理力の導き   作:アウトウォーズ

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後編になります。

魔弾銃を接射するマァムが描きたかっただけです…。

どうぞよろしくお願いします。


ネイル村のマァム(後編)

 

ダイとポップは半泣きになってネイル村に辿り着いた。

もう全身ボロボロで、昼間の元気など微塵も無い。今、クロコダインと名乗ったマァムさんに出くわしたら、抵抗すら出来ずに散るだろう。

 

けれどもう、今更どこぞとも知れぬ人里を求めて彷徨い歩ける程に、2人は体力が残っていなかった。その焦燥ぶりは、ポップよりもダイの方が酷い。何せあの、獣王クロコダインとガチンコ鉄拳バトルを繰り広げたのである。おまけに獣王は、その人生の中で最高の侮辱を受けるという中で怒りに魂を震わせていた。

 

後にダイは竜の騎士として大成する訳であるが、ホロ酔いのクロコダインに「どれ、余興として、またアレやるか」と言われるだけで顔を青くしたという。つまり今のダイは、ポップに背負われる程に消耗し切っていた。

 

「あらあら。凄い音がしたから心配してたけど、やっぱり貴方達だったの。」

 

聞き覚えのある声に迎えられたポップは、涙腺を崩壊させた。

 

「レ、レイラざん…。うう、ごめんなさい、お、オレ達マァムざんにじ、失礼なごどしちゃって…」

 

「おかしな事言うのね。まあ、今はそれよりもダイ君が…おネムな訳ね。ゆっくりお休みなさい?」

 

地獄に仏、とはまさにこの事だろう。

ポップは神に感謝した。もとい、祈る対象の名すら知らぬ彼であったが、この時ばかりは得体の知れない何かに対して感謝した。

 

そして、遂に力尽きてダイを背負ったまま地面に倒れ伏した。

 

後には、レイラとその娘が困惑気な顔のまま残された。

 

「マァム、貴女この子達と何かあったの?」

 

母に尋ねられた娘は、首をかしげるばかりであった。

 

 

 

 

翌朝目覚めたアバンとアナキンの弟子達は、昨夜の憔悴ぶりは何だったのかという勢いで喚き始めた。

 

「いいいいや、やっぱりオレは怖い!この村を出る!放せダイ!」

 

「ダメだよ!先ずはマァムさんに謝ってからだ!」

 

「おおおオマエ、今更ワビ入れて済むと思ってんのか!?あの目見ただろ?!アレは完全に、怒り狂った獣の目だ!次こそ殺されるぞ!いいいいや、喰われる!生きたまま喰われるんだ!」

 

ダイはその言葉に、顔面蒼白になった。想像してしまったのだろう。

 

「でも、こんなんじゃデルムリン島に帰れないよ!ポップこそ、あの姿を見ただろ?!モンスターの王だよ!無礼を働いて謝りもせずに帰って来たなんて、言えないよ!それに、一緒に頭下げようって、昨晩約束したろ?!」

 

「クッソー!言うな言うな!聞きたく無い!」

 

ポップとダイは、恩人たるレイラさんの家で大舌戦を繰り広げていた。

 

レイラは呆れ返っていた。この泣き言を言って憚らない子が、偉大なるアバンの弟子なのかと。

 

何よりも、言っていることの意味がわからない。

自分の娘に食人の憂き目に合わされると、本気になって怯えているのだ。明らさまな勘違いだと分かるが、お腹を痛めて産んだ愛娘を、ここまで本気で魔獣扱いされると良い気分にはなれない。

 

アバンに便りを出そうかと考えていた所に訪れてくれた弟子だから、少なからず期待したのだけれど…。レイラはしぼんでいく感情に、眉をひそめた。

 

「オレのバッカやろー!」

 

ひと思いに叫ぶと、ポップはレイラをひたと見据えた。

――そうだよ、ダイ。お前だけは、裏切らないと、決めたんだよ。

 

泣きはらした赤い目で、鼻水すら垂れ流しているが、悪くは無い目つきである。勘違いはそのままに、しかし先程までの泣き言よりはよっぽどマシである。

 

その切り替えの速さに、レイラはある人を思い出していた。

 

――私達の恩人にも、鋭く心を切り替える人が居ましたね、アバン。

 

レイラはその瞬間、懐古の念に襲われていた。

 

