ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降朽葉

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第三話 【集結─ディスティニ─】
3-1


『君から大事なものを奪った悪い奴は

私が絶対にやっつけてあげるから!!』

 

 そんな声がどこかで聞こえた気がして、曙は目を覚ます。朝日は既に空高く昇り、窓から柔らかい光が差していた。目覚まし時計を確認するまでもなく、どうやらいつもより遅い起床となったらしい。

 

「ん……むにゃ」

 

 まだ微睡む意識で目を擦りながら、曙は夢の内容を反芻する。誰かの悲壮な声──それまでしか覚えていない。細部は靄がかかるように思い出せず、曙はそこで思い出すのをやめた。夢を必死に思い出すほど、彼女の心は乙女ではなかった。

 

 ぼんやりと意識を現実に引き戻し、周囲を見渡す。煙とともに現れた曙妖精が、気持ちよさそうに大きな欠伸をしていた。

見慣れた寝室、ここに着任してからひと月余り。曙の生活は少しずつ変化していた。悪い意味ではなく、良い意味でだ。

 

「やっぱり、何か慣れないよね」

 

 妖精からハンガーに掛けられた制服を受け取り、ベッドの横に置く。戦闘用に特殊素材で編まれた一見普通のセーラー服。戦闘で煤や汚れがついたものの、枕崎がアイロンをかけてくれたおかげでシワ一つない。

 

 こんな贅沢をしても良いのか。最初だけ甘い蜜を啜らせて、後で何か裏があるのでは──軽く疑心暗鬼になる曙だったが、すぐに考えるのをやめた。

 

 ボサボサの長髪を掻きむしり、寝間着のボタンを外し始める。薄桃色の下着に可愛らしい兎が顔を出すと、寝間着をしゅるりと脱いで畳む。ズボンも下ろし、初々しい柔肌が露わになる。白い靴下を足に通しながらベッドに座り、そのまま着替えを続けようとしたその時──

 

「曙。中々降りてこないが、具合でも悪い……」

 

 ノックもせず、扉を開けた可香谷提督(クソていとく)が目の前に立っていた。

 

「あ、その……おはよう」

 

 口元を引き攣らせ、大量の汗をかく提督。曙は一瞬、時間が止まったかのようにその場で硬直する。徐々に状況を理解し、全身がぷるぷると震え、表情には羞恥と恐怖、そして怒りが混ざる。隣の妖精も真っ赤になりながらあわあわしている。

 

「━━き」

 

 絞り出すように声を発し、彼女の掌に電脳的なエフェクトが走る。12.7cm連装砲が出現。曙は腕に血管が浮かぶ程の力でそれを掴み。

 

「きゃああああああっ!!」

「うおっ!?」

 

 力いっぱい砲を投げつける。避ける提督だが、間髪入れずに第二波が飛んできた。

 

「待て、落ち着け誤解だ曙! 俺は心配しただけで悪気はおごっ!?」

「ケダモノ! ヘンタイ!! 強姦魔ーーーッ!!」

 

 手近の物を次々と投げつけ、時計や通信機、ぬいぐるみや謎のモコモコ物体が宙を飛ぶ。それらの影が、上映会の如く壁に投影されていき、寝室は凄惨な状況となった。妖精は右へ左へ飛ぶ様子を、見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 少し時間が進んで、朝の司令室。

 

「最ッ低! 本当最ッ低!!」

 

 曙は顔を押さえ、真っ赤になっていた。提督は顔面グロッキーで頭を下げている。腫れた頬が物語る通り、投げられたものだけでこうなったわけではないのだろう。

 

「ゴメンナサイ……」

 

 しゅんとしながら謝る提督。浅はかな行動は反省しているが、周囲の目は冷ややかだ。

 

「提督。朧、ちょっとがっかりしました」

「まーご主人様も少し、女の子との接し方を学ぶべきかなと。漣さん的には、着任早々ラッキースケベイベントを見れて眼福ですがー」

 

 朧は冷ややかに眉をひそめ、漣は余裕綽々にジョークを飛ばす。

 そして潮は青ざめ、恐怖のあまり固まっていた。

 

「うっしー、多分無言で青ざめるのが一番効くと思うからやめてさしあげて?」

 

 現在、枕崎は不在である。針の筵のような状況で、提督は必死に謝罪を繰り返すしかない。

 

「その……ごめんな? 曙。俺の配慮が足らなかった。

皆も、失望させる様な事をしてすまない」

「ほらぼのちゃん。ご主人様もこう言ってますし、ワザとじゃないんだからもう良いでしょ」

 

 この日は新しい艦娘がやってくる重要な日。活躍の結果、鎮守府には二人の新艦娘が追加で着任することになったのだ。

 そんな大事な日に、この様な空気を続ける訳にはいかない。

 

「あっ! 提督、枕崎さんが帰ってきましたよ」

 

