進撃の狂戦士   作:パイマン

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注意! 展開が進むに連れて、原作漫画の伏線や展開などに関わる非常に重要なネタバレがあります。
なので、原作既読を強く推奨します。
原作未読の方は自己責任で読んでください。


奴らは獲物、我らは狩人

 ――まずは自己紹介といこう。

 私の名前は『クラリス・ハンニバル』 しがない一兵士である。

 私は、自分が『異世界からの転生者』であることを知っている。

 

 私がその感覚を違和感として自覚するのには幾らかの時間が必要だった。

 周囲の人間の服装、生活風景、環境などを見ていて、私は常に『古臭い』と感じ続けていた。

 何を以って『新しい』と感じるのか、その基準を知らぬままである。

 

 ――井戸から水を汲み上げる時に私は不便だと感じた。

 ――石造りの家々をボロイと感じた。

 ――どんな料理を食べても、美味い不味いと感じる以前に『これは食べたことの無い味だ』といった新鮮さがあった。

 

 私は、幼い子供の時分から既に、どんな体験を下地にしているのかも分からない、この世界の『馴染みの無さ』を感じ続けていた。

 物心がつくと共に、自然と身に着けていく『常識』と、私が根底に抱いている『常識』には大きなズレがある。

 

 何より決定的だったのは『私達人間が巨大な壁によって守られながら生きている』という、この世界観そのものだった。

 

 人類は巨大な壁によって守られている。

 広大な大地を覆い尽くす、人智を超えた巨壁の内側で、外敵を阻みながら生活している。

 この領域以外に、人間の生息する場所は無い。

 人類は大地の支配者などではない。

 人間の世界は海に隔てられた数々の大陸ではなく、この巨大な壁の内側だけなのだ。

 世界は丸くは無く、平坦である。今いる場所の裏側に同じ人類は住んではいない。

 空を飛ぶのは鳥だけである。人は空はおろか、海さえ渡れない。

 ましてや『宇宙』という言葉は、その概念すら存在していないのだ。

 誰もが当たり前に知っている、誰もが当たり前に知らない――この世の常識を受け入れた時、私は自分の中の違和感を理解した。

 私の中には、全く異なる世界の観念が存在する。

 子供である私が、到底持ち得るはずの無い知識や概念。それらは体の成長が進み、世の中を知るごとにより明確に形を『取り戻して』いった。

 そして、今ならばもはやはっきりと分かる。

 理解し、自覚出来る。

 私の『前世』なるものは、この世界とは別の世界だった頃のものである。

 成長して、言葉や事象を知れば知るほど、形が曖昧だった前世の世界の知識も具体的にものとして理解出来るようになっていった。

 

 ――井戸が不便なのは、私が水道を知っているからである。

 ――コンクリートすらない建築素材を古く感じるのは当然である。

 ――発達してない調理方法や器具に加えて、主な調味料といえば塩程度だ。

 

 幸いなことに、成長に伴ってそれらの違いをより明確に理解すると同時に、感覚では慣れていった。

 なんだかんだで私はこの世界に生きる一人の人間である。

 住めば都――このことわざさえ存在しないが、とにかく人は適応する生き物である。

 当たり前のことを当たり前として受け入れ、日々こなし、生きていくことが出来た。

 前世の知識によって受ける、この世界での生活の弊害は、歳を経るごとに解消されていった。

 知恵遅れだの、意味不明なことを口走るキチガイだのと大人から敬遠され、同世代の子供から爪弾きにされることもなくなった。

 私は、この世界でこの世界の人間として生きていく。

 ……のは、いいのだが。

 ただ一つ。物心ついて、この世界を知れば知るだけ受け入れ難い事実がある。

 これもやはり、当たり前のこととして周囲の常識となっていることだ。

 

 ――世界は、巨人によって支配されている。

 

 先の述べた『人類が壁に守られながら生きている』という内容は、つまりこの巨人という外敵から守られているということなのだ。

 巨人は強力であり、人間を襲う。

 奴らは約百年前に人類の大半を食い尽くした。

 現在、人類が壁の内側で暮らしているのは、巨人に追い立てられた結果なのだ。

 私の前世の知識には、巨人が世界を支配しているなどという項目は存在しない。

 おそらく、これが私の前世の世界とこの世界との一番の違いなのだろう。

 私が単純な転生者ではなく、『異世界からの転生者』と自覚した理由がそこにある。

 ここは異世界だ。

 間違いない。

 

 

 

 ……っていうか、前振り長いけど、つまりここって『進撃の巨人』の世界じゃねぇかぁぁぁーーーっ!!!

 

 

 

 前世の知識にあった、かつての世界では漫画――フィクション――の中にあった世界観を理解した時、私は思わず絶叫していた。

 漫画の世界に転生した、という点に関してはこの際流そう。

 そこまでに至る過程は全く覚えていないし、理解も出来ないが、そもそも転生という概念の時点で人智を超えるものだ。

 私がこの世界で実際に生きており、そしていずれ死ぬだろうということは日々の生活が実感させてくれている。

 ただ、納得がいかないのは、何故にこんな危険な世界に転生したのかという点だ。

 いや、どんな理由や原因であっても、知ったところで納得なんぞ出来はしないが。

 もし、二次創作でありがちな無意味に軽い性格の自称『神』とやらがこれをやったというのなら、そいつが目の前に現れ次第私は殴る。いや、絞め殺す。

 だって、あの漫画だよ?

