ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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いつ海、もといアニメ二期のいつかあの海でが始まりましたね。予想以上の面白さやキャラ描写の細かさに霜降さんもニッコリ、妖精さん可愛いし小鬼は怖い。

このテンション上げ上げ状態が続くうちに本作も出来るだけ数を稼ぎたい所です。


1-3

 執務室へと駆け込んだ提督は、壁に設置された大型モニターに目を向けた。モニターは大本営の指令室と繋がっており、深海棲艦の出現が確認された際、そこから各鎮守府へと指令が下されるのだ。そのモニターに映るのは、黒く艶やかなロングヘア―の少女。テンプレートなセーラー服を着こなした彼女は、上品に椅子に座りながら机に手を置き提督の到着を待っていた。

 

「【大淀(おおよど)】さん、状況は!?」

"そちらの鎮守府近海にて、深海棲艦出現の報せがありました。救難信号を送って来た漁船の報告から推察して、敵は駆逐級が一隻。ただし未確定な情報も有る為、油断は禁物です"

「未確定の情報?」

"乗組員達の話す駆逐級の特徴が一致しません。混乱しているだけののかそれとも"

「とにかく、こちらから艦娘を向かわせます。漁船は航行は可能でしょうか?」

"最後の通信の時点では、まだエンジンが破損した様子はありませんでした。今から救難信号の座標を転送しますので、手遅れになる前に直ちに向かって下さい"

 

 大淀と呼ばれた少女――任務娘と通称される彼女もまた、軽巡洋艦の艦娘である――との通信が終わり、すぐさま画面は大海原を映し出す。安定せずに揺れる様子からして、高速移動している何かの内蔵カメラの様だ。それは、出撃した曙の艤装に付いた記録端末の映像だった。

 

「曙、今からお前の通信端末に要救助者の座標を送る。すぐにそこへと向かってくれ」

"そこに行って深海棲艦をぶっ飛ばせばいいんでしょ? 余裕よ"

「取り違えるな。作戦目的はあくまで要救助者の救助だ!」

"チッ……了解!"

 

 ぶっきら棒に答えながら、曙は示されたポイントへと向かっていった。

 

 

 

 

 雲ひとつない晴天の大海原。昼下がりの静けさを切り裂くかのように一隻の漁船が猛スピードで疾走していた。法定速度を軽く振り切りながら駆けていくその様子は、明らかに普通ではない。まるで何かから逃げているかの様だった。

 

「クソっ、何で深海棲艦(あいつら)が出るんだよ! この海域は安全じゃなかったのか!?」

「あぁくそ、もう追いついてきやがる! おい、もっとスピード出ねぇのか!」

「やってる、これが限界だ!!」

 

 血相を変えながら船を操縦する複数の男達。その十数メートル後ろの水面には、黒く巨大な鉄の怪魚が咆哮を上げながら漁船を追い回していた。どうやら漁業の最中に深海棲艦が現れ、襲われたらしい。

 船員の一人が言うように、この海域は人類が奪還済みのエリアであり艦娘達による定期的な哨戒も行われている、本来は安全な海域の筈だった。だが、絶対の安全など存在しないのか、不幸にも彼らはこの人喰いの怪魚に遭遇してしまったのだった。

 

 怪魚、もとい駆逐イ級は漁船を射程範囲内に収めると再び咆哮を上げ、舌状のロープを船員の一人に絡ませる。悲鳴を上げながら引っ張られる船員を仲間の船員が必死に引き留めようとするが、イ級の馬力に人間が叶うはずもなくだんだんとイ級の口へと引きずり込まれていった。

 

「頑張れぇ! 手ぇ離すんじゃねえぞ!!」

「ぐっ……あぁ……もう駄目だ」

 

 やがて絡め取られた男は船から投げ出され、一気にイ級の下へと引きずり込まれる。万事休す。

 

「うわああぁ!!」

 

 だが男がイ級に喰われる寸前、横からの砲撃によりイ級の舌が千切れ飛ぶ。勢いで投げ飛ばされる男を、駆けつけた艦娘――曙が片腕でキャッチした。

 

「か、艦娘……」

「さっさと逃げなさい、邪魔よ!」

「へっ? うわああぁ!」

 

 男が状況を理解する間もなく、曙は彼を漁船の方へと投げ飛ばす。船内に叩きつけられ悶絶しながらも生還した仲間を他の船員達が支え、漁船は海域から一目散に離脱して行った。

 

"要救助者に対して何てことをするんだ!"

