理力の導き   作:アウトウォーズ

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ダイとの訓練の模様を描きました。
どうぞよろしくお願いします。


デルムリン島とフォース

アナキンはダイの才能に舌を巻いていた。

彼の大地斬は日を追うごとにその力を増している。今もアナキンの目の前で岩を両断し、余すところの勢いで、あろうことかその名の通りに地面まで引き裂いてみせた。

最早これは、人間の力では無い。おそらくこの少年は、無意識にフォースで身体を強化している。

 

しかし…。

宙を漂う小石の群れを前にしては、その絶大な膂力も用を成さない。

もとい、目隠しをした状態で大技を放つなど、この訓練の意味を理解していない証拠である。

 

「そらそら、どうした?さっきから一発も当たってないぞ?」

 

アナキンはダイの振るう余波に巻こまれないよう、少し距離を置いて小石の群れ30個を操作している。

ダイの周囲をフヨフヨと舞い踊るそのうちの一つを、ダイの背中にぶつける。

それを2発、3発と続けていく。

 

「くそ…、海破斬!」

 

次にダイがカウンター気味に放ったのは、アバン流刀殺法で最速の技である。

これをそもそも驚異的な身体能力を持つ彼が、その無意識の強化と併せて放つと、それはまさに超速の神業となる。

 

今度は見事に、ちょっかいを出して来た小石を両断してみせた。

見事なものである。

 

「よっしゃあああ!」

 

「…あまり調子に乗るな。」

 

「よし、この調子で…アダダダダダ!」

 

少し気に障ったアナキンは、残る小石を次々にダイの手足、胴体に向けて放ち、命中させていった。

とどめとばかりに最後の一塊をダイの顎にクリーンヒットさせ、仕上げとする。なお、これは砂を一塊にして投げつけたものなので、見た目ほどの威力はない。

 

しかしダイの運動能力を刈り取るのには十分な効果を発揮した。

 

「クッソ!…ってあれ?」

 

「さっきの返し技は見事だったぞ。しかし…そこに食らうとそうなる。人体の弱点もよく覚えておくんだ。」

 

アナキンはダイに顎下に一撃をもらうと一時的に行動不能になってしまうことを教えると、小休止をとるように告げた。

そして、黙考に浸るのである。

 

ーーどうも、うまくない。

アナキン自身のフォースコントロールの修練も兼ねたこの訓練方法は、確かに効率が良い。ダイは見事に、一撃をもらった後の反撃方法を習得してみせた。

 

しかし本来、これは空裂斬の習得のためにジェダイ式の訓練方法を応用したものなのだ。

それにも関わらず、ダイの潜在能力が訓練の想定を上回る形で解決方法を与えてしまっている。

 

「どうにも上手くいきませんよ、アバン先生…。」

 

「それって、この刀殺法を編み出した人だったっけ?スゲーよなあ…どんな人なの?」

 

「”スゲー”、じゃなくて凄い、だ。言葉使いにも気をつけるように。…間違いなく天才の一種だよ。 刀殺法だけじゃなく、槍や斧といった武具にも精通している上、魔法すら使いこなしてみせる。」

 

「うわぁ…アナキンよりも凄いんじゃない?」

 

「ある意味な。さて、ダイよ。おまえは師の偉大さを改めて知る必要があると見える。…立て。」

 

「もうヤダよ、この練習。見えないし痛いし…って、うわああ!」

 

その日、ダイは地獄を見た。

飛来する小石を命中前に両断してみせるまで、夜を徹してその訓練が続けられたからだ。

ちなみにその妙義の秘訣が、小石の飛来する風切り音と、その方向から伝わる命中寸前の皮膚感覚である、と判明した後にアナキンは再び頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

デルムリン島でのダイへの指導は、二ヶ月目に突入していた。

先のような軽口を交わすくらいには、アナキンとダイの師弟は信頼関係を築き上げられている。

ダイの育ての親であるブラス老とも、良好な協力関係にある。

これは、地元住民を悉く惨殺して回った前世での経験に照らすと、アナキンの人間としての成長を物語っていた。

 

しかし。

アナキンは早くも指導者としての限界に直面していた。

確かにダイは、桁外れた身体能力の活用を覚え、戦力として大きく成長している。もう、いつぞやの妖魔人間では相手にならないだろう。

精神的にも…最近は生意気を言うようにはなったが、この年頃の少年としては充分に謙虚である。

 

けれども、ジェダイの騎士である筈のアナキンが、その弟子に肝心のフォースの成長を促せていないのである!

