記憶の大地より -Memory Gear- 作:アルキメです。
ソルジャー級強襲宇宙戦艦《ベイリーズ》は、機動性に優れた大型宇宙船である。
ひし形を伸ばしたようなユニークな形状のベイリーズの底部には、補給艦などを受け入れるためのドッキングシステムが備えられている。
今現在、底部には一隻の中型宇宙船がドッキングしていた。
人の指のようなシルエットで、先端が丸っこい姿にどことなく愛嬌のある宇宙船である。
ベイリーズの灰色の装甲とは違い、こちらは青と赤で一部を彩られていた。
ケーファー級中型宇宙戦艦《プッペ》
それがこの小型宇宙船の名前である。
プッペの後部ハッチから、一機のOFが姿を現した。
OFは、紫みがかった赤色の外装を身にまとっていた。
頭部と胴体パーツの形状から、アサルトファングのカスタム機であると見て取れる。
従来のアサルトファングと明確に違う部分は、その紫みがかった赤色の外装にあった。
滑らかな曲線を描いて尖った肩パーツ。
紋様の描かれたリアスカート。
厚い装甲を追加された脚部。
背部に煌く青いシールドマント。
腰部に佩いた実体剣。
その全てが、騎士のような出で立ちをしていた。
真紅のOFの肩部には、剣に絡む赤薔薇のエンブレムが描かれていた。
OFアサルトファング・カスタム・
それこそが、レギナが言った宇宙に咲く赤薔薇の正体であった。
「いいんですかね? あちらさん、うちの新人にちょっかいかけるようですが」
DRファングが発進したのを確認し、ベイリーズの艦橋で確認したクルーが不安げな面持ちで呟く。先ほどシーから言伝を受け取った男性オペレーターである。
「んんー? ま、いーんじゃなーい?」
男性オペレーターに呟きに反応したのは、誰あろうトレナール艦長その人だった。
艦長席を後ろに倒し、帽子を顔の上に乗せて仰向けに寝ながら、間延びした調子で答えた。
「お嬢様方のやりたいよーにやらせてあげましょーか」
「はぁ」
「不安のよーだね」
「まあ、そうですね。新人のこともありますが、連携した同業者であるとはいえ、一応は依頼人ですし……」
「で、あるからこそさ」
姿勢を変えずに、手をひらひらと振りながら、トレナール艦長は続ける。
「依頼人とはいえ同じ傭兵稼業同士、実力を確認しておきたい。こちらは新人とはいえエースの卵。お嬢様の腕前、拝見といこうじゃないか」
くっくっく。
顔面に置いた帽子を抑えながら、喉を鳴らして笑う艦長に、男性オペレーター他、その場にいたクルー一同は、
――意地が悪すぎるなぁ。
――新人任せとか、無責任すぎる……。
――こんなんだから入団者が減るんじゃないかなぁ。
――今日は金曜日カレー。今日は金曜日カレー。
と、各々声に出さずに呟いた。
艦内にアラートが響き渡ったのは、その直後だった。
*
ゴゥッ!
エミリアの操縦する脚部のバーニアスラスターを噴射し、速度を落とす。
急な減速による負荷がスーツ越しからでも感触としてやって来る。
「うぐっ」
全身に圧し掛かるGに耐え、エミリアはサイドレバーを押し倒す。
それに追随してメインスラスターが青白い炎を噴き、垂直に飛んだ。
視界がわずかに赤みを帯びたが、それを気にすることなく、機体の向きを変えて、ふたたび加速。ほとんどの速度を失わせず、高機動を維持したまま進行ルートを変えてのけた。
あのまま進めば陣形を変えたスナイプ・コフィンに待ち伏せされていた。そう思い、ルート変更を行ったのだ。
グローリーはセンサー類も相応に強化されており、範囲内であれば、それなりの精度を誇っている。それ故に普通であれば気づかないほどに隠密行動で動いていたスナイプ・コフィンを察知することができた。
しかし、相手のAIも優秀であった。
今まではロックオンされる前に全て撃墜判定を下してきたが、それも六機目を撃墜してからは対応され始めたのか、急速に動きが厄介になった。
「やっぱり一筋縄じゃいかない――って!?」
アラートが鳴り響く。
――嘘っ!? もう捉えられてるの!!
