ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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 先に動いたのはヘ級だった。雄たけびを上げると同時に、その上体を支えていた艤装部分の口がガパァと大きく開き中から砲口が出現、それが勢いよく火を噴いた。それに合わせ更にヘ級は右腕の砲を構え、合わせて砲撃を行う。大ぶりの下部艤装の砲撃の次弾発射の合間に速射性に優れる腕の小型の砲撃を織り交ぜての、隙の無い連続砲撃だ。

 一か所に固まっていた霞、響、潮は驚きながらも飛んできた砲撃を回避、水柱が上がる中をジグザグに突き進む。止むことの無い砲撃の雨の中、肩や脇に僅かに砲弾を掠りつつもヘ級へと砲を放つ。さしものヘ級も三方向からの砲撃には対処出来ず、ダメージを負う。

 

「やりました!」

「油断しちゃ駄目よ潮」

 

 霞の言う通りヘ級はよろめきながらも新たな動きを取る。何を思ったか、急にそれまでの苛烈な攻撃を突然止め、下部艤装に備えられた探照灯をバシ、バシと強く明滅させた。

 

「あいつ一体何を……」

「何かされてからだとマズい、動きの止まっている今の内に仕留めよう」

 

 響が砲を構え放つ。だがヘ級は即座に動き出し、砲撃を回避しそのまま移動を始める。

 

「逃げる気かい? Не убегай(逃がさないよ)」

 

 すかさずヘ級を響が追い、残りの二人も後に続いた。ヘ級は響の砲撃を躱しながらもなおも逃走を図る。

 

「鬼ごっこは終わりだ、これで仕留める」

 

 響は立ち止まりヘ級へと照準を合わせた。

 

「……はっ!? 響ちゃん危ない!」

「え? うぁっ!」

 

 突如響は側面から鈍い衝撃に襲われる。それが潜水カ級からの雷撃だと気付くのに数秒を要した。

 

「しまった、潜水艦。相手に踊らされ――」

 

 驚く響に対し、ヘ級の下部艤装から砲撃が放たれる。間に合わない!

 

「ああもう!」

 

 霞が最大船速で響の腕を取り、その場から緊急離脱。間一髪轟沈は免れ、後には巨大な水柱が上がった。

 

「すまない、霞」

「油断するんじゃ無いわよ……まあ私も失念していたけど」

「響ちゃん、大丈夫ですか?」

「問題ない……と言いたい所だが、すまない。小破してしまったようだ」

 

 響の艤装から煙が上がっている。先程のヘ級の動きは、水面下の潜水級への指揮の合図だったのだ。

 

《大丈夫かい? 響君》

「戦闘に支障はない。だが気を付けるよ」

《うむ……あの軽巡はどうやら、自身の武装に加え潜水級を指揮する能力を持っている様だ。奴らは朧君達に任せようと思ったが、悠長な事は言っていられない。君達も注意したまえ》

「了解。相手は宛ら、獣使い(・・・)と言う所か」

「上等じゃない、やってやるわよ!」

 

 血気に盛る響と霞。その横で潮は、少し離れた所に居る僚艦達の方向を見た。潜水級はどこに潜んでいるのか分からない。カ級は恐らくこちらの近くに居るのだろう。残りの二体は――。

 

「漣ちゃん、無事でいて下さい」

 

 

 

 

 潜水級を探す中、漣は今朝の事を思い出していた。突然パニックになった提督の姿と声……。

 

『出て行ってくれ!!』

 

 自分は、提督の心の奥にある傷に触れてしまった。南波さんはああは言っていたがそれは許される事では無い。漣は激しい自己嫌悪に苛まれていた。それが彼女を焦らせていた。

 そしてそれは、彼女のもっと深層の記憶をも呼び起こす。彼女がいつも見る、悪夢の記憶。あの時だってそうだ。自分が沈む事で、あの子を悲しませた。自分はいつだって――。

 

「漣ー!!」

「……え?」

 

 ふと聞こえる、件の娘の声。かつて駆逐艦漣の最後を看取った艦の化身たる少女の声に漣は我に返る。

 

「ぼの……何で来たの!?」

「漣が勝手な行動取るからじゃない! あんた、潜水艦は駄目でしょ!? 何考えてんのよ!」

「止めないでぼの。ご主人様がああなったのは漣のせいだから……ご主人様が元気になるまで頑張らないと駄目なんだ!」

「あんたまだそんな事……南波さんもああ言ってたじゃない! 一人で抱え込むんじゃないわよ!」

 