 人気のあった漫画だけど、その人気が何処から来てたか分かってんの?

 キャッチコピーの一つを上げてやろうか。『手足をもがれ、餌と成り果てようと、人類は巨人に挑む!!』だよ!

 文字通り、本当に手足をもがれる展開も珍しくない漫画だった。

 登場キャラ死にまくり。急展開ありまくり。その緊張感が人気の一因だったのだ。

 今でこそ、私の周りは平穏な日々が続いており、誰もが『壁に守られている』という安心感を持って生きている。

 そこに巨人という外敵への危機感はほとんど存在しない。

 しかし、私は知っているのだ。

 その平穏が、いずれ破られるということを。

 巨人が壁を破壊して、人類を再び蹂躙するということを知っている。

 絶望まみれの未来予知だ。杞憂であり、外れることを期待したい。

 だが、楽観など到底出来ない。

 ――唯一の希望は、漫画の展開とはいえ、巨人への反撃の糸口が存在するということだろうか。

 絶望的な世界だが、まだまだ足掻くだけの余地はある。

 私は、日々の平穏がこのまま続かないことを知っている。

 知っているからこそ、行動する。

 未来に絶望があるから恐れ、希望があるから諦めないのだ。

 座して待つことだけは到底出来ない。

 ……とはいえ、私に取れる選択は限られていた。

 原作知識無双して、私がこの世界の救世主となる! ――といった無謀な考えは、身の程を知る以前から存在しない。

 それは私の知る『進撃の巨人』への知識の限界が一番の理由だった。

 この漫画が人気の理由は幾つかあるが、その内のひとつが『多くの謎』である。

 私の知る限り、漫画の中の設定や張られた伏線は幾つか解明されているが、それ以上に増え続ける謎が先の読めない展開を生み出していた。

 例えば『漫画やアニメの世界に転生して、前世の知識でその世界の危機的状況を事前に読み、切り抜ける』といった行動は、割とありふれたものである。

 漫画の展開を未来予知として利用できるアドバンテージはかなりの有利だ。

 しかし、勘違いしてはいけない。

 二次創作でよく見られるこれらの物語の流れは、決して主人公の能力だけによるものではないのだ。

 原作のキャラ達が体を張って判明した情報を、モニター越しに受け取り、客観的な立場でいられる余裕の中で解析することが出来たからこそ得たアドバンテージなのである。

 そして、この『進撃の巨人』の世界にはそんなものは存在しない。

 何故なら、かの漫画は私の知る限り絶賛連載中であり、多くの謎が残され、新しい伏線も次々生まれていたからだ。

 漫画の展開とは意表を突くものである。

 その謎や伏線を、果たして予備知識も全くない状態で、現実として直面しながら先読みすることなど出来るだろうか?

 ……無理だッ! 少なくとも、私は無理!

 この世界の何が怖いって、そういった見通しの無さが一番怖いのである。

 ホント、緊張感半端無い。原作知識とかあんまり役に立たない。

 今日にでも壁が破壊されて、巨人が雪崩れ込んでくる展開が起こるのではないかと、一時期ビクビクしていたものだ。っていうか、今でもそうだ。ずっと緊張感が抜けない。

 故に、私に出来ることなど本当に限られている。

 反撃の糸口となるであろう、巨人の謎や本格的な対処などは、いずれ現れるだろう漫画の主人公やメインキャラに任せる他ない。

 私に出来るのは、予想され得る窮地に可能な限り対応することだけである。

 具体的には、巨人を殺す。

 死なない為に殺す。

 少しでも未来の展開に有利になるように殺す。

 絶対上位の敵キャラとして登場する他の巨人に対抗する為に殺しまくって、慣れる。

 多分、将来役に立つはずだから、それを繰り返し、経験を積み重ねておく。

 そんな脳筋じみた答えを導き出した結果、私は兵士となることを選んだのだった。

 

 

 改めて、今一度自己紹介しよう。

 私の名前は『クラリス・ハンニバル』 しがない一兵士である。

 物心つく前に両親を病気で失くし、貧困の子供時代を生き抜き、唐突に訓練兵団へ入ることを決意した。

 以来、私は巨人を殺し続ける日々を送っている。

 最後まで聞いてくれて、ありがとう。

 現在の立場に至る経緯と、その行動の発端となる原因は以上である――。

 

 

 

《現在公開できる情報》――主人公の『現在の』性別は女。前世は不明。

 

 

 

 ――人類の双璧。

 人類の活動領域を守る壁にちなみ、そう呼ばれる二人の兵士がいた。

 

「来たぞ! 調査兵団の主力部隊だ!」

 

 街道に人々の声がこだまする。

 それは巨人の襲来に怯え続ける人類にとって滅多に無い、力強さを秘めた声――歓声だった。

 人々の視線の先を、その希望の象徴が進んでいく。

 

