記憶の大地より -Memory Gear- 作:アルキメです。
一話
宇宙。
銀河とも呼ばれる静かな暗黒の海に、みずみずしいほどの星群と太陽の光がきらめいていた。
それを眺めるのは、一体のオレンジの巨人。
Λ形状型のレッグアーマー。
やや胸部が突き出た厚いボディ。
丸みを帯びた両肩。
グリーンカラーのデュアルアイを覆い隠すように取り付けられた、鈍く灯るモノアイ式補助センサーバイザー。
量産型OF・グローリー。それが巨人の名前だった。
もっと正確に言えば、グローリーの狭いコックピット内部に座す少女の瞳が、その神々しい光景にくぎ付けになっていたのだった。
《……! ……等兵! ……リア……兵! ……エ・ミ・リ・ア・一・等・兵!!》
ヘルメットに内蔵された通信機から告げられる一字一句はっきりとした、わずかばかりの怒気を孕んだオペレーターの声が少女のメルヒェンチックな思考の海から理性を、急速かつ無慈悲に現実へと引き揚げた。
「うぇ? ――あっ!? は、はい! こちらエミリア機! 所定位置に着きました! い、異常ありません!」
エミリアと呼ばれた少女は慌てて、応答。
不安とため息混じりの「了解。そのまま待機願います」という旨の言葉が、通信の向こう側から帰ってきた。
――しくったなぁ。あぁ、これ終わったら何か、言われるれるのかなぁ。
引き攣った笑みを浮かべながら、少女は眼球を動かして現状を再確認する。
少女――エミリア・リヴィングストン一等兵――は、狙撃部隊『狙撃の名手達(シャープシューターズ)』に配属された新人である。
今回の訓練プログラムをクリアすることにより、晴れて新人という肩書が取っ払われ、ようやくS.Sのまともな一員として数えられるのだ。
ただの戦災孤児からここまでこられたのは、まさに奇跡のようなものであると、エミリアは思う。
――だからこそ、何がなんでもこれを達成して、ちゃんとS.Sに身を置かなくちゃいけない!
そうしなければ、彼女を引き取り、大きく困ることのない普遍的生活環境と、今日ここに至るまでに様々なことを教えてくれた恩人に申し訳が立たない。
――大丈夫。私ならできる!
意気込む。
自分がこの場にいるきっかけ、そして憧れとなった恩人の後ろ姿を脳内に思い浮かべて。
独りよがりの、半ば思い込み同然の頑なな決意を胸に抱いて。
「んんっ?」
そこまできて、ようやく自身の腕が震えていることに気が付いた。
緊張。
緊張しているのだと、自覚する。
強張った身体をほぐすようにして、さする。
それを見透かしたかのように、
《――緊張、しているのですか?》
つと、そんな通信が入った。
「……っ!? は、はい! してます! ちゃんとしてます!」
声を上ずりかけながらも、エミリアは、はっきりとそう答えた。
《素直ですね》
「よ、よく言われてまして……」
《長所だと思いますよ》
「そそそ、そーですかね? えへへへ……」
ヘルメットに防護された頭部を撫でながら、照れた笑いを漏らす。
《――人の字》
「はい?」
《緊張している時には、手のひらに"直接"、人という字を三回ほど書いて飲み込むといいのだそうです》
「そうなんですか?」
《あくまでも、まじない程度のものですので、それ以上の域はでないものですが》
「いえ、為になります! ……あ、でも」
《どうかしましたか?》
「この耐Gパイロットスーツを着てると、飲み込めませんよね? それ」
コントロールスティックから手を離し、分厚いスーツに覆われた手の平を見つめる。
耐G緩和素材を用いて開発されたパイロットスーツだ。
開発初期の品であるため厚く作られているが、動作の妨げにならないよう柔軟にも作られており、フィット感もそこそこである。
しかし身体全身を覆うため、オペレーターの言う、直接手のひらに人の字を書くことはできない。
《――あっ》
通信の向こう側で、調子はずれの声が零れた。
それから、わずかな沈黙。
「あの、もしかして」
ごほんっ!
