状況説明会です。
それは、この時期には例を見ない長雨だった。
シトシトと、3週間にも渡り降り続いた小雨は最後の仕上げとばかりに大雨となり、
大地に過剰な恵みを与えた。
降水地域では先月まで類を見ない水不足に悩まされていたのだが、その不足分を補って余りある水量は各所に弊害をもたらそうとしていた。
アナキン・スカイウォーカーが身を寄せたギルドメイン山脈の山間部に位置するディー村では、
早速影響が出始めていた。
「おおいアナキン、ちょっとこのポンプ見てくれないか!?水が溜まりすぎちゃったのかなぁ。ちゃんと水が出ないんだよ。」
「ああ、あのピストンにガタ来てたやつか……わかった!ちょっと待っててくれ!」
長閑な田舎の村で、アナキンはひっそりと暮らしていた。
もちろん、彼が生来持つその才覚・指導力は閑静な田舎町に激震を走らせるものだったが、彼は決してその場を動こうとはしなかった。
かつての彼を知る者がいれば拍子抜けしてしまうほどに、彼はその原始的な生活に溶け込み始めていたのだ。
「ジャックの奴がうるさいからちょっと黙らせて来ます。しばしお待ちを。」
彼は現在、あの晩に騒いでいた青年達を黙らせた老婆と共に、生活を送っていた。
その名をジャンヌといった。
彼女はこんな辺鄙な田舎にはまったく似つかわしくない程に、智恵と魔術の扱いに長けた人物だった。
魔法という未知の存在に出会ったアナキンは、身寄りがなく村の片隅でひっそりと暮らすジャンヌ老に感じるものがあり、この場に留まることを決意したのだった。
その素晴らしい力に魅入られるどころかそれを誇ることを自らに禁じ、誰にでも使えるレベルで日々の生活に取り入れさせる彼女の生き方は、アナキンにとって魔法という未知の存在以上に衝撃を与えた。
その余波を昨日のことのように反復しながら、現在は彼女の生活を支える傍らで魔法の教えを請い、それを村の生活環境の改善に役立てていった。
ちなみにこの井戸に設置された手押し式のポンプは、彼の発案により実装化され、メンテナンスも含めた運用ノウハウを手先の器用な村人達に伝授している段階であった。
だがそうした試みもこの長雨の中では一時中断せざるを得ない。
水位の高まりに反比例して活力を失う村の中で、老人と少年の住まいにおいては、世にも珍しい語らいが為されていた。
手短に村の井戸の修理を終えたアナキンは、雨音を背景にジャンヌ老と向き合った。
「して……。どこまで聞いたのだったかな?巨悪を打ち倒した、偉大なるスカイウォーカー卿よ。」
「やめて下さい、その呼び方……。私ではなく、私の息子にこそ相応しい称号なんですから。」
「ふん、満更でもないことが透けて見えるわ。精進が足りぬよ、小さなアナキン。奢ることはもっての他だが、恥じることもまた浅ましさの一部じゃと、何度言ったらわかるのだ。」
「全く……その通りです。ところで本当に、貴女はフォースを使えないのですよね?」
アナキンは現在、名目上は彼女の弟子ということで身を置かせてもらっている。
そしてつい前日、この雨の中やることも少なくなったために、ある決意と共にジャンヌ老に全てを打ち明け始めたのだった。
「フォース……だったか、魔法使いであるワシが言うのも何じゃが、奇跡みたいな力じゃな。しかしそんなもん使えずとも、今のお前の精神の揺れ具合は、見て取れるぞ。その皇帝とやらも、さぞかし操り易かっただろうて。」
「返す言葉もありませんが……これ以上は勘弁して下さい。昨日までに私からは粗方話し終えていますよ。今日はご自身のお考えを聞かせてくれる約束では無いですか。」
アナキンは、急所をズバズバ付いて来るこの老婆とのやりとりに心を抉られながらも、ある種の懐かしさを感じていた。
