ウソです。
サボってました。
(グシャ! バキッ!)
作者のやられる音がしました。
小動物を抱えた少女はエルシャ・ニルヴァーナと名乗った。
どうやら彼女も魔法士らしいが、シャロンやミッシェルとは違い自己主張の少ない態度に首を傾げていると、
「わ、私、あんまり自信なくて……。でもガウストさんが私を頼ってきてくれて。クロウタスさんたちがまだ中で戦ってるはずって聞いて、私も出来ることをしようと思ったんです」
少しばかり誇張が入ってる気もしないでもないが、要約すればガウストに励まされたということか。人を見る目はある(はずの)ガウストが認めたのならば彼女も相当強いのだろう。そう思って聞いてみると
「私、昇級演武は今回が初めてなんです」
見当はずれの回答が返ってきた。
「じゃあ、僕らと同じなのか」
「クロウタスさん…たち? あの大将になった方とかですか?」
「あ、うん。………」
エルシャの言葉に少し眉根を寄せる。
俯き何か考え出したクロウを心配そうにエルシャが覗き込んだ。
「ど、どうかしたんですか?」
「……ん、えっと……。やっぱりいい」
「?」
喉から出かけた言葉を飲み込み、思考を切り替える。視界の奥の方に敵影を捉えたからだ。
ブローチを起動し杖を握り構えるが、エルシャの左手が目の前まで持ち上げられた。
驚き相手の顔を見ると、先程までのおどおどした雰囲気とは打って変わって真剣な趣きが漂っていた。
「クロウタスさんはここまでかなり消耗してますよね。……ちょっと怖いけど、ここは私がやります」
言葉に若干の乱れが見えたものの、それを聞く間もなく腕に抱えていた小動物を降ろした。
何をするのか見当が付かず、仕方なく一歩身を引きエルシャに譲った。入れ違うように少し重い足取りで前に立ち、魔力を高め始める。
「行くよ、キュー」
「きゅっ!」
「……え、喋った!?」
エルシャは魔力を小動物と共有し始める。それに惹かれるように小動物が小さな光を放ち始め、その姿をみるみる変化させていく。
足元にあった小さな姿は、一メートルを超える大狐へと変貌し、クロウの身長より大きくなった。妖しげな炎を纏いながら優美な足取りでエルシャの隣に並び立つ。
「キュー、お願い!」
「きゅきゅ!」
エルシャの声に答え、六つに分かれた尻尾の先から炎を生み出す。キューと呼ばれた妖狐は向かって来る敵に向け炎を放った。
「うわっつ!? 何だこの炎!」
「くそっ!」
先制された怒りも合わさり、反撃すべく敵も動き出す。だがその前にエルシャも動いていた。
「吠えて──《
エルシャの魔力が形をとり、キューの炎は燃え盛る大型の狼──言うなればヘルハウンドの姿となり敵に飛びかかった。
突然変化した炎に驚き、敵の陣形に隙が生まれる。それを逃さぬようヘルハウンドで追い立てていく。
「終わり!」
追い詰められた敵は逃げられず、ヘルハウンドの攻撃によって戦闘不能になった。
おどおどしていた様子とは反対に見事な手際で相手をいなしていた姿に、素直に驚く。
「強い」
「そんなことないです。さっきも緊張しちゃって、
エルシャはふるふると首を横に振り一歩身を引く。どうやら謙遜しているわけでもなさそうだ。何処と無く自分に似ている気もする。
最も、自分を卑下するのとは違って彼女のは単に自信がないだけのようだが。
ともかく、ガウストが認めただけのことはある。これで今起きている事態の解決に一歩近付くことが出来るだろう。
でも、このまま行くわけにもいくまい。一緒に行くのであれば、違和感はなるべく少ない方がいい。
「それでも、エルシャの実力は凄いと思う。付け焼き刃の僕とは違う。自身を持っていい」
「……そう、でしょうか」
おずおずと顔を上げる。ほんの少し期待を孕ませた瞳に、少しこそばゆくなりながら答える。
「うん」
一言、シンプルに伝える。
それだけで意図は伝わるだろう。
「……そっか」
「あと、クロウでいい」
「はい、クロウさん!」
