久しぶりのクロウたちをお楽しみください。
(そして短いです)
「さて、お前らが魔法具を手にしたってことは、つまり昇級演武に出る必要がある」
開口一番、ガウストが宣言した。
「「「しょうきゅうえんぶ??」」」
当然三人は首を傾げた。
「魔法士や拳闘士ってのがいるってのは話したよな? それらには個別に格付けがされるんだ。昇級演武ってのはそれを決めるものさ」
「格付け?」
魔法士とは職業だと言う。
つまりは上司と部下、といった関係を表すためだろうか。
「格付けによって受けられる仕事が変わったり、報酬が変わったりする。それがなけりゃ仕事出来ないことだってある」
ガウストが真剣な趣きで告げる。
「つまり…その昇級演武ってのに出ないと…」
ティムがクロウの思考を口にして、ごくりと固唾を飲んだ。
「ま、飢え死にするな」
三人の気持ちとは裏腹に、ガウストはあっけらかんと答えた。
クロウたちはそれぞれ違う形で「ぐはぁ…」と項垂れる。
いきなり異世界に飛ばされ、知識も金もない状態で生き延びるのは困難だ。是が非でもそれは避けねばならない。
「結局、それに出て結構いい成績を残せばいいってこと?」
「まあそう言うことだ」
ざっくりとしたリルカの言葉にガウストは頷いた。
「でも、具体的に何をするの?」
「端的に言えば《バトル》だ。何人かで闘技場に出て戦い、その時の力で判別される」
「判別、ということは、誰かが見ているのか」
クロウが質問する。
「《評議会》って言うんだ。魔法士や拳闘士たちだけじゃねぇ、俺らみたいな一般人も管理してる」
「管理って…また嫌な響きするやつじゃねぇの」
あからさまにティムが嫌な顔をする。何かに縛られたりするのを好まないティムらしさではあるが、今回ばかりはそうも言ってられない。
全ては生き残るためである。
「まあお前らは、それなりに腕に自信あるみてぇだし何とかなんだろ。――――大会まではあと二週間ある。それぞれやりたいように鍛えるこったな」
***
異世界にやってきてから三日。
クロウは、とある山中の湖―――ミルティシア湖の畔に立っていた。
その目は優しく閉じられ、呼吸は深くしっかりとしている。前に突き出された両手には、杖状に伸びた《
「……………」
風が頬を撫でる。
水面がふわりと揺れ、静かな波紋を広げる。
その中で、クロウはひたすらに己の心を澄ましてゆく。
「…………っ」
誰か草を踏む音がした。
それまで一定に保たれていた集中が微かに揺らぎ、すぐに立て直そうとした。
だが、
「そこまで」
別の声によってそれも途切れてしまう。
「ふぅ……、うまくいかないな…」
閉じていた目を開き、溜め息をつく。僅かにだが額には汗も浮かんでいた。
「そう簡単に行くようじゃ、修行とは言わねぇな」
クロウの瞑想を止めた人物――――ガウストが草むらより出てきた。
「とは言え、始めて三日でここまでやれるとは思ってなかった。上出来だ」
「でも、まだすぐに周りに流されてしまって…。あんなに小さい音でもとても気になって」
「だからそう簡単には行かねぇよ。もっと気張れよ」
昇級演武のことを聞いたあと、クロウたちはそれぞれのやり方で強くなるために自主練に入ることとなった。
が、
『お前は俺と山篭りな』
と、抵抗する間もなく見事に首根っこを掴まれそのままずるずると引きづられた。そのときティムとリルカが笑っていたのは鮮明に覚えている。
ミルティシア湖まで連れてきたところでようやく解放されたクロウは、すぐにガウストに真意を尋ねた。
『お前はあいつらの中で一番弱い。それはお前だって分かってるだろ。だが、お前には一番魔力が宿っている。それを俺が使いモンになるようにしてやるってことさ』
自分でもまだよく分からない魔力をガウストが感じた、というのに一応の理解をして、こうして今に至る。
クロウの修行はまず瞑想から始まった。
魔力を集中させ、高めるためにはそれが一番なのだとか。
そしてガウストは瞑想を行うクロウをひたすらに邪魔する。先程の草の音も彼が生んだものだ。ああして音を立てたりして注意を反らせてくる。