「エルヴィン団長!! 巨人共を蹴散らしてください!」

 

 特に祭り上げられているのは、やはり兵団の中でも突出した英雄性のある者達だった。

 一般の人々は、誰もが分かりやすい外見や雰囲気、肩書きに注視する。

 戦歴、容姿、カリスマ性、そして戦闘力――。

 

「オイ……見ろ!」

「人類最強の兵士『リヴァイ兵士長』だ! 一人で一個旅団並みの戦闘力があるってよ!!」

 

 何処からそういった比較データを持ち出したものか、同じ兵団の訓練生である少年が声高に叫ぶと、それに呼応するように歓声が強まった。

 誰もが憧れと、期待を込めて声を張り上げる。

 絶望的な戦力差があり、恐怖の対象でしかない巨人を逆に駆逐する絶大なる刃――人々にとって、希望の形とはまさにそれだった。

 当の本人は表に出さずに面倒臭そうな様子だったが、その憮然とした表情も周囲の人々は好意的に解釈した。

 人類の双璧――その一方は、まさに彼、リヴァイのことを指している。

 そして――。

 

「ああ、すげえ……本物だ」

 

 リヴァイを称えた訓練兵の少年が、興奮を押し殺して声を洩らした。

 その兵士が視界に入った瞬間、歓声が僅かに収まった。

 そこにあるのは尊敬よりも畏怖の念。

 強力な刃は、見るものに頼もしさと同時に恐れという重圧も与える。

 

「あれが――ハンニバル分隊長。もう一人の人類『最凶』か!」

 

 誰かの言葉を皮切りに、抑えられていた興奮が限界を超え、静まり始めていた歓声はより大きさを増して爆発した。

 視線の先にいる、たった一人の兵士への尊敬、畏怖、信奉、期待――全てを込めて人々は熱狂する。

 人類の双璧と称えられる、リヴァイと並ぶもう一方の生ける伝説。

 その名前を『クラリス・ハンニバル』といった。

 

「……女の人だったんだ」

「おい、アルミン! 何失礼なこと言ってんだ!?」

「いや、だって……ハンニバル分隊長って言ったら、巨人討伐数100を超える『狂戦士』だよ。噂だけ聞いてたら、屈強な男だって想像しちゃうじゃないか」

「あんな綺麗な人を『狂戦士』なんて呼ぶんじゃねえっ!!」

「エ……エレン、声が大きいって……っ!」

 

 街道の真ん中を進む兵団に、訓練兵の少年二人のやりとりは聞こえていた。

 人々の歓声は雑多に交じり合い、それにいちいち反応するような初心な兵士はベテランの調査兵団にはいない。

 しかし、エレンと呼ばれた少年の声に反応して、クラリス当人が不意に視線を向けた。

 

「あ……」

 

 二人同時に息を呑む。

 歴戦にして伝説の兵士が、こちらを見た。

 遠巻きとはいえ、正面から向き合う形になった訓練兵二人がその時抱いた印象は、互いにまた違うものだった。

 馬に騎乗したクラリスは、当然見上げる位置にいる。

 しかし、それを差し引いても女性として長身の部類に入るだろう体格だ。服の上からでも鍛え込まれた体が分かる。

 第一印象として、まず『女性』ではなく『兵士』という認識が先に来る人物であった。

 艶のある黒髪を、一房の短い三つ編みにした髪型だけがほのかな女性らしさを感じさせていた。

 腰つきや胸など、女性らしい特徴的なラインは最低限しか目を惹かない。

 最初に彼女を見た時、何よりも一点がまず目に付くからだ。

 ――クラリスの顔には、口元から左頬にかけて裂けるような傷が刻まれていた。

 

(酷い傷だ……)

 

 アルミンは、ただ純粋に痛ましさを感じた。

 傷というよりも、もはや欠損と表現出来るほど醜い傷痕に対して、まず最初に嫌悪感でなく悲しみや同情を抱く彼の感性には優しさがあった。

 しかし一方で、隣のエレンは全く違った感想を抱いていた。

 

「……綺麗だなぁ」

「へぇっ!?」

「あ……っ、いや! なんでもねえよ!」

 

 アルミンが上げた間の抜けた声を聞いて、エレンは顔を赤くしながら誤魔化した。

 友人の様々な意味で意外な感想に、眼を白黒させながらも、アルミンは気付く。

 傍らのもう一人の友人であり、同じ訓練兵の少女であるミカサの眼つきが物凄いことになっていることを。

 

「あ、あのね、エレン……」

「あっ!」

 

 慌てた様子のアルミンを無視して、エレンが思わず声を上げる。

 彼の呟きが聞こえたのか、歩みは止めずに立ち去りながらも、視線を離す間際にクラリスは軽く手を振ったのだ。

 そして、エレンは確かに見た。

 彼女が、自分に小さく笑いかけたのを。

 

