ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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ごめんなさいごめんなさいごめry
ポケモンやっていて遅くなりました。いつ海放映中に2話は終わらせたいなぁ。


第二話【初陣―カルテット―】
2-1


「あれ……あたし、何でこんな所に」

 

 気が付けば曙は、海沿いの公園に居た。少し離れた場所には、聳え立つ大本営本部のシルエットが見える。どうやらここは、大本営鎮守府内にある公園エリアの様だ。だが周辺の景色は靄がかかり、どこかふわふわとした雰囲気を纏っていた。

 ふと前方を見れば小学生低学年くらいの男の子が、何をするでもなく俯きながらベンチに座っている。曙は何故か、自分はこの男の子に会いに来たのだと言う確信を抱いていた。

 

「『やっぱり、ここに居た』」

 

 不意に聴こえる誰かの声。それがどうやら自分自身が発したものであると気付くのに、曙は少しの時間を要した。その声は確かに曙の声ではあるのだが、彼女にはその自覚が無かったのだ。まるで自分の声を、別の誰かが発しているような――。

 

「『ほーら。そんな辛気臭い顔してると、何やっても楽しくないわよ』」

 

 男の子の隣に腰掛けながら、曙は話を続ける。男の子は、あいも変わらず目を伏せているが、かと言って曙を拒絶したりもしない。一体この男の子は何者なのだろうか? そんな疑問とは裏腹に、曙は両手を広げながら笑顔を作る。

 

「『はい! スマイル、スマイル』」

 

 2つ分の笑顔の言霊を放ち、男の子へと与える曙。それまで俯いていた男の子が、恐る恐るこちらへと顔を向ける。曙は何故か、その様子を見ることをとても嬉しいと感じていた。

 やがて、男の子の表情に少しずつ笑顔が生まれようとしたその時――。

 

 周囲の景色が、一変した。

 

「な、『っ!』何!?」

 

 何処からともなく大量の水が押し寄せ、辺りは一瞬にして大海原へと変わる。空は真っ赤に染まり、周辺には深海棲艦のものと思しき残骸が火を上げている、まさに地獄の様な光景だった。

 

「何よここ……一体何がどうなってんの!?」

 

 突然の事態に狼狽える曙だが、不意に背後から悍ましい殺気を感じた。反射的に武器を構えながら、勢い良く振り向くとそこには、

 

 

 

 

『■■■■■!!』

 

 

 

 

「――っは!!」

 

 カーテンの隙間に日差しが差し込むベッドから、曙は飛び起きた。周りを見渡せば、そこは見知らぬ部屋……もとい、一週間前から配属された鎮守府の自室だった。

 

「……何なのよ、もう」

 

 いやに現実味のあった悪夢から目覚めた曙は、全身に冷や汗をかきながらその日の朝を迎える。

 

 この日が、更なる運命が動き出す一日となる事を彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 パジャマを脱いでお馴染みの制服を着用し、髪をサイドテールに整えて朝自宅を済ませた曙は、自室から出て一階の廊下へと向う。まだ静まり返った朝の廊下を抜け、執務室の前まで来て扉を開けると、部屋には既にエプロンを着た枕崎が窓の埃を叩いている最中だった。

 曙の姿に気付くと、枕崎は手を止め彼女の方へと向き直る。

 

「あらおはよう。まだ起床には早いわよ、怖い夢でも見た?」

「え? いや、その……」

 

 図星を突かれた事でシドロモドロになりながら、曙は壁にかかった丸い時計の針を見た。時刻は早朝5時30分(マルゴーサンマル)。確かに、いつもの起床時間より少し早い。周囲を見渡してみても、可香谷提督の姿も見えない。まだ執務開始時間では無いのだから当然なのだが、曙は自分よりも先に提督が居ないことに不満を覚えた。

 

「部下がちゃんと起きてるのに、良い身分ね!」

「そう言わないの。提督さん、昨日は書類の整理とか貴方の戦闘詳報の作成とかで夜遅くまで起きていたんだから」

「ふん、まあいいわ」

 

 ペンを持ち、我武者羅に書類と格闘する可香谷提督の姿を思い出しながら枕崎が曙を嗜める。だが曙はそんな苦労を知らずに、部屋の奥にある大型モニターのパネルを操作し始めた。

 

「って、曙? 何をしているの」

「クソ提督がまだおネムなら丁度良い、これ使わせて貰うわよ」

 

