如何でしょうか。
どうぞよろしくお願いします。
ジェダイの本領
妖魔司教ザムザは、薄ら寒いものを覚えながら亜空間ゲートを閉じた。
はぁとため息をつき、魔軍司令室へと報告へ向かう。いや、そこは一時的に主人が入れ替わった場所であり本来は、彼の心温まる研究室だった。
「確かにあの4人を、ロモスの指定区域へ送り届けました。」
彼の主君は無言で頷いた。
いや、これは意図的にでは無い。現在、ハドラーの身体は培養液で満たされたカプセルの中にあった。人工呼吸器を通しては、喋るのも一苦労な有様である。
「苦労をかけるな…」
だからそんな、死にそうな声で無理しないでくれよ!
ザムザは夢に出てきそうなハドラーの声に、耳を塞ぎたくなった。もちろんそんな事はできないが、とっとと主君の治療を終え、この研究室を再び彼の手中に取り戻す事を固く誓うのであった。
別段、嫌な人物では無いとはいえ。上司にいつまでも自室に留まられたのでは、片時も気が休まらない。
「しかし、何故あの様な、人気の無い場所に送り込んだのです?」
「好奇心は九つの魂すら殺す。二つ如きの心臓で、余計な詮索はせぬ事だ…」
そう、問題はこの怪人物だ。
魔影参謀・ミストバーン。彼は主君の不始末にご立腹で、よせば良いのに何故か培養カプセルの前でひたすらにハドラーを睨みつけているのだ。
先に済ませた指令は、この魔影参謀からの直々のお達しだった。つい先ほどまでハドラーはヒュンケルに第二の心臓を貫かれ、仮死状態にあったのだ。
そのため実質的に今、魔軍指令の座はこの怪人物のものとなっている。
「ハドラー…。そろそろ傷も癒える筈だ。準備が整い次第、その容器を打ち破れ。それを合図として、アバンの元へ出向こうではないか。私も同行する。」
そう言い残すと、彼はその場からフッと消えていなくなった。
それが暗黒闘気の秘術が成す技なのか、超スピードで動いて掻き消えた様に見えただけなのか。ザムザにはてんで及びもつか無い。しかし、彼はこれだけは言えた。
「ハドラー様…。魔影参謀殿は、果たして以前の彼と、同じ人物なのでしょうか。」
ザムザは答えが得られぬと分かりながらも、そう零さずにはいられなかった。
ーーあの方は、あそこまで多弁では無かった筈です…。一体どうしたというのです。人の研究装置を壊そうとするし…
イレーネは人並み外れた視力でルーラの光を捉えると、岩山から飛び降りた。
彼女の象徴たる常人の身丈程もある大剣は背中で抜き放たれる時を待ち、主人の目つきにも迷いが無い。
標高が500メートルに及ぼうかという地点からの自由落下の衝撃は、彼女の下半身の骨格をズブズブに崩し去る程であったが、彼女はそのグロテスクな惨状をものともせず回復し、立ち上がった。
「行くぞ。」
一時的に彼女の配下に収まった3人の武人たちは、無言で頷いた。
彼らの装備も既に万端である。夕日を反射して鈍く光る三者三様の得物が彼らの殺気と相まって、濃密な空気を周囲に垂れ流している。イレーネと併せてこの四人はおそらく、天地魔界でも類を見ない戦闘集団である。
”疾風”のラーハルト。無双の戦槍使いにして、桁外れな疾駆の体捌きにも恵まれた軍神の申し子。
”膂力”のクロコダイン。地上に並ぶ者無しと謳われる、頑健度と怪力を誇る獣王。魔王軍の中でも三指に入る戦闘経験を持つ猛者。
”必殺”のヒュンケル。勇者アバンから授かった光の技と、魔影参謀ミストバーン直伝の暗黒闘気を操る、屈指の剣士。
彼らをまとめ上げる”高速剣”のイレーネも、類を見ない超速の剣技の使い手である。彼女はいま、その芸術的な美しさを放つ鉄面皮の下で、一つの不安を抱えながら疾駆していた。
ーーこのままで上手く行くのか?
