記憶の大地より -Memory Gear- 作:アルキメです。
OFの波及に伴い、力をもった人間は時に道を踏み外すことがある。
それの意味するところは、強盗を始めとした犯罪が《安全》かつ《効率的》に行われるようなった、ということであった。
(無論、それに対する防衛手段も講じられ、昔ほど多大な被害を受けることは少なくなった)
ただの道楽で犯罪を働く不届き者もいれば、事情により止む得ずそうしなければならなかった者もいる。
彼らはそれぞれの理由を抱え、OFという明確な力を使い、どこかで犯罪行為を行っているのだ。
宙賊、と呼ばれる宇宙海賊もその一つの形態であった。
だが彼らにとって今回の仕事は、あまりにも運が悪かった。
⁎
「
レーダーマップを注視しながら艦橋オペレーターが告げる。
トレナール艦長は背もたれを起こしながら叫ぶ。
「識別を
「もうやってます!」
帽子を目深に被り直しながら、逐一届く報告に耳を傾け、目を向ける。
その顔は精悍さを纏っていたが、ふっくらと丸みを帯びた輪郭と小さな目がどことなく愛嬌を醸し出していた。
剃り整えた顎髭を撫でつつ、指示を飛ばす。
「正規パイロット三名は出撃準備を――」
『お待ちなさい』
言いかけたトレナール艦長の声を遮るように、通信が入った。
艦橋に設けられた複数のモニター画面の一つがワイプを展開し、そこにレギナの顔を映し出した。
『艦長、ここは私に任せてくれません?』
「仔細ない。こちらもすぐに機体を出す」
『いいえ、その必要はありません』
「――何?」
レギナの言葉に、トレナール艦長を含む一同は眉根をひそめた。
『私だけで十分。援護は不要ってことよ』
「ハッ」
――何を馬鹿なことを。
ほんの短い笑いを飛ばした。
「言ったな?」
『ええ、言いましたわ』
互いに、含みのある微笑みを浮かべていた。
それを了承と受け取ったレギナは、そこで一度通信を切った。
「で、あるから、――諸君、パイロット連中には“酒でも飲んで寛いでろ”と伝えておけ」
「えぇ~……」
操舵士の男が、いかにも腑に落ちない声を漏らした。
「ん? 納得いかんかね?」
「いえ、艦長の無責任投げっぱなしジャーマンスープレックスは今に始まったことではないので別段、気にしてはないんですが」
「えっ、なにその表現、初めて聞いたんだけど、なに、俺みんなにそう言われてるの?」
「――よーし、索敵続けて! こっちに来そうな攻撃なんかはそのままオレに通せ!」
「ねぇ、ちょっと、何で無視するの? ……おーい」
操舵士はそのまま、トレナール艦長の言葉を受け流すことにした。
「おーい……」
その横で、DRファングが敵性に向かい飛び出していった。
*
『な、なんだってんだ!? うわぁぁぁ――』
また一機、ムラクモが関節を粉砕され、行動不能になった。
これで既に二機目。
宙賊の全戦力はムラクモ七機と、旧式系であるガビーが五機。
そこら辺の弱小組織よりも戦力を有する宙賊は、しかし一機のOFに翻弄されていた。
そのOFこそ、紫みがかった赤い騎士風の外装を纏うアサルトファングのカスタム機、DRファングである。
腰に佩いた実体剣は抜いていない。
代わりに、袖から伸びた鞭のような兵装《ローズウィップ》を振るい、的確に宙賊の駆るOFの手足を砕き、戦闘能力を奪っていった。
このローズウィップはただの対OF用攻防鞭ではない。
先端までマニピュレーターが仕込まれており、自在に動作することができるのだ。
これにより相手の意識の裏をかいて攻撃を与えることが可能になっている特殊な兵装である。
ローズウィップがしなやかに振るわれると、また一機、突撃したムラクモの足が砕かれた。
無重力空間での活動は手足を含んだ機体バランスが最も重要であり、多くのOFパイロットにとっての基礎でもある。
とどのつまり、手足の一本でも失えば、たちまち慣れたバランス感覚は崩れてしまい――パイロットの技量次第にもよるが――持ち直すにはそれなりの時間を要することになってしまう。
オートバランサーの発達によってある程度は持ち直しやすくなったが、パイロットが無闇に立て直そうとすることで、返ってバランスを余計に崩してしまうこともままある。
『な、うわっ!?』
こうしてバランスを崩したムラクモは無闇やたらにスラスターを噴射し、体勢を立て直そうと努力するも、あえなくデブリに衝突。激しく揺さぶられたパイロットは意識を身体の外へ投げだした。
『クソが! 話と違うじゃねぇかよっ!』
『何が今ならS.Sを襲えるだ! あんなのがいるなんて!』
ムラクモとガビーの動きからは宙賊の混乱が手によるようにわかる。
三機目のムラクモを失った宙賊は、襲撃時の勢いはどうしたと言わんばかりに及び腰になっていた。
DRファングのメインカメラからその様子を眺めつつ、レギナは自分から攻撃に転じない。
あくまでも向かってくる敵機のみを迎撃するだけだ。
それは近接戦闘に特化したDRファングの性能に則した戦い方でもある。
