13:50
スーツを着た一人の中年男性が画面の端から早歩きで現れる。ステージに登壇し、マイクを前にした。
画面の中の部屋は、国旗とスピーチ用のデスクだけで記者などは一人もいないことから慌てて整えられたものだということが分かる。
男性がしきりに手元にある原稿を確認する最中、取ってつけたようなテロップで内閣総理大臣、本位慎三(もといしんぞう)との表示がされた。
「国民の皆様に、緊急のご報告を申し上げます。本日昼12時頃、銀座にて謎の武装集団が突如出現いたしました」
ゆっくりと話すことを心がけたその言葉は、若干の震えが感じられる。
こわばった面持ちのまま、数回原稿を確認すると本位は言葉を続けた。
「既に数百名以上の死傷者が出ているとの情報もあり、被害者の皆様へ哀悼の意を捧げるとともに、この度の事態におきましては、甚だ遺憾であります。現在の状況を鑑みまして、国民の皆様の安全を守るため、ただいまの時刻をもちまして非常事態宣言を発令いたします」
映像が撮りためされたものではないことの証明に、本位の話し方は一本調子なものであった。
通常であれば、映像を見ているものが話を受け取りやすいよう、常に一点を見続けるのではなく、あたりを見回すように首を振ったり、声にもっと抑揚がつけられる。しかし、今はそれがない。
「内容といたしましては、現在事件が起きている銀座のある中央区、及び被害の恐れのある港区と千代田区を危険地域と定めまして、侵入を禁止。ならびに東京都23区にて夜19時から翌朝7時までの外出を制限することといたします」
そこまでを話すと、一旦言葉が区切られる。
そして、画面に白文字で今本位が話した非常事態宣言の内容が箇条書きで表示された。
「既に警官隊が出動を開始していますが、人命救助のためと事態の緊急性から、内閣総理大臣の名におきまして自衛隊に現場地域への出動を命じることといたします」
再び原稿に目を落とし、話す内容に抜けがないことを確認した後、本位は再度口を開く。
「国民の皆様におかれましては、警察官や自衛隊員の指示に従って、どうか落ち着いて行動するように伏してお願い申し上げます」
そこまでを言い終えると、本位は一度咳き込み、慌てて手元のハンカチで口元とついでに汗を拭う。
「武装集団は空を飛ぶことのできる戦力を保持しているとの未確認情報もあり、今後、危険地域が拡大する可能性も十分に考えられます。新たな情報が入り次第、事態の推移とともに続けてのご報告をいたします。どうか危険地域や東京都の方だけでなく、他の地域の皆様におかれましても政府からの情報の発信を受け取る準備を引き続きお願い申し上げます」
本位は原稿の内容を話し終えるとその場で一礼し、足早に画面外に去っていく。
事件発生から二時間。防衛省を含む官庁街を帝国戦力が確保する一方、嘉納 太郎(かのうたろう)防衛大臣の手引きによって本位が首相官邸より脱出してから一時間後のことであった。
13:55
一方その頃。
アラタとセイバー、伊丹たちは避難民を連れて皇居での籠城戦に移っていた。
渋谷四丁目交番で伊丹が上官に連絡を取っていたことが幸いした。情報が錯綜する中で現場にいる自衛官の声は尊重され、皇居内へ立ち入ることが速やかに許可されたのである。
「五機(警視庁第五機動隊)が到着しました!」
皇居詰め所の警官が、声を張り上げて伊丹に報告する。
図らずも、この時点でのキルスコアはセイバーに次いで二位、かつ自衛隊員である伊丹が現場指揮官のような役割を負わされているのだった。
機動隊と言えば、デモ警備などでよく耳にする名である。しかし、行動に制限の多い自衛隊に代わり、実力行使を必要とする重大な事件にも数多く対応している組織であることもまた確かであった。
「そうか……。装備は?」
「拳銃の効果が薄かったことから、ガス筒発射器と少数ですが機関拳銃を配備するとのことです」
勝ったな、こりゃ。
伊丹は無意識の内にそうつぶやいた。
銃の所持を禁止された国、日本。
その中において、火器への信頼はある種の信仰にすら近いと言うことも出来るだろう。
ましてや、相手はこの世界の歴史基準で言えばせいぜいが十字軍の頃の装備である。