ほんわりと柔らかい笑みを浮かべながら頷いた彼女を見て、考えを改める。
やはり自分とは似ていない、と。
***
入り組んだ通路を抜けていくと、見覚えのある後ろ姿を見つけた。お目当ての人物だ。
「シャロン!」
クロウの言葉に気付き振り返る。自分より多くの戦闘をしていると思うが、疲れた様子は見られない。
シャロンもクロウの姿を見つけたらしく、こちらに駆け寄ってきた。
「クロウ! 全く、勝手に走ってくからお陰で見失ってたのよ。ミッシェルと手分けして探してたってのにのこのこ出てくるとか…しかも誰か増えてるし」
「え、えっと、エルシャです」
「愚痴はそこまで。ガウストからの伝言がある」
延々と続きそうな言葉を遮り、頼まれていた伝言を手早く伝える。
最初は中断されたことに腹を立てている様子だったが、内容を聞くうちに表情は険しいものとなっていった。
全て話終えると、シャロンは露骨にため息をついた。
「なるほどね……今日は厄日だわ」
「項垂れてるところ悪いけど、簡単に説明してくれないかな。正直…よく分からなかったから」
「…あの、私も…」
魔法士歴数週間のクロウと新人のエルシャには、ガウストから託された伝言の内容はさっぱり分からなかった。ただ聞いたことをそのまま伝えただけでは、現状に太刀打ち出来まい。
後でリルカとティムにも説明しないといけないのは少々面倒だが。
「……まぁいいわ」
常識として知っといていいし、とシャロンは言葉を区切る。
「まず、ギルドは分かるわよね?」
「はい。誰でも作れる民間組織で、魔法士や商人たちが集まって作ることが殆どですよね」
「ええ。評議会の監視下には置かれるけど、仕事を見つけやすくなるし、昇級演武での評価にも多少影響してくる」
その他細かいことはあるらしいが、簡単に言えばフリーで活動するより利点の多い、という事だ。そのため大半の魔法士はギルドに加入しているらしい。
ギルドという言葉はガウストから聞いていたし、あの世界でありがちなものと大差ないように思えた。
「シャロンもどこかのギルドに入っているのか?」
「いいえ。何度か検討したけどフリーでやってるわ。仕事がないわけでもないしね」
「凄いです」
恐らくシャロンほどの実力があればこその決断なのだろう。
「少し話が逸れたわね。で、そのギルドにも色々な種類があるの。普通はさっき言ってたような魔法士とかのね」
でも、と言葉を区切る。声のトーンが少し下がったことに気付いた。
「中には悪行の限りを尽くす奴らのギルドもある。評議会の管理を無視し、非人道的な行為を繰り返す────《闇ギルド》ってのがね」
「闇ギルド……」
意識を向けなくても苦い顔をしているのが自分で分かった。
(どこにでもいるんだ……)
クロウの人生を変えたあの人たちを、悪人だ、とは言わない。
正しいとも思わない。
人の気持ちを簡単に捻じ曲げて狂わせる人は、思い付く中で一番嫌いな人種だ。きっと誰だって同じだろう。
正義の味方ぶるつもりはないが、無視したくもない気持ちが湧いてくる。今の自分なら遭遇しても対処出来るだろうから────
そこまで考えて、思い至った。今回の襲撃について。
横を見ると、エルシャも気付いたようで「あっ」と声を出した。
「じゃあもしかして、この襲撃もその闇ギルドの仕業なんですか?」
「恐らくね。──確認しましょうか」
シャロンはおもむろに足元に転がっていた敵の懐を探る。そう時間を掛けずに手は引き戻され、突っ込む前には持っていなかったものを差し出した。
「メダル…?」
硬貨のような薄い金属の円盤に、見たことのない意匠が描かれている。その絵はトゲや鎧のようなものを纏った蛇のように見えた。
シャロンの顔を見やると、明らかに苦い顔をしていた。どうやら、意味するものを知っているらしい。
「闇ギルド《
***
「はぁ、はぁ…。だいぶやっつけたよね」
肩で息をしながらリルカが周囲に目を向ける。手傷を負ってはいないが、数十人を相手取った疲労感はそう簡単に抜けるものではない。