つい先刻まで、この4人は地上最強の戦闘集団であった。おそらく大魔王バーンにそのまま反旗を翻したとしても、いいセン行ったであろう。
大魔王の忠実なる配下であるイレーネ自身が、そう判断できる程の面子が揃っていた。
けれども、である。
出立前に魔軍指令が入れた横槍が、一抹の不安を彼女にもたらした。
ヒュンケルとハドラーを残して立ち去った後に再び4人が集うと、そこにはミストバーンに付き添われ、完全武装した魔剣戦士が剣と甲冑を返り血に染め上げていた。
その時の彼の暗黒闘気の凄まじさを、イレーネは未だに覚えている。
彼女の操るーーもとい、剣を振るう際に”適切に”暴走させているーー暗黒闘気とは若干異なるものの、ヒュンケルがその身から放ったそれは常軌を逸していた。もはや爆発寸前、というよりは爆発した直後の様な荒々しさがあった。
今でこそ冷静に行動してみせているが、自身も亜種の暗黒闘気の使い手たるイレーネにはわかる。
”必殺”のヒュンケルは、常の彼では無い。
彼女が頼りとした彼は、これ程までに力任せに闘気を溢れ出させる存在では無かった。
おそらく今の彼の攻撃力は、以前のそれを大きく上回っている。
こと攻勢面においては、この4人が破れ去ることはまずあり得ない。
けれども彼女が真に憂慮しているのは、敵の…ジェダイの騎士アナキン・スカイウォーカーの操る不可視の能力だ。
あれは油断出来ない。
「ゆめゆめ、足元を掬われるなよ。」
共に相対した経験を持つバラン殿も、こうした忠告をもたらした。
おそらく、それぞれの能力においてこの4人は、あの男を大きく上回っている。盤上の計算では、負ける筈が無い。
けれども、である。
イレーネは、嫌な予感を拭えなかった。攻撃力を大幅に上昇させたヒュンケルは、果たして彼女と手合わせした際の能力を発揮してくれるのだろうか。何か穴があるのでは無いか。
彼女自身が、大魔王バーンから与えられた急激な成長には散々苦労した経験を持つのである。
願わくばヒュンケルの精神状態が、以前のそれであってくれることを。
イレーネはこうした予感を振り払うように、一番頼りとしている存在に声をかけた。
「出遅れてくれるなよ、”疾風”の。」
ラーハルトの事である。戦闘スタイルからして、彼女と最も相性が良い。
さすがに移動速度では負けるが、共に速度に重点を置いた戦闘スタイルである。有無を言わさずに彼ら二人でとどめを刺してしまうのが、最も望ましい形である。
「オレは陸戦騎だ。妙な呼び名はやめろ。」
ーーよし、全くもって問題無い。
イレーネはさすがは竜騎将バラン殿だ、と彼の主人が持つ鑑識眼の高さに内心で拍手を送った。彼の腹心の部下は全くもって平常心であり、遺憾無く実力を発揮してくれるであろう。
「いざと言うときは頼んだぞ、”膂力”のクロコダイン。」
「承知しておる。何なりと呼ぶがいい。」
ーーこの任務が終わったら、是非ともその鳥と遊ばせて欲しいものだ。
イレーネは、彼程の重量をものともせずに運ぶガルーダという使い魔を羨ましげに見上げながら、獣王の健在ぶりを確かめた。彼の落ち着きぶりは群を抜いている。全く物怖じしていない、というよりも構えていない。
アナキン・スカイウォーカー程度の未知には、過去にも相対した事があるのかもしれない。
「”必殺”だったかな。どうだヒュンケル、腕が鳴るだろう?」
うっそうとした樹冠の直上を使い魔と共に往く獣王は、同輩に呼びかける余裕すら見せている。
「不運な野郎だ。このオレが、新たな力に目覚めたばかりのときに出しゃばるとは。」
ーー最後までその調子でいてくれ。
イレーネは少しばかりペースを緩め、ヒュンケルの目を直に見て最終確認を終えた。ちなみに銀髪銀眼の美女がじっと見つめると、モンスターですら顔を赤らめる程なのであるが、彼には微塵も変化が無い。彼女は自身の姿のそうした副作用すら利用しながら、各員の状況を確かめ終えた。
獣王クロコダインは、イレーネの合図にゆっくりと頷いた。
彼の歴戦の経験からしても、彼女はなかなかに優秀な分隊指揮官であると言えた。
彼女は各員の能力を、適切に把握していた。獣王クロコダインが人並み外れた嗅覚を持つことなど、彼自身ですら駆け出し時代の黒歴史と共に忘れてしまっていた事である。
イレーネは、クロコダインに確認を求めたのだ。基本的にアナキンの場所を特定するのら、ハンターたるイレーネの役割であった。彼女は以前、アナキンと直に刃を交えた際に、その匂いを記憶したという。
「まるで犬だな。」
というハーフの魔族の侮蔑をものともせずに、彼女はクロコダインに確認を求めた。この場に嗅ぎ慣れぬ匂いがしないか、それを確かめたのである。
彼女の用心深さは評価に値した。
クロコダインが久しぶりの感覚を研ぎ澄ませたところ、そこには二人分の人間の匂いがあった。
