フェンリルが無事クレマンティーヌを仲間にしてから約1時間後、宿屋の2階その一室でそれは行われていた。
「それでどこから拾ってきたのでしょうか?この野良猫は?」
この部屋に一つだけある粗末な作りの椅子に座り、腕を組む表情は柔らかく笑顔のルネだがその後ろには怒りの炎が燃えている。怒りの矛先であるフェンリルは部屋の真ん中で正座し冷や汗を掻きながら下を見ている。
野良猫と呼ばれたクレマンティーヌはフェンリルのベッドに腰掛け不機嫌そうに見ている。
「それはーそのー何と言うか・・・ですね」
言葉の歯切れ悪く答えに迷っている。人生で来ることのない無縁の事だと思っていた女での修羅場にフェンリルはどう対処して良いのかが分からなかった。
「別にマスターが約束を忘れて遅く帰ってきたこととか、野良猫を拾ってきた事とかを怒ってはいませんよ。ただ忘れた理由とか拾ってきた理由とかを説明して欲しいだけですから」
(それを怒ってるっていうんじゃないのかよ)
と心の中で思っても決して口には出すことが出来ない。原因は自分にあるのだから
「さっきから一言もおっしゃってくれませんけども、聞いていますか?」
「はい!聞いてます!」背筋を伸ばし返事をする。
「なら答えてください。私に解るように、納得できる理由を」
「あのですね・・・ちょっと街をブラブラしてたらですね・・・こう何と言うか、道に迷ってしまって、そこで会ったのがこのクレマンティーヌでして・・・」
嘘は言っていない、ただ殺しにきたので戦ったというと心配をかけるので言わないだけだ。本当だよ。余計なことを言ってこれ以上怒られたくないとか思ってないよ。
「道に迷って・・・ふ~ん、まぁ一万歩譲って遅れたことは許しましょう。それで?どうして野良猫を拾ってきたのかしら?」
一万歩は納得してないのと同じじゃないのかとは口が裂けても言えない、そしてクレマンティーヌを名前で呼び事無く拾ってきた野良猫扱いするところが怒りの最たる原因が分かる。
「いや、それはその~仲間にしたっていうか~」
まさか正体をばらして従者にしたなど言えない。
「仲間?仲間にしたんですか?」仲間という言葉に反応する。
「野良猫ごときが何の役に立つと?まさか愛玩用ですか?」
主人であるフェンリルにそうあれと創造された私がいるのに、まだ手を出さないのに愛玩用として女を連れてくるとは、嫉妬どころではない。
ネルの話をずっと不機嫌に聞いていたクレマンティーヌが立ち上がる。
「あのさ~黙って聞いてれば何なの?つ~かっこの女なに?」
ルネがギロリとクレマンティーヌを睨む。身体が泡になって消えてしまうかと錯覚するほどの殺意に意識はかろうじて持ったが膝から崩れ落ちる。滝のような汗が額を伝う。
「ふ~ん、度胸はあるようですね。ですが・・・」
ネルが肩で息をするクレマンティーヌを見下ろす。それを荒い息を吐きながらも負けじとルネを睨む。
「テメー、殺してやる」
明確な殺意をあらわにするがそれをぶつけられたネルは一切怯えるそぶりすら見せない
「この程度で膝をつくなど、とても役に立ちそうにもありませんが」
「ネルやめないか、大丈夫か?」一触即発の事態にフェンリルが割って入る。
いつもなら身体が先に動くクレマンティーヌだがネルの挑発に鼻で笑った。
「役に立たない?はっ!ここでぐだぐだしてるお前より役に立つ情報持ってるっつーのっ、ねぇフェンちゃん一気にランクアップしたくない?」
何か言おうとしたネルを口論になる前に先に止め話を促す。
「待った。それはどういうことだ?」
「それは、普通だったら昇格試験とか面倒くさいことやらなきゃ冒険者って上に行けないんだけど、特例で一気に昇格出来る事があるんだ~知りたい?」
「知りたい」
そうそうに旨い話があるわけなどないが裏技の様なものがあるのならば話を聞きたい