 

そしてその原因に関しても、アナキンは薄々と感づいていた…。

この島にあまねくモンスター達の存在があまりにも純粋で温かすぎるという、幸せで稀有な事実が、かえってフォースの成長を妨げているのである。

これはこの島に来てダイを指導するようになってアナキンが気付いた、新たな事実であった。

 

ダイは既にフォースの一部たる、魔法の感覚を意識的に操ることができている。

これはアナキンがこの島に来たときに見た雷の呪文の発現からして、明らかであった。

 

しかし直接に話をしてわかった事がある。

ダイの魔法の発現には常に、闘争と怒りが伴っていたのである。

これは非常に危険な兆候である。

そのため、魔法を通してフォースを鍛えることは一旦脇に置き、純粋に物理的な力の運用方法を教えることにした。

 

弟子の潜在的な能力の大きさに気づいていたアナキンは、これだけでダイはフォースを無意識に使いこなすだろうと踏んでいた。

理解と繊細さを求められる概念を基礎から教えるよりも、即物的なアバン流の技を実践形式で授けるほうが、ダイの性格に合うだろうという思いもあった。

これらの読みは正しく、これまでに絶大な成果を上げた。

ここまでは良い。

 

しかしいざ、フォースを意識的に操るーーアバン流刀殺法ではそれを空裂斬というーートレーニングを積ませようという現在に至って、アナキンは大きな困難に直面した。そしてそれは、ジェダイの理そのものにも繋がる、大きな壁であった。

 

フォースは遍く存在する。そしてその中でも純粋なフォースはまさしく稀有で、貴重な存在である。

この島にはダイやブラス老を筆頭に、そうした純粋なフォースに溢れていた。

しかしだからこそ、意識的にフォースを用いようとするときに不可欠な起爆剤ーー感情の上下動や膨張収縮ーーに乏しい環境なのであった。

この穏やかすぎる環境においては、”あらゆる感情を制御し、それを良い方向にのみ傾ける”というジェダイの教えは、無用の長物と化すことを示唆していた。

 

ある意味、ダイの現状はジェダイが修行の果てに目指す到達点そのものなのだ。

何も彼に限ったことではない。ブラス老やモンスター達も含めて、この島に生まれ死んでいく存在達は、その限りにおいてその精神はジェダイとして完成形にあるのだ。

よって、これ以上の成長が見込める筈も無い。

 

なんとも皮肉なものである。

ジェダイは感情のコントロールを学ぶことによって習熟し、大成する。しかし悪感情そのものに馴染みがない、そんな純粋すぎる存在にジェダイの教えを授けるためには、悪を教える必要がある。光の騎士たるジェダイが、悪を説かねばならないのである。

 

ジェダイが悪をこの島に持ち込むなど、許される行為ではない。

アナキンが今世を賭して目指そうとしているその存在は、この島には余計な異物に他なら無いのであった。

 

 

 

 

 

「ダイ、御師様は立派な賢者様じゃのう。我らのことをよく考えて下さっておるわ。」

 

ブラス老はその身体全体で、喜びを現してくれた。

一頭身であるため、綻ばせた笑みが身体全体を通して表現されるのである。この様子一つをとっても、いかにこの存在がダイを慈しんでいるかが分かるというものである。

 

「ジイちゃん、賢者様じゃなくてジェダイっていうんだよ。」

 

ダイも含めたアナキンら一行は今、デルムリン島の秘部とも呼べる一画にいた。

この島で定期的に洗礼儀式を行うパプニカ王家ですら与り知らぬ、巧妙に地形と一体化した洞窟の深部である。

 