 漣の元へと近づこうとする曙。が、その時曙の目の前を潜水級の魚雷が横切った。あと少し速度を出していたら直撃していたであろう攻撃。放たれた方向を見れば、怪物の顔の様な搭乗式の艤装に身を包んだ深海棲艦・潜水ヨ級がこちらを狙っていた。

 

「この……今大事な話してんのよ、邪魔すんな!」

 

 水面に顔を出したヨ級に砲撃を行う曙だが、ヨ級は素早く艤装の歯を閉じ、内部に閉じこもる。堅牢な彼女の艤装は曙の砲撃にびくともせず、そのまま水面下へと潜っていった。

 

「チッ……漣、あたし達が駆逐艦だった頃、あんたは潜水艦に沈められてる。あたし達艦娘は、前世でその最後の原因となったモノに対して轟沈しやすくなるって比叡先生も言ったたじゃん。危ないって」

「あんなの確証が無い迷信でショ!?」

「そうかも知れないけど、何かが起こってからだと遅いじゃない!」

「起きもしていない事にビビるなんて、ただの臆病者じゃん! それに、漣は乗り越えなきゃいけないの! ご主人様の為にも……ぼのの為(・・・・)にも!!」

「漣、あんたは……」

 

 その一言を聴き、曙は声を詰まらせた。少し離れた所から見守っていた朧もたまらず駆け付けようとするが、背後からの雷撃がそれを邪魔する。見れば砲台付きの兜の様な艤装を付けた深海棲艦・深海ソ級が朧を狙っていた。朧は舌打ちしつつも、二人の元にソ級を行かせないために対峙する。

 そんな中、暗い笑みを浮かべ漣は笑う。

 

「漣は、ずっと後悔してた。漣を救えなかった事で自責の念に駆られてるぼのを見て。そりゃ勿論、ぼのが今みたいになってるのはそれだけが原因じゃ無いのは分かってるヨ? でも原因の一つだって事も分かってる」

「それは……っ」

「ずっと嫌だった。だからぼのを笑顔にしたかった。でも……漣はぼのを笑顔にするどころか、ご主人様まで傷つけた……漣は、そんな自分が許せない!」

 

 忌々し気にそう叫ぶ漣。と、彼女に向かってゆく雷跡が現れる。「甘い!」そう言うと漣は放たれた魚雷を体を捻り宙へと跳ぶ事で回避し、振り向きざまに魚雷を放ったヨ級に向かい砲撃する。攻撃は命中! ヨ級は艤装の中から煙を出してよろめく……が、撃沈にまでは至らない。

 

「このまま徹底的に――ぎゃっ!?」

 

 追撃を行おうとした漣が爆炎と共に吹き飛ぶ。一体何が起きたのか? 少し離れた場所で軽巡へ級の援護を行っていた潜水カ級が、密かに漣を狙っていたのだ。

 

「漣ちゃん!?」

「しまった、ヘ級に気を取られ過ぎ……うわっ!」

「響ちゃん危ない!」

 

 漣の様子に気を取られた響は、ヘ級からの砲撃を受けかけるが潮がそれを前に出て庇う。結果として響は被弾を免れたが潮が中破してしまった。

 

「潮!? すまない……」

「潮は大丈夫です。それより、漣ちゃんが……」

 

 潮達の居る場所より離れた所で2,3回水面をバウンドしながら転がる漣。艤装のお陰で沈むことは無いが、水面に体を強く打ち付けられた。

 

「漣!」

 

 曙が慌てて漣を抱き起す。傷は酷いが、幸い意識はまだある様だった。

 

「漣、大丈夫!?」

「へ、平気だっテ……こんなの……こんなんじゃ……ぼのにも、ご主人様にも、合わせる顔が――」

「…………」

 

 酷い傷を負いながらも、なおも漣は戦おうとする。そんな姿を、曙はもはや見てはいられなかった。

 ぱしっ、と乾いた音が戦場に響く。曙の手が、漣の頬をぶっていた。

 

「……いい加減にしなさいよあんた。そんな事して、あたしが笑顔になるとか本気で思ってんの!? 今のあたしがこうなのはあんたが不甲斐ないから? 違う! 漣は何も悪くない!!」

「ぼの……?」

「不甲斐ないのは寧ろあたしの方。あたしがあんたの気持ちも理解せずに、心を開かないから! あたしも、漣の顔を見たら昔を思い出して合わせる顔が無かった。本当は守れなくてごめんって言いたかった。でも、そんな事言える勇気はあたしには無かったから! あんたの事避けるしか無かった!!」

