episode.1 夢を渡る世界
2051年、日本。
全ての水準が向上する中、最も科学が発展した、そんな時代。
かつては叶わなかったことも叶うようになった。
そんな時代に、一つの旋風を巻き起こした画期的なシステムが生まれていた。
《人が見る“夢”を利用し、異世界へと渡る》。
その名も、《ドリームクロス》。通称DC。
まさしく《夢物語》のような出来事を人々は実現させた。
だが、それは研究者たちが発案したのではない。
発案者は、あどけなさを充分に残す通りすがりの、ごく普通の少年であった。
***
失礼します、とドアが開けられた。
「伸彦様、おはようございます。起床のお時間でございます」
入ってきたのは、小さく、しかしきちんと手入れされた髭をたくわえた初老の男性だった。
男性が視線を向ける先には、ベッドの淵に腰掛け、頬杖をついてボーッとしている少年。
「伸彦様」
男性が再度声を掛ける。
「………はい」
暫く間が空いてからようやく返事が返ってきた。
「今日も良い天気ですよ。さあ、朝食の準備も出来ております。お早めに降りてきてください」
語りかける男性の目は優しさに溢れていた。
しかし、それを受ける少年の目は暗く沈んでいた。
「………分かった、竹宮さん」
少年がポツリと呟く。
竹宮と呼ばれた男性はそれ以上何も言わず部屋を出て行った。
少年はゆっくりと起き上がった。
閉め切られたカーテンを勢いよく開け放つ。途端溢れる光に思わず目を細める。
窓の外に広がる世界は、とても輝いていた。
少年はそれを羨ましく感じていた。
「――――光、か」
少年―――黒川伸彦の一日はこうして始まる。
伸彦の家はとても裕福だ。
正確には、とても裕福になってしまった。
その原因は伸彦にあった。
七年前、母親とともに街を歩いていた彼は、その日見た夢の話をしていた。
それがどんな話だったかはもうあやふやになっている。
ただそれを話す伸彦は笑顔であり、母親も微笑んで聞いていた。
そして彼は話し終わり、最後にこう呟いたのだ。
『あーあ、夢がホントになったら、僕もあんな風にかっこよくなれるのになぁ』
それを偶然聞いた者がいた。
それが後にドリームクロスの第一人者と呼ばれる科学者の男だった。
伸彦の呟きを耳にし、咄嗟に閃いた男は、あまりの衝撃の為に思わず伸彦の肩を掴んでいた。
君の言葉が世界を覆すかもしれない、とても素晴らしいヒントだ、そんな言葉を目を輝かせながら並べていった。
いきなり話しかけられた二人は心底驚いた。
母親は男が科学者であると分かると、途端に表情を変えた。
この子がお役に立てるのならぜひ協力したい、と伸彦に代わって受け答えを始めた。
蚊帳の外に置かれた伸彦は、ただ呆然としていた。
しかし、伸彦自身は言い表せぬ恐怖を感じていた。
獲物を前にした獣のような科学者。
獣の近くで媚びへつらう母親。
恐怖が全身を包む中、母親に訴えようとした。
しかし、気付いてくれなかった。
伸彦はその時初めて他者に対する疑心感を学んだ。
明るい笑顔に溢れていた伸彦の周りを、どす黒い何かで満たされていくような気がして。
伸彦から、信じるという光が段々と消えていった。
少し変わったチャイムが鳴った。
それと同時に伸彦の意識が現実に戻った。
今日の授業が終わりを告げる。
と言っても、伸彦にやることは特にない。部活も入っておらず、いわゆる帰宅部である。
寄り道をしてもいいが行く当てもなく、かと言って真っ直ぐ帰るのも何だか嫌だった。
「何考えてんの?」
そこに一人の少女が近付いてきた。
「利香…何でもない。部活?」
「まあね。今年も顧問が張り切ってるし、私も優勝したいし」
そう言って利香はニカッと笑った。
彼女、松嶋利香は伸彦と幼馴染で家も近所。
昔からよく一緒にいる間柄で、伸彦のことを誰よりも理解していると伸彦自身で思っている。
だからこそ、彼女にはまだ本音を出せている。
また空手部である彼女はやる気満々の顧問の元、全国レベルの実力を身に着けている。そういう意味でも頼りになる人であった。
「暇だったら、ちょっと頼まれてくれない?」
いきなりそう持ち掛けられた。
「何を」
「これ、美希に借りてたんだけど返してきてもらえない? わたしすぐ来いって言われてて」
そう言って一冊のノートを差し出した。
「…明日じゃ駄目なの」
「今日返すって言ってあるからさ、ね!」
この通り、と両手を合わせて頭を下げる。
