11:00
銀座。落ち着いた内装の紳士服店から一組の男女が出て来る。
両者の左手薬指には指輪が嵌められており深い仲であることを思わせるが、一方で手を握ろうとして戸惑う姿は中高生のようでもあった。
「それにしても礼服があんなにするなんてなあ」
気恥ずかしさを隠すようにひらひらと手を振る男の名は伊丹耀司。
自室には中学生の頃に貰った高橋留美子のサインが飾ってある、
「何言ってんの? オーダーメイドだから当たり前じゃない」
そんな伊丹の手を逃がさないようにガッチリと握るのは、妻の梨紗。眼鏡で垢抜けない、立派な
「いやあ、まあそうなんだけどさあ。DVD-BOX買うとか、新型のゲーム機買うとか。もっと選択肢はあると思うわけよ」
「友達の結婚式だってあるんだから、一着くらいちゃんとした服持ってないと困るでしょうが。……まあ、私も人のことは言えないかもしれないけどさ。それに、そこはたまには奥さんを旅行にでも連れてってやろうとかそういうのが普通なんじゃないの? まあ、イベガチャのために課金したいって言わないなら今回は許してあげる」
どこか楽しそうに非難する梨紗に、苦笑しながら伊丹は答える。
「元々微課金だって。それに、どうしても参加しないといけない訓練のときにイベント完走できなくて引退したって言ってるじゃないか。まったく、知ってるくせに……」
梨紗は、最近の夫と過ごせるこんな休日が好きだった。
元々付き合いは長く、酔った勢いで結婚を申込んだのだが受け入れられてしまった。新妻気分が味わえるかとも思ったが、梨紗の意見で式は食事会とドレスを借りての写真撮影だけの地味婚と数日の国内新婚旅行だけ。その後は、伊丹が自衛官であったためほとんど別居状態。
互いの趣味であるオタク欲求を満たすため、伊丹の休日と予定が合えばアニメ映画を見に行ったり、秋葉原などを冷やかすことはまれにあったが、その関係は普通の夫婦とは言い難いものであった。
そんな関係に少しの変化が起こったのは今年の新年。冬コミに参加後、二人で梨紗の実家に顔を出したときのことである。
二人が結婚して四年。梨紗も今年で三十になる。そろそろ孫の顔が見たいなあという梨紗の両親による言外の要求。そんなものをひしひしと感じさせる、どこか針のむしろめいた休日の影響があった。
梨紗はもちろん、彼女の両親も
伊丹という男は、それをあえて無視することはできても、感じ取ることができないほど朴念仁ではない。それなりの人生経験を積んだ立派なおっさんだったのである。
「はいはい。じゃあ、服は出来たら私が取りに行くから。なんか食べたら会場に行きましょ」
そう言って梨紗は伊丹の手を引くようにして急かすのだった。
11:35
せっかく銀座に来たんだからと、三越に入ったところ、人気店がたまたま空いていたのは幸運だった。
普段二人が食べないオシャレな、ちょっとお高めの昼食。
話題は昨日の夏コミ1日目での梨紗の新刊の反応や、今期のアニメについて、
「そういえば、銀座で思い出したけど去年ちょっと話題になったよね。神隠しの話」
「ん? ああ、
「へえ、そうなの? 初耳」
「イラク派遣で有名な人でさ。陸将補になった後、訓練校でね」
「ふーん」
「すっげえ厳しい人だったよ。めちゃくちゃ固くてさ。部屋に張ってたアニメのポスター全部剥がされた」
「自衛官だったらなんとなくありそうな感じもするけどね」
「いやいや、プライベートは別だろう。PCの中身は死守したけどな!」
「はいはい」
「立派な人ではあるんだけどな。後進の育成に注力したいって言って一度は昇進を断ったって話も聞いたことあるし。退官後、どっかの会社の顧問になるとかもせずに潔く身を引いたってのもあの人っぽいって当時はよく聞いたよ」
「そんな人が神隠しにあってしまった、と」
「自殺とかするような人じゃないから、すごい不思議なんだよな。事件に巻き込まれた可能性もあるけど、格闘技とかもすげえ強かったから生半可な相手じゃ太刀打ちできないはずなのに」
「……先輩は、急にいなくならないでね」
そんな梨紗のつぶやきに、へ? と間抜けな声をあげる伊丹。
互いに顔を見合わせると、伊丹はなんだか気恥ずかしくなって、慌てて皿の中の料理を口に運び、むせこむのだった。
11:45
しばらくして食事を済ませた伊丹は今、駅に向かう前に梨紗がトイレを済ませるのを待っているところであった。
