ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降朽葉

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早朝の海原。

 白み始めた空と、まだ眠りを引きずるような波のうねりの中を、一隻の漁船が静かに進んでいた。

 

 海は、もう安全な場所ではない。

 それでも生きるため、食を得るため、漁師たちは艦娘によって「比較的安全」と定められた海域に限って、こうして船を出すしかなかった。

 

 この日は珍しく大漁だった。

 船上の空気は浮き立ち、漁師たちは笑顔で声を張り上げている。

 

「いやぁ、今日は気味が悪いくらいの大漁だな! 安全海域の魚は数が少なくなってきたって言うのに、一体どうしちまったんだろう」

「クジラか何かに追い立てられたんじゃあないか」

「ははは、ならそのクジラには感謝しねえとな!」

 

 酒気を帯びたような陽気さ。

 一人の漁師が、そっと釣り竿を取り出していた。

 

「あん? おめぇ何やってんだ」

「へへ、こんなに上手くいく日は滅多にねえ。竿一つでも垂らして、一匹でも多く捕って帰ろうと思ってな」

「かーっ、ガメつい野郎だ! 欲張るとバチが当たるぜ」

「ちぇっ、そんな事あるもんかい」

 

 悪態をつきながらも、誰も本気では止めなかった。

 高速で進む船から垂らした釣り糸に、魚が食いつくはずがない。

 それはただの暇つぶし――そう、誰もが思っていた。

 

「うおっ!?」

 

 鈍い衝撃音。

 次の瞬間、船体が激しく揺れた。

 

 漁師たちの身体がよろめき、視線が一斉に海へと向く。

 設置したばかりの釣り竿が、信じられない力で海中へと引きずられていた。

 

「な、なんだぁ!? 本当にクジラでもかかったか」

「馬鹿言え、釣り餌に喰い付くクジラが居るもんかい!」

「じゃ、じゃあこいつは一体……」

 

 張り詰めた釣り糸は、巨大な岩にでも引っ掛かったかのように動かない。

 だがここは、深い海の真ん中だ。

 

 ――あり得ない。

 

 次の瞬間。

 釣り糸は、竿ごと(・・・)船体から引き千切られ、海中へと引きずり込まれた。

 

 唐突に、揺れが止む。

 

「…………」

 

 漁師たちは、誰も声を出せなかった。

 恐る恐る海を見渡す。

 

 やがて、船首前方の海面が泡立ち、盛り上がった。

 水中から現れたのは――鋼鉄の怪魚。

 

 傷が塞ぎきっていない、歪でグロテスクな姿。

 ロ級だった。

 

 全身が姿を現すと同時に咆哮が響き渡る。

 それに呼応するかのように、漁船の四方から、さらに二体の怪魚が浮上した。

 

 逃げ場のない海の只中。

 漁師たちの絶叫が、朝の空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 ――警報音。

 

 可香谷鎮守府の食堂に、けたたましい音が鳴り響いた。

 曙は箸を止めるより早く、それが何を意味するのか理解していた。

 

「総員、司令室に集合!」

 

 可香谷提督の号令。

 艦娘たちは一斉に立ち上がり、椅子が床を擦る音が重なる。

 

 曙も反射的に身体を動かしていた。

 胸の奥が、ざわつく。

 

 ――まただ。

 

 後片付けを枕崎に託し、艦娘たちは食堂を飛び出していく。

 

「っとと」

 

 背後で、間の抜けた声。

 一瞬振り返ると、漣がバック走で戻ってきて、朧から分けてもらった目玉焼きを口に放り込み、そのまま再び駆け出していった。枕崎はその光景に苦笑しつつ、穏やかに手を振り見送った。

 

 

 

 

 

 

 司令室。

 モニター越しに大淀が待機していた。

 

 空気が変わる。

 全員が、戦う者の顔になる――漣だけは、まだ口をもきゅもきゅさせていたが。

 

「大淀、状況は?」

"港へ帰還中の漁船から、複数の深海棲艦による襲撃をうけていると救難信号を受信しました。座標をそちらにおくります"

「また安全海域での襲撃か、くそっ!」

 

 可香谷提督が拳を握り締める。

 曙はその横顔を見ながら、胸の奥に溜まるものを感じていた。

 

"それから"

 

 大淀の声が続く。

 

"付近を巡回中だった偵察機妖精によると、敵勢力の中に左眼を大きく損傷したロ級が居る様です"

「!! それって……」

"恐らく、一週間前に貴方が交戦したロ級と同一個体だと思われます"

 

 その言葉で、記憶が一気に蘇る。

 

『曙! 諦めるな!!』

『あああ"ぁっ!!』

 

 胸の奥が熱を持つ。

 自然と、曙の両手は握り拳になっていた。

 

 逃した敵。

 仕留めきれなかった相手。

 