「真新しい出血の残り香…もう1人、ヒヨッコがいるぞ。」
クロコダインはイレーネに倣い、声を潜めて告げた。
どうやら所定目標の他にもう一人、同行者がいるようだった。
これは奇襲作戦である。
想定外の事態はなるべく排除すべきであった。
クロコダインは、自らそのヒヨッコの処分を引き受けた。彼としてはこの卑怯な戦法はできればとりたく無かったのだ。けれども時にこうした有無を言わさぬ電撃作戦が味方の被害を大きく減らすことを知る彼は、敢えて反意を示さなかった。
そのかわり、ヒヨッコの命くらいは彼自身の手に委ねてもらいたい、と思うのであった。結果的に首を跳ねることになってしまったとして、せめてそのアナキンという未知の力を秘めた男には用意してやれない、正々堂々の一騎打ちの末に果てさせてあげたいと思ったのだ。
こうして、魔王軍の中でも屈指の突撃速度を誇る三人が、アナキンの首を狙うことになった。
クロコダインに慢心は無かった。
頼もしい仲間と共に敵の四方を囲めながらも、油断とは無縁であった。
しかし、それにも関わらず。
彼らは先手をとられた。
「うおおおおお!」
クロコダインは突如として出現した大地の裂け目に飲み込まれ、思わず大声を上げた。
後手に回った挙句に怒声まで上げるとは彼らしからぬ失態であるが、そうとは限らなかった。彼の雄叫びには、仲間を鼓舞する効果がある。おまけに、ここまで地盤が緩い場所に、誘い込まれた可能性すらあるのだ。これしきの一撃で自身がくたばるとは到底思えなかったが、脅威度の修正を求める仲間への警告は、重要である。
もとい、仲間の怒声一つに狼狽える面子では無い。
ラーハルトなどはその最たるものだ。
彼は咄嗟にその場を飛び退り、敵の伏撃を難なくやり過ごした。彼にはこの技に、見覚えがあった。魔王軍の城で大暴れした際にヒュンケルが放ってみせた、海破斬という技だ。
だがそのヒュンケルとは段違いな速度に、ラーハルトは思わず笑みを浮かべた。
イレーネも、カール王国でバランの影を務めたときに見た、勇者アバンの必殺技に不意を突かれていた。高速剣を発動して即座に搔き消したが、これで作戦の第1段階は、失敗に終わったことになる。易々とは行かぬと思っていたが、伏撃されるとは想定の中でも最悪のパターンである。彼女は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
ヒュンケルに至ってはまるで感情を表に出さなかったが、魔剣で受け止めた手を痺れさせた空裂斬の威力に、内心で敵意を剥き出しにしていた。弱小なアバン流の技に、今更未練は無い。しかし技術的に上を行かれたことが、彼のプライドに触ったのである。
彼等の頭上をルーラの光が通過したが、その事にかまけるヒュンケルでは無かった。
「4人で囲めば勝てるとでも?」
彼は、未だに顔も見ぬ敵が絞り出した声を、確かに聞いた。
想像以上に若く、そして自信に満ちている。この男…もとい少年の顔を歪ませる様を想像し、ヒュンケルの唇がつり上がった。
その直後のことである。
彼ら4人全員のもとに、同心円状に放たれた衝撃波が訪れたのである。
そして有無を言わさずに、その身体を吹き飛ばした!
その際にヒュンケルが負ったダメージは、想像の遥か上を行った。
先ほどの空裂斬などは、まるで比較にならない。破壊の力そのものが空気を震わせ、彼の五体を打ちのめしたのである。
甲冑に残された爪痕が、その攻撃力の凄まじさを物語っている。
しかしこれしきでくたばる程に、魔剣戦士は柔では無い。
ムクリと起き上がった彼は、轟音に警戒を強いられた。
ズドン!
音速の壁を突き破る際の、独特の重低音である。
それが周囲の空気を震わせて、彼の鼓膜を揺らしたのだ。ヒュンケルはその理を知らぬが、戦士の嗅覚で危険を嗅ぎ取った。仮に、今自分を襲った衝撃波が一点に集中され指向性を持たされた場合には、今の様な音を立てるのでは無いのかと。そう思った、次の瞬間のことである。
ズドドドド!
超音速の衝撃波が連続して一方向に、集中的に叩き込まれていた。最早空気を揺るがすだけでは飽き足りず、遂には大地すら揺がし。
それは凄まじい破壊をもたらした。
それを一身に受けている者の鎧を引き剥がし、皮膚を打ち、肉を穿った。その余波で木々が根こそぎ吹き飛ばされ、大地が抉られ。地面を震わせ、轟音が響き渡り。
更には千切れ飛んだ樹木の幹や土砂までもが、その者を打ち据えて行く。まるで大地の怒りである。。状況からして敵襲以外の何物でも無いのだが、眼前の光景は自然災害そのものであった。
遂には、その災害規模の打撃を一身に受けた者が決定的な声を絞り出した。
獣王クロコダインの叫び。
それも苦痛に耐えかねて上げた、絶叫である。誰もが予想だにしない事態であった。
ーーフザケやがって!