エミリアが何かを言おうとした時、それを遮るように咳払いが響いた。
《――訓練プログラム開始まであと五分。準備の程はよろしいですか?》
「え、あの」
《よ・ろ・し・い・で・す・か?》
「ひゃ、ひゃい! バッチリです!」
《訓練と言えども、不測の事態も想定しておいてください》
「はい!」
鬼気迫るような鋭い語勢に、エミリアは思わず、首を縦に振りながら答えた。
それ以上、先ほどの件に関して言及することはできなかった。
レバーを握り直し、深く息を吸って、吐く。頭の中で今回のプログラムの内容を思い出す。
訓練プログラム《TD.Sm2》
それは機動を維持したまま、ルート上に配置されたダミーの狙撃を行うという、言わば高機動戦闘を想定した訓練内容である。
ボックス型の戦闘シミュレーションでも何度か行ったことはあるが、実際に体験するとなれば話は別である。
特に負荷のかからないシミュレーションでは感じることのできない“リアル”を体感することになるのだ。緊張するなというほうが無理からぬことだ。
パネルに表示される情報に目を向けながら、脳内で軌道ルートを想定。
コックピット内から外側の景色を――今度は見惚れないように――確認。
直後、
《訓練プログラム開始まで一分前》
通信が入った。
この瞬間、エミリアの脳内で、ガシャンと静かに音を立てて何かのスイッチが切り替わった。
左手でレバーを握り、ディスプレイに表示される情報を右手でスライドさせながら、改めて確認する。
メインカメラ――OK。
動作制御、チェック――OK。
慣性制御、チェック――OK。
推進出力、チェック――OK。
火器管制、チェック――OK。
その他も併せて、これらすべてを数十秒以内に済ませたところで、通信手がカウントダウンを刻みはじめた。
《二十九、二十八、二十七、二十六……》
その時は既に、身体の震えはとまっていた。
聞こえるのはオペレーターの告げるカウントダウンと、自身から発せられる呼吸音、そして機体の駆動音だけ。
視線は真っすぐに。
鼓動は一定に。
刻々とカウントを告げていく通信。
そのわずかな合間の静寂。
瞼を降ろし、身体の力を抜く。
リラックス。
ゆっくりと、肩の力が抜けていく。適度に。適当に。
《……零!》
その後に続く「開始」という言葉とほぼ同時に、エミリアはフットペダルを踏み込んでいた。
グローリーの背部に備えられたメインスラスターが青白い火を噴きだし、前進を開始。
それは、即座に巡航速度から戦闘速度に突入した。
「くぅっ!?」
耐Gパイロットスーツにより、身体にかかる負荷はある程度まで軽減されているものの、それでも衝撃を感じる。
びりびりとした痛みが全身を覆い、目まいを覚えさせる。
だが数秒後、その負荷は解放感と同時に、心地よい加速感に変化していた。
すぐさまコントロールスティックを握り直し、目的ルートを辿る。
進行ルートは重力安定宙域《ガーベージ・ポイントH-334》
二つ以上の衛星同士が衝突して生まれた小デブリ空間だ。
当初はジャンク屋の活動と、その利益を狙った宙賊の争いで盛んであり、それによりデブリも拡大したが、目ぼしいものがすべて回収された今では、ただの寂しいデブリ空間となっていた。
メインカメラを通し、コックピットモニターに映されるのは、宇宙に漂う無数の残骸。機械の亡骸。
それぞれがまるで生きているかのように右へ、左へと流れ、複雑に回転している。
電磁式防御膜で防御可能な小さな破片程度のものもあれば、ひび割れたソーラーパネルのように、それなに元の形を残したままの巨大な残骸まである。
エミリアは、グローリーの各部に設置された姿勢制御用サブスラスターを噴射し、中型のデブリ群の中を隙間を縫うようにして進んでいく。
回避動作を行いながら搭乗席――後頭部側――に設けられたアームの先端に取り付けられたセンサーアイを、片手を使って右目の目線に合わせて調節していた。
「残骸が多いと、どうもセンサー頼りになる、けど!」
コントロールスティックを持ち上げ、狙撃用ロングライフルを構える。
目標――割れたソーラーパネル――の僅かな隙間を狙い、トリガーを引いた。
銃口から放たれた弾丸は真っすぐに、割れたパネルの隙間を縫って、その陰に隠れていた二脚の鉄箱――エネミーとして設定されたダミー――に着弾。
宇宙空間にも鮮やかな特殊蛍光塗料の花が咲き誇った。
片目でちらりと戦闘観測モニターを確認。そこには《命中》と《撃墜》の二文字が表示されていた。
「何で"カンジ"なの!?」
あまり慣れていない言語表記に、エミリアは思わず驚愕の色を浮かべた。
その間に、撃墜したダミーの横を通り過ぎようとしていた。
そこでようやく、ダミーの実体を認識した。
灰色のボックスアーマーが連なった外装。