「レイラさん……。お騒がせしてすみません。オレ達、レイラさんの娘さんに、とんでも無いことしちゃったんです。この通り、謝ります。オレ……怖くて、メラゾーマ撃っちゃったんです……。」

 

ポップは、ダイとの約束通りに率先して頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!オレも、怖くて殴っちゃいました……その、マァムさんが本当はいい人だと分かってたんですけど……。」

 

ダイもポップの変わり身の早さと潔さに呆れかえりながら、頭を下げた。

 

何とも微笑ましい光景である。

一体何を勘違いしたのか知らないが、もしそんな目に合っていたらただ事では済まないはずである。

レイラはマァムの身体には傷一つ無いことを知っていたので、娘を獣扱いされたことは水に流そうかとまで思った。

まあ、仮にもそんな目に合わされていたら、レイラは次の瞬間にも二人を絞め殺してしまったであろう。

 

「貴方達が謝る必要は無いのよ?だってホラ、マァムはこの通り無事だし…。れっきとした人間で、少し乱暴だけど、私の可愛い娘なんだもの。」

 

「ちょっと、やめてよお母さん!こんなヤツらの前で…。」

 

娘は、母に手放しで褒められて顔を赤らめた。

両肩に置かれた手を振り払わないところなどは、満更でも無いのであろう。

 

しかしその光景は、ダイとポップの目にはまるで違う意味を持った。

 

「モ、モシャス(変身呪文)まで使えたのか…」

 

「やっぱり根に持ってる…そりゃそうだ……」

 

ポップの呟きを聞いたダイは、未だ怒り心頭な獣王マァムさんが人間の娘に化けているとしか思わず、諦めの言葉を呟いた。

二人は顔を見合わせ、青白い顔色をして頷き合った。

 

「も、もう良いんだ、マァムさん…。オレ達、本当に反省してるんです。マァムさんが人間の心を持ったモンスターだって、ちゃんとわかってます。

 

「ポップの言う通りです。それにオレ、モンスターだらけの島で育ったんですよ!だから、少し驚いてしまいましたけど……マァムさんの本当の姿を見ても、もう怖がったりしません!」

 

まるっきりの虚勢である。

完全に目が泳いでいる。

 

しかしそれでも、二人にしてみればこの痛々しい家族ごっこを見せつけられるのは、過失を責め立てられるよりも辛かった。特にダイなどは、深い責任を感じていた。

 

彼は、誇り高い獣王マァムさんの心に傷をつけ、その姿を否定しまったことを、本気で後悔していた。もし彼の故郷のデルムリン島でそんなことをする輩がいたら絶対に許せないことを、彼自身がしてしまった、と本気で思い込んでいた。

 

「ねぇ、アンタ達さっきから、私の本当の姿が何だとか言うけど…。どんな感じなの、それ。」

 

ダイとポップは、今こそ自分達の誠意が試されていると知った。

ここで真実を告げないバカはいない。その姿に心底惚れ込んでいるんだと、お世辞でもなんでもいい、とにかく持ち上げるのだ。

 

二人はよどみの無い声で、ハッキリと答えた。

 

「巨大なリザードマン!鋼鉄の岩肌!鋭い牙!全てを引き裂く爪!」

 

「デカい口!ダイの胴回りはある二の腕!大樹の様な両脚!全身筋肉!」

 

レイラはため息をついた。

 

「好きになさい、マァム"さん"。」

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなったか…。ゴメンよ、ポップ。巻き込んじゃって。」

 

「気にすんなよ。お前となら、悪かねぇ。」

 

ダイとポップはポロポロになって、村の広場に転がっていた。

あの後さんざっぱらぶん殴られ、蹴倒され、このザマであった。

 

その際に振るわれた馬鹿力に、二人はいよいよ覚悟を決めていた。この膂力は人間に出せるものでは無い。ツケを払うの時が訪れたのだ。

 

「もう、運命に任せようぜ。煮るなり焼くなり、好きにしろい!」

 

「でも、やっぱり生きたまま喰われたくは無いよ…」

 

「まだ言うの!アンタ達は!