 入力を受け付けた大画面に電源が入り、中央には『通信中...』の文字が映し出されている。どうやら、どこかとテレビ通話を繋げているらしい。突然の奇行に一瞬ギョッとする枕崎だったが、問題児である曙にも話が出来る相手が居たのかと思い安心するのだった。

 だが、画面が進んだ次の瞬間、その安心は凍り付く事になる。

 

「ちょっとちょっと! 貴方一体何処と繋げているの?」

「何処って、ちゃんと表示が出てるでしょ? 【大本営鎮守府連合艦隊 司令室3番】あんた目が見えないの?」

「そういう事じゃ無くて、大本営の連合艦隊って、一番偉い所なんでしょ? 勝手に回線を繋げたら駄目じゃない」

「ふふん、連合艦隊にはあたしの話を聴いてくれる艦娘(ひと)がいるのよ。凄いでしょ」

 

 大本営との思わぬ繋がりを持つ曙に、やや引き気味な驚きを顔に出す枕崎。やがてその表情は呆れへと変わり、小さくため息を吐いた。

 

「全く、偉い人に見つかったらカミナリ落とされるわよ?」

「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」

 

 得意気にモニターを眺め、反応を待つ曙。やがて画面が切り替わり、椅子に座っている一人の艦娘の姿が映し出された。紫を基調とした制服と黒のタイトスカートに身を包んだ、黒く艶のある髪をサイドテールで結んでいるその艦娘は、軍人然りとした凛々しい佇まいで通信に応じた。

 

「こちら連合艦隊・水上打撃部隊の……何だ、お前か曙。この回線は使うなと言っただろう?」

「ごめんなさい【那智(なち)】さん。新しい鎮守府への配属が決まったので、どうしても報告したかったんです」

「む。そう言えばこの間からだったか」

 

 那智と呼ばれたその艦娘は、凛々しい口調とは裏腹に穏やかに曙に問う。対する曙も、これまでの彼女からは想像出来ない程に楽し気にそれに応えた。胸元から飛び出た曙妖精が曙の頭上に飛び乗り、嬉しそうにぴょんぴょんジャンプしている。

 そんな曙の様子を、まるで飼い主にだけ尻尾を振る犬の様と、モニターを眺めながら枕崎は可笑しく思うのだった。と、画面の向こうの那智がそんな枕崎に気付く。

 

「所で、そちらの娘さんは一体誰なんだ? 提督以外に鎮守府にスタッフが居るなど聴いては居ないが」

「え? あぁ、此処のお手伝いさんみたいです。何か前の仕事をクビ? になって途方に暮れていた所に紹介されたみたいな……」

「どうも、お手伝いさんです♪」

 

 大げさにウインクする枕崎を見て少し驚いた後に何かを思案する那智であったが、すぐに曙へと視線を戻し小さくため息を吐いた。

 

「曙。先にも言ったように、この回線は緊急時にのみ使用が許されるものだ。この様な形で使用するのは、あまり褒められた事では無いぞ」

「那智さんまでそんな事……バレなきゃ大丈夫ですよ」

「曙、世の中には『壁に耳あり障子に目あり』と言う言葉があってだな、どこで誰が見聞きしているのか分からないものだ。この回線を談話目的で利用している事が、周り回って軍令部の人間の耳に届くかもしれない」

「えぇ、そんな大げさな」

「だが可能性が全く無い訳でもない。以後は個人的な用事での使用は控える様に」

「……はい。何よ、那智さんまで……

 

 小さく悪態を吐きながらも、曙は那智の言うとおりにしたらしい。それほどまでに、彼女は那智に懐いているのだろう。対称的に曙妖精は、目に見えてしょんぼりしている。

 「それはそうと、だ」那智がそう言って話題を切り替えた。

 

「今度の提督とは上手くやっていけそうか」

 

 再び穏やかな口調で那智が問う。曙のこれまでの経歴は彼女の耳にも入っているのか、やはり心配なのだろう。枕崎も気になるのか、窓を拭きながら目線だけ曙の方に向けて聞き耳を立てていた。

 

「それが聴いて下さいよ! 折角の初陣をアイツのせいで台無しにされたんですよ!」

「う、うむ」

「あたしはまだやれたのにアイツが戻れって言って、その隙に逃げられたんです」

「曙、貴方まだその事根に持っているの?」

「だって、逃したロ級はまだ見つかってないんでしょ? 何かモヤモヤするじゃない。他にも……」

 

