ポッケ村入り口付近の坂道の上に、ウィリアムに与えられた家がある。ここはポッケ村お付きのハンターが生活を送るためにギルドが貸し与えている一軒家で、もともとそれなりに広いリビングと、アイルーが五匹動き回っても手狭に感じない程度に広いキッチンがある、そこそこの優良物件だ。
それに加えて、ウィリアムは自分で(勝手に)庭を整備し、ネコ婆の連れてくるアイルーがオトモとしての訓練が行えるような訓練場として(ギルド黙認で)開放している。そのせいか、ウィリアムの住む家は日がな一日アイルーのにゃるにゃるした声が聞こえている。
今、そんなウィリアムの家の前ではオトモ見習いのアイルーが一匹、訓練場を提供しているお返しにやっている日課の掃除をサボって、家の中を覗き込んでいた。
原因はシンプル。ウィリアムが、これまで連れ込んだことのある受付嬢の二人とネコ婆。そして男か女かわからない笛使いのハンターじゃない女性・・・それも明らかな子供を連れ込んだことに野次猫根性が湧き上がったからだった。
その様子が通りすがったアイルーの興味を引き、覗き見猫が二匹、三匹と増えつつある入り口からは、居心地悪そうにもぞもぞと床に正座するマフモフ装備の少女と、ベッドの縁に座って、がっくりとうなだれながら頭を掻くウィリアムが見えていた。
結論として、数刻前に押し付けられた厄介ごとを、ギルドマネージャーから提示された二つの特典と天秤にかけ、ウィリアムは受け入れてしまったのだ。
一つは、集会所の一日食べ放題チケット。それをたびたび差し入れするということ。ウィリアムはかなりの大飯喰らいで、クエストに成功した後の飲み食いのツケで真っ青になった経験が少なくなかった。一番ひどかったのはそれを補てんするためのクエストすら受けられないほどに散財した時で、クレハの笑顔が恐ろしかったのを覚えている。そのため、この特典は非常に魅力的だったのだ。
そしてもう一つが、少女を一人前にすることができたら、万が一ハンターとしての生活が続けられなくなった時、教官として働くための紹介状をギルドマネージャーが書いてくれるという特典だ。つまり、万が一の怪我をしてハンター人生が終わっても、食いはぐれることなく生活を続けられるということで、長い目で見てもおつりがくるほどの特典だといえる。
その結果、「目の前の面倒くさそうな問題一つで、一気に今後の生活の憂いがグンと減るということを考えれば、ギルドマネージャーの押し付けを受けてやるのもやぶさかではない」・・・とウィリアムは思ってしまったのだった。
そして、つい、ぎこちなく提案に頷いてしまったウィリアムは、新人ハンターの師匠として活動を始めることになったのだが・・・
「あ、そうそう。その子が泊まる家、ポッケ村にはもうないと思うから~。泊めてあげてちょうだいね~?」
特典を受け取るために『形式上』必要だからと書かされた書類を手渡した途端に言われたその一言に、ウィリアムは下手を打ったと後悔することになった。
そして現在に至る。
目を真っ赤に泣きはらした年端もいかない少女を連れて村を歩き、あまつさえそのまま家に連れ込んだところを何人もの村人に見られたウィリアムは、明日からどうやって彼らと話をしたらいいのかと頭を抱えているのだ。
加えて言うなら、一人暮らし・・それも男所帯を前提として家具をそろえていたので、ベッドも一つしかないし、装備を着替える場所に仕切りすらない。そして、家具屋がくるのは当分先であるので、それらの補充は不可能。さてどうするか、とウィリアムは悩むのであった。
一方で少女は少女で、複雑な心境で正座していた。
先ほどの醜態を間近で見ていた人と二人きりだということもあるがなによりも彼女自身、父や弟以外に男性慣れしていないので何を話していいのかわからないということが大きかった。
そもそもの話が、彼女は生来口数が少なくて、人に話しかけるのを苦手としていたのが、この気まずい空気を生み出している原因として一番大きい。彼女自身気づいていないが、若干目に再び涙が浮かんできていた。
気まずい空気が家の外にまでにじみ出てきて、居心地の悪くなった覗き魔たちがすごすごと退散していく。結局残ったのは最初から覗いていた掃除サボりの一匹だけになり、そんな彼女も若干飽きてくるほどの時間が経った。
先に意を決したのはウィリアムで、いつまにか三角座りでスンスンと鼻を鳴らし、床にのの字を書いていた少女に話しかけた。