「ど~しよっかな~」愉快そうに笑顔のクレマンティーヌ
「もったいぶらずに教えてくれ」
「も~そんな顔しないで~でもそんな顔してもか・わ・い・い・ぞ、それは上位クラス相当の依頼を達成すること簡単でしょ?」
上位の依頼と言われても確かに達成する力はあると思うが受ける事の出来る依頼はクラスによって決められている為、最低位である銅では上位依頼を受ける事が出来ない。
「それを受けられないからコツコツやっていかなくちゃいけないんだろ。突発的にでも起きればいいんだけどそう都合よく起きるわけ―――」
「それが分かっているとすれば?」不敵な笑みを浮かべる
「―――なに?」
「だから~オリハルコン級の依頼が突発的に起きるのが分かってるんだってば」
「は?どんなのが?」
「あのね~、アタシがフェンちゃんに拾われる前に、まぁカジッちゃんとかはまだ仲間だって思ってるかもしれないけどズーラーノーンが~、あっアタシこの組織の幹部ね、それでこの街を死の旋風で死都にするって計画をアタシが手伝って明日やる予定だったんだけどアタシ、フェンちゃんの仲間になっちゃったから」
さらりと重要な言葉が流れてきた気がする。
「手伝うってお前は何をする予定だったんだ?」
「ん~とね、ンフィーレア=バレアレをさらってこれを使わせる予定だったんだよね~」
そう言って、叡者の額冠を出すと手でクルクルと回す。
「なんだそれ?」
「これはね~、スレイン法国の最秘宝の一つで~、着けた人間を~超高位の魔法を引き出すマジックアイテムへと変える素敵なアイテムだよ~、まぁそれを盗んだんだけどね~」
クレマンティーヌは笑う。
「ちょっと待て、盗んだのか?それを?」
「そうだよ」
それがどうしたの?とでも言う表情のクレマンティーヌにフェンリルが頭を抱える。まさか色んな爆弾を抱えている奴だとは、スレイン法国という国を裏切り、なおかつ最秘宝の一つを盗み、そしてズーラーノーンという組織の幹部、面倒事が両手で抱えるほどクレマンティーヌは持っている。
「ねぇ嫌いになっちゃった?」
上目遣いにフェンリルを見るその目は潤んでいた。まだ女に免疫の付いていないフェンリルには威力は十分で怒る事など出来ずに許してしまう。
「はぁ、仲間にした以上は仕方がない。面倒事を一つずつ潰していくか、それとクレマンティーヌ」
真剣に重みのある声で名前を呼ばれる。そしてその目にはあの美しい獣の目を思い起こす光が宿っていた。
「お前はオレに全てを捧げたな?」
「はい、この身、この魂の全てを」今度はうっとりとした表情を見せるクレマンティーヌ、だがその言葉に嘘偽りはない。
「ならば我はお前の全てを許し守ろう。だが裏切りは決して許さない、我への利益をもたらすズーラーノーンへの裏切りをもってお前の最後の裏切りとせよ。そして・・・」
アイテムパックから取り出したのは小さな狼の横顔の形をしたイヤリング、これはユグドラシルでギルドを作った時に知り合いの鍛冶師に作ってもらい、かつての仲間にも送ったものだ。
「これをお前に送ろう。お前が我の仲間いや群れの一部であるその証だ。これがお前の元にある限り我の元にいる事を許そう」
「決して御身に後悔などさせません」
「良き返事だ。では今一度ズーラーノーンに戻り情報をさらに引き出してこい」
「承知いたしました」
そう言い残しクレマンティーヌが部屋から出ていくとフェンリルは一仕事終えた気分になった。だが最大の仕事はまだ残っていた。
「身を捧げたとはどういうことですか?」
古い機械仕掛けの人形のようなぎこちない動きでネルを見るとその目には涙が今にも零れ落ちそうなほど溜まっていた。
「そういう意味じゃないから!本当にそういう意味じゃないから!」
「ならどういう意味があるというのですか!」
フェンリルがネルの誤解と機嫌を直すことが出来たのは夜明け前の事だった。