理力の導き   作:アウトウォーズ

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いよいよバランが本領発揮します。


どうぞよろしくお願いします。


竜の騎士の親子 中編

 

 

ダイもポップも、あまりの事に棒立ちとなっていた。

今の攻撃は、間違いなく自分たちが今できる最高の攻撃であった。それが全くもって、効果を及ぼさなかったのだ。

 

しかも、ポップには何がどうしてこうなったのか、まるでわからなかった。

 

「ダイ、見えたか?!防がれたのか、躱されたのか、どっちだ!」

 

「…オレのストラッシュが弾かれて、ポップのメラゾーマと衝突した。」

 

――ハッ?

 

ポップには、ダイが何を言っているか分からなかった。

しかし彼がよくよくバランを観察すると、攻撃前までは何も持っていなかった右手には剣が握られていた。その刀身からは確かに、強力な技を受けたような煙が、微かに上がっている。

 

つまりは、避けたり防いだりする以前に、その身に届きすらしなかったという事になる。

 

続けて放たれたバランの言葉に、ポップは震え上がった。

 

「…どうやら今のが精一杯だったようだな。そんな見え透いた攻撃では、この私には傷一つつけられんぞ。」

 

――つまりは、やり方さえ間違えなければ攻撃は通じるわけだ。

 

ダイはバランの言葉を、迷わずにその様に解釈した。強引な曲解であることは、百も承知である。

しかしアナキンによってもたらされた訓練によりダイは、眼前の敵への対処に集中し切っていた。

分からないことに悩む暇はないのである。常に動き、考え続けなくてはならない。

 

「はああああああ!」

 

ダイは雄たけびを上げると、両拳を握りしめて自身の中に眠る闘気を引き出した。

温存が出来る相手ではない。

今のストラッシュ以上の攻撃を、直ちに行う必要があるのだ。ポップにこれ以上の攻撃は無理だ。ならば彼自身がやらねば、相手の思うがままにされてしまう。

 

――ライデイン!

 

ダイは掌をかざすと、電撃呪文を放った。この呪文は、師から褒められた非常に稀有な記憶となって、彼の心の中にあった。

それだけに一切、慢心しなかった。

 

「マァム、伏せろ!」

 

ポップは、ダイの攻撃が想像を絶するものになると予感して仲間の下へと向かった。

もとい、悠長に駆け寄っている余裕もない。

 

リリルーラでタックルをかますようにして、その場に押し倒したのだ。

 

その次の瞬間、ライデインが連続して、バランの直上から降り注いだ。

 

雷撃は、常人には反応すら許さぬ速さで宙を駆る。ダイはストラッシュの速度ですら見切られてしまったことから、自身の中で持つ最速の攻撃手段をとったのだ。それも一撃では済まさず、4発、5発と、立て続けに叩きこむ。

 

そして。

 

即座に追撃に移った。

 

敵は依然、健在である。

 

バランはダイのストラッシュを弾き返した時と同様に、全ての雷撃をその剣で受け止めていた。しかし、今度はすぐさま弾き返すには至らず、そのための”溜め”を必要としている。

 

やはり思った通りである。いかな上位者とはいえ、凌げる攻撃には限界があるのだ。

 

「大地斬!」

 

ダイは、まず相手の足元を崩すことにした。

これは、訓練の最中にアナキンがよくやってきた、かなり頭に来る戦法だ。地面をたたき割り、それまでの予備動作を強引に崩し去るのである。

 

「なにぃ?!」

 

――それ見たことか。

 

バランから動揺するような声が上がり、ダイは上手くいったと思い込んだ。

そして、勝負をかけるのは今だと、即座に地を蹴った。

 

――海破斬!

 

天空の剣を握りしめて、直接攻撃の手段としてその速度を活かし、相手を断ち切る。

もちろん、背後からである。

 

ダイに躊躇いは無かった。やらなければこっちがやられるのである。

 

「所詮は子供だな…。猿芝居に引っかかりおって。」

 

バランの対応は、完全に予想の上を行った。

何と、剣をその場に突き立てたのである。

 

----マズイ!