 

 漣に想いをぶつける曙にヨ級が放った魚雷が放たれるが、曙は邪魔だと言わんばかりにそれを撃墜。再び漣へと向き直る。

 

「漣が背負い込む事なんて無いの!! あたし、頑張って笑えるようになるから、努力するから! クソ提督(あいつ)だってきっと考えは同じ。誰も漣の事恨んでなんか無いから!! だから、無理なんかすんな!!」

 

 そう言いながら、曙は泣いていた。それは怒りか悲しみか、涙を流しながら漣の肩を掴み、叫ぶ。それにまるで呼応するかの様に、空から大粒の雨が降り出した。

 周囲の艦娘達は、その様を濡れながらただ見守るしかなかった。

 

「ぼの……ごめん、ごめんなさい!! うあぁ……」

 

 その言葉に、漣はわんわんと泣き出した。それはこれまでの後悔や悪夢をも洗い流していく様な気がした。

 

「何であんたが謝んのよ。そこはあたしが謝る所でしょ……」

「だって……だってぇ……!」

「泣くのは後。今はこいつ等を何とかしないと」

 

 漣を庇う様に前に立ち、姿の見えない水面下の敵へと曙は砲を向ける。敵は未だ健在、今もなお曙達を狙っているのだ。

 

「来なさいよ……今度(・・)は絶対、護り切る!!」

 

 

 

 

 艦娘達の悲痛な姿を見ていた南波は、モニターに背を向け、提督が籠っている扉の方へと叫んだ。

 

「剛、何をしている。お前の艦娘が、大変な事になっているんだぞ。漣君は、お前の言葉を待っている。皆は、お前が起き上がる事を信じている。それなのにお前は何をしているのだ。剛、分からんのか!!」

 

 扉の内側、蹲っている提督の耳に南波の声が響き渡った。

 

 

 

 

 ヨ級から三度魚雷が放たれる。曙は砲を構え破壊を試みるが、漣を庇いながらで上手く行かない。何とか漣の身体を引き寄せて魚雷を回避を試みる。結果、ギリギリで魚雷の回避には成功した。

 

「よし! このまま態勢を立て直して――」

 

 そう思った曙の視界に、別の雷跡が目に入った。最初の一撃はフェイク、本命の二撃目が二人を狙う!

 

「そんな!?」

 

 何とか撃破を試みる曙。ギリギリで直撃こそ免れるが、破壊による爆風が二人を襲った。

 

「きゃああっ!!」

「曙ちゃん! 漣!!」

 

 その声を聴き急いで駆け付けようとする朧だが、その集中が途切れる瞬間をソ級の魚雷が襲う。

 

「きゃあっ!」

「ぼーろちゃん!?」

「朧!」

 

 ソ級の魚雷の直撃を喰らい朧は大ダメージを追う。幸い中破でギリギリ留まったものの、危険な状態である。

 そんな漣と曙、そして朧を追い込む様に、ヨ級とソ級はジリジリと獲物を追い込む狼の如く三人と距離を詰める。やがて三人は、残りの潮、霞、響の元へと意図せず、潜水級達によりデッドゾーンへと集められて行く。

 

「曙ちゃん! 大丈夫ですか!?」

「あたしはまだ大丈夫。でも漣と朧が……潮、あんたもボロボロじゃない」

「Дерьмо(くそっ)! マズいな、追い込まれている」

「あたし達、完全にあいつに踊らされたって言うの……!?」

 

 忌々し気に霞が睨みつけるは潜水級達を率いる軽巡ヘ級。艦娘達の様子に、まるで勝ち誇り嗤う様に肩を揺らす仕草を行う。優越感を堪能し終えたのか、ヘ級は再び下部艤装の探照灯を発光させ、潜水級達に指示を送る。水面下の魔物達から、一斉に魚雷が放たれる。

 

(ここまでなの……?)

 

 思わず目を閉じる曙。自分はまた護れないのかと、後悔の念が脳裏を過る。

 

 

 

 

《皆、諦めるな!!》

 

 

 

 

 不意に聴こえるその声。彼女達が待ち焦がれていた指揮官の声が、通信端末から一斉に聴こえた。反射的に曙達は、その場から散開。結果として彼女達を狙った魚雷はそのまま交差し、カ級とソ級はそれぞれの魚雷を喰らう事になり、そのまま大爆発を起こした!


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