「……おい、見たか? アルミン、見たか!? あの人、今笑ったよな!? 俺に向かって笑い掛けたよな!!」

「いや、よく分からなかったけど……とりあえずさ」

「俺なんかを目に掛けてくれたんだぜ! やっべぇ、すげえ感動だ! 俺、あのハンニバル分隊長の笑顔を見ちゃったんだ!」

「とりあえずさ、エレン!」

「あぁ、なんだよ?」

「……ミカサが物凄い顔付きになってるから落ち着いて」

「あれ? 本当だ。どうしたんだ、ミカサ。そんな人殺しそうな顔して」

「……」

 

 エレン・イェーガー訓練兵。

 彼は正規の兵士に採用されて再びクラリス・ハンニバル本人と対面するまで、仲間内でこの時の体験を事あるごとに自慢するようになる――。

 

 

 

《現在公開できる情報》――主人公は特殊な能力を持たないが、身体能力においてこの世界の人間の規格を超えている。

 

 

 

「――ファンサービスとはらしくねぇな、クラリス」

 

 いつの間にかリヴァイが私の隣に並んで馬を歩かせていた。

 どうやら、原作の主人公であるエレンを見つけた興奮から、思わず手を振ってしまったのを見られていたらしい。

 潔癖症なのは知ってるけど、そこまで目敏くならんでもいいのに。

 いや、しかし。この世界にも馴染んで、最大の脅威である巨人との死闘を何度も繰り広げ、すっかりスレてしまったと思った自分にこんなミーハーな感情が残っていたとは驚きだ。

 エレンの他にミカサとアルミンという『進撃の巨人』のメインキャラとも言える三人を偶然見つけた時に私が感じたものは、純粋な喜びと興味だった。

 私は照れ隠しであることを悟られないように、表面上は平静を装いながら、リヴァイを先へ促した。

 

「隊列が乱れる」

「……ふん」

 

 リヴァイは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、黙って元の位置へ戻っていった。

 まあ、神経質そうな仏頂面なのは普段からなのだが、今回は本当に不機嫌だったみたいね。

 それもこれも私が言葉少ないからだろう。

 私の顔には、巨人との戦いで立体機動中に頬を擦って負傷してしまった痕がある。

 これのせいで、私は普段から自然とあまり喋らないようになってしまっていた。

 表面だけの傷なので、滑舌に影響は無いのだが、口を動かすと当然傷の見え方も変化して目立つのだ。

 これが仲間内では非常に評判が悪い。

 目立つっつーか、要するに動く様が気味悪いらしい。私が女であるせいか、異性からはより痛々しく見えると気も遣われてしまう。

 私個人としては生活に支障は無いし、見た目に関してはトリコのゼブラみたいでむしろカッコいいとすら思っていのだが……。

 とにかく、この傷が原因で顔付きが恐ろしげに見え、どうも私は『冷徹にして寡黙な狂戦士』とか評されているらしい。

 余計なことを考えず、とにかく巨人をぶっ殺しまくる――この行動指針に従って、調査兵団に入ってから行動し続けた結果でもあった。

 気が付けば、こうして原作でも最強キャラであるリヴァイ兵士長と肩を並べている現状である。

 正直、気後れしてしまうような状況だ。

 いや、人類に逃げ場が無い以上、この立場から逃げようなんて考えは毛頭ないんだけどね。

 他の転生系主人公みたいに、事なかれ主義でメインキャラから遠ざかったり、目立たない努力したりする余地なんて無いんだから。

 それでも、なんつーか……過分だろ、今の立場は。私の器的に考えて。

 いつの間にか『人類の双璧』とかリヴァイ兵士長と同格に扱われてるし、否が応にもこれから始まるだろう『進撃の巨人』のストーリーのメインを突っ走らざるを得ない立場である。単純な一戦力として。

 

 ――既に、全ての『始まり』は終わっている。五年前に、三重の壁の内一枚が破られた。

 

 私達がこれから向かう先は、たった五年前まで人類の領域であった、そして今は巨人の支配地となった場所だ。

 目的は街の奪還。つまり、巨人の駆逐だ。

 致死率の高い任務に、周囲の兵士達の多くは緊張と恐怖に顔を強張らせている。

 誰もが恐ろしいのだ。

 それは、私も例外ではない。

 今回の任務に限らず、巨人の領域で活動する調査兵団に入って以来、私は幾度と無く戦った。

 そうして生き残った結果が数多くの巨人討伐数なのだが、だからといって戦いに慣れることは無い。

 ましてや、慢心や楽観など欠片も抱くはずがない。

 私は、いずれ壁を破った超大型巨人や鎧の巨人などの更に強い敵とも戦うはめになると知っているからだ。

 こんな普通の巨人を何百匹殺したところで、何の安心も得られない。

 常に緊張感は消えないのだった。

 ……と、まあ。これが世間から『恐れを知らぬ勇猛果敢な兵士』と称えられている女の実態ですよ。

 うん、やっぱ私の器じゃないよ。リヴァイと並べられるような評価とか。

 任務の前に毎度の如く自分を顧みて、決まって憂鬱になりながらも、私達調査兵団は門を潜った。

 シンキングタイムは終了である。

 ここから先は、文字通りの地獄だ。

 何処から巨人の襲撃があるかも分からない。そして、その死地へ自ら踏み込んでいかなければならない。

 