空手で鍛えていたとしても、命のやり取りをするために鍛えていたわけではないのだ。
それでも何とか敵の侵入を防ぎ、クロウたちに合流するためボツェ・ドゥラス内の探索を始めた。しかし、クロウどころかシャロンやミッシェルの姿も見つけられないでいた。
「襲ってくる奴らの数も減ってきてるし、もうちょいな気がするけどな。ここ広過ぎんだよ……」
リルカと並び周囲を見回すティム。
同じく怪我はしていないが、疲労は免れない。そんな状態で国中の人々が集まる闘技場を歩き回ることだけでもかなりハードだ。
「いっそ呼んだら出てこないかなー」
「やってみれば」
大声を出せば敵も寄ってくるかもしれない、なんてことを考えるのも面倒になってくる。
そうだねー、と適当に返して、実行に移す。
「おーい、クロウー! シャロンー! ミッシェルー?」
「…………でも、来るわけ」
「あら、誰かと思えば二人とも」
「「来た!?」」
少し離れた角からひょっこりとミッシェルが顔を出した。
本当に出てくるとは思ってなかった二人は軽くフリーズしてしまう。
「何とかなったのね。無事そうでよかった……生きてる?」
「……はっ。生きてる生きてる。みんな見つからないから困ってたんだよ」
「あれ、そういやクロウたちは一緒じなゃないのか?」
ようやく頭が正常に回ってきたようだ。別れたときはいたはずの友人と知り合いがいないことに気付く。
「ちょっと別行動してたの。この辺の敵は倒したし、これから合流するつもり」
「居場所は分かるの?」
「大丈夫よ」
さあ、と促され二人はミッシェルの後について行く。仲間が一人増えただけでとても心強かった。
入り組んだ通路を暫く歩くと、少し広めの回廊に出た。規則的に柱が並び、太陽の光が差し込んでいる。
その内の一本の近くにクロウたちの姿を発見した。
「おーい! 無事ー?」
クロウを見た途端に、さっきまで感じていた疲労がすうっと抜けた。そんなことには気付かずリルカはクロウに駆け寄った。
「無事。そっちも大丈夫だね」
「勿論! 任せてって言ったでしょ」
どん、と胸を叩いて見せる。少し沈んでいたように見えた表情が、仄かに安心したようになった。
クロウの気持ちに気付きリルカも安心したとき、ふと横から物凄い視線を感じた。振り向くと、小狐のような生き物を抱えた少女が、まじまじとこちらを凝視していた。
「……誰だ、クロウ」
ティムが問いかける。かなり訝しげな表情をしているが、クロウは特に気にした様子もなかったようだ。
「一緒に戦ってくれるって。ガウストから推薦された子」
「エ、エルシャ・ニルヴァーナです! よろしくお願いしみゃす!」
思いっきり噛んだ少女が途端哀れに思えた。
「リルカの試合見てたんだって。凄かったって」
クロウの言葉にティムはなるほど、と頷いた。
「つまり、凄く怖かったんだな!」
「どういうことよ!」
「グホォ…!?」
素早く腰を落としてボディーブローをぶちかまし黙らせる。クリーンヒットしたティムは白目を剥いて床に蹲った。当然の報いである。
「……かっこよかった、ってさ(ぶるぶる)」
「何で震えてるの。ふーん、でもまぁ、悪い気はしないね。ありがとう!」
すっと差し出した右手にエルシャは少し驚く。
おずおずと自分も右手を差し出し握手に応じると、花が咲いたように笑顔になった。
「よろしくね、エルシャ!」
「はい、よろしくお願いします。リルカさん」
「うっ…ぐふっ」
「挨拶はそこまででいいかしら」
何となく会話がまとまったところで、シャロンが別の会話を切り出した。
張り詰めた緊張感が漂い、緩んでいた気持ちを引き締め直す。
「集まったことだし、早速作戦を話すわ。────今回の敵、《大蛇の鎧》を倒すために」
今までのキャラクターは魔法について解説を入れていましたが、今回は少し先送りにさせて貰いました。
(補足)
ギルドの概念はFAIRYTAILを参考にすると分かりやすいかと思います。