一対多での戦闘において、撹乱目的以外での近接戦闘のリスクは非常に大きい。
わざわざ自ら突っ込んでいく必要性はないと考えていた。
もしも迷いなく突撃する者がいれば、それは猪突猛進タイプか武術に長けた者のどちらかであろう。
「しかし、これじゃあまるで弱い者いじめね」
コックピットに座すレギナは、微笑みを湛えたまま、呆れた調子で呟く。
彼女の衣装は、なんと出撃前と変わらず、ドレス姿のままだった。
普通であればOFの操縦に向かない、ただでさえ動きにくいドレスのまま搭乗する者はいない。
その恰好のままOFを繰り、不敵の笑みを浮かべて今なお無傷のまま佇むレギナの腕は確かなものであると知れる。
「あら?」
つと、見れば賊の頭であると思われるムラクモが現れた。
頭部には二本の鋭いリーダーアンテナが付けられている。
他のムラクモにはない、両肩に備え付けられた長方形のショルダーシールドと相まって、妙な威圧感を放っていた。
途端、賊の動きに変化が見られた。
まず残ったムラクモが後退し、代わりにガビーがDRファングを囲うように展開した。
*
ガビーは企業間戦争の最中に開発されたOFの一機だ。
巨大な砲塔と一体化した拠点攻撃用として作られた本機は、コの字型という特徴的な体躯をもち、横から見た姿がドライヤーのようであるということを指して《ドライヤーキャノン》とも呼ばれている。
しかし、宙賊が使用しているガビーは砲口がキャノン砲ではなく、
最も、その連射性能の高さは脅威そのものであり、数機のガビーによる
Jガトリングガンは、その連射の反動と過熱に耐久性が追いつかず、撃ち続ければすぐに砲身が焼きつきを起こしてしまうため、使用後の冷却とメンテナンスが必要不可欠になるという維持環境の悪さが目立つ兵装である。
その存在は既に旧式の兵装でありながらも、高い連射力と攻撃力を兼ね揃えた戦慄すべき威力は、今もなお健在であった。
時代の進歩によって、ほとんどが表舞台から姿を消したJガトリングガンであるが、いくつかは裏に流され、こうして宙賊たちによって利用されていた。
五体すべてのガビーが、Jガトリングガンの砲口をDRファングに向けた。
そして、二本角のムラクモのパイロットが叫ぶ。
『撃てぇい!!』
一斉射!
無数の弾丸がDRファングに高速で飛来する。
対するレギナは、不敵の笑みを崩さないまま、DRファングの背部に取り付けられたシールドマントを翻す。
『たかが薄皮一枚で防ぎきれるものかよ!』
――勝った!
わずか七秒。だがこの七秒の間、Jガトリングガンの弾幕にさらされて生き残った奴はいない。
賊たちの間に安堵感がわずかに生まれた。
銃身が焼きつく前に斉射を止め、無数の銃撃により発生した煙の繭を確認して、ほくそ笑んだ。
しかし、それはすぐに引き攣った笑みへと変化した。
『お、お頭!』
『あいつ……』
『――ああ、わかってる』
動揺に震えた声を抑え、努めて冷静を装って、お頭――二本角のムラクモのパイロット――は頷いた。
煙が晴れた中心には、焦げて黒く変色したシールドマントがあった。
その光景を認識し、お頭は目まいを覚えた。
『マジかよ……』
なぜならば、シールドマントには、風穴の一つも開いていなかったからである。
*
「うふふふ」
Jガトリングガンの嵐を受けきったレギナは、コックピット内で笑っていた。
ほんのちょっぴり、額に冷や汗を浮かべて。
「流石、財団提供の装備といったところかしら。少しだけ、ほんの少しだけ肝が冷えたけど」
《レギナ様、それはコストが頭一つ抜けて高かったものなので、あまり無駄にしないでください》
「残りはいくつあったかしら?」
《二枚――、今ので一枚になりましたが》
「あら勿体ない。じゃ、これパージするから後で回収しておいてね」
《……了解です》
コンソールパネルを操作し、シールドマントを留めるハードポイントの接続の解除を行いながら、レギナは賊を見据える。
DRファングが持つ性能の半分は見せた。
これに対して、相手はどのような行動にでるか。
レギナのそんな疑問に、お頭を筆頭にした宙賊はすぐに答えを示した。
Jガトリングガンの冷却を始めたガビーを下がらせ、部下のムラクモがふたたび前に出る。
レギナのDRファングから見て左側に展開しつつ、ライフルをフルオートで射撃。
これに対してレギナは左腕のローズウィップを素早く回転させ、特殊電磁波を発生させることで防御壁を展開し、弾丸を防ぐ。
続けて右側からもフルオート射撃による弾丸の嵐。これも右腕のローズウィップの回転式電磁防御で防ぐ。
――なるほどね。
DRファングから伝わる衝撃を感じながら、レギナは冷静に思考する。
――左右からの攻撃で動きを止めて、一気にトドメってことかしら。
その予想通り、お頭機が赤熱した実体剣を手に斬り込んできた。
普通であれば回避不可能な状態。
レギナのおかれた状況に、誰もがムラクモの実体剣に切り裂かれるDRファングを幻視した。
シーを始めとしたプッぺの乗組員以外は。
『取ったぁ!!』
「迂闊を晒す!」
ガシャリ!