「助けてやったのよ。むしろ感謝して欲しいわ」

"お前な……!"

"提督さん、お説教は後。今は眼の前の敵をやっつけないと"

"っ……曙、無茶はするなよ"

「ふん、あたしを舐めんな!」

 

 不敵な笑みを見せながら、曙はイ級を見据える。舌を千切られ、獲物を奪われた鋼鉄の怪魚は怒りの咆哮を上げ武装を展開。曙へと突撃した。イ級は進撃しながら口内の主砲を連続で放つが、曙はそれをアイススケートのダンスさながらの動きで躱していく。まるで水上を踊るような豪快な動きだが、それは戦場においては少々大袈裟に見えた。

 

 唸り声を上げるイ級をよそに余裕と不敵さの混ざった表情を見せた曙が、速度を上げてイ級の側面へと回り込み、隙だらけの横っ腹に向けて砲撃を与えた。煙を上げ、悶絶するイ級。その隙に曙はイ級へと肉薄、ラムアタックもといショルダータックルを喰らわせそのまま二撃三撃と打撃や回し蹴りを叩き込んでいった。

 

 

 

 

「おぉ、やるじゃないか曙!」

「確かに技術はある。けれど――」

「えっ?」

「あの子、自分の力を誇示しながら戦っている……様に見えるわ」

 

 感嘆の声を上げる可香谷提督の横で、枕崎が怪訝な顔をした。

 

 

 

 

「弱過ぎよ」

 

 ボロボロになったイ級の姿を見て、曙は相手を見下すような表情で右手をクイクイしながらイ級を挑発した。

 駆逐イ級は深海棲艦の中でも比較的弱いグループで、それなりに練度を積んだ艦娘なら余裕で勝てる程度の相手だ。だが曙はそんなイ級を相手に、さも強者の様に振る舞っている。

 枕崎が見た通り、彼女は完全に付け上がっていた。今の曙は大海にいながら、それを知らぬ蛙だったのだ。そしてその思い上がりは、大きな慢心を生む事となる。

 

 満身創痍のイ級は、最後の悪足掻きと云わんばかりに側面に魚雷発射管を展開。火花の上がる体で咆哮を上げたと同時に全ての魚雷を発射した。

 

「ふん!」

 

 だが健在な曙にそれが当たるはずもなく、余裕の動作で魚雷を回避、そのまま魚雷は彼女の左右を通り過ぎて行った。イ級の決死の攻撃は、失敗に終わったのだ。

 

「魚雷はこうやって撃つのよ、喰らえ!」

 

 勝利を確信した曙は動きを止め、両膝を曲げながら艤装の魚雷発射管を海面へと向けた。計六本、必殺の魚雷が管から放たれ獰猛な速度で瀕死のイ級へと向う。

 やがて、魚雷は着弾と同時に炸裂。イ級は断末魔の叫びを上げた後にゆっくりと海中に没し、やがて水柱を上げて爆散した。

 

 

 

 

"大勝利よ! あたしにじゅーぶん感謝しなさい、このクソ提督!"

 

 背負っていた艤装を前に持ち、内蔵されたカメラに向けて語りかける曙。鎮守府のモニター越しに見るその様子は、まるで下手くそなホームビデオを彷彿とさせる。

 

「……確かにお前の実力は本物だ。正直、頼もしいと思う。だが、要救助者をぞんざいに扱った事は許されない!」

 

 

 

 

「――何よ、ちゃんと助けてやったんだからいいじゃない」

"そういう問題じゃあない! 俺達の戦いは、力無き人々を護る為の戦いだ。自分の実力を見世物にする為とは違う!"