昇進するとは思わなかったなあ……。それに、最近の梨紗との仲の良さを思えば子供ができたっておかしくない。人生、何が起こるか分からんもんだ。
ひとりごちる伊丹。
万年三等陸尉だった伊丹だが、レンジャー徽章も持っている。さすがにいつまでも昇進させないわけにもいかん、と上官がここ数年頭を悩ませていたのだが、年が明けてから伊丹はちょっとだけ真面目になった。
それまでなんやかんや理由をつけて、出ることが暗黙の了解となっている訓練の日に休暇を取るようなことがなくなった。もちろん、積極的に勉強しようとか、身体を鍛えようとかそういう変化ではない。
だが、元々やるべきことはやっている。マイナス評価を与えるほどでもない。それに、落ち着いて見ると、伊丹という男の周りは不思議と空気が和やかなのである。
みんながこんなんじゃ困るが、たまにはこういう人間がいてもいいだろう。佐官にはなれんかもしれんが、一尉まではなってもらわんと困る。
そういった判断で、伊丹は今年の7月1日付けで晴れて二等陸尉に昇進したのであった。
俺が、父親になる、か。
なれるのかなあ……。
立派とは言わないけど、せめて普通の父親に。
思えば、子供の頃は大人になったら仕事について、恋人ができて、結婚して、子供ができるのが当たり前だと思っていた。
大学に入ったあたりで彼女出来なくね? などと違和感を感じ、まあ、二次元があるからいいやとそれを放り投げた。
そして就活大変だなあ、と周りの忙しい動きを見て、自分の学歴を考えた結果、自衛隊に入った。
訓練はしんどかったが、自分が営業などの仕事をしているほうが想像できなかった。決まった時間や日数、やるべきことをやれば終わる。たまに理不尽なこともあるが、最近流行りのブラック企業の方がよほど酷い。まあ、誰もが自分と同じわけではない。人によってストレス耐性の種類にも差があるのだろう。そういう意味で言えば、伊丹に自衛隊は合っていた。
そして、仕事にも慣れ三十路を控えた頃、梨紗にプロポーズされて受け入れた。
劇的なことはなかったけれど、これが人生ってもんなんだな。まあ、オタクにしては奥さんもできたし、運が良かったんだなあ、俺は。
あとは、もし子供ができたら父親になる、のか?
やることはやっている、いつできてもおかしくない。
一方で、口には出さないが自分の育ちを考えると不安もある。
だが、最近の梨紗を見ていると意外となんとかなるのではないだろうかとも思えるようになった。
案ずるより産むが易し。ちょっと違うかもしれないが。
伊丹にとって理想の父親とは野原ひろしである。
よつばのとーちゃんも捨てがたいが、映画補正でひろし一択だ。
オトナ帝国と戦国アッパレは名作。異論は認めない。
ロボとーちゃんはちょっと狙いすぎだったが、歳を取ったのか、不覚にも泣いた。
あそこまでちゃんとした父親にはなれないかもしれないけど。
まあ、そのときはそのときだ。困ったら梨紗に頼ろう。
そんなことを考えていると、梨紗がこちらに近づいてくるのが見えた。
昇進もしたし、クリスマスには何かプレゼントでも買ってやろうか。
スマホをポケットに仕舞い、梨紗を迎えようとした瞬間、外から悲鳴が飛び込んできた。
割られるガラス。逃げ込んでくる女性。その後を追いかける突進してくる異形の怪物。
くすんだ色の鎧と兜を身に着け、股ぐらをいきり立たせた豚鼻。
鼻を鳴らし、進路上にいた男性に邪魔だとでも言いたげに軽く腕を振るう。
すると、男性は車に衝突されたかのような勢いで吹き飛ばされ、商品棚に突っ込んだ。
騒然となる店内。
追っていた女性を見失ったのか、フゴフゴと匂いを嗅ぐような仕草を見せた後、そのバケモノは視線の先にいた彼女に目をつけた。
雄叫びを上げながら床を蹴る畜生。
動けない彼女。
加速しようとするそいつに、伊丹は声を上げる。
「俺の嫁さんに何やろうとしてんだアァァァァッ! このクソブタ野郎ッ!」
進路に近いこちらに視線を向け、オークの動きが鈍る。
伊丹は手近にあった商品のネクタイを適当にひっつかむと駆け出した。
よく磨かれた床を脚から滑り込んで、オークの突進をかわし、ネクタイを伸ばして足を引っ掛けて転ばせる。
床に顔から叩きつけられ、怒りとともに起き上がろうとするオークの背を取る。