 車の音に気づいた朧が伝える。提督は慌てて司令室を飛び出す。歓迎の準備が全くできていなかったのだ。

 

「こうしちゃいられない! 俺は玄関まで迎えに行ってくるから、皆はすぐ挨拶が出来るように準備しておいてくれ!」

 

 ドタドタと足音が遠ざかり、一同は呆れつつ入口の扉を見つめる。新たな風が、この鎮守府に吹き込もうとしている──そんな朝だった。

 

 

 

 

 暫く経った後、可香谷提督と枕崎が戻り、再び曙達に向き直った。提督は先ほどの情けない態度を一新し、襟を正して口を開く。

 

「皆聴いてくれ。本日より新たに、当鎮守府に着任する事になった艦娘達を紹介する。2人共、入ってきてくれ」

 

 合図と共に、二人の艦娘が司令室に入ってくる。

 

 一人目の艦娘は銀色の髪を緑のリボンで左側に短く結び、白いシャツにグレーの吊りスカートという服装をしていた。曙達より一回り小柄ながら、その鋭い視線には曙の苛烈さとは違う、厳格さを帯びた気迫が宿っている。

 

 もう一人は、雪のように白い腰まであるロングヘアーを持つ少女。曙達と同様のセーラー服に、頭には数字のⅢのアクセサリーが付いた紺色の戦闘帽を被る。肌の白さは髪と同じく儚く、ブルーグレーの瞳は氷のような冷たさを帯びていた。幼さとクールな雰囲気を同時に宿す艦娘だ。

 

「━━へっ?」

 

 意外な声を上げたのは漣だった。クールな艦娘を見た瞬間、驚きと困惑が表情に浮かぶ。それに気づいた艦娘も、細めた目を見開き驚いた表情を見せる。

 

「さ、漣……!? 何故、君がここにいるんだい?」

「あー……いやその」

「何だ、二人は知り合いなのか?」

「まー知り合いと言いますか何と言うか」

「…………」

 

 二人のやり取りに首を傾げる可香谷提督。艦娘を指揮する者としては、メンタル面に問題があるのなら助けてやりたいと思っていたが、先の曙と潮のこともあり深く追求しすぎるのは得策ではないと判断。今はまず、二人の自己紹介を優先すべきだと頭を切り替えた。

 

「こほん。それじゃあ二人共、自己紹介をしてくれるか」

 

 銀髪の艦娘が一歩前に出て口を開く。

 

「朝潮型10番艦・(かすみ)よ。礼号作戦旗艦を務め、歴戦の主力駆逐艦として奮戦したわ……先に言っておくけれど、私はだらしない奴とか陰口叩く様な奴は嫌い。同僚はもとより、司令官*1相手でもビシバシ行くから、宜しく」

 

 威圧感のある瞳で一同を睨みつける霞。小柄な体躯ながら、その迫力は戦艦と対峙しているかのようで、艦娘達は思わず身をすくめた。ただ一人、曙だけは「面倒臭いのが来た」と小さく呟き舌打ちをする。

 

「聴こえてるわよ、そこの紫髪!」

「げっ……」

「言いたい事があるなら、目を見て言いなさいな!」

「チッ、何だって良いでしょ。このクソ駆逐艦娘」

「何ですって!?」

「何よ、やる気? 受けて立つわよ!」

「お、おい。二人共止めないか!」

 

 一触即発の空気を可香谷提督が一喝して鎮める。霞は我に返り、「悪かったわね、ごめんなさい」とお辞儀して非を認めた。曙は腕を組みぷいとそっぽを向くが、肩の曙妖精が代わりに平謝りしていた。

 

「━━そろそろいいかな。

じゃれ合いを続けるつもりなら、私は解散させてもらうが」

 

 司令室が凍り付くほど冷たい声。先ほどまで強気だった霞ですら、声の主に向き直った。白い艦娘が最低限の動きで前に出て口を開く。

 

「特型駆逐艦22番、あかつ……特Ⅲ型2番艦の(ひびき)だ。以上」

 

 響と名乗った艦娘は言い終えると下がり、場には沈黙が訪れた。

 

「……い、いやいやいや! 響? そこはこう『暁型の響デスっ!よろしくニャン♪』くらい愛嬌を付けてですね」

「興味無い」

「う……」

 

 さしもの漣も、一言一言が氷の刃のような響の言葉の前では成すすべがない。

 

「霞に習い私も最初に言わせてもらうが、この鎮守府で馴れ合うつもりは毛頭ない。任務として、最低限のコミュニケーションで済ますつもりだ」

 

 響の言葉で、自己紹介はなし崩し的に終了する。可香谷提督をはじめ、会話を続けられる者はもはやいなかった。

 

「もう終わったわよね。あたし朝練してくるから」

 

 曙がくるりと後ろを向き、司令室を去る。それを皮切りに、その場は解散となった。

*1
艦娘により、提督への呼称が異なる場合がある。

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