「各分隊に分かれろ」

 

 目標となる最初の市街地を視界に納め、リヴァイが指示を出した。

 視線が私の方を向く。

 

「切り込め、ハンニバル」

「了解」

 

 ――可能な限り巨人との戦闘は避ける。

 調査兵団が壁外調査を行う上での行動方針がこれであるから、リヴァイの指示がどれだけ残酷か誰もが分かっているだろう。

 しかし、これが無謀な命令ではなく、私とその部隊への信頼であることも理解している。

 これが私の任されている部隊の『特性』だからだ。

 

「各員、準備は完了しました。よろしいですか、分隊長」

 

 私の補佐をする部下の一人が尋ねてくる。

 振り返って顔を見るが、雑多に記憶に残っている名前と顔が一致しない。新しく編入された兵士のようだ。

 消耗率が激しすぎて、部下が次々と入れ替わる。

 酷なようだが、それらをいちいち最初から覚えていては苦労するし、私の精神衛生上もよろしくない。

 目の前の部下も、今回の任務が終わっても生き残っていたら改めて名前を覚えるとしよう。

 私はいつものように、実戦の恐怖と緊張感を消す為に、記憶の中からある人物像を引っ張り出して、それを顔に貼り付けた。

 

「よろしい?」

 

 私は、脳内に思い浮かべた人物に倣ってわざと訊き返す。

 

「よろしくないわけでもあるのか? 命令は出ている。我々は兵士なのだ。断然攻撃あるのみだ。粉砕してやる」

 

 凄む相手を間違えているんじゃないのって感じに、私はほとんど漫画から丸パクリした台詞を部下にぶつけた。

 しかし、巨人という常軌を逸した敵との戦いに際して、こちらもまた戦闘の狂気によって体を突き動かすのは効果的なはずだ。

 それは、長年この方法で戦いを切り抜けてきた私が一番実感している。

 普段の無口なキャラとのギャップが酷すぎると周りから不審に思われてるだろうとは思うが、私は自重しなかった。いや、出来なかった。

 脳裏に浮かべる人物像を『演じる』ことに没頭した私は、息を呑む部下の様子を無視して、既に人格を切り替えている。

 

「総員、突撃にぃ、移れェッ!」

 

 先頭を走る私に従って、分隊が鬨の声を上げて突撃を始めた。

 巨人と戦う際に最もネックとなる恐怖を、私の扇動する狂気によって塗り潰している。

 先にも述べたが、私は自分の立場が器に合っていないと自覚している。

 一兵士として単純に巨人を殺し回るだけの方が気楽でいい。しかし、現実として偉くなってしまった私は部下を率いなくてはならない。

 具体的な指示以外にも、恐怖に駆られる彼らを上手く操作する為に必要な話術やカリスマ性といったものを持たない私は、この方法を選んだ。

 すなわち、前世の知識にある実在や架空の中の優秀な指揮官達の言動を模倣するということである。

 幸か不幸か、その方法は成果を上げた。

 その結果得たものが、私自身の評価と、そんな分隊長に率いられる『調査兵団随一の戦闘力と勇猛さを備える突撃分隊』という周囲の認識だった。

 私の分隊の戦果が周囲に称賛されるたび、それを向ける相手が間違っていることに口を閉ざしながら、私はつくづく思うのである。

 フィクションの中の英雄は、他のフィクションの中でもやはり英雄足り得るのだと――。

 

 

 

《現在公開できる情報》――主人公が倣っている指揮官は『新城直衛』 小説およびそれを原作とする漫画『皇国の守護者』が出典である。

 

 

 

 リヴァイはクラリス・ハンニバルを任務外では『クラリス』と呼ぶ。

 しかし、任務中は必ず『ハンニバル』としか呼ばない。

 その違いの意味が何なのか、本人以外は知る由もなかった。

 

『総員、突撃にぃ、移れェッ!』

 

 真正面から巨人に突っ込むクラリスの部隊を見送りながら、リヴァイは回り込むように前進を続けた。

 複雑な思考を挟む余地も無く、これはクラリス達を囮にした作戦行動である。

 単純明快にして、冷徹無慈悲な戦法――しかし、そこには兵士達全員の『信頼』という下地があった。

 

(いつも通りだ――)

 

 死地に突っ込んでいくクラリスの背中を見送りながら、リヴァイは落ち着き払っていた。

 兵士長という立場ゆえに、多くの部下に様々な命令を下してきたが、その後でこうまで胸が騒がないのは彼女だけだった。

 

(絶対に死なない兵士など存在しねぇ。どんなベテランでも死ぬ時は死ぬ、巨人との戦いはそういうもんだ)

 

 先陣を切ったクラリスが最初の標的と接触した。

 生死を分ける一瞬。緊迫の頂点。

 しかし、リヴァイはその結果を見届けることなどしなかった。

 

(だが――)

 

 地響きが鳴る。

 見るまでもない、クラリスに瞬殺された巨人が地に倒れ伏した音だ。

 

(お前はそんな可愛げのある存在じゃねぇ)

 