獣臭いにおいと不愉快さを表現する鳴き声を無視し、肩掛けバッグに入れられていたボールペンを取り出す。
そして、オークの右耳を左腕で掴み上げ、その両眼球に思い切り連続してボールペンを深く深く突き刺した。
ごガガガあ
視力を失い、痛みと怒りから伊丹を振りほどこうとするオーク。
その両腕が振り回される前に、伊丹は自分でも驚くほど冷静に、オークの耳を握る手と胴体をカニバサミした両足に力を入れ、首元を引き伸ばす。
そして、オークの眼球を貫いてべとついたボールペンをあらん限りの力で突き立て、削り取るようにザクザクと首筋を切り裂いていった。
じゅくじゅくと傷口から溢れ出る血。
本格的にオークが暴れ始めると今度は身体をパッと離し、手近にあった椅子を両手で掴む。
相手が視力を失ったことを利用して、何度も何度も攻撃を繰り出す方向を変えてその頭を殴打する。
やがて、その動きは段々と鈍くなっていき、しばらくして完全に動かなくなった。
血まみれになった伊丹。異質なものを見るような周囲の視線が突き刺さる中、梨紗がゆっくりと近づいて震える口を開いた。
「せ、先輩……? 大丈夫……?」
ハンドタオルで自分の血を拭おうとする妻に、伊丹は返り血だから大丈夫だ。となだめるように声をかけた。
そしてその場から立ち上がる。ますます悲鳴の大きくなる外に視線を向け、一瞬だけ表情を緩めて梨紗に向き直る。
「なんかよくわかんないけど、とんでもないことが起きてるみたいだ。俺は外を見てくる。梨紗はここにいろ」
そう言って、伊丹は彼女を一度強く抱きしめた後、優しく突き放すように両腕を離して駆け出した。
12:05
建物の外に出た伊丹は思わず言葉を失った。
先程自分が殺傷したオークは夢幻のものではなかった。
無数のゴブリンやコボルト、オークに、鎧を纏い剣と盾を両手に握った兵士が殺戮と陵辱の限りを尽くしている。
それどころか、空中には羽の生えたトカゲ。いや、現実逃避はよそう。
竜が舞っている。
木で出来た投石機らしきものが運ばれ、そこから打ち出された岩片がビルを直撃し、矢の先に炎が灯ったものが弓から放たれ、あちこちに火の手があがっていた。
いつから日本はファンタジーが当たり前になったんだ?
道路を挟んで反対側の銀座四丁目交番から出てきたらしい警察官が、震えた手で拳銃の引き金を弾く。
乾いた音が鳴り響いた。
放たれた弾丸は棍棒を握ったゴブリンの腹部に命中したものの、動きを鈍らせる程度の効果しかないようだった。
振りかぶられる右腕。
恐怖に表情を歪める警官。
しかし、その凶器が彼に振り下ろされることはなかった。
体勢を低くした伊丹が横から体当たりをぶちかまし、ゴブリンを転倒させたのだ。
よし、さっきのやつに比べれば全然軽い!
手放された棍棒を自ら拾い上げ、思い切り野球のバットのように振りかぶってゴブリンに叩きつける。
まず急所であると思われる下半身を思い切り打ち付け、悶絶させた。
そして、素早く近づくとあらん限りの力で頭のてっぺんと顎の下をそれぞれの手で抑える。
すると伊丹は両手を反対方向に思い切り捻り上げてゴブリンの首の骨を折り、一撃で絶命さしめた。
「しっかりしろ! 警察官だろ! 市民を守るのが仕事なんだろ!」
放心する警官の頬を叩き、声をかけると彼は多少の落ち着きを取り戻したようだった。
「あ、あなたは?」
「自衛官だよ。非番のな。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。とりあえず、市民をなんとかして避難させよう。他への連絡は?」
「一応、最寄りの警察署に応援を。ただ、上手く伝わっているかどうかは正直……」
「このあたりに他の交番は?」
「有楽町駅の方に、数寄屋交番がありますが」
「わかった。この人数じゃどうしようもない。避難誘導しながらそっちに向かおう。あと、それから――」
「センパイッ!」
伊丹の言葉を遮ったのは、涙を目に貯めて飛び込んできた梨紗だった。
「お前、あそこにいろって……」
いや、今、この場に安全な場所なんてどこにもないのかもしれない。目の届く場所にいた方が、よほど何かあったときに手を出せる。
考えている方が、時間がおしい。
「……分かった。側にいろ。その代わり、絶対に俺の言うことを聞くんだ。いいな?」