後は自衛隊の本隊が来るまで時間が稼げればよい。
そう思っていた。この時点では。
14:30
五機到着からおよそ半刻以上が経過した。
結果、二重橋の前、皇居正門前広場には死体の山が築かれている。
日比谷公園からは火の手が上がり、普段の空気からはかけ離れた緊張感があたりに漂っている。
広場の向こう側に広がる光景が未だに信じられない。
帝国歩兵と
「ちくしょう! なんだってんだ一体!」
悪態をつきながら生き残った機動隊員と一緒になってライオットシールドを構える伊丹。
その半透明の盾の先に見据えるのは、機関拳銃では致命傷を与えられなかったオークや、銃弾そのものが撃ち放たれてから回避する猫や犬耳をつけた亜人の群れであった。
「応援は、まだなのか!?」
「渋滞と活動範囲を広げた竜のせいで、あと1時間はかかるとのことです!」
東京駅など一部の駅に被害が出た結果、電車が停止。
さらに竜騎兵が空から密度の高い道路に火を放った結果巻き起こされた事態である。
亜人達の後ろから、騎兵が剣を振るう。
その号令を皮切りにおよそ人間のものとは別次元の速度で繰り出される突撃が伊丹たちに迫る。
絶望的な防衛戦が始まろうとしていた。
――地獄を見た。
避難の最中で、子供が死んだ。
押し合いながら我先にと走る大人たちの体重に押しつぶされ、あるいは流れてきた弓矢に身体を穿たれ、もしくはゴブリンやオークに頭ごと丸かじりにされて死んだ子もいた。
何の意味もない死であった。
弱いものが死に、強いものが生き残るというこの世の摂理を体現したかのような光景だった。
助けられたものがいた。助けられなかったものがいた。
アラタとセイバー、伊丹がいなければ、その被害はさらに大きいものであっただろう。
しかし何人かが救えたからといって、目の前の死をまるきり無視できるほどに、アラタはまだ大人ではなかった。
セイバーは既に数百の敵を切り捨てていた。
しかし、事件の発生からしばらくの時間が経ち、周りがより見えるようになると気付いてしまう。
全てを救うことなどできはしない。
それは創作物の中で何度も目と耳にした文言だった。
だが、それを実際に目にする機会などいったいどれほどの確率なのだろう。
最初から自分たちに勝利などない。
正義の味方などありえない。
それどころか、矢に射られれば自分の命すら簡単に失われる。
曲がりなりにも訓練を受けた伊丹とまだ一般人の域にいるアラタ。
その差は如実に現れていた。
「やあっ!」
顔面を青白く染め、伊丹の後方で倒れたアラタを守るように、セイバーはひたすらに剣を振り続けた。
伊丹達と帝国兵の間に挟まれた、ただ一人の戦場。
その一振りごとに命を刈り取り、切れ味の鈍くなった鉄剣を投げ捨て、死体から次の剣を剥ぎ取る。
今、自分には彼にかける言葉がない。
他の避難民たちと一緒に裏手から逃げ出さないほうが奇跡といっていい。
いくらマスターであるといっても元々は命のやり取りとは程遠い平和な時代の平和な地域に生きる青年。
適正は、ある。
正直なところ、アラタの剣はからっきしだ。恐らくこの時代の基本的な武器である銃の才能も皆無と言っていいだろう。
しかし、それを補うだけの判断力がある。
マスターとしては申し分ない。
自分の方針を尊重し、協力して事に当たってくれる。
私自身の願いもまた、受け止めてくれた。
否定する要素などない。
だが、初陣なのだ。
その才は未だ目覚めてはいない。
この戦いを生き抜けば、間違いなく彼は成長する。
恐らく、これから先まだ長く続く戦いにも動じることはないだろう。
だから、今このときだけは自分が彼を守るのだ。
「――騎士の誓いは破れない」
今や、彼女が築いた屍は三百を超えていた。
その身体から放たれる魔力は、青白い光の軌跡。
一太刀ごとにその足取りは、腕の振りはさらに洗練されて行く。
あたかもそれは、死を生み出す豪華絢爛たる舞踏のようであった。
起源、という言葉がある。
あらゆる存在が内包する、予め定められたその人物の本質のことである。
魔術師であればそれはその人物が扱う魔術に強く現れる。