ーー広い。それにかなりの瘴気だ。この島にこんなにダークサイドに溢れている場所があるとは…

窮屈な洞窟を抜けて辿りついた巨大な空間を前に、アナキンはそんな感想を抱いた。

そして次なるブラス老の言葉を聞いて、アナキンは改めてブラス老の偉大さを思い知ることになるのであった。

 

「ここです。この”祈りの間”において…ワシをはじめとする島の代表者達が定期的に集い、この島のモンスターの生来の凶暴性をこの場に封じているのです。」

 

ここに至る前、アナキンはダイの指導の今後について、ブラス老に相談を持ちかけた。

 

ダイへの個人指導を、孫同士の戯れを眺めるようにして許してくれたのがブラス老である。しかし、当初の約束通り魔法使いとしてーージェダイとしての指導をしようとする方法は、ダイを連れて島を出て、悪感情に触れ合うしか無いのである。

 

そしてこれは、表面的な指導場所の議論ではおさまら無い、ダイの人生そのものを左右する、重大なことである。アナキンはフォースの概略についても包み隠さずに話し、そしてこれがダイの人としての倫理に関わる問題であることを伝えた。

 

全てを聞き終えたとき、ブラスは妙に年齢相応な、疲れた表情を見せたものだ。

 

「さすがじゃ、スカイウォーカー殿。貴方にダイを預けたワシの目に、狂いは無かったようじゃ…。」

 

そして、この島の重大な秘密を打ち明けてくれた。

この島のモンスターは確かに純粋である。しかし、凶暴なモンスター生来の性質は、その一言で片付けられるほど生易しいものではない。

ダイには見せたことが無いが、その凶暴さを浄化するための儀式を行う場所がある。

そこで今も尚、彼をはじめとした島の有力者たちが平穏な心を願って祈りを捧げている…

 

いずれはダイをその場に連れていくつもりであった、とまで語ってくれた。

そして願わくばその時、魔法使いとして成長したダイが、その儀式をより高みに導き、自分たちを悲しい宿命から解き放ってくれることを期待しているのだとも打ち明けてくれた。

 

「貴方のいう通り、この島は少し優しすぎて、歪だったのかもしれませぬ…。赤子のダイが無事に育つよう、島のみんなで決めたことじゃったのだが、それがまさか、ダイの成長を押し留めていたとは…ワシはどこまで行っても、モンスターなのじゃのう…」

 

ーーそんなことがあるはずが無い。貴方は立派な”親”だ。種族の差など、その前では矮小な事実にすぎない。

アナキンは親として、モンスターと人間の間に立つ存在として、耐え難きを噛み締めているブラス老にそんな言葉をかけてあげたかった。

しかし、その言葉を奏上する肝心の資格を、彼は持たなかった。

 

師弟の間にあるならば、そうした言葉も吐けたであろう。

しかしこれは、人としての会話、それも親としての問題である。

 

「どうかスカイウォーカー殿。この島から、ダイを連れ出してあげて下さい。ここはあの子には、狭すぎた。子に儚い望みを託すようなモンスターがいる環境は、あの子の将来への負担でしか無いでしょう。」

 

その言葉を聞いたとき、アナキンは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

ーーアバン先生から、一体何を学んだのだ。

師としてなら理想を説いて良い、なんてつまらない道理を教わったのでは無い。

資格なんて言い訳だ。

目の前で失意に沈む存在に言葉をかける勇気すら無たずして、一体何を救おうというのか、

 

「貴方の願いのどこが邪だというのです。これだけ子を思い、その大成を願い、献身する姿勢が間違いだなんて、とんでもない誤りだ。しっかりして下さい!貴方はモンスターである以前に、あの子の親なのだから!!

