平凡。
正にそう表現する他ない彼の人生は実に彩りに欠ける物だった。
そこそこの成績、そこそこの友人関係。そこそこの高校を卒業し、そこそこの大学に入学。留年をするわけでもなく、かと言って優秀者に名を連ねる事もない大学生活を送り、大学のツテでそこそこの会社に入社し、そこそこの業績を上げていた。
その事を悪いとも思わなかったし、良いとも思わなかった。彼はそれが当たり前だと思っていた。自分はこんなもので、周りの成功者とは違うのだと諦めていた。
だから彼は小説や漫画を読むのが好きだった。胸躍る冒険譚が好きだった。文庫本からネット小説、ファンタジックな物や伝記など様々な物を読んでいた。
読み終わった後に自分と比べて憂鬱となる事もあるが、それでも物語の登場人物達が成長し、仲間と共に悪を打倒したり、お宝を探し求めたり、目標を達成するのを感じて自己投影し、のめり込む事が好きだった。
働き出してすぐ、唯一の肉親である母が亡くなった事が後押ししたのか、休みの日はいつも物語を読んでいるようになった。
とある日、いつも通りの時間に起きて、いつも通りの電車に乗り、いつも通りの仕事をして、いつも通りの時間に帰る。だが今日は少しいつもと違った。
好きな作家の新作の発売日なのだ。宣伝によると《平凡な主人公の努力と成長の物語》らしい。自分はそうなれないと思いつつもそんな人間になれればと憧れる。そんな気持ちがあるからこそ、早く読んでみたかった。
あぁ、これは徹夜で読み耽ってしまうパターンだな。
なんて考えながら、書店の自動ドアのボタンを押す。やる気のない店員の声が聞こえたがどうでも良いだろう。
入店して真っ先に目につく位置にある新作コーナー。その一角にその本を見つける。様々なジャンルの本が並んでいる中、お目当の本は残り1冊だった。
迷いなく手に取り早足でレジに持って行った。レジには誰も並んでおらず、スムーズに買えた。
今日は珍しくツイている。前回この作者の新作を買おうとした時はどこもかしこも在庫切れ。漸く見つけたのは町の小さな本屋で、前にいた客が酷く長かったのでヤキモキしたものだ。
だが今日はツイている。早く帰って早く読もう。
浮き足だってそんな事を考えていたからだろう。
信号を無視して猛進してくる車に彼は気付けなかった。
目を開けるとコンクリートの地面が見えた。どうも横たわっているらしい。
あれ?自分は何で道路の真ん中で横になっているんだ?とりあえず起きなきゃ。あれ?体が……動かない。それに、耳も真綿が詰まっているようによく聞こえない。視界もどこかボヤけているようだ。
この赤い液体は……血?この量……俺……は…………
彼は漸く引かれたらしいという事態を飲み込めた。だがそれが分かった瞬間酷く恐怖を覚えた。何かに挑戦する事無く、自分の事を勝手に諦めてただただ生きる《だけ》の毎日。
それは果たして、《生きている》と言えたのだろうか。
恋人も親しい友人も家族さえいない自分が死んだ時、一体何が残るのだろう。何も残す事してこなかった自分の人生に価値はあるのだろうか。
ちくしょう……ちくしょう…………
自分の体の感覚がどんどん無くなっていくのを感じる。死を明確に感じたが、その時には恐怖は消え、後悔しか生まれてこなかった。
ちくしょう……もう一度……やり直せるなら…………次は………………
ふと目に入った買ったばかりの小説。彼自身の血で真っ赤に染まったその本のタイトルはもう読む事は出来ない。
阿鼻叫喚のその場において彼だけが知っていたそのタイトル。
『元一般人の英雄譚』。
俺も……『
そのまま、冷たくなったその瞼が開く事は二度となかった。
「……みは…由……きろ……」
どこかでそんな声が聞こえた気がした。
お久しぶりです。
待っている方がいらっしゃるかどうか分かりませんが帰ってきました。また細々と、自由に活動していきます。