剣を起源とする英霊エミヤであればそれは剣の投影であるし、切断と結合の切嗣であればそれは敵の魔術回路を切断しぐちゃぐちゃにつなぎ直す起源弾として形になっている。
もしも、14万の兵に対し3000人の子供を指揮してそれに一方的な勝利を収めるような人物がいたとしたら、それを人はなんと呼ぶであろうか。
人道に反する行いだと彼を子供使いと揶揄するものもいるだろう。伝説の傭兵と味方に引き込もうとする組織もあるだろう。その指揮はあたかも空から戦場を俯瞰しているようだと尊敬の念を込めてイヌワシと呼ぶ子供もいるだろう。
しかし、そのすべては子供達をただ守るために行った結果に過ぎない。
その人物の起源はいったい何であろうか。
これらはすべて、別世界のアラタの生み出した戦果と彼の呼び名である。
らしくないな、とアラタはぼんやりと考える。
母親一人に育てられたことから、小学生の頃はからかわれることもあった。
金銭的には苦労しなかったが、片親だと大変だという勝手な思い込みをする教師もいた。
それらのことをいちいち気にしていてもきりがないと気付いたのは中学生の頃だ。
以来、そういった意味のない外部の声や状況に反応するのはやめにした。
自分のスキルに『沈着冷静』があり、人間にしてはそれなりのレベルだったのもそのせいだろう。
だが、今の状況はそのスキル効果のもたらすものとはあまりにもかけ離れている。
自分は怪我など負っていないし、動けないのはおかしい。
だとすれば、他のことに原因がある。
追い詰められれば追い詰められるほど状況を把握し、被害を減らすため冷静になるのがこのアラタという人物の特徴であった。
仕事でもそういった特徴に目をつけた上司によって炎上した現場に送り込まれることが多かったといえる。
スキルのせいではない。
では、セイバーに魔力を供給したり伊丹に対して応急処置を使った結果による魔力不足か?
ありえなくはない。だが、それならセイバーの行動も制限されるはずだ。戦闘に際し、魔力放出は出力は小さいながらも常に使用している。問題があれば念話でそういった報告が来るだろう。
では、敵の魔術によりなんらかの精神攻撃を受けたのか。
いや、避難民は我先にと塞がれていない別の出口から脱出しているし、伊丹や機動隊員なども盾を構えて敵の攻撃を防いでいる。
自分だけが狙われる可能性もないとは限らないが、どうやって特定したのだろうか。皇居への移動に際しても剣を振るうセイバーはともかくとして、自分が特に狙われているという感覚はなかった。
だとすれば、問題は別にある。
身体は上手く動かないながらも、その論理的思考能力には一寸の陰りも見られない。
『ステータス閲覧』を使用します!
脳裏に浮かぶ自身のマスターレベルやスキルなどを確認する中で、良く分からない項目があることに気付く。
コスト上限は、セイバーの維持にかかる魔力供給量と見ていいだろう。
フレンド上限はスキル『フレンド契約』から説明がつく。
説明がないのは、AP上限だ。
FGOであれば、クエストを回るために必要な活動力とも言えるその数値。
マスターレベルが1に上昇した際は、確か25という値だった。
現在の最大値は30。しかし、その現在値は0になっている。
つまり、活動力が限界になったから動けなくなっているというわけだ。
ただ逃げるだけの避難民や訓練を積んでいる警察官や伊丹のような自衛隊とは違う。
その上、セイバーに魔力も供給している。
動けなくなるというのもおかしな話ではない。
何回かマスターレベルが上昇しているが、レベルアップのたびに上限値まで回復などはしないのだろう。
おそらくマスターとして覚醒する前、レベル0のときの最大値は24。普通の人間が24時間で動ける活動力を数値化したものだと考えれば説明もつく。
だとすれば、時間とともに回復するはずだ。
ならば今自分にできることはここでじっとしていること。
いや、それだけではない。
システムというものは必ず穴があるものだ。
そこを探し当てることができれば、あるいは。
マスターレベル 6→7 31/30/13
専用マスター技能を取得!