「まだ魔力を扱いきれてねぇな。自分の中の流れに身を任せるんだ」
ガウストが少し歯を見せて笑う。漫画風に言うならニヤリともニッコリとも違う、二カリといった感じだ。修行に入ってから気付いたが、彼はいつもこの笑い方をする。
「と言っても、まだ感覚が掴めなくて…」
「だからそれを掴むための瞑想だ。もっとよく感じろ」
ガウストの語気に押され小さく「……はい」と答える。
まだまだ分からないことだらけだが、それでもやるしかない。
そこでふと思った。
自分がここまで頑張って何かを成そうとしているのは、いつ以来だろうかと。
恐らく七年前はそれなりにやっていただろう。だが、あれが現れてからはどこかおざなりになっていた気がする。全てに嫌気がさして中途半端になっていた。
それが今、こうして必死になっている。
生き抜くためとは言え、少し不思議な感慨に囚われた。
思考の中に沈んでいた意識が外部の音に反応する。
ガウストが湖畔に立ち、その全身から魔力を放っているのを感じた。
「さて、そろそろ続きといこうか」
「…はい!」
昇級演武まで、あと十一日。
ゆっくりはしていられない。
クロウは小さく息をはき、一歩踏み出した。
その頃。
バートリーの町外れ。
ガウストの魔法具店に一つの影が現れた。
何度か呼びかけ、返事がないことに少々不満を感じる。その傍らに目を向けると、張り紙と『しばらく休店いたします』の文字。
影はしばしその場に立ち尽くし、やがてもと来た道を歩き出した。
「――――ふぅん。何だか、面白いことが起きそう」
クロウがガウストと修行に暮れる中、リルカやティムもただ‘その日’を待っているわけではない。二人もそれぞれに修行を行うためバートリーの町を離れていた。
「ノブ…大丈夫かな…」
「ガウストなら平気だろ。にしても、あいつのあんな顔、初めて見たな」
ティムの頭には心底驚いた表情を見せながら引き摺られるクロウの姿。
「そう? 昔はあんな顔もしてたよ?」
「昔って…そういやお前幼馴染だったか。ま、それであいつだけ強くなって帰ってくるなんてのは御免だろ」
「まぁね! わたしも修行するよ! それに昇級演武までまだ時間あるのにサボってたなんて知れたら顧問に怒られる 」
「心配事はそっちかよ」
かく言うティムも日頃の喧嘩紛いの剣筋でこの世界を生き延びられることは出来ない。
ちゃんとした師の元につくことは出来ないだろうが、それでも強くならなければ。
「それと、《ノブ》とか言うの禁止な。こっちはオレらの世界じゃねぇんだから」
「あ…そうだね」
ここはもうオレたちの世界ではない。
まるでノブみたいな考え方だ、と思いつつティムはリルカと別れた。
目指すはコラギ山。
ミルティシア湖を山頂に湛えるそこを目指し旅立った。
一方、ティムと別れたリルカは暫くして目的地に到着した。
バートリーの隣町、ベニビアである。
ここにきた目的は大してないのだが、バートリーは修行するには立地が悪く、更には強者と呼ばれる者もいなかった。
なので、別の町へ行けば強い者に会えるかもしれないと考えた。至極単純だが、動かないよりはいい。
(まずは情報かな)
異世界に渡ってしまった彼らの中で一番《架空の存在》に慣れてきたのはリルカである。
ゲームをしているかのように、取り敢えず酒場を探して町をぶらついた。
「にしても…」
ぼそりと呟いた言葉。
続きを口にしかけ、手前で飲み込んだ。
ティムはいなくてもまあ良しとして、クロウが傍にいないのは何かと気掛かりではあった。
(こんなこと考えてるのは変かな…? でも、目を離すとすぐネガティブになるから)
幼い頃に負った傷は未だ癒えていない。幼馴染ともあれば心配しないはずがない。
リルカ自身もクロウから拠り所にされているのを自覚している。
だからこそ、時間があれば彼の側にいたのだ。
ガウストがいい人だと言っても、その点に関してはやっぱり不安が残ってしまっていた。
(うんにゃ! わたしが考えてもどうしようもないもん。ここはすっぱり割り切って修行修行!)
