎君。戦闘とは無縁の君にこんな事を尋ねるのはおかしいかも知れないが……君から見て、あの【敵】はどう思う」

「へっ、敵? ……うーん、そうねぇ……素人目に見て感じるのは――敵はヘ級一体だけ(・・・・)なの?」

「そこだ。あの船の損害に対して、敵が少なすぎる(・・・・・)。他の仲間は撤退したのか?では、あ奴は何故残って居る? それに……」

 

 

 南波は今もなお沈みゆく船を注意深く凝視する。船底からの破損により真っ二つに割れ、V字に割れた船体。

 

「あの船……破損状況から見て恐らくは魚雷による轟沈だと思うが、多方面から破壊されておる。明らかに単体での襲撃によるものではない。寧ろこの魚雷の数は――!」

 

 そこまで思案した南波は、モニターを見て表情を険しくさせる。ヘ級と交戦中の、漣の死角となっている方角より、水中を進む白い線が見えた。南波は叫ぶ。

 

 

 

 

「ハッ! さっきから逃げ回ってばかりだネ。そろそろ止めをさすよ!」

 

 回避に専念するヘ級の動きを読み、漣は狙いを定め必殺の主砲を構えた。

 

「やっちまうのね!」

《漣くん、六時の方向より魚雷だ!!》

「へっ?」

 

 南波の言葉を理解し動き出す前に、漣の右側から鈍い衝撃が走り、直後に巨大な水中が上がった。

 

「はにゃーっ!?」

「漣ー!!」

「だ、大丈夫。ちょっと中破しただけ……それより、どこから!?」

 

 慌ててヘ級の方を見る漣だったが、ヘ級は明らかに違う位置で霞と響の二人と交戦している。

 では、今の雷撃は一体どこから――?

 

《気を付けろ皆、()だ!!》

 

 南波の言葉に漣達が下……つまり、水面を見やる。「あそこです!」潮が指差した先、その水面に幽鬼の如く三つの影が姿を現した。

 

 

 

 

「南波さん、あれって……!」

「うむ……」

 

 モニタ越しに様子を伺っていた枕崎が叫ぶ。南波の表情が、険しいものとなった。

 

「潜水級深海棲艦の、【群狼戦術】だ」

 

 群狼戦術。それは、かつて某国が執った複数の潜水艦による連携戦術であり、南波が指摘したように、水面に現れた影は不気味な舟幽霊を髣髴とさせる深海棲艦……【潜水ソ級】、【潜水ヨ級】、【潜水カ級】の三体だった。

 

 

 

 

「潜水艦……!」

 

 敵の正体を理解した瞬間、漣の身体を急に震えが走る。それは、恐怖から来る震え。かつて自身に止めを刺せたモノの具現を目の前にしての事だった。

 

「漣、大丈夫?」

「だ……大丈夫です! 漣は強い子、恐怖なんて打ち勝ってやるヨ!」

「あんた潜水艦駄目でしょ。ここはヘ級に集中して」

「駄目! そんな逃げ腰じゃ、ご主人様に合わせる顔が無い!」

「漣、あんた……」

「ご主人様……提督に酷い事しちゃった分は、ちゃんと取り返すヨ!」

 

 そう言って漣は潜水級達に狙いを定める。彼女は恐怖と焦燥感から、傍から見ても冷静さを欠いていた。三体の潜水級は、そんな様を嘲笑うかのようにゆっくりと水面下へと姿を消した。「逃げんなこの!」潜水級達が消えた辺りへと最大船速で向かって行く。

 

「漣! あいつ何ムキになってんのよ」

「……曙ちゃん、お願いがある。漣の事、頼める?」

「えっ?」

「曙ちゃんが潜水艦苦手なのも、その理由も知ってる。その上でお願い。今の漣を止められるのは、多分曙ちゃんだけだから」

 

 真剣な眼差しで朧が言う。曙は潜水艦が苦手だ。だが彼女自信は、潜水艦にやられたと言う史実を持たない。その原因は、目の前で僚艦漣を沈められたと言う悔しさから来るものだった。それは即ち、今の漣の暴走の起因でもある。

 その暴走を止められるのは、朧の言う通り曙にしかできない事だった。曙は暫く考えた後に、力強く頷いた。

 

「朧……分かった。やってみる!」

「出来るだけ朧も援護するね……南波さん、それで構いませんか?」

《うむ、漣君の事は君の判断に任せよう。彼女を頼んだよ》

「了解です」

《朧君は二人と協力して潜水級の相手を、霞君と響君は連携してヘ級の撃破へ向かってくれ》

 

「Я понимаю(了解)」

「分かったわ」

 

 漣の後を追う曙、朧はそれを見守りつつ、眼下に潜む脅威を警戒する。残った潮、霞、響の三名は、目の前のヘ級へと向かい合った。

 

 

 

 

「皆、無事で居るのだぞ」

 

 司令室の南波は、モニターを見つめながらそう呟く。そして、今もなお閉まっている提督の部屋へと通じる扉を見た。

 

「剛……早く立ち直れ。お前の艦娘達はこんなに頑張っておるのだぞ」


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。