 

と思った時には、既に遅かった。

 

雷撃が地を走り、ダイの身体を撃ち据えていた。彼には知る由も無い事であったが、逆流雷という自然法則を魔力的に応用した攻撃であった。

ダイは予測すべきだったのだ。自分と同質の力を持つ相手なのだから、同じく雷撃呪文にも熟達している事を。

 

アースされた分かなり威力が下がったとはいえ、それでも完全な不意打ちであった。ダイは雷撃の衝撃に吹き飛ばされ、闘気で防ぎきれなかったダメージにより、身動きを封じられた。

 

「ダイ!」

 

「どいて!」

 

ポップの悲鳴が上がり、マァムの檄が飛んだ。ズドン、と特徴的な銃声が響く。彼女はポップに組み敷かれた状態から、魔弾銃を撃ったのだ。

 

そして次の瞬間には、ダイの身体を回復魔法の光が包み込んだ。

 

「もう1発…。」

 

マァムは手を緩めなかった。彼女のダイに注ぐ目は、完全に獲物を狙うそれである。実態としては真逆の事を行ないながらも、彼女もまた戦っているのだ。戦場に身を置くことを、意識していた。

 

素早く魔弾銃の弾丸を交換しながら狙いを付け、トリガーを引く。その時には既に、彼女の左手は空になった弾丸に回復魔法を装填し始めていた。

 

「成る程…。そいつは厄介だな。」

 

ポップは、バランの呟きにいち早く反応した。

彼は読んでいたのだ。敵がこのまま、回復手段を放置はしないだろう事を。

 

そして今まさしく自身がされた攻撃と、同じ手段を用いて対抗して来るであろう事も。この男には、それだけの余裕があるのだ。

 

ライデインだ。

 

しかも、ダイのを上回る威力で放って来る。

 

ポップは全魔力を注ぎ込み、半球型の防御呪文における天頂部分を特に強化して、魔力の障壁を形成した。先の獣王戦で身につけた、自慢の技である。

 

そしてその読み通りに、彼はバランの雷撃呪文を受け止めた。

 

一瞬だけ。

 

「嘘だろ?!」

 

バランのライデインはフバーハの直上から降り注ぐと、一瞬の拮抗状態の後に、全方位からフバーハを押し包んだのである。ポップが天上からの直撃に備えた盲点を、それは見事に突いた。

 

ポップとマァムはそのとてつもないダメージに悲鳴を上げ、その場に撃ち据えられた。

 

----経験値が、違いすぎる!

 

ポップは、闘気とか魔力の大きさ以上に、小手先の技術ではどうしようも無い差を思い知らされていた。この男は、たとえ同じ威力で呪文を使ったとしても、自分達には想像もつかない方法でそれを用いてくる。

 

しかも、器用だから出来るとかいう次元ではなくて、実際の交戦経験に基づいてそれをやって来る。彼には知る由も無い事であったが、バランはアナキンにこの呪文を弾き返された経験から、今の様な撃ち方をしたのである。

 

ポップは、そしてダイも、同じ様に現状を把握した。

 

勝てる訳が無い、と。

 

「…これで、煩い外野も沈黙したな。まだ諦めがつかんか?」

 

バランはこれまでの戦闘で、擦り傷一つ負ってはいなかった。いや、そもそも彼にとっては、戦闘ですらあったのかが疑わしい。実質的に.現在のバランはカール王国侵攻時とは別物である。

今の彼は魔王軍に入った目的のうち一つを、この瞬間に果たそうとしているのだから。

 

アナキンに言わせれば、フォースの量は同じでも、その充実度がまるで異なる、といったところか。

 

だが、ダイは諦めなかった。

この身は未だ、万全だ。マァムの回復呪文は、故郷でのブラスじぃちゃんのそれより、効き目が良い。仲間が作り出してくれたこの状態を、無駄にする訳にはいかないのだ。

 

それに…。

 

「これしきで惚けてたら、マスターに殺されちゃうからね。」

 

軽口を叩きながらも、ダイは必死で頭を巡らせていた。このままでは、いやもう既に、自分達は詰んでいる。現状を打破する手段は、無いのだ。

 

ポップがあそこまでのダメージを負わされては、最早リリルーラでアナキンに合流して貰う手段すら、奪われてしまっている。

 

自分が、何とかするしか無いのだ。

 

持ちうる技も、呪文も。恐らく全てが通用しない。しかしそれでも、この状況をどうにかしなければ、自分は相手の思い通りにされる。洗脳でもして、ネイル村のみんなを殺させようとでもするのだろう。そんな事は、真っ平ご免だった。

 

----オレの中の不思議な力…マスターすら驚愕させた、紋章の力よ。お願いだ、まだ何か眠っている力があるなら、今この瞬間に教えてくれ!オレの技では、どうしようも無いんだ!思いも寄らぬ手段で、防がれてしまう!