そう言って伊丹は自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくる妻をなだめるのだった。
12:20
梨紗をなだめたことで、かえって落ち着いたのか、伊丹は冷静に上官に緊急事態の連絡を入れた。そして、今自分ができる最大の作戦行動として、梨紗と一緒に交番のパトカーに乗り込んだ。
「えー、市民の皆さん! これから自分たち、警察官と自衛隊員が避難誘導をします! 道の両端に寄ってください! 有楽町駅の方へ向かいます! そちらには交番があり、応援も呼びました!」
パトカーに備え付けられた拡声器で、辺りに聞こえるようとにかく大声で、しかし可能な限り落ち着いて避難誘導を始める伊丹。
その、突然の大音声に一瞬ビクリと身を震わせる異形や兵士たち。
どうやら、あいつらはこっちの言葉は分かってないみたいだな。
目の端で敵の様子を確認しながら、伊丹はさらに声を上げる。
「繰り返します。道の端に寄ってください! 走っても構いません! その代わり、小さな子どもがいたら、可能な限りおぶって連れて行ってください! お願いします! 命がかかっています!」
ほどなくして、事件当初建物の中にいて逃げ遅れた人々は、若干の混乱はあるものの道の両端に寄り始めた。怒声が飛び交うが、有楽町駅の方へ向かって一定の秩序を保って避難を始める。
ぽっかりと道の中央が空き、そこを怪物たちや歩兵、そして馬に乗った騎士達が駆け抜けていく。
よしっ、準備は整った!
梨紗に自分の言ったことを繰り返すように命じた伊丹は、エンジンをふかしてアクセルを踏み込む。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ! 自衛隊員なめんじゃねえ!」
動き出したパトカーがぐんぐんと加速し、小型の亜人、ゴブリンやコボルトを轢き殺す。
騎兵に体当たりをし落馬させ、身を隠すほど大型の盾を構えた歩兵を跳ね飛ばす。
しばらくそうやって進んだ後、反対車線まで移動してUターンすると、再び加速し、死をばらまいていく。
都合、それを3回ほど繰り返すと、車内に衝撃が走り、二人は身体をフロントガラスに叩きつけられた。
エアバッグが作動し、伊丹は一瞬の判断でシートベルトを警察署で回収した押収品のナイフで切り裂く。
そして、舌を噛んだのか悶絶している梨紗のシートベルトも切り捨て、ロックを解除すると思い切りドアを蹴りつけて外へ脱出する。
二人を黒い影が覆う。
見上げると視線の先には身の丈三メートルほどの巨大なオークがいた。
伊丹が最初に倒したものとはまるで違うサイズ。
一瞬の判断で梨紗の手を握り、走り出す伊丹。
オークはくちゃくちゃと口をならし、鈍重な動きで辺りを見渡すが既に二人の姿は確認できない。
なんとか、なったか……?
そんな、一瞬の安堵は次の瞬間の衝撃にかき消された。
「え――?」
気がつくと、自分の胸から、矢が生えていた。
上手く息ができない。四肢に力が入らない。
その場に崩れ落ち、辛うじて矢が飛んできた方を見ると、馬に乗った1人の騎士が弓を構えているのが見えた。
胸が、妙にあったかい。
おかしいな、痛いはずなのに、何も感じない。
ポツポツと顔に降り注ぐ温かいもの。
そんなに泣くなよ――。
梨紗は、無事だったのか。良かった。
俺のことなんか、放っておいていいから、早く逃げてくれ。
息ができない。
口から言葉が出ない。
意識が段々と暗いものの中に落ちていく。
梨紗の声にならない叫びが聞こえる。
梨紗の声にならない叫びが聞こえる。
梨紗の声にならない叫びが聞こえる。
梨紗の、言葉にならないほどに愛おしい声が、もう、聞こえない。
暗闇の中で思ったのは、
好きなアニメのことではなく。
父親に殴られた辛い過去のことではなく。
酷いことを言ったまま謝れない母親のことではなく。
ただ、どこか寂しそうに笑い泣く、梨紗のことだった。
あなたは、まだ生きたいですか?
そんな、男の声が聞こえたような気がした。
あなたには、まだ守らなければならない女性(ヒト)がいるのではありませんか?
そんな、どこか不思議な響きを持った少女の声を聞いた気がした。
センパイは、まだ、私を守ってくれますか?
そんな、世界中の誰よりも愛おしい声を聞いた気がした。
……かよ。
し……かよ。
死ねるかよッ。
こんなところで、あいつを残して1人で死ねるかよッッ!