『視覚共有』
近距離(100m以内)にいるサーヴァントの視覚を共有できる。共有していることは相手も認識できるが声や音は聞こえない。
マスターレベル 7→8 32/32/14
専用マスター技能を取得!
『魔力供給』
サーヴァントに対し相手の合意の上で肉体的接触を伴った能動的魔力供給が可能になる。
15:00
広場に立ちはだかり、既に500以上の亜人を切り捨てた剣士がその場から身を引いた。
不意に沈黙が訪れる戦場。
何らかの罠ではないか? あるいは本当にただ疲弊したのではないか?
その強さは人間以上の膂力を持つ亜人を持ってしてなお、理不尽としか形容し難いものであり、迂闊にその後を追うことはできなかった。
一方、帝国指揮官はその光景を見て、しばし唖然としてあとようやく機会が訪れたのだと確信した。
人である以上、必ずその体力には限界がある。既に半刻以上、この場で唯一人持ちこたえられたことが奇跡なのだ。
常識的に考えて奴はもう限界のはず。
僅かに脳裏によぎる不安をかき消すように声を張り上げて再度の突撃を命じる。
それに応えたのは亜人達の声ではなく、伊丹達が構える盾の隙間から繰り出される小銃の連射音であった。
「敵の増援か! そんなバカな、早すぎる!」
今回の侵攻に伴い、指揮官たちは日本のことを調べ上げ、可能な限り準備を整えてきた。
霞が関と呼ばれる国家を動かす主要な官僚たちの勤務先や事実上国のトップの宰相の邸宅、そしてこの皇居を攻めるのは十二分に練られた作戦であり、交通網の寸断も重要な要因の1つである。
初めて話を聞いたときはそれほどの技術的格差があるわけがないと思ってもいたが、魔法も使わずに空を飛ぶ気球という乗り物を見せられてから流れは変わった。
それすらも、この異世界では二百年も前に生み出されたもので既に軍事用途として使用されることはないのだという。
魔法のない世界、亜人や竜もいない軍隊。
実際に見るまでは半信半疑だったが、偵察した兵士の言葉や、門を越えてからの帝都でもありえないほどの高度な建築物を見てその疑いは払拭された。
長期戦などありえない。
ありえるとすれば、短期決戦で終わらせることだけだ。
愚昧だと思われていたあの皇子の言葉は正しかった。
都市施設の破壊から抵抗勢力との戦闘に至り、敵は今まで戦ったどの敵よりも脅威を秘めていると自らに言い聞かせて油断なく進撃を続けた。
だというのに、先程の音は話に聞いた『銃』によるもの。
それも、数が最初に倒したものとはまるで違う。
敵全てが熟練の魔道士に変わったようなものだ。
間違いなく、敵の本隊が到着したのだと理解せざるをえなかった。
『一体、何をしたのですか?』
すっかり返り血まみれになったセイバーにコミケのために用意しておいたタオルとペットボトルを取り出しながらアラタは念話を返した。
『ネットは死んでなかったからね。つぶやきサイトを誘導して、一般人に竜の飛行する写真を取らせるようにして地図と一緒にまとめて自衛隊に伊丹さんの上司に送りつけたんだ』
『そのようなことができるのですか?』
『ああ、不可能じゃない。それに、渋滞の方も全部の道が事故で混んでるわけじゃない。本来かかる時間は短い交通量の多い場所を避けて小道を通るように進言した。こっちはさすがに地震とかのために用意されていたマニュアルが役に立ったみたいでそれほど意味がなかったみたいだけど』
サーヴァントと共に行動し、戦闘を危険性のある位置で見届けながら魔力供給することでAPは減る。
確定ではないが、その可能性は高い。
逆説的に言えば、マスターとしての活動でなければAPはほぼ使わないと考えることも出来る。
たとえば、テレビをぼんやりただ見ていたり、漫画を眺めるのにそれほど大きな精神力を使うとは思えない。
