理力の導き   作:アウトウォーズ

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後編です。
どうぞよろしくお願いします。


竜の末裔の苦悩 後編

 

 

ハドラーの眼前には、激戦の余波が生々しい爪痕を残していた。

豪華な大理石の床は無残に引き裂かれ、名工が手掛けたと思しき柱は崩れ、見事な壁画は跡形も無く削り取られている。

 

大魔王バーンの居城が、まるで敵襲でも受けたかの様な有様である。

 

そして何よりも問題なのは、この事態を引き起こした当事者達がすべからく、魔王軍関係者であるという事実である。

 

「これはどういう事だ!」

 

ハドラーがその場に立ち入り怒声を上げるよりも早く、完全武装した槍騎士が彼に怒鳴りかかってきた。

魔族の面影を色濃く残した、武器その物の様な青年である。

 

その身に纏う凄まじい覇気と底知れぬ殺気を一身に浴びて、ハドラーはバランが背中を任せられると評した存在に思い至った。

――しっかし殺気を抑えることを知らんのかコイツは…まぁ、師がアレでは推奨こそされ、そんなのは一番後回しか。

 

「まずは落ち着け、陸戦騎ラーハルトよ。鬼岩城の客人とはいえこの騒ぎは捨て置けぬぞ。」

 

「貴様、一体いつからバラン様の配下に対して命令できる程偉くなった!?」

 

――序列としてはバランより上に居るんだよ、オレは。

ハドラーは最早火の様になっているラーハルトを見て、その言葉を飲み込んだ。

 

「オレからも問いたい。いきなりこんな女の下に付け、と言われて納得できる筈も無い。」

 

表情を歪めるハドラーに、今度はこの場で唯一の人間の声がかかる。

その名も魔剣戦士ヒュンケル、伝説の名に違わぬ剣技と暗黒闘気、そして光の闘気すら使いこなす強者だ。

 

彼こそハドラーの直下にあたる軍団長である筈なのだが、そんな素振りは微塵も無い。

これまた鎧化した魔剣を身に纏って、この騒ぎの張本人である事を言外に告白している。

 

「ハドラー様、そして我がボス・ザムザよ、今暫しお待ち下さい。あと少しでこの者達に恭順の姿勢をとらせてみせましょう。」

 

そう言いながら、上司の眼前で暗黒闘気を暴走させるのは、恐らくこの事態の起爆剤となったと思われる魔剣イレーネである。

一人は竜騎将バランが、一人は魔影参謀ミストバーンが、それぞれ直々に鍛え上げた強者を前にして一歩も退かないその姿勢は、正しくアッパレである。

 

おまけにその身には傷一つついていない。

ラーハルトもヒュンケルも、かすり傷の様なものを負っている事とは対照的である。

 

尤も、真っ先に手を出したのがイレーネであるというだけの事ではあろうが。

 

「振り抜き特化の色物が増長しやがって…その首刎ね飛ばすぞ!」

 

「腕の一本くらいは覚悟してもらおうか…さすがに女とはいえ容赦できん。」

 

「だからさっきからやってみろと言ってるだろう?その割には一太刀も貰って居ないのだが。どうやるのか是非とも教えてくれないか。」

 

ハドラーはそうした三者の様子を前にして、思わず片手で顔を覆った。

ザムザの評価を下げる必要がある。コイツ、こんな女を直々に遣いに出しやがったのか?

 

――台本くらい手渡してやったらどうだったんだ、直接頼み込む事が完全に裏目に出ているではないか!

 

「ガッハッハッハ!」

 

一触即発の事態を前にして、何とも豪気な笑い声がその場に響き渡る。

こんな肝の座った事ができる男は、ハドラーの知る限り一人しか居ない。

 

獣王クロコダイン。

 

先の遭遇戦にて竜の騎士の幼な子を撃退した、魔王軍有数の武人である。

 

「中々に元気な奴等が集まっているでは無いか。それで…オレは妖魔師団の若いのにこの場に来るよう伝えられただけなのだが、これは穏やかじゃ無いな。」

 

獣王たる威厳は流石と言うべきなのだろうか。

三者三様に、何処かバツが悪そうな様子でクロコダインのレーザーの様な視線から目を外して行く。

 

ハドラーは本気で、自分の魔軍司令官としての立場に疑問を持ってしまった。

一瞬のことでは有るが。

 