焦りの表情を浮かべて、視界内の状況を瞬時に読み取る。
グローリーのセンサーが、左斜め上から砲身――半固定式ライフル砲――を覗かせたスナイプ・コフィンを認識。
その瞬間に、砲身が弾丸を吐き出した。
――直撃コースっ!
すかさず何もない空間にロングライフルを向け、撃つ。
反動で機体の位置がわずかにズラして回避。
目の前を弾丸が通り過ぎていった。
特殊蛍光塗料が詰まっただけの無殺生弾――ペイント弾――だと解っていても、一瞬でも恐怖を感じる。
「あ、っぶなぁ!」
安堵と同時に反動で跳ね上がった腕をそのままに、二射目を放つ。
先ほどのスナイプ・コフィンの砲身を鮮やかに染めて、中破判定を下した。
撃墜、大破まではいかずとも、武装が破壊されたと判定されれば、スナイプ・コフィンは戦闘能力を失い、停止した。
「はぁ~……目標数は十機。今ので、七機目!」
大きく息を吐きながら、エミリアは確認する。
ここにきて初めての撃墜以外の判定。
エミリアの動きに対応してからは、明らかに動きが変わっていた。
彼女の得意としている即断速射の苦手とする、センサー頼りとなる視界外からの攻撃。
それも右手に持ったロングライフルをすぐに向けられない左側を狙って、である。
「何が棺だか!」
舌打ちにも似た悪態を吐き、迂回を繰り返しながらデブリの中を駆ける。
レーダーマップを確認すれば、目と鼻の先に空白にも似た空間があった。
それこそが、ここガーベージを抜け出した空間だ。
重力の流れによって大量の鉄屑が流れ込むことのないまっさらな宇宙空間。
地上で例えれば平原のような場所だ。
そこにもう一つの目標、到達すべきゴールラインとして設定された母艦ベイリーズがいる。
しかし、このまま突っ切れば残りのスナイプ・コフィンの良い的になるだけであると、エミリアは考えた。
――じゃあ、どうするか?
一寸、視線を彷徨わせてから、唇をきゅっと結んだ。
数度まばたき、きっと視線を見据える。
――それなら、こうする!
フットペダルを踏み込み、直進コースをとって加速する。
噴射炎が一瞬、大きく灯った。
一方、スナイプ・コフィンも、これに反応していた。残った三機は即座に狙撃姿勢に入る。
機動性ではOFのほうに分がある。ならばと、AIはそれぞれ近場のデブリで背中を隠すように配置についた。
既に予測ルートは割り出していた。後はエミリア機がそこを通過する瞬間を狙えばいい。
スナイプ・コフィンのレーダーには、高速で接近する赤点。
予測ルートを通過するまでわずか。
三機の砲口が狙いを定めて待つ。
一機目が外しても二機目が、二機目が避けられても三機目が。
三重の構えをして、獲物を待つ。
だが――
「い・ま・だぁっ!」
エミリア機は直前で斜め上方に飛んだ。
その行動は、AIの予測を裏切ったものだった。
エミリア機はすぐに前進加速。Z字を描いて飛び出した。
視認。
認識。
捕捉。
スナイプ・コフィンも既に行動していた。
「だけどっ!」
――私のほうが、早いっ!
眼下にいたスナイプ・コフィンの脳天に一撃。色が咲く。
すぐに機体の身を捻って回避行動。
飛来したペイント弾が装甲スレスレを通過。
直前に放った二発目が、カウンター気味に二機目のスナイプ・コフィンの脚部に着弾。
しかし、撃墜判定には至らず、スナイプ・コフィンはふたたび砲塔を向けようとしていた。
エミリア機も素早くロングライフルを構え――
「うっ!?」
放り出すように、ロングライフルを手放した。
直後、ロングライフルが鮮やかな色に染まった。
もう一機のスナイプ・コフィンが放った攻撃を、ロングライフルをその射線上に放ることで盾にしたのだ。
すぐさま脚部装甲を展開し、右腕部伸縮マニピュレーターを伸ばし、収納されていたハンドガンを引き抜く。
「でやぁぁぁっ!!!」
そのまま突撃。
先ほど被弾させたスナイプ・コフィンに組み付き、接射。
三回の銃声が響き、スナイプ・コフィンのボディを染めあげた。
沈黙したスナイプ・コフィンを蹴り、その勢いを利用して最後の一機がいる方向へ機体を向ける。
ロックオンされたことを報せるアラートがコックピット内に響く。
構わない。ハンドガンの有効射程まで入れば終わる。
前へ!
