年中雪が降り積もる山、フラヒヤ山脈。その連なる山に抱かれた小さな村、ポッケ村。常駐してくれるハンターがいなければ、すぐ近くの山にたびたび訪れるドドブランゴやティガレックスなどの脅威にさらされ続けることとなる、人間にとって暮らすのには過酷な村。
その上、周囲はおろか村の中でさえ年中雪が深く高く降り積もるここでは、大陸の中でも僻地であることもあって物流も人の通いも乏しく、モンスターとは違った意味でも人が住むのには過酷な環境にある。しかし白を基調とした民族衣装に身を包んだ村民たちが、飢え切ることは滅多とない。
その理由としては、この村に沸いている温泉が常に村全体を暖めていることも大きいが、何よりもこの周辺でしか採れない特産品を中心とした、ハンターズギルドとの交流が経済的に大きな理由となっている。
さまざまな目的で、都市部で多く取引される雪山草を始めとしたポッケ村周辺の特産品はギルドが主に購入しており、その結果としてこの村の集会所はギルドの出張所も兼ねている。そのおかげで、村に常駐しているハンターだけでなく、フラヒヤ山脈を目指してやってくる多くのハンターがここを訪れ、お金や素材をこの村へと落していく。これによってポッケ村が文字通り冷え切ってしまうことはないのだ。
加えて近年、僻地を含む大陸全土においてさまざまなモンスターたちの活動が活性化し、より迅速な対応が求められるようになった影響で、ポッケ村のすぐ近くへ飛行船の発着場を建設されようとしている。もしもこれが完成すれば、かつてないほどポッケ村が温かく潤うことだろう。ポッケ村の村民の期待は、この飛行船の発着場に重く乗せられていて、その話題の離発着場を見物するためにここを訪れる物好きのおかげで先だって経済効果も生まれているというのだから、村民からすれば発着場様々といったところだろう。
そんな発着場の建設予定地を横目に、夕日の中セクメーア砂漠の狩場から帰還するネコタクがあった。愛らしい猫のような獣人、アイルーが制御する荷台の上で、ガレオスシリーズの兜を外し、昼寝をしている男がいた。つい数日前に、セクメーア砂漠に大量に集ってしまったゲネポスの大集団を討伐した、ポッケ村常駐契約を結んだハンターだ。
「旦那ぁ、もうすぐポッケ村に着くのニャ。起きて降りる準備するニャ」
御者のアイルーはそう言うと、慣れた手つきで御者用の鞭をガレオス装備の肩部分へと振り下ろす。痛みこそないが、それなりに大きな音と衝撃がしたおかげでハンターは目を覚まして大きく伸びをしながら起き上った。
見た目は適当に切ったことがうかがえるぼさぼさの黒髪に、美形ではないが引き締まった目鼻立ち。日焼けして健康的に浅黒い肌が特徴的な20代半ばを少し過ぎたぐらいの男だ。
このハンターの名前はウィリアム。五年前からハンターとして活動を続けている中堅ハンターだ。ドンドルマの街でギルドマスターに声をかけられ、ポッケ村の常駐ハンターとして契約を交わしたのが三年前。今ではすっかり馴染んだこの村は、彼にとっての第二の故郷となりつつあった。
御者のアイルーはいつも通り、ポッケ村集会所前までウィリアムを乗せていき、荷物を持って降りる彼に「次もウチをごひいきに。クエスト中は特にニャア」と軽口をたたいてにゃるにゃる笑いながら月が昇り始めていく方へ去って行った。
ウィリアムはその背中を、苦虫でも噛み潰したかのような表情で見送る。彼はつい先月、達成したという油断から、陸の女王と呼ばれる飛龍、リオレイア討伐直後にブルファンゴの突進を受け気絶。クエスト達成の高らかなラッパの音とともにベースキャンプに送り返されたという、新鮮な苦い思い出があるのだ。報酬を受け取れはしたものの、当時のやるせない思いが、彼の心の中の達成感を半分ほど持ち去って行った。
ため息を一つ。ヘルムを抱えていない方の手で頬を掻くと、ウィリアムはポッケ村の集会所内へと入った。
ドンドルマ等の大きな街のそれに比べるとはるかに活気は少ないが、ポッケ村で最も賑やかで人の出入りの激しい場所がここ、集会場だといっても過言ではない。
フラヒヤ山脈での依頼へと挑戦しに行くものは、ポッケ村で大抵腰を下ろし準備を整える。それにより、集会所には狩場へ行くハンター、狩場から帰ってくるハンター、拠点へと帰っていくハンターが入れ代わり立ち代わりで集会場の人口密度を上下させ続ける。たった今も、若いハンターの四人組が意気揚々と雪山へと向かっていったところだ。