 建物が死角となって、クラリスの分隊が戦っている様は見えない。

 しかし、声は絶えることなく聞こえていた。

 兵士達の雄叫びだ。

 勇ましく、狂気すら孕んだ凶暴な戦いの声が上がっている。

 戦力差において絶望的である巨人との戦いは、恐怖との戦いでもある。兵士達の叫びは戦場で常に絶えない。

 ただ、戦い慣れた者の耳には、この戦いの声は違和感のあるものとして聞こえているだろう。

 悲鳴が聞こえないのだ。

 断末魔の叫びこそ聞こえるものの、助けを呼ぶ者、無念を喚く者、悪態――戦意を喪失した兵士の声が一つとして聞こえない。

 誰も彼もが最期の瞬間まで戦いに挑んで、敵を殺し、そして殺されていく。

 

 ――調査兵団随一の戦闘力と勇猛さを備える突撃分隊。

 

 その実態は、恐怖を狂気で塗り潰したかりそめの狂戦士の集団だ。

 そして、そんな彼らを率いて死地に駆り立てるのがクラリス・ハンニバルだった。

 

(怖い奴だよ、クラリス。お前は――)

 

 リヴァイにとって、一目置く価値のある兵士は数人いるが、その中でも特に大きな存在の一つが彼女だった。

 単純な仲間としての信頼とは違う、畏怖があった。

 クラリス・ハンニバル――かつては調査兵団の団長だった女だ。

 自分よりも戦歴のある兵士である。順調に出世していけば、今頃こんな前線に立ってはいない。

 しかし、彼女は今でもこうして調査兵団に在籍している。

 戦果が無いわけでも、失敗を続けたわけでもない。

 むしろ、彼女自身は異常とも言えるほどの功績を残している。

 単体での巨人討伐数もさることながら、得体の知れない扇動力によって部下を巧みに狂気に駆り立てて、最大限の戦力を発揮させる。

 それまで高い死亡率を出していた調査兵団が、彼女が団長となることで幾らか生存率を上げ、それ以上に多大な戦果を叩き出した。

 欠点といえば、その指揮の性質上、兵士の消耗率をそれほど下げられなかったことだが、それさえも効率を考えれば十分過ぎるほどプラスとなる成果を出している。

 彼女は兵士を死なせるのが上手い――そう、陰口を叩く者もあった。

 しかし、リヴァイを含む一部の理解ある者達はそれらの評価を封殺した。

 巨人と戦ったことのある者だけが分かる。

 犠牲の避けられない戦いにおいて、最も忌むべきものは戦果無き犠牲であることだ。

 彼女の指揮下に入る者は皆、『この団長の下ならば、きっと生き残れる』といった希望ではなく、『この団長ならば、自分を無駄死にはさせない』という信頼を抱いていた。

 彼女の戦う姿には、一体何処から来ているのか分からない、奇妙な求心力がある。

 

(それだけの戦闘力を持ちながら、慢心しない。油断もしない。十分脅威である巨人を前にしても、更にそれ以上の脅威を想像しているように見える)

 

 クラリスの言動には、意図の読めない深遠さがあると感じていた。

 それはエルヴィン団長とはまた違う、得体の知れない感覚だった。

 巨人を殺す為に最大効率を発揮し続ける言動。

 まだ新兵に過ぎなかった自分が台頭し始めた時期に、あっさりと団長の座を降りて、当然のように兵団の指揮を譲った判断。

 経験で勝りながらも、全ての指揮において奇妙なほど向けられる自分やエルヴィンへの絶対の信頼。

 そして、それら全てが結果的に正しかったと現在まで証明し続けている事実――。

 

(お前は何を見ていやがる? 何処まで先を見通してやがるんだ、クラリス……)

 

 リヴァイがクラリスに抱く感情は、ただ信頼だけに留まるものではない。

 不審、畏怖、そして期待。

 ただ一つ確かなことは、彼女を肩を並べる仲間として認めていることだけだった。

 

(まあいいさ)

 

 そして、リヴァイはいつも同じ結論に達する。

 

(お前の持つ得体の知れない何かが、俺達人間の『武器』となっている内は、これ以上頼もしいことはない――)

 

 一際大きな音が響いた。

 急所を切り裂かれた巨人が絶命し、建物に倒れ込んだ音だ。

 しかも、一体だけではない。二体同時、そしてすぐさま三体目が続き、四体目が――。

 戦場を迂回していたリヴァイ達の部隊は、巨人の傍を人影が高速で飛び抜け、それがすれ違った瞬間に巨人が絶命していく様を目撃した。

 

「へ、兵士長……っ!」

「ああ、ハンニバルだ。いい位置を取ったみたいだな」

 

 まるでただの棒切れを倒していくように、瞬く間に巨人を葬るクラリスの姿を見た新兵が戦慄の声を洩らした。

 体格差のある巨人相手には、どれだけ早く、適切な急所までのルートを確保出来るかが重要になる。

 故意か偶然か、クラリスはその判断と行動を絶妙なタイミングで一致させ、最大の戦果を叩き出したのだ。

 一体の討伐にも必ず犠牲が出ると言われる巨人を、たった一人の兵士が次々と葬り去っていく。

 それは、エースと呼ぶにはあまりにも荒々しく、恐ろしい姿だった。

 