そして、アラタの場合はネットがそれだった。
仕事だけでなく、小学生の頃からゲームやPCに慣れてきた。
それはある意味で遊んでいるようなものだ。
ソフトを組み上げたり仕事として幾つかの条件を与えられるのであればともかく、
趣味に近いそれが精神的、肉体的に負担のかかる戦闘行為と同じはずがない。
そして、その想像は的中したのである。
視界の端で、伊丹がつっかれたーと大の字で仰向けになり、梨紗が甲斐甲斐しく世話をするのが見える。
人間大の亜人は、練馬から順次到着し始めた一連隊(約千名)の火力で十分な対処が可能だった。
ただ誤算があったとすれば、それは小銃や機関銃、榴弾ですら満足にダメージを与えられない大型の亜人が存在したこと。
こちらは足止め出来ているので、より高火力の増援が来れば対処できる。
しかし、何よりも問題だったのは、事件発生から四時間が経過し、なおも際限なく吐き出される帝国軍の物量であった。
この時点で彼らは4000名近い兵力を投入しており、倒せているのはセイバーと自衛隊合わせて1000名ほどに過ぎなかったのだ。
16:30
際限なくわき続ける敵戦力に対し、自衛隊は門への攻撃を決定した。
速やかに作戦は決行され、重点的に防御の固められた門周辺に複数のヘリで奇襲をしかける。
数機が撃墜されるものの、機上から放たれた無反動砲は見事に門に弾着。
しかし、それはあたかも魔法で守られているかのように、全くの破壊をもたらさなかったのである。
本格的な航空戦力、戦闘機の投入やミサイル攻撃を本位総理は容認するのをためらった。
市街地への被害の大きさや、まだ建物の中にいる逃げ遅れた市民を巻き込む可能性、そして、現在の兵力で何とか戦力としては拮抗しているという事実がある種の足かせとなっていたのだ。
このときはそこまで至らなかったが、もしも本当に門を破壊できたとして、次はいつどこでまた門が現れるかもしれないという可能性もあった。
そんな空白の時間に、先に動いたのは日本政府と自衛隊ではない。
予め用意されたシナリオの一つを選択した、帝国の方だったのである。
17:00
「皇子、本当に撤退なさるおつもりか!?」
門が見える位置に建てられた砦。その外に設営された天幕の中で将軍の一人はゾルザルに対しそう食って掛かった。
「奴らは帝都の門前に文字通り魔法のように突如現れた5000の兵に対して即応してみせた。
そう説明すれば分かるか? 何の準備もない状態でだ。
敵の主力は既に到着している。これからますます状況は悪くなる。
既に我が軍は5000の内、目算でおよそ2割を失った。この意味が分からぬほど愚かではあるまい。
これ以上、ここで戦う意味はない」
ニヤニヤ笑いしながら将軍をあざ笑うゾルザル。
心のなかで舌打ちをしながら主戦派の将軍はどう手柄を立てるか頭を働かせる。
「10万の兵全てが壊滅するまで戦えなどと申しておるのではありません。しかしながら、通常の戦であればまだ半日程度しか経っておらぬのですぞ! 到底、皇帝陛下も元老院も納得せぬでしょう」
詰まらぬヤツだ、自分の常識でしか物事を捉えることが出来ぬ。
そう思い、傍らに立つ、兎耳を生やした亜人の胸を揉みながらゾルザルは言葉を返す。
「一万はオレが預かるはずだったな。……テューレ!」
名前を呼ばれたヴォーパルバニー、テューレは乱れた服を直しながらゾルザルの眼前に跪いて応える。
「例の部隊をお前に任せる。よいな?」
「はっ、殿下。約束通り、役目を果たしたその暁には……」
声を震わせるテューレに対し、ゾルザルは彼女の両耳を雑草でも抜くかのように握りしめ、耳元で囁く。
「お前は、オレが約束を破るとでも言うのか?」
「い、いえ。そのようなことはけっして」
ならば口ごたえはするなッ!