「あー・・・えっと、嬢ちゃん。泣くのは後にしてさ、まずは自己紹介しようぜ。
少なくともしばらくは一緒に狩りをする仲間だ。お互いのこと知っておきたいしよ」
「・・・・・・」
少女は暗い表情でこくりと頷いた。
「よし、じゃあ俺からだ。俺はウィリアム。見ての通りおっさんになりかけのハンターだ。得物は双剣。一応HRは3だ。上位ハンターまであと少しってところだから、まあ、参考にならねえおっさんってほどじゃあないと思うぜ。これからよろしくな」
「・・・・・・よろしく」
口数少ねぇなあ・・・と思いながら、ウィリアムは少女に自己紹介を促した。少し思案顔になった少女は、何度か口を開いては閉じを繰り返してから、見た感じからイメージするよりも低めの落ち着いた声を出す。
「・・・名前はケイティ。16歳。得物はライトボウガン。HRは1。大型モンスターの討伐経験はない。
えと・・・よろしく」
「お、おう。シンプルだな、ははは。他にはなんかねえか?どんなでもいいぜ」
「・・・・・・」
「・・・あー」
ケイティが自分からのおしゃべりをあまり得意としないタイプだと理解したウィリアムは、無理やり話をさせるのを諦めて自分から話題を提供することにした。
「さっきマネージャーに言ってたけど・・・あ、マネージャーってのは、ケイティが詰め寄ってた竜人族の女の人な。性格テキトーだから、頼りにするならすぐそばにいた受付嬢のお姉さんにした方が100倍いいぞ。覚えとけな?ガキの方は10倍くらいだ。
んで、マネージャーに言ってた話だけど、なんでポッケ村お付きのハンターになれそうってなったらテンション上がっちまったんだ?ぶっちゃけ、ここよりドンドルマの方が暮らしやすかねえか?」
「・・・・・・あぅ・・・ぅ・・」
訂正、話しかけられすぎるのも苦手なようだ。
「あー、悪い。驚かせたか、すまんすまん。えっとな・・・」
ウィリアムが、何とかケイティの心を少しでも開いてもらおうと言葉を選んでいると、不意にぽつりと彼女は単語をこぼした。
「・・・・・・英雄」
「ん?」
「英雄に・・・憧れてて」
「・・・・ほう、それで?」
詰まりながらも語ってくれたのは、子供のころからの憧れの話。ケイティがまだ本当に幼いころ、フラヒヤ山脈で眠りから覚めた雪山の神・・ウカムルバスを単身で再び眠りにつかせた英雄がいると聞かされ、彼女は彼にあこがれてハンターを目指したこと。ドンドルマでは口下手が災いして、パーティを組めずに単身で小さなクエストをこなしていたこと。そんな中で、かつての英雄と同じように、新米を抜け出せていないタイミングでギルドマスターから声がかかったことで舞い上がったこと。英雄と同じ軌跡を辿っていると喜んだこと・・・
途中、何度か自分につらく当たった人たちや、微妙に勘違いするような言い方をした、とドンドルマのギルドマスターに対して逆恨み節を利かせつつ、ケイティは自己紹介と愚痴を混ぜ合わせたような話を続ける。そして、
「・・・こんなことになって・・・というか、これって同棲だよね。男の人とこんなことに
なるなんて思ってなかったけど・・・その・・・」
「これから・・・よろしく。ウィリアム」
口にすることで再び意識して恥ずかしくなったのか、最後の方で少しもにょもにょとした喋りになるも、「よろしく」だけはキチンと言うことができた。
ウィリアムはようやくまっすぐ目を見て言葉を出してくれたケイティに深くうなずくと
「こちらこそ、よろしくな。ケイティ」
その顔によく似合う、豪快な笑顔でこの厄介ごとを受け入れた。
―長い話し合い(譲り合い)の結果ウィリアムはベッドの上で。ケイティは家具屋が来るまではキッチンでキッチンアイルーたちと雑魚寝ということになった。
夜、心配になって様子を見に行ったウィリアムだったが、非常に幸せそうな顔でキッチンアイルーたちを抱きしめてねむっていたので杞憂だった、と若干苦しそうにしていたアイルーたちをそっと無視することにした。
そんな夜が明け、どこか手際に精彩さの欠けるキッチンアイルーが作った朝食を食べた二人は、さっそくコンビとしての最初のクエストを受注するべく集会所までやってきた・・・のだが。
苦笑したクレハとため息をつくシンディが見守る先で、ウィリアムが受注してきたクエストにケイティはあからさまに不服そうな表情をして見せていた。
「・・・・・・いや、だからな?」