その直後、伊丹は自分の身体が温かい光に包まれるのを感じ――。
そして、跳ね上がるように身体を引き起こすと、口の中に詰まった血を地面に一気に吐き出した。
視線の先には、先程まで自分に刺さっていたと思われる、血まみれの矢が落ちている。
左手に感じるぬくもりの先に視線を向けると、何一つ変わらない梨紗の姿がある。
自分の胸に右手を当てると、そこにあるはずの傷口は、痛みこそ感じさせるものの、既に埋まりつつあることが理解できた。
「センパイっ、センパイっ……!」
何だか、今日は梨紗の泣き顔ばかり見ている気がする。
そんなことを思いながら、伊丹は自分の心が温かいもので満ちていくのを感じた。
彼女の顔を見て落ち着いたのか、周囲に目を配る。
すると、パトカーを止めた巨大オークを始めとした数多くの敵の死体、それに身体をすっぽりと覆い隠すローブじみたフード付きのレインコートを着た二人の姿があるのに気づく。
黒に近い深い緑色のそれを身に纏った二人。一人は何か見えないものを握るように両手を空中に浮かせ、辺りを睥睨し、もう一人は自分と梨紗の姿をじっと見つめているようだった。
「あ、あ」
声を出そうとして、一度失敗する。
息を吸い込んで、何とかもう一度試みると今度はうまくいったようだった。
「あんたが、助けてくれたんだな」
「……分かるのですか?」
今日はいろいろ不思議な目に合ってきたが、こりゃあその中でも一番の不思議だ。
「なんとなく、なんだけどな。そうじゃないかって思ったんだ。……本当に、ありがとう」
そんな会話を続けていると、段々とぼやけていたその人物の顔の輪郭がはっきりとしてくる。
「いえ、無事ならそれで良かったです」
何故かさっきまではその男の顔は上手く認識できなかった。そして、それなのにそのことを少しも不思議に思わなかった。
もう一人の人物は、少年のような、少女のような、しかしその鮮やかな金髪から美少女だと伊丹は今になって認識した。
「なあ、あんたって一体――」
伊丹がそう問おうとすると、男は自分の人差し指を口に当て、ただ沈黙を求める。
「今は、そうですね。ただの通りすがりの魔法使いとでも言っておきましょうか」
それでは、伊丹さん。
私達はこれから市民の避難誘導、いや、これだと格好悪いですね。
そう、反撃。
この理不尽な状況に対して反撃を開始します。
あなたはどうしますか?
ついて来れますか?
その言葉に、伊丹の、
「ついて来れるか、じゃねえ。てめえの方こそ、ついてきやがれ――!」
その言葉に、一瞬だけ男は驚いたように目を僅かに見開く。
そして、少しだけ嬉しそうに笑った。
「分かりました。――行こう、セイバー。これで、味方は二倍に増えた」
男の言葉に、セイバーと呼ばれた金髪の少女はゆっくりと頷いてから威厳に満ちた声で答えた。
「ええ、行きましょう。
用語解説
応急手当(専用マスタースキル)
即死には効果がない。魔術ではなく技術。
魔力を使って対象が持っている治癒能力を高める。肉体を感知して入り込んだ銃弾などを摘出することなどもこのスキル効果に含まれる(レベル1の効果は医療行為としては医学生並)。
このスキルは令呪の使用によって威力を強化することが出来る。
歩兵(人間)
小火器で鎧を抜ければ現代と同じ効果。訓練を積んだ自衛隊なら簡単に殺傷できる。
警察官なら人による。相手の得物を持たせなければ現代の格闘術の方が分がある。
思い切りなどの方が重要。相手は人を切る覚悟で来てるので遅れを取ることもある
ゴブリン
歩兵に近いがより俊敏。近接してしまえば力はそれほど強くなく(中学生男子くらい)倒すことは容易。
小銃の効果がやや薄く、数発急所に直撃しないと倒せない。
警察官では難しく、自衛官でも並以上の腕前が必要。
オーク
頭は悪く、魔法も使えないが身体能力は脅威。小型なものは俊敏で世界最強の格闘家に苦労せず勝てる程度の身体能力を持つ。
武器がなくとも人間の耐久力では簡単に四肢をもぎ取られるし、急所を噛みつかれれば重体は免れない。
体格に恵まれたものは戦車やトラックを軽く踏ん張って持ち上げたりひっくり返すことが出来る。
機関銃でも大型のものは倒すことは不可能に近い。
グレネードランチャーや迫撃砲の直撃でようやく有効打が与えられ、これにも5~10発程度は耐える。
圧倒するには戦車以上の火力がいる。