 

そうして彼は、一瞬のうちに自己のフォースとの対話を行った。

 

「良い目をするな…。これ程まで力の差を見せつけられて、まだ諦めていない。同じ竜の騎士として、誇らしく思うぞ。だからこそ、お前が人間如きに肩入れし、その程度の力に満足している事に我慢がならん。私なら、お前の師以上にお前を導くことができるものを。」

 

思わぬ言葉に、ダイは自己との対話を中断してしまう程に、面食らった。それは彼にとって、許し難い言葉であった。

 

「ふざけんな!オレの先生は、アナキン・スカイウォーカーだ!お前なんてメじゃない!」

 

「ならばこの状況をどう言い訳する。中途半端な指導で弟子を放り出し、お前はこのザマだ。…もとい、人間如きに我々竜の騎士の器が測れよう筈も無い。共に来るんだ、私がお前の修行を完成させてやる。」

 

「黙れ〜〜〜!」

 

ダイは、それ以上の言葉を聞きたく無かった。そして止むに止まれず、現状で出来る限りの手段をとった。

 

ストラッシュを放ったのである。

 

ダイにはもう、一撃に賭ける手段しか残されていなかった。自己との対話の結果は、絶望的であった。恐らく自身の内に眠る力は、目の前のこの男にも等しく宿っている。

 

己の潜在力を全て発揮したとしても、どうしようも無いのだ。もう、ヤケクソになるしか無かった。

 

「…それしか無いだろうな。」

 

バランは既に破った技を繰り出された事に、失望した様だ。彼とて今の会話で、ダイの心変わりが促せるとは思っていないのであろう。単純に、アナキンがヒュンケルやラーハルト達にした様に、心理的に揺さぶって行動を読みやすくしたに過ぎない。

 

先に破られた時と同じ闘気が込められたバランの剣を見て、ダイの目が強い光を放った。

 

----そこだ!

 

小細工が通用しないことは、ましてや破れかぶれの一撃が通用しない事は、ダイにも分かりきっていた。だからこそ動揺の奥底に、目論見を隠したのである。

 

「コレが、マスターから学んだやり方だ!」

 

ダイは叫び、音速の壁を突き破って突進をかけた。

 

狙いはただ一つ。

 

闘気波たるストラッシュの命中する、まさにその場所。

バランの持つ剣、そのものである。

 

そこに向けて、ストラッシュの着弾と同時に、ダイは地斬を叩き込んだ。

 

----ストラッシュ・クロス。

 

後にこの技の発展型は、ダイ自身によりそう命名される。この時の彼は、ストラッシュに闘気波タイプと剣技タイプがある事は知ら無かった。よって、将来発揮される威力の半分も出せてはいない。

 

しかし、それでも。

 

バランの不意を突くことには成功した。如何に歴代の記憶を引き継ぐ竜の騎士とて、未知の技には不意を突かれざるを得ないのだ。

 

バランは大きくよろめき、剣同士の衝突に押し負けた。そして…。

一撃目のストラッシュが竜闘気の防御を突き破り、バランの額に傷を刻み込んだ。

 

----やった!

 

ダイはこの絶望的な戦いが始まってから初となる確かな手応えに、心を揺さぶられた。

そしてその瞬間を、ポップとマァムも見逃さなかった。

 

「ダイ、メラゾーマが行ったぞ!」

 

ポップはなけなしの魔力を使い、バランに追い撃ちをかけていた。もはや出力を高めるだけの余裕は無かった。オーソドックスな火炎呪文である。

 

「力を抜いて。」

 

全力の一撃を見舞い即座には動けないダイを、マァムが背中から抱き止めた。

そのまま飛び退る。

 

そして大火炎の直撃が、バランを包み込んだ。

 

「今の内だ!逃げるぞ!」

 

ポップはこれで仕留めきれたと判断するほど、楽観視してはいなかった。この後に及んでは、撤退こそが唯一残された手段である。バランが立て直す前に、すぐさま行う必要がある。

 

しかしバランの反撃は、直後に行われた。

 

「…バカな…」

 

ポップは多角形を模る闘気の奔流に背中を射抜かれ、地に這わされた。それは紋章閃という、竜の騎士の秘儀の一つである。バランにそれを使わせただけでも、彼の判断力は大したものである。

 

しかしその代償に、ポップは全ての体力と気力を、奪い去られてしまった。

 

「マァム、頼む!」

 

ダイは、戦慄きながらも仲間の名を呼び、彼女に行動を促した。

 

あまりのことに彼女は、魔弾銃を取り落としてしまっていた。しかしダイの声にハッとなり、すぐさま自らの手でポップに回復呪文をかけ始めた。その顔は蒼白である。

 