 勢いの乗った曙は、可香谷提督への愚痴を次々と発する。その内容は、1割は確かに提督の落ち度によるものもあったが、残りの9割は完全な逆恨みや難癖によるものだった。

 那智は暫くそれを苦笑しながら聴いていたが、ふと何かに気付き咳払いを一つ行う。

 

「曙」

「あとそれから……えっ?」

「壁に耳あり障子に目あり、だ」

 

 突然放たれた言葉の意味が分からず困惑する曙に対し、那智が無言のまま顎で彼女の後ろを指した。何かを察した曙は、錆び付いたブリキのおもちゃの様な動きでギ、ギ、ギと後ろを向く。

 

「や、やあ。おはよう」

 

 既に制服に着替え、自分に対する悪口を大音量で聴かされ苦笑する可香谷提督がそこに居た。

 

「げ」

「朝から開口一番の言葉がそれか……貴方は確か、大本営連合艦隊の艦娘だな。曙が迷惑をかけた様ですまない」

「貴様がその鎮守府の提督か。曙の事は個人的に面倒を見ていてな。好きでやっている事だから、どうか気にしないで頂きたい」

 

 自身への謝罪を制止した那智は、可香谷提督の姿を見つめる。軍人としては些か覇気に欠けるが、粗暴であったり余裕の無い雰囲気を持たない男の姿は、少しの頼りなさはあるものの安心できるものであった。

 

「ソイツは気難しくて迷惑をかけるかもしれないが、本質は真面目な艦娘なんだ。どうか面倒を見てやってくれ」

 

 可香谷提督に対し、那智が穏やかに言った。まるで嫁入り前の娘を見送る母親の様だなと枕崎が苦笑する中、提督は特に気にせず真面目に『分かった』と頷いた。対する曙は、気難しいと言われた事が不服なのか、頬を膨らませムスッとしている。

 

「ともかく曙、今度こそは上手くやるんだぞ。私が見る限り、その提督ならきっとお前の事を分かってくれる」

「そ、そうでしょうか」

「ああ、きっと大丈夫だ……提督も宜しく頼む。では、私はそろそろ行くぞ」

「ああ、わざわざすまかった」

 

 軽い会話を終えた後に通信が切れ、モニターの画面は元の待機中の状態に戻る。可香谷提督は軽く一呼吸置くと、曙へと向き直った。

 

「朝早く起きて何をやっているのかと思えば、大本営に通信を繋げるなんて」

 

 責める訳でも恫喝する訳でも無く、しかし呆れた声で可香谷提督が言う。曙はバツが悪いのか、気不味い表情で目線を横へと逸した。曙妖精が頭の上で、恐る恐る上目遣いをしながら提督を見上げている。

 

「でも安心したぞ、曙にも話し相手がちゃんと居たなんてな。彼女とは長い付き合いなのか?」

「別に、あんたには関係無いでしょ……半年ほど前に、一人で演習をしてる時に声をかけてくれたの。それから、あたしの事を認めてくれて、話し相手になってくれた」

 

 曙の応えに、可香谷提督は『そうか』と満足気に頷いた。彼女の事を心配していた手前、理解者が居たと言う事実は嬉しいものだったのだ。

 それにしても、一体那智は何故そこまで曙に構うのだろう。確かに彼女――重巡洋艦那智と駆逐艦曙は、かの大戦の際に志摩艦隊の一員として、旗艦と随伴艦の関係だった。*1その縁で面倒を見ているのだろうか? それにしては、些か過保護過ぎる気もする。

 疑問の尽きない可香谷提督だったが、これ以上の詮索は無粋だと思い、そこで考えるのを止めた。

 

「あーあ! 朝から調子狂っちゃうわ。枕崎さん、朝御飯にしようよ」

 

 気分を変えるつもりで曙が言う。どの道、そろそろ朝食の用意をしなければならない時間だ。曙も丁度腹の虫が鳴く頃合いなのだろう。だが枕崎から返ってきた言葉は、彼女の想定外のものだった。

 

 

 

 

「今日はもう少し待って。新しい艦娘達がもうじき到着する筈だから」

 

「…………えっ?」

*1
人間に例えると、隊長と部下の関係である。




500字ほど足りないですが、キリが良いので今回はここまで。次回から一気に登場人物が増えます。
……リメイク前はこの下り、数行で終わっていたんだよなぁ。

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