彼の背後に控えるザムザは泡を吹く寸前といった程に青白くなって硬直しているので、仕方なくハドラー自身が話をする。

 

「まずはこの場に馳せ参じてくれた労を労おう。全面攻勢の直前に持ち場を離れ、よく集まってくれた。」

 

「御託は良い、さっさとオレの質問に答えたらどうだ。」

 

ラーハルトの横槍に、ハドラーは本気で殺意を覚えた。

ヒュンケルも度し難い程にプライドの高い奴だが、コイツはその上を行っている。

 

ある意味でイレーネは、こうするしか無かったのかも知れない。

ミストバーンに頭を下げる際には、一緒について行ってやろうかと思うハドラーであった。

 

「では、単刀直入に言おう。お前達4人で、アナキンという名の剣士を葬って貰いたい。そこな魔剣イレーネは奴との交戦経験があるため、その指揮下に入って首級をあげてくれ。」

 

「交戦経験…つまりはその場で倒しきれ無かったと言う事だろう?そんな負け犬のいう事が聞けるか。」

 

今度口を挟んで来たのは、ヒュンケルである。

正直なところ、ハドラーが一番苦手意識を持っているのはこの男である。事実を明かしていない以上、この男には引け目を感じざるを得ない。

 

ハドラーがそんな思いで逡巡したのをどう勘違いしたのか、ラーハルトに至ってはサッサと背を向け始める始末である。

 

「下らん。貴様自身の手で精々処理するが良い。」

 

流石にこの場を立ち去らせる訳には行かない。

ハドラーは出来ればしたく無かった言い方を、敢えて声に載せることにした。

 

「背を向けたくなったのか?何せあのバランですら手傷一つ負わせられ無かった相手だからな、気持ちはわからんでも無い。」

 

この言葉にはかなり語弊がある。

バランがその気になって掛からなかったことは一目瞭然であったが、さっきから一顧だにしないラーハルトの心をこちらに向けるには、こうするしかなかった。

 

そして…。

 

ある程度の備えをしていた筈のハドラーは、その胸を刺し貫かれてはじめて、何をされたか悟ることになる。

 

「言葉に気を付けるべきだったな、魔王。」

 

元よりあのイレーネと互角に渡り合っていた存在である。

ハドラーの手には少し余る相手だったのだ。

 

彼の目には、眼前のラーハルトの存在が掻き消えた様にしか見えなかった、

声をかけられて初めて、背後から攻撃を喰らったことに気づく体たらくである。

 

しかし。

 

「一つ学んでおけ、小僧。とどめの一撃の後が無防備だ、お前は。」

 

ハドラーは自身の左胸を貫いた槍を左手でむんずと掴むと、そのままに自身の胸元から引き抜いた!

そして右手の裏拳の勢いをそのままにヘルズクローを突き立てる。

 

相手の胸元に、コツンと。

 

「ハーフの身では知る由も無いだろうがな、純正の魔族は左右に心臓を持つ。片方差し出すくらいの気概があれば必殺のその一撃も…ご覧の通りだ。それ、返すぞ。」

 

毒気を抜かれたラーハルトに対して、槍をポイと放る。

憮然としてそれが受け取られるまでに、ハドラーの左胸の大穴は塞がり始めた。

 

彼の左手から放たれる魔法によって。

 

「貴様、その光はベホマ…。バカな!」

 

その光景に唖然としているのは何もラーハルトだけでは無かった。

自身に回復呪文を施す姿を見て驚愕の声を発したのは、ヒュンケルである。

 

それもそうだろう。

 

呪文を無効化する鎧で全身を固めて攻撃魔法は防げても、回復呪文をかけつつ天性の格闘能力で距離を詰められては堪らない。

陸戦騎と魔剣戦士の二人は、眼前のハドラーがアバンと闘う以前のそれとは全くの別物であることを、この瞬間に至って思い知った。

 

「さて、茶番は終いだ。もうこれ以上はゴネるなよ。流石に肝が冷える。」

 

ハドラーは無言になった二人を睨めつけながら回復呪文をかけ終わると、そう声をかけた。

 

こいつら2人はまだ青い。

文字通りに死線をくぐり抜けたハドラーには、ある程度の実力を見せれば彼等が大人しくなるだろうことが、透けて見えていた。もっとも、バランには所詮一回だとにべもなくて断じられてしまったが…。こいつらがある意味でチョロいのは織り込み済みだった。

 