ネガティブに陥りそうなところで気持ちを切り替え、ようやく見つけた酒場へと突撃した。
今やる事は一つ。
強くなることだ。
***
それからあっという間に二週間が過ぎた。
ハードな修行を真面目にこなしでいったクロウは、ガウストが驚くほどの成長ぶりを見せた。
修行をつけたガウストも満足げで「これなら行ける!」と太鼓判を推した。
そして二人は予定より少し早く山を降り、昇級演武が行われる町、リースアスへとやって来た。
あらかじめ決めてあった待ち合わせの酒場に到着すると、リルカとティムは既にそこにいた。
「二人共…早いな」
クロウは少し驚きながら二人を見比べた。
二週間ぶりに会った二人は、別れた時より明らかに逞しく見えた。クロウが山篭りをしている間にも修行に明け暮れていたのだろう。
特にリルカは。
元々引き締まっていた体つきが更に切れ味を増しているように見え、少し身震いをする。
「どうしたの?」
「いや…リルカ、喧嘩は程々にね」
「何よ、ティムじゃあるまいし」
「オレを喧嘩ばっかしてると思うなよ!」
とばっちりを受けたティムもまたどこか違う雰囲気を感じる。
そして最初に気になったことを言ってみた。
「ティム、髪、どうしたんだ?」
クロウの疑問の通り、ティムの髪色が以前と違っていた。
自分と同じ黒髪だったはずの友人はいつの間にか銀髪になっていた。
「んー? イメチェンだよ」
「わたしも最初はびっくりしたよ。久々に会ったらいきなり年取っちゃったんだもん」
「染めたんだよ! オレを年寄りみたくすんな!」
どうやらリルカと別れた後に染めたようだ。今までと印象がガラリと変わり、ちゃらついた感じが一層際立った気がする。
しかし先ほど感じた通り、ティムも鍛えてきたことには変わりないようだ。クロウは段々と不安になってきた。
(僕は、二人に付いていけるだろうか…)
ガウストが太鼓判を推してくれたとは言え、二人の実力は未知数だ。特にリルカは。
空手と日頃の喧嘩で鍛えた体を、どうやったってクロウが越すことなど出来ない。元より運動も得意ではないため、今回の修行もかなり辛いものとなっていた。
せめて足でまといにはなるまい、と思い密かに拳を握った。
「お前らもやる気は十分だな。んじゃ、少し早いがエントリーを済ませちまおう」
そんなクロウの心情を知らず、ガウストが三人を引き連れて店を出た。目先のことに気を取られ三人が忘れていた勘定をクロウが払ったのは別の話。
屋台が立ち並ぶ道を進み、やがて開けた場所に出た。
そこに見えるのは――――
「でっ―――かぁ!」
巨大な壁だった。
いや、よく見れば両端は曲線を描いており、それが筒状になっていることを予想させた。
つまりは、《
「ここが昇級演武の会場《ボツェ・ドゥラス》だ。受付は確か…」
そう言って闘技場の端を指差そうとした時。
「やっと見つけた」
少女の声が耳に届いた。
振り返ってみるとそこにいたのは、肩までの黒い髪、ハーフジャケットのような上着に袖を通し紺のミニスカを履いた‘いかにも’異世界の人間らしい格好をした少女が。
「あ、アホ毛――」
「おい」
リルカが不意に言いかけた言葉をティムが遮る。
初対面の人にそれは失礼だ。
しかもこっちの知識過ぎる。
「おお、お前か。用があったのか」
「まあね。でも、それはもうよくなったわ」
どうやらガウストの知り合いらしい。
だが、話している内容はさっぱり理解出来ない。
「そこの黒髪、私と勝負しなさい」
――――訂正、ほんの少し理解出来た。
この人、絶対おかしい。
びしっとクロウを指差し、堂々とそんな事を言ってのけた少女。
彼女との出会いがクロウたちに大きな影響を与えることは、まだ知らない。