「……っ! 何よ。結局あんたも、他の提督と同じなんじゃない!」

 

 可香谷提督に図星を付かれ、眉間に皺を寄せながら苛立ちを募らせる曙。提督の言っていることは正しい。それは誰が見ても明らかだったが、曙はそれを受け容れられなかった。

 彼女からすれば、それは自分への裏切りに映ったのだ。

 

「やる事やってんのよ!? どう戦おうとあたしの勝手でしょ、このクソ提督!」

"お前また……曙、俺はな――"

"っ! 曙危ない!!"

「――えっ?」

 

 通信機越しに突然聴こえる枕崎の焦りを含んだ声。予想外の人物の声に、曙は一瞬キョトンとしその場に棒立ちしてしまう。その判断の遅れが、彼女の窮地を招いた。

 曙が危険を感じるのと、三本の魚雷が炸裂するのは同時だった。

 

「きゃあああっ!!」

"曙! 大丈夫か!?"

「ぐ……うぅ……あたしを舐めんな! 一体どこのどいつよ!」

 

 ぷすぷすと艤装が黒い煙を上げ、負傷した左腕を庇いながら魚雷の主を探す曙。はたして、彼女から少し離れた右斜め方向の海面にそれ(・・)は居た。

 

 姿は駆逐イ級に酷似しているが、頭部の形状がやや角張っておりその口元はまるで嘲笑っているかのように吊り上がっている。

 深海棲艦達の名称は、艦種の後に【いろは唄】で区別されている。眼の前の敵は、イ級とは別種の深海棲艦【駆逐ロ級】であった。「報告が食い違う訳だ、奴ら二体居たのか!」執務室の可香谷提督が無線越しに唸った。

 

"曙、今付近の鎮守府に救援を要請した。要救助者は既に離脱済みだ、お前も撤退するんだ"

「はぁ!? 何勝手な事してんのよこのクソ提督! 他所の鎮守府なんかに手柄を横取りされてたまるか!」

"まだそんな事を言っているのか!? 自分の艤装をよく見てみろ、そんな大破した状態で戦えばお前は……"

 

 艦娘の艤装は彼女達にとっての生命線で、その損傷具合は小破、中破、大破の三段階に分けられる。曙のそれはまさに大破で、非常に危険な状態だ。もし、この状態で無理な戦闘・進軍を続ければ――その先に待つものは、轟沈()である。

 

「うっさい……あたしは、やれるんだから……!」

 

 だがそんな状態にも関わらず、曙は血に染まった左眼を半開きにし、もう片方の眼でロ級を睨み付ける。彼女をそうまでさせるのは、意地かプライドか。

 可香谷提督の静止を振り切り、気合い一発曙は艤装から煙を上げながらロ級へと突撃した。だがロ級は曙の砲撃を之字運動*1をしながら軽々躱し、逆に反撃の主砲を曙へと向ける。砲弾は曙の少し前に着弾し水柱が発生。衝撃による波の大きなうねりから、曙は思わず転倒してしまう。

 

「ぷはっ……こんの!」

 

 体勢を立て直し主砲を構えようとした曙だが、その主砲にロ級が伸ばしたロープが直撃。鞭の様に飛んできたロープにより、主砲は曙の手から弾かれ数メートル先の海面へと落下した。

 

「あっ!? そ、それなら」

 

 すかさず魚雷発射管を展開する曙だが、よく見れば魚雷が見当たらない。先のイ級相手に、魚雷は全て撃ち放った事を曙はその時ようやく気付いたのだ。

 

「しまっ――」

 

 一瞬、発射管に目がいった隙をつかれロ級に接近を許してしまう。回避する間もなく大口を開いたロ級を前に、曙は咄嗟の判断で右腕を顔の前に突き出した。結果、ロ級の大顎は曙の華奢な腕を強靭な力で挟み込む。「いっ、痛い! 離せこの!!」必死に腕を振り解こうとしてもびくともしない。それどころか、ロ級の牙はぐぐ、と音を立てながらより深く曙の細腕に食い込んで行く。

 

 

 

 

「曙、そのままでは腕を食い千切られるぞ! ロ級を攻撃して振り解くんだ!」

"分かってるわよ! 主砲が飛んでっちゃったの!!"