途端、DRファングの脚部が展開した。
両側の装甲が開き、下方にスライド。
その内部に収納されていた爆砕ボルトランスがお頭機を狙って飛び出した!
『ぬぅぉッ!?』
迫り来るボルトランスを認識し、お頭機は咄嗟に左肩のショルダーシールドで防御を行った。
ボルトランスがショルダーシールドを砕き、お頭機の片角を折り、その頭部を抉った。
『ぐおおぉぉぉ!!?』
衝撃で揺さぶられ、お頭機の視界が激しくブレる。
画面上に映る自機のシルエットがダメージゾーンを表示し、アラートが鼓膜を叩く。
堪らず、スラスターを吹かし、後退しようと試みる。
『お、お頭!?』
不意打ちにより損傷したお頭機に対する部下の心配と動揺を、レギナは見逃さなかった。
一瞬の隙をつき、肩パーツを残したまま腕部をパージ。
足裏のパーツがスライドし、爪先と踵に熱をもったブレード――ヒートブレード――が姿を現した。
メインスラスターを噴出、お頭機に肉迫する!
『こいつっ! まだだ!』
迫るDRファングに右手に持った実体剣を突き出すが、あっけなく避けられる。
次の瞬間、爪先のヒートブレードによって右腕を溶断されていた。
負けじと左腕で、実体剣を握ったまま溶断された右腕をつかみ、横薙ぎに振るう。
しかし、破れかぶれの攻撃に十分な攻撃力は乗らず、DRファングの右膝に取り付けた装甲で防がれてしまい、これも溶断された。
脚部スラスターを小刻みに吹かし、ステップを踏むように左右に揺れながら、DRファングがお頭機のメインモニターを支配した。
『くっそおぉぉぉっ!』
悔しさにあげた叫びすら虚しく、四肢を切断された。
戦闘能力を喪失したお頭機。部下の誰もが、その数瞬の出来事に行動できないでいた。
一体何が起きたのか、それさえまだ認識できないでいた。
それを確認したレギナは振り返る。
宙賊のお頭と、呆気に取られたその部下たちに向かい、オープン回線を開き、
「大将首は打ち取りました! これ以上の戦闘はそちらの損害を増やすだけと知りなさい。であればこそ、すみやかな降伏を推奨しましょう」
言って、お頭機を小突く。
「降伏と意思がなければ、そちらのリーダーの命は保障しませんので」
ニッコリと笑みを浮かべて、そうとだけ告げた。
わずかに色めきたった動きを見せたが、すぐに別のムラクモに制され、武器を手放した。
ガビーも同様にJガトリングガンの砲塔を上に向け、両腕をめいいっぱい上げて抵抗する気がないと意思を示した。
「あら、宙賊にしておくには惜しいわね。あなた、中々人望あるじゃない」
『――ケッ、阿呆どもが』
悪態をつくお頭の声に明確な悪意がないことに、レギナは気づいた。
気づいて、それ以上は何も言わず、四肢を失ったムラクモを鹵獲した。
⁎
その光景を、一機のOFが見ていた。しかし誰一人、見向きもしない。
ステルスである。だから気づかれないのだ。
音も、光も、波も、熱も、すべからく遮断し、察知されない。
それがこのステルス機の特色であった。
《――観測終了。帰投します》
形状不明のステルス機は“モノアイを十字に”動かすと、背を向け、静かにその場から飛び去った。
その際にもう一機、オレンジ色のグローリーとすれ違った。
各部にペイントが付着した鮮やかな機体だった。
ただ、ところどころが傷つき、へこんでいたが。
ともあれ、ステルス機のパイロットは特に気にする風もなかった。
⁎
「んあ?」
グローリーのパイロットはコックピット内で振り返り、すぐにレーダーに視線を移した。
自身の背後には何も映っていなかった。
「……気のせいか?」
《ハンナさん! ハンナさん! もう大丈夫ですよ! 帰還しても平気です!》
「ん、りょーかい」
《はい! お疲れ様です! ……あ、帰還するまでが訓練ですからまだでしたね!? 頑張ってください!》
「あー、はいよー」
やたらうるさいオペレーターの声に、ハンナと呼ばれたもう一人の新兵は困ったように相槌を打ちながら、スラスターを吹かした。
⁎
宙賊というハプニングを迎えつつも、こうして、訓練は終了した。
ほんの少しの違和感を残して。
「あ、あれ? もう終わってる?」
エミリア機が現場に到達した頃には、既に殆どの宙賊たちの捕縛作業は終わっていた。
《これが、後の祭りというやつですね》
終盤の手抜き具合。