 

アナキンは急激な恥ずかしさに襲われ、そして取り繕うようにして言葉を繋いだ。

 

「一緒に道を探させて下さい。私はもう少しで、貴方達親子の絆を絶ってしまうところでした。それに、そろそろダイも、親の苦労を知る年齢です。手伝いのひとつくらいは、すべきじゃないでしょうか。」

 

 

 

そうして至ったこの儀式の場は、まさしく暗黒面に触れる場として相応しい。

かつてそれに溺れ、復帰を遂げた現在のアナキンたわからこそわかる。この、思いやりに溢れながらも哀しい感情の渦は、ダイが生きとし生けるものが持つ暗い部分に触れるにはうってつけである。

 

「う、嘘だ!こんな、こんな醜い感情がじいちゃん達の中から出たなんて、オレは信じないぞ!」

 

ダイの悲痛な叫びがこだまする。

ブラスからこの場の説明を聞き終えた彼は、咄嗟に否定の叫びを上げた。

 

「受け止めろ、ダイ。これが事実の重みだ。これ程の抗いがたい感情から、おまえはこれまで守られて来たのだ。」

 

アナキンはダークサイドからダイの心を守るようにして、語りかけを続けた。

さすがに弟子を暗黒面の吹き溜まりに裸で晒すジェダイはいない。

そんな荒業を課せるのは、数多くの弟子を育て上げたあのマスターヨーダくらいのものだろう。

 

「ダイ、嫉妬や怒りが持つ闇の深さは、この比ではない。これは、幼いお前すら獲物として見てしまうことに絶望したブラス老たちの、深い悲しみだ。わかるか?」

 

「わかるわけないよ!あんな優しい島のみんなが本当はオレを食べてしまいたかったなんて、そんなバカな話があるわけがないじゃないか!」

 

「十分にわかっているじゃあないか。これはこの島全体とおまえ個人の間での問題だ。おまえが向き合う必要があるんだよ。仲間達がこの悲しい感情をここまで募らせ、大きくしてしまったのは、おまえのその身を思ってのことなのだから。」

 

ブラス老は鋭い目をして、アナキンとダイのやりとりを見つめている。

彼にもわかっているのであろう、アナキンが決して興味本位でその反応を見るためにダイをこの場に連れてきたのでは無い、ということを。

 

「オレに一体、どうしろって言うんだよ…。」

 

ダイは弱々しい声を上げた。

それは当然の反応だ。

それを教えるためにアナキンがここについてきているのだから。

 

「さっきも言っただろう?受け入れるんだ。…もちろん、そのための手助けはしよう。」

 

そうしてアナキンは掌にフォースを集中させると、それをダイに翳してみせた。

この場はフォースが強い。

暗黒面が圧倒する空間だからこそ、今アナキンが集めたフォースはダイやブラス老の目にもはっきりと見えるはずであった。

 

「よく見ておけ。これが魔法の深淵たる、フォースという存在だ。ダイ、おまえはこれからこの使い方を学ぶんだ。」

 

「とても暖かい光じゃのう。」

 

「本当だ。このへんの悪い空気とは違うね。」

 

ダイもブラス老も、その光景に圧倒されていた。

アナキンは、褒めると同時に訂正の言葉を入れた。

 

「よく見ているな、ダイ。私たち人間は、この光り輝くフォースだけを用いるようにしなくてはならない。…しかし本当はこの光もこの周りに漂う瘴気も、同じフォースであることに変わりはないんだ。唯一異なるのはその在り方だけだ、ということも覚えておいてくれ。」

 

そう言うとアナキンは、掌のフォースを少しずつ散らしていき、周囲の暗黒面を薄めるようなイメージで空中に四散させた。

するととんでも無い放電現象が巻き起こり、周囲に紫電を走らせた。続いて轟音が轟き、密閉空間で木霊して鼓膜を直撃する。

 

「 ひええええ!」

 

「…せめて、やる前に一言かけてくれんかのう。老人には応えるわい。」

 

アナキンは、そう零したブラス老に素直に謝罪した。

彼自身、ごくごく小さなものとはいえ暗黒面の吹き溜まりにライトサイドのフォースを叩き込むのは初めての経験だったから、予想が付かなかったのだ。

 

「…今のでこの場の暗黒面、つまりあの悲しみの渦のことだが…、それが半減した筈だ。というワケでダイ、おまえこれからこの周辺の暗黒面全てを吸収するんだ。」

 

「えええ?ヤダよ、おっかない。それにやり方も分からないよ。」

 

「さっき言っただろう?元々、おまえを思って吐き出された感情の渦なんだ。おまえに感じ取れない筈がない。」

 