ヒュンケルはいきなりの仲間の犠牲にいきり立ち、先に負ったダメージの残滓を頭の中から追い出しては剣を構え、攻撃の姿勢を整えた。
最速の一撃で即座にケリをつけるつもりだった。
先の空裂斬には確かに驚かされたが、海破斬ならば彼にも可能で、そして暗黒闘気を纏わせたそれはアバン流を遥かに上回る速度と威力を発揮する。年季の違いを思い知らせてやるつもりであった。
「後方のお前…良い構えをしてるじゃないか。アバン先生仕込みの剣術だな…お前がヒュンケルか?」
うっすらと見えた背中に突撃をかけようとしたその直前に、ヒュンケルは冷や汗を浮かばせた。
ーーバカな!このガキ、背を向けたままだぞ?!
彼に走った衝撃は、それだけでは済まなかった。
「右手の殺気にも覚えがある…。バランに縁があるだろう。よくそこまで真似たものだ。」
間違いなくラーハルトのことだ。
気配に敏感だとかでは済まない程に、見事に言い当てている。とんでも無い事態であった。
「左のお前とは…。随分とよく会うな。そして見事に誘いに乗ってくれて、どうもありがとう。実力を隠していたのは、オマエがお熱なバラン殿だけじゃ無いんだよ。」
最後の部分だけは知ったことでは無いが、コイツは異常だ。これだけの木々に包まれて噴煙が舞う状況で、こちらの配置と人員を的確に把握している。待ち伏せされたとかそういう次元の話では無い。
ヒュンケルは脂汗を滲ませながら、剣把を握り直した。
「そして正面のお前…この中で一番経験豊富だろ。悪いが真っ先に片付けさせて貰ったぞ。」
ーーなかなかにアジな真似をしてくれるじゃないか、小僧。
獣王クロコダインが放つ筈の不敵なセリフは、ついに仲間達の耳に届くことは無かった。
彼等の脳が無意識のうちに作り出したそれは、幻聴と呼ばれるものである。
あの獣王が、負ったダメージに言葉も出ないのである。
ーー不味い。完全にペースを握られた。
イレーネはこれ以上アナキンを好きにさせる心算は毛頭無かったが、それでも敵の強大ぶりには、撤退すら考えさせられていた。
ヤル奴だとは思っていたが、これ程までとは想像だに出来なかった。
完全に想定外の事態である。
「許さん、殺す!」
この中で一番キレ易いラーハルトは疾駆し、針をも射抜く槍の妙技で敵のコメカミを貫かんとした。
それは達人の域にある者ですら、反応が困難な程の一撃である。
抜群の格闘センスを持つ魔軍司令ハドラーですら、眉すら動かせずに心臓を貫かれたのだ。
それほどの一撃が。
敵の身体に到達する前に、妙な音を立てる闘気剣に打ち払われた。
力任せに。
「その珍しい武具…鎧の魔槍とか、そういう名称で呼ばれてないか?」
不敵な声が響き渡ると同時に、あの轟音が再び轟いた。
クロコダインを沈めた、不可視の音速波である。
ラーハルトは衝撃で吹き飛ばされて顔を歪めながらも、放たれたその言葉に痛みを忘れた。
全く動けなかったヒュンケルも、度肝を抜かれている。
これはどう見ても、完全な異常事態である。想定外にも程があるだろう。
魔王軍の宝物庫に納められていた筈の鎧の魔剣と鎧の魔槍までもが、その秘を暴かれているのである。
一体全体、このガキは何者だというのだ。
「それほどの武器を持つ者としては、不足も甚だしいな。その名の由来にすら気づけん者では、私を打ち倒すことなど到底不可能だ。出直して来るがいい。」
その少年の声は、年老いた老人の様な声でそう語りかけてきた。
おそらくこの時点で、勝敗は決していた。
ラーハルトの妙技とヒュンケルの剣技は敵の言葉に勢いを削がれ、イレーネは初めて担った部隊長としての役割に、魔剣としての一分に徹し切れていない。このまま乱戦にもつれ込んだとして、言葉に踊らされ決定力を欠いた彼らでは、いい様にあしらわれるのが関の山であっただろう。
そう…。
ただ一人、ハドラーが頼りとした武人を除いては。
何でアナキンが鎧の魔剣を知ってるんだよ、という話ですが…。次話をお楽しみに!
実は、アナキンの本領発揮は次話冒頭です!