よって、この後には今の事態にもまるで動じない男を説得する必要があった。

 

「任務はわかったが、それは本当に我々4人でかかる必要がある相手なのか?陸戦騎が速度と技で奇襲をかけ、魔剣の連撃で体勢を崩し、ヒュンケルが必殺の一撃で仕留めれば事足りると思うのは、オレだけか?」

 

その獣王クロコダインは、ハドラーが説明したいポイントにようやく到達してくれた。

ハドラーは満足げに頷く。

 

何せクロコダインが指摘した戦術と人員構成は、ザムザの立案そのままであるからだ。

当初はそこまでをザムザに説明させて、クロコダインのみをハドラーが説得する予定だったのだが…。

始めから自分で説明してしまい、部下の上枚をはねてしまった気がして落ち着かないハドラーであった。

 

「お前の言う通り、こいつら3人を相手にして生き残るのは、我々軍団長ですら不可能だろう。例外はいるがな…。だが、相手は魔法や闘気とも異なる不可視の妙な力を使う。これが想定を上回る強大なものであった時には、地力の強さで対抗できる存在、つまりは獣王が必要になるのだ。」

 

少数精鋭の奇襲で瞬殺するザムザ案を採用したハドラーではあるが、どうにも直線的過ぎる作戦に違和感を拭えなかった。よって、本来電撃作戦には向かないクロコダインを投入することによって、技と速度で引っかき回しつつ消耗を強いる作戦も取れる様にしたのである。

 

「成る程、まだ見ぬ力との対決か。腕が鳴る、引き受けよう。しかしハドラー殿は参加されないので?」

 

「そうだ、貴様こそ怖気づいているのでは無いか?」

 

こいつ、やはり刺し返してやるべきだったんじゃ無いか?

ハドラーはそんな事を思いながら、ついに本当に言いたく無かった言葉をラーハルトに放った。

 

「バランの言葉を伝えよう。"私はドラゴンの紋章を持つという敵を討ちに行く。有象無象に横槍を入れさせるな、陸戦騎。"…以上だ。」

 

「そうか、ディーノ様が遂に…!始めからそう言えば良いものを、回りくどい奴だな。」

 

ラーハルトの表情の変化は見ものだったが、ハドラーは予想通りの最後の言葉に顔を顰めた。

そう言うと思ったから言いたく無かったのだ。

 

何よりも、他人の威を借りないと配下ひとつ纏め上げられない存在に成り下がったようで、反吐が出る。

よって、ハドラーはその言葉を無視した。

 

「オレはアバンを相手取ることにする。あの2人が合流したままでは想定外が倍になる。この事についてはヒュンケル、個別に話すことがある。他の者は準備を整えてくれ。」

 

バランはそう言い渡してクロコダイン、ラーハルト、イレーネをその場から下がらせた。そして最後に扉を潜ろうとするザムザに、ミストバーンをこの場に呼ぶよう伝える。

 

これから成す事の結果によっては、ヒュンケルは使い物にならなくなり、自分も無事では済まないだろうからだ。

その際には、鬼岩城の番人たる魔影参謀に動いて貰わなくてはならなくなる。フレイザードでは、自分たちの穴は塞ぎ切れないであろう。

 

ラーハルトに一つ物を教えてやったことで、ハドラーは何処か吹っ切れていた。

よって、逡巡した上ではあるが、魔剣戦士の鬱屈した思いも断ち切ってやることにしたのだ。

 

いや、流石にこれはどう見ても利敵行為だ。

ミストバーンはそんな浅い理屈では誤魔化せまい。

 

「正直なところ、いい加減にお前とのやり取りにウンザリしてな。以前のオレなら惚れ込んだであろうその眼差しが、今のオレにはどうにも、憎しみに曇った愚鈍さの象徴にしか見えなくなってしまった。良い加減敵の姿くらい、看破してみせたらどうなんだ。」

 

おそらくあの男はもう、この場に居る筈である。

気配すら感じさせぬ強者の存在を何処と無く噛み締めて、ハドラーは自身を睨みつけてくる魔剣戦士に、これまで告げなかった真実を伝えるのだった。

 

 





おそらく、親衛騎団の出番は無くなってしまったと思います…。
シグマとかに愛着のある方、申し訳ありません。
でもその分、ハドラーには魔族の身体のままどんどん突き抜けて行ってもらいたいと思っています。

ご意見・ご感想お待ちしております。

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