そう告げると、アナキンはダイの頭に右手を乗せた。

 

「まずは目を閉じて、この島の仲間たちの顔を思い浮かべるんだ。…そうだ、いいぞ。後はフォースが導いてくれる。」

 

そう言いつつアナキンは、目でそっとブラス老に合図を送り、左の五指で広間の壁沿いを指し示した。

深く頷きかけることで、少し距離を置いてもらうように呼び掛ける。

 

結果的に上手くいく、というよくわからない自信はあるのだが、さりとて今さっきの事態もある。

何が起こるかは、とてもわかったものではなかった。

 

「…何か、とても嫌な感じがするよ。これ、本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ。…それでは、始めるぞ。」

 

アナキンは周囲の暗黒面をなるべくそっと、ダイの心へと誘導した。

あくまでイメージではあるが、彼の心の中に入り込むように呼び掛けるのである。

そしてその試みは、史上初のものでありながら上手く行き始めた。

 

ダイは強烈な悲しみと…そして強い捕食感情に思わず眉をひそめた。

しかしその背後にある、一人の赤子を守らんとする思いをうまく汲み取ったようである。

今のところは落ち着いている。

 

ことはアナキンの予想通りに推移していた。

そう、ここがデルムリン島に代々伝わる儀式なりなんなりの場所であるならば、とても手には負えない。

しかしこの場で行われた儀式の全ては、ダイのためを思って為されたものである。

そこに当の本人とアナキンが立ち会えば、この場のダークサイドを鎮めることも決して不可能では無い筈だった。

 

しかし、その全てが穏便にすむとも思っていない。

 

「ヤバイ…。これ…こんなの抑えろって…、無理だあぁぁあ!」

 

突如としてダイは金切声を上げると、その場に閃熱を振りまいた。

 

アナキンは咄嗟に飛びすさる。

 

この呪文は知っている。たしかアバン先生が使える呪文の中でもそれなりの、ベギラマとかいう閃熱呪文だ。

そして何より呪文を放ったということは…。

 

ダイの額に、見慣れぬ文様が浮き上がり、光を放っていた。

 

アナキンはついに、ダイがフォースを魔法という形で意識的に用いるきっかけのしっぽを掴み、ニヤリとした。

 

「ブラスさん、あれが以前言われていたもので間違いありませんか?」

 

「そうですじゃ。しかしスカイウォーカー殿、ダイは、ダイは大丈夫なんですか?あんなに辛そうにして…苦しそうじゃ。」

 

ーーやはり貴方は大物だ。

強力な呪文が乱射されているこの状況で、ブラス老の目はまるで赤子の夜泣きを見るそれである。

アナキンはその姿に、背中を押された。

 

「大丈夫です。私を信じてください。」

 

実際のところダイのこの反応は、想定内であった。

生まれて初めて感じるとてつもない悲しみと、猛々しい捕食本能の塊。そんなのを無垢な心に受け入れて、平静で済む訳が無いのである。

だからこの事態に、然程驚いてはいなかった。

 

ダイの秘めていた潜在能力ーーその紋章から発揮されるフォースーーも青天井で度し難いものがあるが、それすら想定の範囲内である。はっきり言って、アナキンはダイを純粋な人間とは思っていないのだから。超常の存在に生み出された何かだと思っていた。

よって、前世で伝説級とされた自分のフォースすら上回ることも、当然想定していた。

 

それに比べればこの程度の暴走は、高が知れているというものだ。

 

「どうした!?そんなもんか?…いや、おまえはまだ余力を残している。おまえを思うこの島の仲間達の思いが、そんな小さなものである訳がないだろう‼︎もっと堂々と受け入れて、吐き出してみせろ!」

 

アナキンは、ベギラマに加えて火炎呪文や真空呪文まで使い出して暴れ回るダイに向かって、挑発するように声をかけた。

ダイはそれに瞬時に応じて、呪文の指向先をアナキンに集中させた。

 

「クッソ…なんだよコレ!力が勝手に…!」

 

さすがに無防備で受けるのは危険だと判断したが…、折角の弟子の成長の機会である。

アナキンはフォースを集中した掌で受け止めることにした。

 