そう声を荒げて床に彼女を叩きつけるとゾルザルは椅子にどっかりと腰掛けた。
顎をしゃくりあげるようにして、退席を促すとテューレは音もなく影のように天幕から去る。
「これまでに侵攻した8000とテューレ達の部隊でオレは十分だ。オレの裁量分の残り2000と、当初の予定通り一万は任せる」
突然の譲歩。冷静に考えればゾルザルから与えられた追加の兵力はそれほど多い数ではない。しかし、先に言われてしまえば反論もしにくい。
「いずれにせよ、門の監視は必要だ。砦にさしあたり3000は残す。もしも上手くいくようであれば早馬を飛ばすか気球を使えば良い。これで十分か?」
さらに畳み掛けるようにそう告げられてしまえば、もう断れない。
自分はこの兵力では結果が残せないと無能を吐露しているようなものだからだ。
では俺は砦の中で撤退の準備をしながらテューレの結果を待つ。
そう言い残して去っていくゾルザルを止めることは誰にもできなかった。
砦の個室で、ゾルザルはワインを傾けながらくつくつと一人笑う。
いや、もう一人、彼の近くに人影があった。
「ご機嫌のようですな。殿下」
「お前ほどではない。ん? いつも持っている刀はどうしたのだ?」
和服風にしつらえた服の下には褌(ふんどし)しか締めていない角刈りの男は、鋭い眼光を緩めもせずにいつもの調子でゾルザルに言葉を返す。
「テューレに与えました。選別代わりといったところです」
「そうか、お前はアレが気に入っていたからな。一度くらいなら貸してやるというのに、全く欲の無い男だ」
わざとそうしているのか、それがその男の本質なのか良く分からない下衆な笑みを浮かべながらゾルザルはそうおどけてみせる。
「いえ、私の願いは既に叶えられておりますれば」
「ふ、そうだな。自国の将軍まで務めた男が反旗を翻したのだ。凡俗とは欲の向けられる方向が違うだけだというのは理解している」
なあ、『超人ゴトウ』よ。
鬼に対し、ジエイタイとお前の国がどう立ち向かうのか、実に楽しみであるなあ?
ゾルザルは笑いながらワインを注ぎ、ゴトウに与える。
ゴトウはそれを一気にあおると、偵察のためだと部屋を出ていった。
18:00
無限に続くかのごとくわき続ける敵兵。
しかし自衛隊の歩兵部隊によって戦線が拮抗し始めてから既に三時間ほどが経過していた。
敵兵もいずれ底をつく。自衛隊は数では劣る可能性があるが、一つでも効く武器があればいずれその情報処理能力で効率の良い殺戮方法を見つけ出すだろう。
そう思われていた。
その膠着を崩したのは門から現れた、数えられるほどの極小数の存在だった。
10メートル以上もある、巨大な亜人。
角の生えた巨大なその体躯に、歩兵の火力はまったくの効果を見せなかったのである。
神秘による科学の蹂躙が、始まろうとしていた。
魔力感知によってその脅威の存在を知ったセイバーは、幾分精神力の回復したアラタに尋ねる。
『どうしますか、アラタ?』
ややあって、屈伸運動で身体が動くことを確認し終えるとその返答が返ってきた。
『もうすぐ、日が沈む。敵の動きも鈍るだろう。ここさえ乗り越えればもう僕達の出る幕はなくなる可能性が高い』
季節は違うらしいが向こうの時刻が変わらないことなどは自衛隊到着後、敵兵から確認済み。
日は門のある東から先に沈む。
出てきたやつらを倒せば幕引きだ。
だから――。
夜を呼びに行く。
そう彼女に向かって告げたのだった。
用語解説
AP
行動力。休息や睡眠、時間経過で回復する。
一般的な成人の24時間分の体力・精神力を加味したAP24を基準値とする。増えるごとに負荷の高い行動も続けて出来るようになる。
時間的制約は変わらないため、行動回数自体が増えていくわけではない。
アイテム使用などにより、上限値を超えることもあるがペナルティを受けることも。
超人(レベル30以上)
歴史に名を残す人物の最盛期。強さだけならまず確実に英霊になれる。
分かりやすく言えばFGOのローマにいるネロちゃま。ジャンヌ・ノッブ・ダヴィンチちゃんあたりの生前はここに分類。
現実の近い所だとおそらくアインシュタイン・ビートルズ・マザーテレサが生きてたときはここ。