 ――今度こそ。

 

「クソ提督、ロ級はあたしがやる。今度こそ……!」

 

 吐き捨てるように言った、その直後。

 

「いや。曙は要救助者の確認及び、その確保に回ってくれ。敵艦隊の殲滅は潮達に任せる」

 

 予想外の言葉だった。

 

「は!? 何でよ!」

「これまでの戦いを見て、お前は戦闘中に冷静さを見失う傾向がある。ましてや、相手はあのロ級だ。頭に血が上り、チームワークを乱しかねない」

「うっ……!」

「それに、お前は要救助者を軽視する節がある。その戒めも含めて、今回お前には救助を任せたい……頼めるか?」

 

 反論しようとして、言葉が詰まる。

 

 ――分かってる。

 誰よりも、分かってる。

 

 唇を噛み、曙は俯いた。

 その頬を、つんつんと曙妖精が突く。

 

 渋々、一歩引く。

 

「チッ……分かったわよ」

「ほらほら、ぼのちゃんも今回は漣達に出番を譲って。画面の前の皆も、新キャラの活躍が見たいと思ってますヨ?」

 

 漣の軽口に、朧が睨みを飛ばす。

 曙はそれを横目に見ながら、胸の奥の焦燥を押し殺した。

 

 可香谷提督が、改めて艦娘たちを見渡す。

 

「艦隊、抜錨!!」

 

 号令と共に、艦娘たちは駆け出した。

 

 廊下に響く足音。

 遠ざかる背中。

 

 曙は、救助任務という言葉を胸の中で反芻しながら、歯を食いしばる。

 

 ――何であたしが。

 

 

 

 

 

 

浜辺へと向かう坂道を駆け下りながら、四人の艦娘はほぼ同時に虚空へと手を伸ばした。

 その先に、電子的なエフェクトと共に主砲部分の艤装が展開される。

 

 曙は慣れた動きでそれを掴み取る。

 潮、朧、漣も――

 

「わっ……!」

 

 潮だけが、わずかにタイミングを誤った。

 キャッチし損ねた主砲が腕から滑り、落としそうになって慌てて両腕で抱え込む。

 

 ――あぶなっかしい。

 

 潮は必死に体勢を立て直す。

 遅れて、彼女たちの背中に本体部分の艤装が展開された。ゴム紐状の固定具が斜めに伸び、身体に吸い付くように装着される。

 

 太腿に魚雷発射管。

 脚部には、靴から変化した船底型の艤装。

 

 そして最後に――

 *1

 

 凛とした表情が一瞬映し出され、艤装展開は完了した。

 

 次の瞬間、四人は同時に跳ぶ。

 水面に着水し、氷上を滑るような動きで海原を疾走していった。

 

 

 

 

 

 

 海上。襲撃を受けている漁船は、奇跡的にまだ沈んではいなかった。その周囲を、三体の深海棲艦が獲物を追い詰める鮫のように旋回している。

 

 左眼を大きく損傷したロ級。

 それに加え、単眼で魚雷めいた楕円形の【駆逐ハ級】。

 さらに、鮟鱇のような平たい姿の【駆逐二級】。

 

 じりじりと距離を詰める深海棲艦たち。船内では、漁師たちが入口の鍵を締め、身を寄せ合って震えていた。

 

 やがて、ロ級の咆哮。

 続いて、ハ級が海中へと潜る。

 

 ――来る。

 

 船底へ突撃する衝撃。

 漁船は大きく揺れ、扉が破損した。

 

 若い漁師の一人が、外へと投げ出される。

 

 顔を上げた先。

 大きく口を開いたロ級。

 

 若い漁師の喉から、悲鳴が漏れかけたその瞬間――

 

「やらせはしません!」

 

 澄んだ声。

 直後に爆発が起き、ロ級が横へと吹き飛ばされた。

 

 呆然とする若い漁師が我に返り、顔を上げる。

 彼方から近づく、四つの小さな影。

 

 可香谷鎮守府の艦娘たちだった。

 

「鉄の艤装に燃料乗せて、鳴らせ希望のモールス信号! 第7駆逐隊四人組、定刻通りにただいま到着♪」

 

 漣の声が、戦場に軽やかに響く。

 

 狼狽えるハ級と二級に、漣と潮が砲口を向け牽制する。

 その隙に、朧がゆっくりと船へ近づいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 朧の問いに、若い漁師は何度も首を縦に振る。

 船内から様子を窺っていた他の漁師たちも、次々と頷いた。

 

「提督、報告にあった船員を発見。全員無事です」

 

 通信越しに、安堵の息が混じる。

 

"良かった……! 曙は漁船の先導及び護衛に、朧、漣、潮は敵艦隊を頼む"

 

 曙の胸が、きゅっと締め付けられた。

 