ただ前へ!
真っすぐ前へ!
スナイプ・コフィンの砲口が瞬く。
このままでは直撃は免れない。
それでもエミリア機は回避行動をとらない。
バシャ!
着弾を示すピンク色が空間に広がる。
だが、直撃はしていなかった。
どころか、両機の間に割って入ったものが、スナイプ・コフィンのペイント弾を防いでいたのだ。
それは、先ほど手放したロングライフル。
エミリアは手放した瞬間、腰部に備えたアンカーを打ち込んでいた。
それによりロングライフルを手繰り寄せ、二度も盾として利用したのだ。
予想外の活用法に、スナイプ・コフィンの判断が一寸、遅延した。
直後にエミリア機を捉えた時には、既にハンドガンを構えていた。
「あ・た・るっ!」
トリガーボタンを強く押す。
一発。
動力部であるボディの隙間を狙って放たれた弾丸は、吸い込まれるようにして狙った箇所を染め上げた。
ブゥゥゥゥン――
スナイプ・コフィンは撃墜判定を下され、沈黙した。
「……っぁ、はぁ~」
エミリアは大きく息を吐いて、吸い込む。
深呼吸。
トリガーボタンを押してから着弾するまで、無意識に息を止めていた。
「終わ……った?」
自覚。
途端に、ドッと汗が溢れてきた。
心臓が早鐘のように鼓動し、身体を震わせる。
足は動かず、手はレバーと一体化したように離れない。
そのままシートにもたれかかり、目を瞑る。
コックピットに内蔵されたECS――
このECSは環境に合わせて温度を調節し、パイロットの体調を維持するだけでなく、搭載している機器への温度管理も行っている。
熱砂地帯には冷房に、凍土地域では暖房に、常にコックピット内の環境を快適に保たせてくれるのだ。
「……人類の進歩万歳ってね」
呟き、小さく笑んだ。
ようやく手がレバーから離れられた。
両手でヘルメット超しの顔を覆い、さらに大きく息を吐く。
成し遂げた、という感情は薄かった。
ただぶり返してきた緊張と疲労感でいっぱいいっぱいだった。
《――お疲れ様です》
「あ、お疲れ様です」
オペレーター――シーからの通信に、エミリアは素っ気なく答えた。
《素晴ら――しい動きで――したよ》
「ありがとうございますぅ」
少しずつ余裕ができたのか、若干気の抜けた調子の、しかし感情のこもった声が出た。
同時に、自身の機体もその場で停止していたことに気づいた。
慌てて姿勢を直す。レバーを握りしめ、グローリーとともにベイリーズへ向かうために、進行を開始する。
「あわわ、すみません、帰還するまでが訓練でした!」
《今は、ゆっ――くりでいい――ですよ》
その頃になってようやく、通信のノイズがひどいことに気がついた。
耳をこらせば、通信の向こう側から、振動音を拾うことができた。
「あの、そちらで何か起きているんですか?」
エミリアの問いかけに、若干の間が置かれた。
《――ああ、いえ、今現在、我が艦は正体不明の集団――恐らくは宙賊の襲撃を受けているだけですので、お気になさらず》
「あ、そうなんですか。へぇ~」
あっけからんとした返答に、エミリアは相槌を打ち――
「――ぇえええっ!?」
シーの言葉を脳内で反芻して、ベイリーズ側の見舞われている事態を理解し、驚愕の叫びをあげた。
プロットはあるのに想定より展開が180度違う不思議(つまり、ない)
次回はDRファング回です。