「怖いか?」

 

 初めて見るクラリスの戦いぶりに絶句する新兵へ、あえて尋ねる。

 

「俺は怖い」

 

 リヴァイは仏頂面のまま続けた。

 

「なら、きっと一番ビビってるのは敵対している巨人どもだろうぜ」

「は……ははっ」

 

 リヴァイの言葉を気の利いたジョークとでも受け取ったのか、新兵は引き攣った笑みを浮かべた。

 そして、その笑みはやがて獰猛な獣のそれへと摩り替わっていく。

 初の実戦に怯える心は、クラリスの勇姿によって強烈に鼓舞され、戦いの狂気へと駆り立てられていく。

 その様を確認すると、リヴァイは改めて自らの成すべき任務に意識を集中させた。

 

「横合いから奇襲を掛ける。各員、立体機動に移れ!」

 

 凶暴な牙を連想させるクラリスとは相反するように、冷酷な刃と化してリヴァイは巨人の群れへ切り込んでいった。

 

 

 

《現在公開できる情報》――主人公の分隊はその特性上最も隊員数が多く、最も損耗が激しい。しかし、最も戦果の大きな隊である。

 

 

 

(速い! 速すぎる……っ!)

 

 その兵士は、必死の思いでクラリスに追い縋った。

 彼は今回初めてこの分隊に編入された兵士だったが、自分達の分隊長のことに関しては、既存の隊員達から聞いていた。

 

 ――曰く、彼女に関する全ての噂は本当である。

 

 ハンニバル分隊長は狂戦士。巨人を恐れず、駆逐する。

 そして、戦場の彼女は、日常生活の中で見る姿からは想像もつかないような変貌を遂げる、と。

 

「分隊長、止まってください! 分隊長!!」

 

 進路上の巨人は、全て漏らすことなくクラリスが殺してしまっている。

 邪魔をする者は無く、ただ追いかけているだけだ。使用している立体機動装置にも性能の差など無いはずだった。

 それでも、追い着けない。

 制止の声も届いていないのか、結局ガス切れによってクラリスが屋根の上で止まった所で、ようやく彼は追いついた。

 

「分隊長、聞いて下さいっ!」

「ガスが切れた。予備は何処だ?」

「今、お渡しします。しかし、戦闘は中止です」

「まだ巨人が残っている」

「退却命令が出たんです!」

「殺す! まだ殺す!!」

 

 抗おうとするクラリスの肩を抑えた瞬間、振り返り様に激昂した彼女の視線が兵士を射抜いた。

 恐怖と共に、奇妙な納得が彼の中に生まれた。

 ――なるほど、これは確かに変貌だ。

 普段の静かな物腰からは想像も出来ない。彼女の異名の由来である狂気が溢れ出ているのが、今やはっきりと分かる。

 まるで別人だった。

 巨人との戦いに際して、恐怖を抱くどころか、一体何処からこれほどまでの戦意と殺意を湧き上がらせているのか。

 彼女は当たり前のように(・・・・・・・)巨人を恐れていない。

 まるで別世界の住人だった。

 彼女が自分達一般的な人間と同じ目線で物を見ているとは、とても思えない。

 それに対して畏怖を覚える。

 しかし、それ以上に――。

 

「巨人が街を目指して、一斉に北上し始めたそうです!」

 

 クラリスの狂気に圧し負けぬように、彼は腹の底から声を絞り出した。

 

「……壁が破壊されたか」

「えっ!? あ、いや……それは分かりません! とにかく、エルヴィン団長から、全隊へ退却命令が出ました」

 

 唐突に狂気が消え去り、理性的な反応が返ってきたことに兵士は動揺した。

 つい先程まで荒れ狂っていた狂戦士としての相貌は消え失せ、普段の冷静な物腰が戻っている。

 あまりのギャップに、一瞬ついていけなかった。

 

「あの……分隊長?」

「すぐに退却する」

 

 戸惑う間に、立体機動装置のガスの補充を終えてしまう。

 そうして退却のルートを進み始めるクラリスの行動に、躊躇いは一切見えなかった。

 先程まで漲っていた戦意や、巨人への執着は何処へ行ってしまったのか。

 冷静な判断力と言えば、それまでだが――。

 遠ざかっていくクラリスの背中を慌てて追いながら、彼は不思議な気分を味わっていた。

 

(……分からない人だ)

 

 巨人と共に戦う味方として頼もしさを感じる反面、その狂気は肩を並べる上で恐れにも繋がる。

 どう判断していいのか、人物像がイマイチ掴めない。

 しかし、ただ一つ確かなことは――。

 

(この人は、焦がれるほどに力強い。強烈なまでの存在感がある)

 

 次々と仲間が食われていく巨人との戦いの中。兵士としての義務感と人間としての恐怖の板挟みになってワケが分からなくなった状況で、ただひたすら眩しく輝いて、曇った瞳に焼き付く。

 それは希望の光などという生易しいものではなく、禍々しく燃える業火のようなものだった。

 その熱は、人の身でありながら巨人さえも飲み込んで灰にしてしまいそうなほど力強く感じる。

 恐怖も何もかも忘れて、その炎に身を焦がしてしまいたくなるような衝動に駆られてしまう。

 おそらくそれが、彼女が率いる兵士達が見せる『狂気に駆り立てられた姿』なのだろう。

 

(正気ではない。この人に率いられれば、誰も彼もそうして死にに往くのだ)

 

 ――しかし、それは他の兵士達のように、ただ巨人に貪り食われて死ぬよりも、はるかに上等なことではないか?