「どうだ、素晴らしい攻撃力だろう?よく覚えておくんだ、これが、負の感情を集め荒ぶるがままに扱うダークサイドの力だ。今後、二度と使わせるつもりはないからな…。今だけ、存分に酔いしれるといい。」

 

などと言ってしまうあたり、アナキン自身も少しダークサイドに影響されている証拠はあるのだが…。

 

「そんな無責任な…うぅ。うわあああああ・・・・‼︎」

 

ダイは呻き、遂には絶叫を上げながら魔法を放ってくる。

数瞬こそアナキンを標的と定めていたが、それすら覚束なくなったようだ。

火炎、熱線、氷、鎌鼬といった自然界を代表するエネルギーが狭い洞窟の中を駆け回る。

片手では捌ききれない魔法がアナキンの体を打ちのめし、段々と生傷を増やしていく。

 

さすがにこのままでは、背後に庇ったブラス老の身も危ういか。

それに、そろそろダイも力の暴走に慣れてきた頃であろう。

 

そう判断したアナキンは、仕上げにかかることにした。

 

「ダイ、私の声は届いているな?そのままでいいからよく聞くんだ。そろそろ疲れてきただろ、力の本流の奥底にある、暖かい感情を探るんだ!」

 

「…ムリ…だよそんなの…。…コロス!」

 

必死にその言葉に従おうとも遂に抗い切れなくなったダイは、傷をものともせずに歩み寄って来るアナキンに対して、一際巨大な火炎呪文を放ってきた。

それまでの抑えきれない力を発散するような無造作なものでは無く、隠しきれない殺意が乗っている。

ーーいよいよ力に呑まれ始めたな。

そう判断したアナキンは、その火球を巨大なフォースで叩き割ると、ダイの頭に再び手を乗せた。

 

「いい加減に、本質を見抜くんだ。悲しみや葛藤、捕食本能といった、表面にとらわれてはいけない。それでは逆に呑み込まれる。そうした感情の渦がここでこうして一塊になっている、その理由を考えろ。そして奥底を探すんだ。必ずそこに、答えがある。」

 

ーーここは、この場所にあつまった感情の根本は、おまえへの思いやりなのだから。

アナキンは最後までは言わなかった。

それがどんなものかは、彼自身にすら想像ができなかったからだ。

感情が高い密度で凝縮されたときに、フォースとしてどんな形をとるのか。

それは実際に触れてみなければわからない。

 

そして、此の場でその資格を持つのはダイだけである。

 

「ダイ!頑張れ、頑張るんじゃ‼︎悪い心に負けるな!」

 

ここで、ブラス老のエールが洞窟に響き渡った。

おそらく、というよりも確実に、彼はフォースの感覚を掴めてはいない筈である。

しかしその言葉はどんな洗脳のフォースを乗せた言葉よりもこの場の全員に活力を与えるものであった。

 

そしてダイは、急速に力の暴走を止め、その場に崩れ落ちた。

 

アナキンにとっては、それだけで十分であった。

ブラス老の声援があって、彼が道を違える道理が無い。

 

「お帰り、ダイ。」

 

――よくやったな。

アナキンは心からダイを称賛した。

 

暗黒面からの帰還。

アナキンの知るジェダイの歴史上、この帰還を果たして尚、同じ過ちを繰り返した存在は皆無である。

荒業となってしまった事に心の中で詫びながら、アナキンは晴れ晴れしい笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

「マスターはさ、結果オーライであれば全部済まされると思ってない?」

 

後日。

すっかり疲れのとれたダイを伴い、アナキンは海岸線を歩いていた。

 

「それは無いよ。けれども、どんな辛酸をなめようとも目標を果たさんとする意気込みは忘れるな。」

 

「そんな良い話でまとめないでよ。死ぬかと思ったんだからさ。」

 

ダイは洞窟でのこと以来、アナキンを呼び捨てにはせず、マスターと呼ぶようになっていた。

フォースもあれ以来完全に使いこなせるようになり、そろそろアナキンも教えることが無くなってきている。

 