「何だって!? な、なら魚雷で」

"それもさっきので使い切っちゃった!!"

「そんな……!」

 

 

 

 

 可香谷提督の必死の指示も虚しく、ロ級の牙はなおも曙の腕へと食い込んでいく。彼女の腕からは紅い鮮血が噴き出し、どくどくと滴り落ちた海面の色を変えていく。腕を締め付ける音が、ミシミシと嫌なものへと変わっていった。

 

「ひっ――」

 

 それまで虚勢を張っていた曙が、小さく情けのない声を上げる。顔からは血の気が引き、眼には怯えが表れていた。

 ここに来て、曙は漸く死の可能性を理解しそして恐怖したのだった。眼の前の現実に耐えきれず、たまらず目を瞑る曙。

 

 だがどうしたことか。あれだけ噛み千切る気満々でいた腕から突如ロ級が口を離す。恐る恐る目を開け、曙はロ級の方をゆっくりと見た。ロ級は、まるで何かを訝しむかの様に顔――というより身体全体――を傾げている。一体何が起こったと言うのか。

 

 

「曙! 諦めるな!!」

 

 

 執務室の可香谷提督が叫ぶ。通信機越しにその言霊は、恐怖により放心状態だった曙の心を現実へと呼び戻すのに十分な力を宿していた。

 最大速力でロ級から離れ、装備妖精達により引っ張られ辛うじて沈まずに海面に浮かんでいた主砲を勢いよく拾い上げた曙は、我武者羅に勢い任せの砲撃を放った。

 

「あああ"ぁっ!!」

 

 砲撃はロ級の魚雷発射管に命中。誘爆によりロ級は、左眼が吹き飛ぶ大ダメージを負った。予想外のダメージにより、苦悶の唸り声を上げるロ級。やがてロ級は、水飛沫を上げながら水中へと潜っていく。

 

「っつ……! 逃げんなこら!」

 

 逃げようとするロ級に止めをさそうと砲を構える曙たが、ここに来て大破のダメージが来たのかその場で膝から崩れ落ちてしまう。

 

"曙、ロ級は既に海域を離脱した。直に近隣の鎮守府から救援が来る、お前はそのまま安静にしているんだ"

「うっ……さい……助けなんか、いらないのよ……!」

"戦いはもう終わったんだ、意地を張るな!"

「まだ、やれる……あたしは――」

 

 

 

 

「……いい加減にしろよ、この大馬鹿野郎ーーっ!!」

 

 

 

 

 可香谷提督は、腹の底から声を張り上げた。それまでとは違う鬼気迫る声、しかしそれは決してヒステリーによるものではなく、曙を案じての言葉だった。

 

"もっと自分の身を大事にしろ、死んでしまったら何も残らないだろうが! いいから大人しく、じっとしてろーーっ!!"

「…………」

"提督さん……"

"……すまない、少し取り乱した"

 

 無線越しに詫びを入れる提督。曙はしばらく放心状態となっていたが、ハッとして周囲を見渡す。既に波は穏やかで、ロ級の姿はどこにも無かった。遠くの水平線から、救援にかけつけた艦娘と思われる陰が見え始める。曙は無事に帰還することが出来るだろう。戦いは、終わったのだ。

 

 だが、曙の心は決して穏やかでは無かった。戦いに破れ、可香谷提督に自身の非を指摘された事で、彼女のプライドはズタズタだった。肩には、顔を上げながら曙妖精がわんわん泣きながら涙を流している。

 

「……ちっくしょお」

 

 曙は、静寂に包まれた晴天の海でそう呟く事しか出来なかった。

 

 

*1
艦船が回避のため之を描くようにジグザグに移動する一連の動きの事




リメイク前の曙は何と言うか、ツンからデレへのメリハリが無かったんですよ。すぐデレるて言うか、挫折もあまり無かったんですよね。

だから、今回は最初はボロボロになってもらう事にしました。曙は犠牲になったのだ。文章のメリハリ、その犠牲にな。

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