そうでない連中は、ビールがなみなみと注がれたジョッキを掲げて振り回し、大口の依頼に大成功したことを高らかに自慢したり、そんな彼らに対して「財布に穴でも空いて財産全部失え」とばかりに呪いの視線を向けたり。成功しても失敗しても、ハンターたちというものは忙しいということがわかる。
ウィリアムはざっと集会所を見渡して、知り合いのハンターのトリオが酒を飲んで管を巻いているのを見て、即座に彼らが依頼に失敗して戻ってきたことを察する。意地悪く笑うと、さっそく彼らをからかうためもあって、自分の依頼の達成報告をする受付への足を速める。
近づいてくるウィリアムに気付いた上位クエスト担当の受付嬢が破顔して、彼の帰還を歓迎した。
「お帰りなさいウィリアム。もう慣れたとはいえ、ドスゲネポスを六頭も相手にすると疲れたでしょう?お疲れ様です」
「あぁ、全くだ。途中三頭同時に襲いかかってきやがってよぉ、逃げ通しになっちまったぜ。連中、そんな時でも群れ同士の諍いなく俺ばっかり狙ってきやがるんだよなぁ」
「まあ、一番弱そうなのから倒すのは生存競争の定石ですし?」
「ひっでぇなぁもう」
困ったような顔でからからと笑うウィリアムに、くすくすと口元に手を寄せながら上品に笑う受付嬢、クレハ。ウィリアムはまだ上位クエストを受注できるほどの腕前を証明できていないため、彼女から依頼を受けることはできないが、村にいる間ほぼ毎日話しかけていた成果だろう。冗談と軽口を言い合う二人の間にはただのハンターと受付嬢以上の関係が見え隠れしていた。
しばらく笑いあう二人だったが、入り口から別のハンター・・装備からして恐らく上位ハンター・・が入ってきたのを認識したクレハは軽く柏手を打って雑談を終えた。
「さて、そろそろ達成報告をしてくださいね?私じゃなく、シンディに」
「へいへい・・っと、またせたなシンディ嬢。お?四日見ない間にまた背が伸びたか?」
「またそうやって子ども扱いする・・・はい、ウィルさん。お帰りなさい。それじゃあ達成報告の方をとっととやってください。やってさっさとお酒でも飲んで潰れちゃって下さい」
「冷たいこと言うなよシンディ嬢。オッチャンさびしいぞ」
「歳大して変わらないじゃないですか・・・もう」
ウィリアムに対して少しだけ頬を膨らませてぷりぷりと対応するのは下位クエスト担当の新人受付嬢、シンディだ。彼女はポッケ村出身の受付嬢で、かなり若くして受付嬢になるために必要な試験に合格した秀才で、ポッケ村で働くようになったのも未成年の17歳のころだった。
ちょうどその時が、ウィリアムがポッケ村の常駐ハンター契約のタイミングであったことも災いし、シンディは、いじられる後輩のような空気を以て遊ばれることになった
今回も所々でいじりながらも、ウィリアムはシンディに今回の依頼の達成報告を済ませていく。時折、シンディがイラッとした様子で帳簿を握りつぶすところもありつつ、おおむね滞りなく依頼は「達成」の判を押されてウィリアムが直接関わる部分は完全に終わりを迎えた。
「あー・・・終わった」
「こっちのセリフです。はい、おしまいです。お疲れ様でした。それじゃあ報酬をとってきますので、見やすい席に座ってお酒でも飲んでいてください・・・くれぐれも、暴れたりしないで下さいよ」
「お嬢、最近俺のことをイメージだけで釘さしてねえか?酒に呑まれたことねえぞ」
「ふん」
そういうところがまだ子供っぽいんだよなぁ、と心の中で思いつつ、ツンとそっぽを向いてカウンターの奥へ行ったシンディを見送ったウィリアムは、当初の目的を果たすため、知り合いの一団の元へと向かう。
そこには先ほどよりも散らかるビールジョッキが増えたテーブルに、つっぷしてぐずる赤いテオストレートの片手剣使いの中性的な男、呆れた顔でその頭をなでる狩猟笛を担いだナナストレートのまた中性的な女。そしてその正面で我関せずとばかりに、黙々と山盛りの揚げ芋を頬張るメガネで弓使いの青年がいた。
「久々に荒れてんなぁ、お前ら」
からかおうと思って近づいたはいいが、想像以上にへこんでいる様子を見て引いてしまったウィリアムは、ひきつった表情で突っ伏す片手剣使いの肩をたたいた。
「あ゛・・・うぃるぅうううううう!!」
肩をたたかれたことに気付いた彼は、悔しさを顔面全体で表現してウィルの腰にしがみついた。
「うげぇあっ!?やめろ抱き着くな、せめて性転換してから来いこのボケっ!!」
「ヴぁああああああああああああああ!!!!」