これは別にダイがジェダイとして一人前になったとかそういう訳では無く、フォースの使い方そのものが根本的に異なる為である。

ダイのそれは魔法発現を除くとアバンが説いた闘気の運用に極似しており、身体強化に特化していた。アナキンから見ればフォースの浅い部分で理解がストップしてしまった挙句、そこで独自の進化を遂げてしまっているのである。

それはもう、矯正のしようが無いくらいに。

 

正直、アナキンはダイを弟子として認めたく無かった。

フォースの真骨頂はその理解の深さにある、を信条とする彼には、とてもでは無いがこの何事も力任せな未熟者をジェダイとして扱う気にはなれない。

実際、雷を使いこなせる様になった今でも、その実力は師の足元にも及んでいないのだから。

 

しかし、と思い留まる。

フォースは寛大だ。力任せだが何処か人の心を打つ在り方というのも、1つのジェダイの姿なのかもしれない。

そうした存在を、この世界では勇者と呼ぶのだそうだ。

 

ライトセーバーすら持たず。

フォースの基礎さえ覚束ない割に魔法を用い。

ダークサイドに通じるはずの紫電を清らかに使いこなす。

こんなチグハグなジェダイが居て良いものだろうか。

 

もはや訳がわからないレベルだが、この特別な存在の精神的支柱を固める一助になれたことだけは自負できる。

これから先、どんな悲劇に襲われようとも。

 

必ずやダイは、違える事無く自身の道を貫くであろう。

 

それだけは、確信が持てる。

 

そしてそれこそが、ジェダイに真に必要なものなのかもしれない。

 

「頃合い、か。」

 

アナキン・スカイウォーカーはそう呟くと、穿いてはいるもののついぞ抜くことが無くなった、冒険者時代の剣を鞘ごと取り外した。

本来はライトセーバーを授けるのが正解なのだろうが、生憎この世界では材料の目処すらたっていない。それに在ったところでどうせ、この未熟者には使いこなせまい。

こいつには、野蛮な実体剣くらいが丁度良い。

 

アナキンは暫し眼を閉じ、しばしその剣と過ごした懐かしい過去に思いを馳せた。

そして、ダイへと放る。

 

「受け取れ。」

 

「これって、マスターが大事にしてる剣じゃないか。マスターのマスター、ジャンヌさんとの思い出の剣なんでしょ?受け取れないよ。」

 

「だからこそ、だ。既に我々の道は分かたれている。これから先、おまえにしてやれることは少ない。正直このくらいが関の山だ。」

 

「でも…」

 

「私のフォースのありったけを込めておいた。おそらく現段階でおまえが全力で振るえる、数少ない剣だろう。どの道、私には使いこなせない長物だ。おまえに使われる方が、その剣も本望だろう。」

 

ダイは黙り込んでしまった。

閉じられた瞼に光るものを見たが、アナキンは視線を外さなかった。

 

「最後に約束してくれ。ジェダイはライトセーバーでしか敵を討たない。だからおまえも、それに倣って剣でしかとどめをさすな。将来的にその剣がおまえの力に耐えられなくなった時には、フォースで私を呼べ。必ず駆けつける。だから決して、フォースそのもの…おまえの場合は魔法やストラッシュだな、それを殺しの道具にはするな。わかったな?」

 

これは大切なことである。

ブラスターという長射程の飛び道具が戦いの主役になっても、ジェダイはライトセーバーを使い続けた。

その意味するところは大きい。

 

「もう…稽古はつけてくれないの?」

 

「言っただろう?これから先は、互いの道を行くべきなんだ。…なに、私の予感が正しければ近いうちに顔突き合わせることになるよ。それまで、せいぜい訓練を積むんだな。正直今のレベルでは、相手をする気にもなれん。」

 

アナキンはそう言い残すとダイの涙をぬぐい、深く首を垂れた。

 

「フォースが共にあらんことを、ダイ。」

 

「…フォースが共にあらんことを、マスター…」

 

こうして、この世界でたった二人きりのジェダイの師弟はしばしの別れを告げた。

 




ご拝読、どうもありがとうございました!

ご意見・ご感想お待ちしております。

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