 

ダイとポップ…いやとくにポップは何故か、重点的にストンピングを食らった。マァムは本能的に、先の低級冒険者達と同じ目で見られている事に嫌悪感を感じていたのである。

 

「グエェ…畜生、これが因果応報ってヤツか……。そうだよな、アンタに真っ先に喰ってかかったのは、オレだったもんな…」

 

「お、オイ、もう止めてくれ!やり過ぎだろ!やるならオレからにしろよ!」

 

マァムはほとほと呆れ果てていた。こんなどうしようも無いガキが、アバン先生の弟子なのかと。

 

ダイとポップは何を勘違いしてるのか、未だに自分達の世界に浸って現実を見ようともしない。妙なヒロイズムに打たれているのか、三文芝居の様なことを未だに続けている。

 

いい加減シバキ倒すのにも憂いた頃である。

 

「わかったわかった…。私をモンスター扱いしないなら、もう許してあげるから。ちゃんと約束してよ。」

 

「今更そんなバカ言えるか!」

 

「気が済むまでやってくれて構いませんよ。そのかわり、オレ達は絶対にマァムさんが人間だなんて認めません。」

 

このやり取りも何度目だろうか。

マァムはこんな事に使うべきでは無いと思っていたが、いよいよ秘中のアレを使おうと思った。

 

「本当に、私の気が済むまでやって良いのね?」

 

「おう!オトコに二言はねぇ!」

 

「それ、全然信用できないよ…」

 

話にならない。マァムはもういいや、と思い。

魔弾銃を取り出した。

 

ハテナマークを浮かべる二人に見せつける様に弾丸を込め、空中に向けて一発。

容赦なくぶちかます。

 

「ギ、ギラだ…。何だ、それ、武器……?」

 

「さすがは魔法使いクン。御察しの通り、これはアバン先生から頂いた武器よ。今みたいにね、弾丸に込めた魔法を撃てるの。」

 

ポップは顔面蒼白になった。

 

「なかなかに頭が回る様ね。そうよ。今の程度なら死にはしないでしょうけど、こうしてノヴァにマヒャドを込めて貰った弾丸を詰めれば…」

 

そうして、マァムはゆっくりと魔弾銃の弾丸を詰め替えた。まるで死刑宣告でもするかの様に…。

 

「や、ヤメロばか!本当に死ぬぞ!」

 

「えっ、アバンって人は、……ノヴァってポップの兄弟子だろ?何だよ、一体何なんだ?」

 

ダイはついていけてない様である。

 

「だからコレ、マヒャドを撃ち出す、アバン先生の武器なんだよ!コイツはそれを、俺たちに向けてぶっ放すつもりなんだ!」

 

「えっ?それ、俺たちを殺すって事だろ?でも全然殺気なんて…」

 

マァムは舌打ちし、ダイのコメカミに魔弾銃の銃口を押し当てた。

 

「どう?冷たいでしょ。この銃はね、込められた魔法の種類によって、温度が変わるのよ。これで貴方も、少しは理解できたかしら?」

 

「バ、馬鹿野郎!そんなにくっつけて魔法ぶっ放すアホがいるか!その武器だって、無事じゃ済まないぞ!」

 

マァムはポップの反応に気を良くした。

 

「説明の手間を省いてくれてありがとう。この武器の唯一の難点は、脅しに使いづらいってとこなのよ。この村の悪ガキども、まるで怖がってくれないのよね。そう、今のこの子みたいに。」

 

実はこの事に一番救われているのは他ならぬマァムである。

彼女は未だに、凶々しい凶器が使えない。唯一使える父の遺産たるハンマースピアも、ひたすらハンマーとして打撃に用いるのが関の山である。

 

けれども物は言い様である。先の魔弾銃の温度云々なんかは、まるでデタラメだ。更に言えば今この魔弾銃に込められている弾丸は、ホイミである。マヒャドを込めた弾丸を詰めた様にみせかけて、村の悪ガキを脅かすのは、彼女の常套手段なのである。

 

そうしてマァムがニタァと底意地の悪い笑みを浮かべると、ポップはより一層、顔を青くした。

 

「そ、そうか…魔力を吸い取るって、この事だっのか…」

 

などと、最早どうでもいい事に思考を巡らす有様である。

 

「く、くそっ!じゃあオレ、この距離でマヒャドを喰らうのか?!」

 

「そうよ。バイバイ。」

 

マァムはそう言い放つと、躊躇い無く引き金を引いた。

 

ズドンッという重い銃声がして、ダイの頭が揺れる。これは単純に、音にビックリしただけである。

 

ポップは顔面蒼白になって立ち上がった。

 

「ダイ〜〜〜‼︎」

 