マスター・ヨーダ……、そのフォースの巨大さで誰も叶わぬうえに、周囲が憚る正論を微塵の躊躇いも無く口上に乗せられる偉大な指導者。そんな彼との会話が、アナキンは何よりも苦手だった。
今から思えばあれほどの存在が、よくも一端のジェダイであったアナキンと言葉を交わしてくれたものだ。自分はそれだけの功績を上げているのだからと、口煩い上司としてしか感じなかった存在が、今となっては時間を割いて精神的な指導をしてくれたのだとわかる。
しかし、わかったからと言っても忌々しさを感じずにいられるほど、アナキンは大成してはいなかった。
「やれやれ、こんな長雨の中で時間を急くとはの……。まあ良い。
最終的にはシスとやらも倒せた。片手を切り落とすなんて虐待を働いた息子に、情けをかけられて見送ってもらえた。これで心置きなく死ねる。と思ったら少年の姿でこの村の前にいた、と。そういうわけじゃったな。」
色々と言いたいことはあるし、憤りも覚えるが、その通りなのでアナキンには返す言葉がなかった。
それよりも、せっかく話を前に進めてくれたのでその流れに乗ることを優先すべきだろう。
「その通りです。私の師であるオビ・ワンもあのマスター・ヨーダも、フォースの渦の中に確かに感じたのです。しかし私だけが、その渦の中に帰ることができずに、この様なことに……。」
「はあ……、その神経のず図太さには感心するよ、小さなアナキン。お主は、確かな役割をその世界に望まれたのじゃろうに。それほどの存在が生み出された時点で、その世界がどれほどの対価や犠牲を払っておると思っているのじゃ。それが道を踏み外した挙句、結果良ければの精神で黄泉の国へ案内してくれとは、どんな寛容な神であっても許さんことじゃろうて。これしき、幼児ですらわかる理屈じゃ。なぜわからぬ。」
「……私達の世界では神などおりませんでしたので。」
「ならば、そのフォースなるものの根源たる原理・理屈において、お主はもう、その世界から弾き出されてしまったのじゃよ。こうして自我はおろか、記憶すら健全なままで転生できたこと、この世界の神に感謝するのじゃぞ。神がお主の存在をお許しにならなければ、おそらくお主は魂レベルでの存在すら消され、そのフォースとやらの渦なり海なりに、還されていたはずじゃ。」
そこでジャンヌ老は、一旦言葉を切った。
その後に放たれた一言は、雷鳴よりも鋭くアナキンを貫いた。
「まさかお主……それだけのことをしでかしておいて、自分だけは都合良く、新たな命として輪廻転生を迎えられるとでも思っておったんじゃあるまいな。」
アナキンは、一人の老婆の口から確信を持って語られた内容に、言葉を失っていた。
検証が必要な内容がほとんどであるが、何よりも今の一言は、まさしく真実であったからだ。
「やれやれ……言った側から内心がダダ漏れじゃぞ。まさかの図星とはな。ワシもお主も、まだまだお互いを知るには時間が足りんかったようじゃの。この大雨が始まってから始めた自分語りの端々に見せていた反省・罪悪感……それらの全てが、不平・不満に他ならなかったと証明されてしまったな、アナキン。」
「そんな……。私は確かに。」
「まあ、人間はどの世界でも都合の良い生き物だ。ワシを含めて……な。恥じることでは無い。いや、お主にはそんな暇が無いと言った方が正しいか。受け入れるのじゃよ、アナキン。お主が良い方向に向うとしているのは、ワシがよくわかっている。」
そんな折、雨音にまぎれて戸が叩かれた。
アナキンはハッとなり、常なら張り巡らせているはずのフォースの網が、途絶えてしまっていることに気がついた。
「……この大雨じゃ。何がしかの困難を抱えた者がいるのじゃろう。丁度良い、お主だけの力で解決してみせよ、アナキン。世界を救うだとか、大業は望まぬ。戦争で手柄をあげるなんて、邪道よ。まずはこの村の隣人から助けていくことを学ぶんじゃ。」
次話ではいよいよフォースを使います。