 

(そして、この人が持つものは狂気だけではない。ごく普通の一面も持っている)

 

 まるで人格を切り替えているのではないかと思えるような二面性。

 狂気の炎が消え去った後には、驚くほど穏やかな人柄が垣間見えるのだ。

 一体、どちらが本当の彼女の姿なのだろうか?

 疑問は尽きない。

 また、不思議と心配にもなってくる。

 

(この人が巨人に殺される姿など、想像することすらおこがましい。しかし、何だか妙に放っておけない気もしてくる)

 

 それが、二つの顔のギャップによるものなのかは分からない。

 ワケが分からないが、その分からなさが、彼に自然と笑みを浮かべさせていた。

 

(考えるのは無駄だな。とりあえず、この人を補佐していこう。この命尽きるまで)

 

 その兵士は、こうして結論に行き着いた。

 彼はその決意通り、最期の瞬間までクラリス・ハンニバルの補佐に尽くすことになる。

 彼女の部下達が、そうして死んでいったように――。

 

 

 

《現在公開できる情報》――主人公の分隊へは、調査兵団内から希望者を募って編入される。希望者は何故か多い。

 

 

 

 ……また、やってしまった。

 戦いの際に倣っている人物像にのめり込み過ぎてしまい、つい暴走してしまうのが私の欠点だ。

 今回も原作の新城さんよろしく、闘争の狂気に駆り立てられて、なんか凄い台詞を口走ってしまった。

 殺す殺す連呼しまくって、呼びに来てくれた兵士君がドン引きしていないか心配だ。

 まあ、指揮官として恐れられるのは間違いではないんだけどね。当の新城さんもやってたし。

 初めての実戦の時、巨人への恐怖を誤魔化す為に漫画のキャラの言動を模倣してみたのだが、これが存外上手くいき、実戦のたびに繰り返している内にすっかり定着してしまったのである。

 慣れた今では切り替えは完璧なのだが、代わりに倣ったキャラに没頭しすぎてしまう弊害も増えた。

 かといって、まともな神経では巨人と戦えないしなぁ。

 私だって生きたまま食われたくない。

 そんな無残な未来を想像するよりも、別のことを思い浮かべながら戦った方が精神衛生上も宜しい。

 

 ――例えば、巨人以外にもっと恐ろしい敵を思い浮かべること。

 

 他の漫画に出てくる『BETA』とか『バイド』とか、残酷さでは負けていない奴らは他にもいる。

 そういう奴らと戦うよりかはマシじゃないか――と、そんな感じに自分に言い聞かせながら戦っているのだ。

 どっちがマシもクソもねぇと思うが、巨人だけが怖い敵じゃないと思えば、幾らか余裕も出てくるものである。

 そんな感じに、あの手この手を尽くして巨人を殺すことだけに集中していたが、報告を受けて私は我に返った。

 突然の退却命令。

 普通ならば不可解に思うだろうが、私には一つの予想が浮かんでいた。

 この時期的に考えて、超大型巨人の再来が考えられる。

 だとしたら、これは事態の大きな転換期となるだろう。

 エレン・イェーガーを中心として、人類を取り囲む状況は大きく変化する。

 

「――! ハンニバル、来たか」

「すまない、遅れた」

「いや、十分速い。他の分隊がまだだ」

 

 街へ向かう途中でリヴァイ達とも合流する。

 

「私達だけでも先行して、街へ向かうべきだと思う」

「……お前の進言は珍しいな。まあ、いいだろう。その判断もありだ」

 

 リヴァイ自身も迷っていたらしい判断を、私の言葉が後押しする形で街へ向かうことが決まった。

 うーん、言ってみるもんだな。

 私からしてみれば、原作の功績を知っている分、自分よりもリヴァイやエルヴィンの判断の方が優先されるんだが。

 聞けば、私達の分隊がハッスルしすぎた影響で、予想以上にこの場の巨人は数を減らしていたらしい。

 分散しても退却は可能だと判断された。

 ならば、戦闘力の高い私やリヴァイが一刻も早く現場に向かうことも重要だ、と。

 指揮官のお墨付きももらった私達は、事態の展開する市街地に向けて馬を急がせたのだった。

 

 ――この先で、人類の希望なのか絶望なのか分からない物事が大きく動き出していることを、私だけが知っている。

 




非常に二次創作が書きづらい原作でしたが、あえて書きました。
あと、二、三話くらいは書いてみたいですけど、続くかどうかはわしにも分からぬ……。

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