固定用バンカーの役割を担う二脚のクローレッグ。
両側から伸びた三本指の作業用マニピュレーターアーム。
頂上部に備え付けられた半固定式ライフル砲。
簡易設計型兵器《コフィン・シリーズ》の一つ、スナイプ・コフィン。
それがダミーの姿であった。
しかし、"ダミー"といえども、本来は戦闘AIを搭載した簡易設計型兵器である。それは言わばOFとMWの中間的存在だ。
より原始的に言い換えれば、手足の生えた戦車である。有人としても機能するが、多くはAIを詰んだ無人型のほうが多い。
設計自体が単純なため、簡易設計型と言われているが、その作りはしっかりとしている。
コフィンなんて物騒な名前はどういう理由で付けられたか不明だが、今ではOFの存在で、有人であれば正しく棺となってしまった。
それでもS.Sや一部の軍隊などで利用されているものは、特定パイロットの戦闘データを基礎にAIを調節されており、下手な新兵よりも余程良い動きをしてみせるという評判でまであるほどだ。
今やOFの波及によりその姿を消しつつあるが、人手が足りない局所においては、自動防衛システムとして利用されていることが多い。
「動く防衛システムなんて厄介よ、ね!」
直後、上方に向けて弾丸を放つ。頭上――衛星柱の裏――に隠れてライフルを構えていたダミー――スナイプ・コフィン――に撃墜判定を下した。
S.Sで調節された戦闘AIに対し、《回避》という判断を下させないまま、即座に撃ち抜いたエミリアの技量は、相当なものであることが窺える。
事実、高機動を維持したままデブリ空間を巧みに駆けながら、さらにもう一機のダミーOFを撃墜していた。
続けて四機目。
続けて五機目。
訓練開始からわずか五分で、既に五機を撃墜していた。いずれも一撃で、である。
着弾部分はどれも寸分違わずコックピットか動力部。
その瞬間を、スナイプ・コフィンに仕込まれたカメラポッドが捉えていた。
*
カメラポッドの捉えた映像は、ソルジャー級強襲宇宙戦艦《ベイリーズ》に送られる。
お世辞にも美麗とは言い難い画質ではあるが、観るという点において支障はない。
画面群に映し出された映像を、合成金属の椅子に座した担当オペレーターが確認していた。
髪を短く切り揃えた小柄な女性である。
逆三角形のように細くスッキリとした顔立ち、画面を睨む青い眼からは、しゃんとした雰囲気を醸し出していた。
「どうかしら?」
つと、声が聞こえた。
オペレーターは振り返ることなく、聞こえた声に対して手振りで反応を示す。
そのオペレーターの背後に一人、声の主である女性が歩み寄ってきた。
傭兵部隊の戦艦には不釣り合いな赤いドレスを纏い、ブロンドの髪を束ねた女性だった。
緑色の瞳を妖しく光らせ、目を細めて映像に視線を落とす。
映像の目線であるコフィンが、センサーでエミリア機の接近を探知したところだった。
コフィンは武装を構えた。直後、視界がわずかに振動し、撃墜判定を表示した。
カメラの視界の中で、エミリア機が通り過ぎていくのが確認できる。
背面の可動スラスターから噴き出る炎が青い軌跡を描きながら、デブリを避け、暗黒の海を翔ていく。
滑らかで優雅。鳥のように雄々しく、柔らかだと、女性は思った。
自然と吊り上がる口の端を右手で隠し、呟く。
「面白いわね」
「送られてくる映像を見る限りでは、動きは人並み以上ですね」
「フフフ、わざわざS.Sと連携した甲斐があったわね。掘り出し物が見つかるなんて」
「……レギナ様、何か企んでますね?」
「ええ、それはもう」
レギナと呼ばれた赤いドレスの女性は、オペレーターの座る椅子をそっと押して、後方へ飛んだ。
重力制御の利いた艦内では、人の身体もふわりと軽いかのように錯覚させる。
「一応、お聞きしますが、どちらへ?」
「トレナール艦長に伝えておきなさい。赤薔薇は宇宙に咲く、と」
妖艶な笑みを浮かべて、レギナは通路の向こうへと姿を消した。
オペレーターは一度も振り返らないまま、手振りでレギナを見送った。
「まったく……」
レギナの気配が完全に消えたのを確信し、オペレーターはインカムを指先でなぞった。
視線の先には《ガーベージ・ポイントC-114》のレーダーマップ。そして映像。
そこにはもう一人、エミリアとは別のポイントで訓練を受けている者がいた。
担当オペレーターは違うが、こちからでも映像を確認することはできるようにしていた。
そのまま視線を《ガーベージ・ポイントH-334》の状況を映した画面群に戻す。
「シーから艦橋へ。シーから艦橋へ」
『こちらベイリーズ艦橋、どうした』
返ってきた低く落ち着いた声に、オペレーター――シーは淡々と告げる。
「赤薔薇は宇宙に咲くようです。準備の程を、どうか」
シーンは想像できても、書くのは難しいですね。
粗い出来ですが、どうかご容赦を。