利香はこうやって何かと伸彦を人と関わらせようとしている。何をやっても無駄なのだが。
しかし人との約束を破るというのも後味が悪いのも確かである。
数十秒考え、苦渋の決断を下した。
「……分かった。隣のクラスの寺門さんでしょ」
「ありがとー! じゃよろしく!」
利香は伸彦の両手にノートを押し付け、勢いよく去っていった。
その速さに呆気に取られたが、すぐ気を取り直し片付けてしまうことにした。
はずだった。
「……何でこうなるかな…」
伸彦は心底ついてないというようにぼやいた。
そんな伸彦に舐めるような視線で睨みつける男子生徒たちがいた。一人が近付き更に睨んでくる。
「あァん? 何か言ったか?」
「……ノート返したいだけなのに…」
伸彦は大きく溜め息をついた。
そこに恐怖はなかった。むしろ慣れていた。
各家庭に必ずと言うほど購入されているDCのお陰で、伸彦はお金持ちである。
当然手中に収め財源としようとする連中も現れる。幾ら時代が変わっても、そんな連中は尽きてはいなかった。
「取り敢えずさ、これぐらいくれよ」
今周りを取り囲むグループのリーダーが指を五本立てた。
それは五百円でも五千円でもなく、五万円、いやそれ以上を指していることは理解している。
「僕はそんな金持ってない」
伸彦は嫌そうな雰囲気を出して反論した。
その後に拳が飛んでくることを分かっていながら。
案の定飛んできた。
しかし届かなかった。
その拳は、乱入者の手のひらによって寸でのところで止められていたからだ。
「全く懲りねぇなあ、お前ら。喧嘩なら別のところでやってろ―――殴られたくなきゃな」
乱入者のひと睨みでようやく拳を下ろした。
「チッ、行くぞ」
リーダーが指示を出しすごすごと退散する彼らを目端で捉えながら、乱入者に向き直った。
「ありがとう、渓也」
「気にすんなって。お前も大変だな、ノブ」
ドン、と伸彦の背中を強めに叩き、渓也は笑って見せた。
利香と同じく本音を話せている彼、佐久間渓也は喧嘩っ早く人情深い。
何かと絡まれる伸彦を助けて以来、お互いに気に掛け合う仲となっていた。
今では友人という言葉も使えるほどに仲良くなっている。
「あ、ノート返さないと」
「ん? お前が誰かに借りたのか?」
「違う、利香に押し付けられたんだ。返してきてって」
伸彦は嫌そうな顔をしたが、渓也は反対に笑っていた。
「何だよそう言うことか」
「…渓也?」
「何でもねえって。早く行ってこいよ、待ってっから」
「………。分かった」
煮え切らない部分を残しつつ、伸彦は本来の目的に戻ることにした。
そんな伸彦を渓也も複雑な目で見ていた。
***
「……今日も変わらなかった」
夜。
ベッドに寝転がり、呟いた。
また一日が過ぎた。変わらない日々が。
伸彦が人を信じられなくなってから、七年ほどが経つだろうか。
相変わらず、研究者たちは伸彦に会うたびにぺこぺこ頭を下げていく。上辺だけの言葉を並べ作った笑みを浮かべる。
学校では金をたかり、畏怖し、軽蔑する者もいる始末。
七年前から変わらない日常。
「……あーあ」
伸彦自身この日常に飽きていた。
逸れたいと思っている。
逃れたいのに、逃れられない。
糸にがんじがらめにされているかの如く、変えることが出来ないのだ。
人を疑い、堕落した自分から、抜け出したいのに。
―――人は、変われない。
大きく反動をつけて寝返った。
ふと、その視線の先に映ったものがひとつ。
《ドリームクロス》。
特定の異世界に移動するためのカードを用いた小型の据え置き機。
――――何処でもいい、どこか別の場所へ。
僕の知らない、誰かの夢見た世界へ。
気付けば手が伸びていた。
チューナーと呼ばれる本体の電源を入れ、プラグを身体へと繋げた。
セットするカードを選ぼうと手が動き、宙で止まった。
何処でもいいなら、何処にも選ばない。
カードセットを止め、“何も”差さずベッドに寝転がった。
チューナーのスタートボタンを押す。
カードをセットしていない時点で、電源を入れても『ERROR』と出るのが普通だった。
だが。
誰かの夢に導かれ、伸彦の意識は遠退いていった。
という訳で、一日に二話投稿させていただきました。
今度挿絵載せれたらいいなぁ…
実はまだ二つほど溜め込んでいる作品があります。
ポケスペの方が一段落していないのに…なんて思っていましたが、煮え切らなくなったので載せちゃいました。
前みたいな中途半端に終わらせない!
なので、今後ともよろしく。
P.S. 活動報告を更新します。