その反応に気を良くしたマァムは、再び弾丸を詰め替えた。ちゃんと準備は済ませてあるので、この二発目にも同じ魔法が込められている。

 

「チックしょう…。待ってろよ…。お前だけに寂しい思いはさせねー!オレもすぐ後を追ってやる!」

 

「まぁ、すぐに目覚めると思うから突っ込まないけど…。私としても本懐ね。ここまで良い反応してくれて、どうもありがとう。」

 

「なに訳ワカンねーこと言ってんだよ!何なんだよ、コレは!何でこんな、生殺しみたいなことしやがる!獣王の誇りはどうした!?いっそ噛み砕いてみせろよ!」

 

ポップは本気で、ダイがトドメを刺されたと思い込んでいた。

もしこれが村の悪ガキだったらマァムも流石にやり過ぎたと思うのだが、ここに来てまで言いたい放題言ってくる奴が相手では別である。

彼女に容赦は無かった。

 

「なら、どうするの?謝罪を撤回して、私を攻撃する?私はそれでも良いわよ、別に。貴方がダイ君との約束を反故にするだけだから。」

 

常のポップなら、ダイとの約束は既に果たしたとでも吠えたのだろうが、最早完全に頭に血が上り、色々と見失っていた。

実はポップは、あの獣王とこの女の子が別物では無いか、と思い始めてはいたのである。ぶん殴られる時に視界の端で揺れるソレが妙にリアルで、彼の審美眼は血走っていた。

 

しかし彼は今、マァムの小芝居に完全に騙されている。

本気でダイがヤラれたと思い、逡巡と後悔と疑念が頭の中でグルグル回って、訳が分からなくなっていた。

 

遂に彼がとった手段は、人間か獣王かの疑問に一気に答えを与え、どっちに転んでもダイの後を追える、冴えたやり方だった。

 

少なくとも、彼の中では。

 

「こうするんだよ!」

 

ポップはなけなしの力を振り絞り、マァムに飛び掛った!

 

狙いはただ一つである。

 

「オラ!一思いにやれよ!さっきから物騒なモン揺らしやがって!妙なトコだけリアルに化けんじゃねーよ!どーせコレだって作りも…の…じゃ無い?」

 

マァムの胸元に飛び込んだポップは、痛みを感じる暇もなく意識を刈り取られた。

それはそうだろう。

 

マァムは本能的に、訓練された兵士もかくやという程の滑らかな動きで、対処してみせたのだ。彼女は意識してやってはいない。あの時、身の危険を感じた時と同じく、肉体が反応するがままに任せたのである。

 

抱きつかれた密接状態で。

相手の股間に右膝を叩き込み。

身をかがめ、無防備に曝け出された相手の後頭部に対して。

格闘教本の様な鋭い肘打ちを見舞ったのである。

 

それも獣王と見紛われる程の馬鹿力で。

先に同じ様な経験をしたマァムに、容赦の概念は無かった。

 

前世での老成したアナキン・スカイウォーカー、つまりはダース・ヴェイダーがその場にいたら、間違いなく配下に加えた筈である。あの悪名高き直属部隊、"ヴェイダーの拳'と呼ばれた暴力機関に、特別待遇で迎えさせるであろう程の格闘センスであった。

 

ポップは昨夜、神へと感謝したが、本質的にはこの瞬間のマァムの手加減にこそ、伏して謝意を述べなければならなかった。何せマァムが生来の性質として、怒りに駆られながらも相手を気遣う存在でなければ、この瞬間彼は間違いなくこの世を去っていたのだから。

 

後に大魔王バーンすら驚愕させる迄に成長する大魔導士はこの瞬間、確かに慈愛の女神に救われたのである。

 

そんな事実は露と知らず。

 

全ての誤解が解けた後、アンタは単なる痴漢ねとマァムに言い放たれたポップは、勢いよく言い放った。

 

「うっせえ、ブス!テメーに色目使っただなんて、オレの一生の恥だ!金輪際あり得ねー!テメーに近づく男には、悉く忠告してやる!『この女、全身凶器です』ってな!」

 

その言葉を聞いたレイラは、いいものを見つけたとばかりに微笑むのであった。

 

 

 

 

 





次話でいよいよ、バランと対面します。
間延びさせて、申し訳ございません。

次話は、明日の21時にアップします。もう少し手直しします。

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