ちょっと加筆修正しました。
これは己の憧れに生きた男の物語…
人成らざる身でありながら、誰よりも人という種を愛し、その素晴らしさを謡いながら歩き続けた『漢』
後世、人々は彼をこう讃えた…
『BEAST LORD』
獣王と…
その日、鰐淵茂(わにぶちしげる)は自身が長くプレイを続けていたVRMMORPG『ユグドラシル』がついに最終日を迎えることを複雑な心境で迎えていた。
「長い12年だった…ヴァーチャルの世界だとは分かっていても、もうこの世界を旅することが出来ないというのはやっぱり名残惜しいな。」
茂の溜息混じりの憂鬱な一人言が、音の無い静かな空間にただ木霊して剥き出しの岩肌に染み込む。
「さて、そろそろ行くかな。」
ユグドラシルのとあるエリア深く、その薄暗い不気味と形するに相応しい森の最深部、そこに自然に形成されたままの横穴の洞穴。
その入り口は大樹の根が張り巡らされ、苔むした岩肌は雄大な自然が長い時間をかけて形成した事を唯静かに語る。
そんな洞窟の最深部、鰐淵は腰を下ろしていた荒削りながら何処か玉座めいた大岩から重い腰を持ち上げると己の拠点の外に向かってゆっくりと歩を進める。
その大の大人の胴程の太さはあろうかという太く長い尾を左右に揺らしながら…
そう今日はユグドラシルの最終日、鰐淵は随分前からその日、自分が何をするかは決めていた。
ある者はギルドメンバーやフレンドと最後の語らいをしたり、終ぞ使えなかった貴重なアイテムを使用したり、最後に強敵に挑む者もいるだろう。
それも良い、だが鰐淵は何も特別なことは行わない、精々が装備、アイテム等を万全の物にして唯歩き、ポップしたモンスターと闘う。唯それだけだ。
エリア『魔の森』、そこは仰々しい名の割りにレベル30帯の動物系モンスターのポップ率がそこそこ高いと言う以外、特に特徴も無い何処にでもある拠点。
その最深部の洞窟を根城にしていたのが鰐淵茂のプレイアブルキャラクター、即ち彼のユグドラシル内でのアバター。
種族は人では無く異形種、リザードマン。俗に言う蜥蜴人であるが彼は正確に言えば少し違う。
確かに同じ爬虫類種ではあるが、その姿は蜥蜴では無く鰐をモデルとした赤い鱗を黒金で出来た漆黒の鎧で覆った巨躯のリザードマンである。
キャラクターネームは『クロコダイン』!!
人呼んで獣王クロコダイン!!
それはかつて幼い頃、自分の兄に勧められて読んだ漫画『ダイの大冒険』のキャラクター。
クロコダインは強く、雄々しく、優しく、繊細で、何より仲間の為に何度も己の身体を盾に戦い続ける勇敢な戦士だった。
クロコダインは作中数多くの名言を残し、それは当時の少年達の心に熱い物を残す事となったのだ。
茂はそんな彼、クロコダインに成りきってユグドラシルをプレイしていた。
自然、彼の周りにはダイの大冒険好きの同好の士が集まり、最盛期にはそれこそ各ギルドメンバーによるバーン様率いるギルド『魔王軍』が結成されたり、勇者ダイを中心としたギルド『竜の紋章』により勇者軍団が組織され、フレンドのリストには『ダイ』『ポップ』『ヒュンケル』『ザボエラ』『フレイザード』etc.上げればキリが無い程のプレイヤーが集まっていた。
しかしそれも昔、ギルド長こと『ダイ』が現実の都合から姿を消し、それに続き事情はそれこそ様々であろうが徐々に徐々にフレンドのログイン率は目に見えて減っていった。
一度そういった人の流出が始まれば人が離れるのは驚く程に早い物であり一人、また一人とフレンドのリストからはログイン中を示す白い文字が消えていく。
そして自然、人が減れば今まで出来たことも難しくなる。
拠点として全員の協力の下拠点として作成された張りぼての様な物ではあるがバーンパレスも維持の難しさから引き払い、現在の拠点が維持費用が極端に安価な魔の森になっているのはクロコダイン一人でも維持管理が無理なく行える、そういった理由からであった。
そうして、ギルドに最後まで残ったのが鰐淵ことクロコダインだった。
そしてユグドラシルの最終日を当てもなく、唯一人、既に見慣れたしかし、現実では見ることの出来ない雄大な自然を最後に堪能しながらクロコダインはのっしのっしと森の中を歩き続ける。
歩く、歩く…唯歩く。途中エンカウントしたモンスターを斧で、拳で、粉砕しながら消えゆくであろうこの世界を目に焼き付ける様に歩き続ける。
それの何が楽しいと問われれば歩くことと闘う事そのものが楽しいのだと鰐淵は当たり前の様に応えるだろう。
現実でのクロコダイン、つまり鰐淵は元はプロの格闘家だった。だが、ある日の試合で足を壊し、結果として自力での歩行が非常に困難な身体となってしまった。
幸い、「今まで稼がせてもらってきたからな。」とプロモーターである実の兄によって生活面でのサポートもあり、金銭的苦労はさほど無かった。
それに別に格闘家として終わってしまったとはいえ、決して人として腐った訳でも無かった。それでも正直に言ってしまえば時間を持てあましたと言うのは間違いなかったのだが。
そんな時に出会ったのがVRMMOゲーム『ユグドラシル』、この世界ではキャラクターを動かすのは本人の実際に身体を動かすイメージだった。ならば鰐淵はヴァーチャルの世界の中とは言え再び自由に歩き、また闘う事もできたのだ。