 戦う――その言葉を、待っていたのに。

 

 それぞれが返事をする。

 

「了解!」

「わ、分かりました!」

「徹底的にやっちまうのね!」

 

 艦娘たちは敵へ向かっていく。

 それを、曙は横目で追った。

 

"曙、今のうちに漁師さん達を"

「…………」

"曙"

「チッ……了解!」

 

 羨ましさを押し殺し、曙は進路を変えた。

 ハンドサインを出すと、漁船も後に続く。

 

 ――分かってる。

 今は、これがあたしの役目。

 

 

 

 

 ハ級の砲撃を、朧が正面から見据え、右へ大きく回避した。

 直前までいた場所に、巨大な水柱が立つ。

 

 だが朧は怯まない。

 反撃の砲撃を、口を開けたままのハ級へと叩き込む。

 

 命中。

 苦悶の唸り声。

 

「負けませんから!」

 

 速度を上げ、一撃、二撃。

 無駄のない動き。

 真っ直ぐで、迷いのない意志。

 

"ハ級が手も足も出ていない、やるな朧!"

「提督、朧を褒めてくれるの? 有難う。でも、朧はまだこんなものじゃないから!」

 

 

 

 

 

 

 二級の連続砲撃を、漣がひらり、ひらりとかわす。

 まるでショーのような滑り。挙句の果てにトリプルアクセルまで決め始めるが着地失敗してふらつく。

 

 一見ふざけた動きではあったが、敵の砲撃はすべて外れている。漣は無傷だった。

 

 やがて、漣が反撃。

 砲弾は二級の頭部へ命中した。

 

「見たか!漣の超ファインプレー……はにゃーっ!?」

 

 油断した瞬間、衝撃。

 二級の砲撃が漣をかすめる。

 

「大丈夫か!? 漣!」

 

 通信が飛ぶ。

 漣は服を焦がし、涙目になっていた。

 

「うう。ピンチだぁ、デンジャラスだぁ。ご主人様ぁ、漣ちんスーパーピンチっ……なんてね♪」

 

 そのウインクと同時に、水柱と爆炎。

 二級が包まれる。

 

 ――魚雷。

 

 二本。

 被弾は計算済み。

 

 艤装には、傷ひとつない。

 

 

 

 

 

 「な、なぁ。俺達、無事に帰れるんだよな?」

 通信端末越しに聞こえる漁師の声。

 

 曙はその声に耳を傾けるが、肩に乗った曙妖精がぺしぺし叩くまで、まるで心ここにあらずの様子だ。

 僚艦たちの活躍が無線越しに伝わる度、曙の顔には不満と苛立ちが募る。

 

「何であたしが、人間の護衛なんか……」

 

 小さな声でつぶやく。

 肩の妖精が「ちゃんと先導しろ」と叩いても、曙は向きも変えず、手の甲で払いのける。

 曙妖精は煙となり、静かにフェードアウトした。

 

 ――別に、戦いたいわけじゃない。

 でも、目の前の人たちを見捨てられない。

 その矛盾に、曙の胸はもやもやと重く沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

 海上では、朧と漣の連携が光る。

 満身創痍のハ級と二級が、最後の悪あがきの咆哮をあげて突撃してくる。

 

 朧と漣は、互いに力強く視線を交わす。

 

「やるよ、漣」

「ほいさっさ〜! 派手にいくよ! 3番から4番、発射!」

 

 二人同時に膝を屈め、魚雷発射管が下を向き発射体制に。

 2本ずつ、計4本の魚雷が深海棲艦へと放たれる。

 砲撃は命中。二体は巨大な爆炎に包まれ、海中へと沈んでいった。

 

「……よし」

 

 朧が敵撃沈を確認し、警戒態勢を解く。

 肩の朧妖精は、ぴょんぴょん跳ねながら大喜びしていた。

 

「ほらほら、ぼーろちゃん、堅いよ? 肩の妖精さんを見習って、あぁ^~艤装がぴょんぴょんするくらいやらないと^~」

「何なのそれ……漣こそ妖精を見習いなよ」

「あーだめだめ、こいつは堅すぎます」

 

 性格の正反対な妖精たちのやり取りに、戦場でありながらも思わず微笑みがこぼれる瞬間もあった。

 

 

 

 

 

 

 司令室では可香谷提督がモニターを見つめ、二人の奮戦ぶりに感嘆する。

 

「朧も漣もやるな。戦い方は違うが、ほとんど被弾せずに深海棲艦を倒せた」

 

 その言葉に、枕崎が声を潜める。

 

「提督さん、潮が……」

 

 可香谷提督は咄嗟にモニター左下の画面へ視線を移す。

 そこには、駆逐ロ級相手に苦戦する潮の姿が映し出されていた。

*1
漣のみ、カメラ目線でてへペロのポーズ

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