「・・・・・・」
「別にお前を侮ってるとかそういうんじゃねえんだよ。わかるか?」
「・・・・・・」
「だからそんな不服そうな面すんなよ」
「別に・・・不服なわけじゃない。ただ、何でこれなのかって・・・思ってるだけ」
ケイティが不満げに指でつついた依頼書は、『雪山草摘み』。ポッケ村特産品の雪山草を10束摘んできてほしいという依頼だ。フラヒヤ山脈における、採取ツアーに次いで超初心者向けの簡単なクエストである。大体、フラヒヤ山脈の中でも近日中で比較的安全であるとされるエリアに下ろされ、せいぜいギアノスかブランゴあたりがちらほらいる事が想定される狩場で、雪の中に生えている雪山草を積み、納品するという仕事内容である。ウィリアムは当然のこと、ケイティも何度かこなしたことのある、新米ハンターにとって最初のクエスト候補の一つだ。
「・・・これはワタシだってとっくの昔にこなした依頼。なんで今更?」
「そうだな・・・何よりも簡単なクエストだから、お前の動きを確認するのに都合がいいんだよ。下手に討伐を目的にするよか、落ち着いてお前の動きに合わせられるだろ?」
「・・・・・・」
「そもそも、俺はボウガン使いのハンターと狩りに出たこと自体無いんだよ。弓ならあるんだけどな。
弓もボウガンも遠距離武器ではあるけど、全然戦法が違うだろ?その違いを認識してなかった結果、俺がお前の・・・なんだ、射線上っての?それにいきなり入って背中からぶち抜かれるなんて冗談じゃねえしな。俺双剣使いだからかなり動くし、お前も俺の動きはよく見とけよ。祖国られたら大変だ」
「・・・そう。わかった・・・・・・祖国られ?」
首を少し傾けながらも、ケイティはある程度納得した様子で不満そうなオーラをしまった。ウィリアムが言ったことは実際大事なことであるからだ。
しかし、ウィリアムとしては、この簡単な依頼を受けた理由にもっと重要なことがあった。
それはケイティが『猪突猛進型』のハンターじゃないかという懸念、それの確認のためである。
実は今回の雪山草採取エリアとして指定されたクエストの狩場は、環境不安定の判が押されていた。つまり、大型モンスターが出現する可能性があるクエストなのだ。
ちょうどこの時期は、ドドブランゴが新しい群れを率いたリーダーとして縄張りを作り始めることが多いこともあり、雪山全体の環境が不安定になりやすい傾向にある。おそらく出現するのはドスギアノスやドスファンゴなどの真っ先にドドブランゴから逃げてくるような、初心者でも対処しやすい大型モンスターだろう、とウィリアムは考えていた。
しかし、その対処しやすい大型モンスターといえども、ケイティの装備では十分な脅威となり、状況によっては即時撤退が正解であることもある。
ウィリアムとしては、それらの状況判断が彼女にできるかどうか。そこを今回の依頼で見ておきたかった。そして、猪突猛進型の危うい思考を持っているなら、『ハンターによくある最期』を迎えさせないよう、先輩として正してやる必要があるだろう・・・と考えていた。
そんなウィリアムの考えを知ってか知らずか、ケイティは依頼書に記されている『環境不安定』の判を指摘し、大型モンスターが現れた時のために、閃光玉や煙玉を持っていくことを提案した。少なくとも彼女は、万一の場合にも侮らずに準備を怠らないタイプらしい。
もしかしたら杞憂で終わるだけで済むかもしれないと、ウィリアムはこっそりシンディに目配せをして、次回あたりのために小型モンスターの討伐依頼を残しておくようにお願いしておいた。シンディはこくりと頷くと、かなり緊急性の低い、密林でのカンタロス討伐クエストをこっそりと他のハンターが見つけづらいところに移動させた。
その後の軽い打ち合わせの結果、お互いに雪山へ行く準備を整えた後、一時間後にネコタクで雪山に出発することとなった。
実は、誰かと共に狩りに向かうことは初めてなケイティは、期待と不安で少しだけ鼓動が早くなったのをはっきりと感じた。しかし、その最中にわずかに背筋が震えたことには少し舞い上がっている彼女が気付くことはなかった。
果たしてそれが、武者震いだったのかそれとも、何かの直感が働いたのか。
この時には誰もわからなかった。
わーい、雪山草摘みだー。初心者用でとっても安心だー。依頼文も「何かが来るわけじゃなし」って太鼓判を押しているぞー
無事で終わるわきゃない