「うっわ思ったよりうぜえっ!!酔いすぎてからかう以前の問題じゃねえかっ!!」
その様子をきょとんとしながら見ていた笛使いの女は、にんまりと笑うとそっとウィリアムが小脇に抱えていたガレオス装備の兜をさらっとくすねとり
「酔ったフレディに近づくからだよ、ウィル。それに、さっきまではボクがそれの相手をしていたんだし、労ってくれてもいいんじゃないかな?ついでにこのお支払いをおごってくれるとうれしいかな」
と脅した。
「やべえ、今すぐ逃げてぇ。あとヘルム返せ」
「奢るなら返す。驕るなら質に売る」
「・・・・・・・・・・・・!(ばくばくばくばくばく)」
「おいコラメガネ、手前おごりになるかもって思った瞬間に加速しやがったな」
「・・・・・・」
「返事しろや」
「げぇっふ・・・お替りは自由」
「最低だこいつら・・・わぁったよ。どうせ俺もここで飲むつもりだったんだ。ここまでの飲み代くらい奢ってやらぁ」
「さすがはボクらのウィル。話が分かるね、ということでボクは手羽先お代わり。
胡椒は多めにお願いするよ」
「手前この野郎・・」
「山盛り芋お代わり」
「手前らこの野郎っ!!」
腰に中性的な少年顔、左手側ににやつく中性的な女性をはべらせたウィリアムは、それだけなら羨まれる状況ではあるが、実際には慣れた友人たちが酒に酔ってからんでいるだけだ。ガレオスフォールドにへばりついた男の洟の処理や調子に乗った二人の追加注文で減る財布の中身を考えれば、羨むものはそういないだろう。
「・・・で、なんでそんなに荒れてるんだよ。エミがそこまで飲むなんて珍しいじゃねえの」
財布の中身を確認し、集会所へのツケにしなくていいことを確認すると、ため息交じりに荒れている理由を、狩猟笛使い・・エミに尋ねた。
その言葉に不意に不機嫌な顔になると、エミは顎をガレオスヘルムの上に乗せてぼやく。
「いやぁ、聞いてくれよウィル。ボクたちはさっき依頼に失敗してねぇ・・・飛龍の卵運搬クエストだったんだけど、何とか女王様をやり過ごしたと思った先にいたチャチャブー!あの憎たらしい獣人がボクたちの運んでいた卵をさあ」
「あぁ、攻撃されて落としたのか」
「いや、強奪された」
「なんだそれ」
「文字通り強奪されたんだよぉ。ばしーっとフレディの背中を蹴っ飛ばして転ばして、宙に浮きかけた卵を別の個体がキャッチ。んで、4,5人のクッション係が卵を割らないように奪い取った個体をキャッチ・・・で、すたこらとんずらだったよ」
その言葉に、赤髪の片手剣使い・・・フレデリックは、しがみついたウィリアムの腰からずるずるとテーブルへと戻り、ジョッキに入ったビールを一気に煽って再び突っ伏しておいおいと泣き始める。その様子を横目に、メガネの弓使い・・・アルフォンスがエミの説明に補足を加える。
「問題なのは、今回運ぶことが認められた卵は一個だけ・・・どっかのバカ貴族がわがままかまして無理やり発注させた依頼だったから。そのせいで見事運搬をやり直せずに失敗」
「女王様をやり過ごしてほっと一息ついていたところだから、フレディのやつもひどく責任を感じて落ち込んでる・・・というわけさ」
「あー・・・ドンマイ。あ、ビールと揚げ鳥をよろしく」
言葉が見つからなかったウィリアムは、適当にフレデリックを慰めながら近くを通ったウェイトレスにビールと揚げ鳥を注文した。
「気にせずにいられるかぁっ!!うわああああああ!!」
その適当っぷりと自責の念から、フレディの両目からさらに涙がこぼれていく。
フレディが大いに荒れてくれるおかげなのか、仲間の二人はだいぶ落ち着いており、彼の様子に苦笑しながらウィリアムとの会話を楽しみ始めた。
受付から見やすい位置にあるそのテーブルで、大騒ぎして取り乱す一人とそれを眺めながら談笑する三人は良く目立つ。そこへ呆れた顔でシンディがウィリアムの報酬を持ってきて、「だから暴れないでといったのに」とウィリアムを半目で睨みつつぼやいた。
そんな彼女を、またからかおうとしてウィリアムは口を開き
「な・・なんで!?」
突然受付の方から集会所中に轟く大声に、開いた口をぱくんと閉じた。
何事かとそちらを見てみれば、新品のマフモフ装備に身を包み、おそらくは彼女のすべての荷物が入っているだろう大きな背嚢を背負った少女が、困った顔のギルドマネージャーに詰め寄っていた。
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