だからだろう、自分のリングネーム『マスク・ザ・クロコダイル』の原型であった獣王クロコダインとしてロールし始めたのは。
これまでユグドラシルの中で過ごしてきた12年間、色々な事があった。出会いがあり別れがあり、自分の半身を如何にあの憧れたクロコダインへと近づけるか…ずっと最初から最後までそれに苦心してきた。
それも遂に今日で終わりを迎える。
寂しさもあるが同時に満足もある。もしかしたらユグドラシル2が近く発表されでもしないだろうかという楽天的な希望もある。
一言で纏めるならそう「楽しかった」だと自信を持って言えるだろう。
そんな様々な思いを馳せながら、時間を忘れて歩き続けるクロコダインが森の小さな渓流、その向こう岸へと渡ろうとせせらぎの中へと足を踏み入れた瞬間、その身体に本来ならあり得ないはずの強烈な違和感を感じた。
「…水が冷たい…だと?」
思わず声を漏らしたクロコダインは困惑を覚えずにはいられなかった。
が、軽い混乱状態のまま思わずといった様子でそのまま極自然な動きでその手で清流の水を掬い上げる。
やはり掬い上げた水も冷たい。本来VRゲームでは所謂、五感への刺激が大きく制限されている。その筈であるにもかかわらずこの水の触感はあまりに現実にそくしすぎている。異常だ。
「どういう事だ?おーいGM、何かバグかしらんが…チッ!クソっ、GMコールも繋がらんぞ…」
クロコダインは今現在の自分の置かれた不可解な現象に困惑しながらも、自らが掬い上げたままの手の平の中の清水を見つめる。
その揺らめく小さな水面に映るのは、やはりというべきか鰐淵茂では無く獣王クロコダインの姿であった。
しばらくそのまま呆然としていたクロコダインだったが意を決してこの不可思議な現実を計る為にそのまま掬った水を口に含ませる。
本来、リアルの世界であれば如何に綺麗に見えようとも川の水を飲むなど出来た物では無い。
繰り返され続けてきた大気汚染と土壌汚染、様々な自然破壊の影響で外出時には専用のマスクすら必要な世の中だ。
今日日しっかりと浄化された筈の水道から飲める飲料水ですら独特の匂いと味で眉をひそめてしまう。それが直接川の水を口に含むと言うのだ。身体が受け付けず直ぐに吹き出すのが正常な反応と言えただろう。
そもそも、此処はヴァーチャルの世界なのだから水を飲んだ所で何かあるという事すら本来はあり得ないのだ。
しかし…
(…何だこの水は!?うまいぞ!!)
ゴクリと喉が鳴り、一口分の非常に良く冷えた水が食道を通り、空の胃袋に届くとクロコダインは嫌が応にもこれが現実であると思い知ることとなった。
「まさかとは思うが、この身体は俺の作ったクロコダインでここはユグドラシルの中だとでもいうのか?…サービス終了と同時にそのままゲームの世界に閉じ込められた…か?流石に笑えんぞ、これは…」
昔、そんな設定のアニメが一時期流行になり、見ていた覚えがある。格闘家というのは存外少年の感性を無くさない気質の所があるのだ。
今現在、分かった目の前の現実に打ちひしがれる様にクロコダインは思わず天を仰ぐ。
そうしてふと、視界の大半を木々で埋め尽くされている中、クロコダインが目にしたのは満天の星空だった。その中心に輝くのはスモッグも排ガスも、空を遮る塵芥の一切無い、映像以外では人生では見る事も無かった煌めく星々に彩られた美しい満月であった。
先程は自分の置かれた非常識極まりない、思わぬ状況に目眩を起こす様な焦りと絶望を感じていたにもかかわらず、クロコダインはそのあまりの美しさに思わず圧倒されたまま、時間を忘れて唯々呆然と星空を見上げていた。
それが数十秒か数分かはたまた何時間も見上げていたのか…それは分からないがようやくその視線が己の両拳に戻された時にはクロコダインは完全にとは言えないまでもすっかり平静を取り戻していた。
(分からん…分からん事ばかりだが…悪くはないか。動かなかった足が動く、水も空気も美味い。それに…)
クロコダインは新たな自分の身体の調子を確かめる様に、自分の尾を振り上げると思い切り地面に叩き付ける。
「フフフ…レベルは100のカンストだったからな…成る程、実際にあのステータスが現実に反映されればこうもなるものなのか。」
思わず自嘲の様な笑いを溢したクロコダイン。
さもあらん、尾が叩き付けられた地面は砕け、陥没と隆起を巻き起こして軽く地形が変わっているのだから。それこそリアルであればビルの一つ程度ならば簡単に倒壊させられるのではという破壊力が尾の一振りだけで見て取れる。
「この身体ならまた戦える!この状況が俺だけと言う事も無いだろう、先ずは村か町か人を探すべきか…何にせよこの森を抜ける所からだな!」
今、この時、此処より一匹のリザードマンの大冒険が始まる。
それは永劫に語り継がれるであろう『アインズ・ウール・ゴウン』の伝説の影に眠る、もう一つの伝説の始まりだった。
あくまで導入なのでこんな感じの設定だよって内容です。色々グダグダだけど深く気にして読んじゃ駄目。一応最後までプロットは(脳内に)出来てるんでエタらないようにがんばります。
次話、岡山に台風が直撃したら。