無理のない事だった。彼女は見てしまったのだ。

 

バランは、微塵も揺るがなかった。

確かな一撃を与えた筈なのに、ものともしていない。

 

ダイ達ですら少々の痛みには耐えられるのに、彼がそう出来ない無い筈もない。

 

「…見事な一撃だった。」

 

賞賛の言葉とともに、彼を覆っていた火炎がゆらりとたなびくと、それは凄まじい闘気の奔流に押されて弾け飛んだ。

 

その大爆発とも呼べるべき激震を走らせた男の身に、さしたる傷跡は無い。

 

ただ一筋の血が、額から高い鼻筋を通って、地面に滴っている。

 

それだけである。

 

ダイ、ポップ、マァムの3人は、絶望感に打ちのめされながら爆風に飲み込まれ、地面に叩きつけられた。

その衝撃の凄まじさは彼らから、手足の動きを完全に奪い去ってしまった。彼らはようやく一つ、バランについて知ったのである。

 

今のでようやく、実力を晒したのだ。それも、闘気を全開にしただけで、コレである。

この上で攻撃などされようものなら、一体どうなるのか。まるで想像がつかない。何せこちらは、ポップの身と引き換えに手の内を一つ曝け出させたに過ぎ無いのだ。

 

----余りにも次元が、違いすぎる。

 

わかりきってはいた事だが、ここまで差があるとは、まるで悪夢である。

 

「恐れ入ったぞ。少々低く見過ぎていた。」

 

しかし、この事態に一番驚いているのは、他ならぬバランであった。まさかダイがここまでの戦闘センスを秘めているとは、思わなかったのである。

 

そして…。この姿のままで目標を達成するのは、難しい判断した。

 

このまま畳み掛けることは、造作も無い。いかに回復呪文がかけられているとはいえ、ダイの闘気は尽きかけている。そもそもの攻撃手段にも事欠く。今の技だけは警戒せねばならないが、それだけに注意を払えば良い現状など、彼にしてみれば最早勝負にならない。

 

しかし。

 

----コイツの心には、師への信頼が、未だに残っている。人間ごときの残滓が竜の騎士の心にこびりつくとは、我慢がならない。その浅はかな信頼を消し去り、心を完全にへし折るには、まだまだ足りぬと見える。

 

バランは心を決めた。

 

「私も浅はかだな。なまじ同じ姿をしているから、同列で語られてしまうのだ…。ならば、こうするまでよ。」

 

そう呟くとバランは、人の姿を捨てた。

 

顔面を伝う血の色が紫に変色すると、見る見るうちに傷口が塞がっていく。骨格が変化し、身体そのものがより攻撃的なフォルムへと作り変えられて行くのである。挙句には、背中に禍々しい翼まで現出する有様だ。

 

それはもう、人間とは呼べない姿であった。

 

「これぞ真の竜の騎士、竜魔人と呼ばれる姿だ。…この姿をとった私の前では、オマエが師から授かった技などは児戯に過ぎない。…さあ、私と共に来い、それがお前の為だ。」

 

ダイは、恐怖心のあまりに吐きそうであった。

実際に口が、塞がってしまう。

 

それ程までに、目の前の相手は恐ろしかった。これまでも間違いなく隔絶した存在であったのに、そのはるか上を行かれたのである。自分と同質の力を秘めていると想定したのが、そもそもの間違いだったのだ。これはもう、完全な別物である。

 

かろうじて絞り出せたのは、単純な疑問であった。

 

「…そんなになってまで、何がしたいんだ。」

 

「私の目的は一つだ。人類を滅ぼす。」

 

ダイは直感的に、その言葉が本音では無いと感じた。

理論的矛盾だとかそういう問題ではない。こんな姿をとる者が、このような言葉を吐くこと自体に、激しい嫌悪を感じたのだ。

 

ダイの心は完全に折れかかっていたが、この言葉にだけは絶対に屈してはいけないとわかった。

 

「その身を変えてまでする事かよ…失望させないでくれ。アンタは、力に呑まれてる。正気じゃない。」

 

ダイの脳裏に浮かぶのは、デルムリン島における唯一の、忌まわしい記憶である。

あの奥地には、島のみんなの祈りが封印されていた。島でただ一人の人間であるダイを守る為だけに、モンスターとしての生来の攻撃性と捕食本能を、必死で抑えようとしてくれたのだ。そしてその本性への恐れ、悲しみを、溜め込んでしまっていたのである。

 

皆が自分のために捨て去ろうとしたものを敢えて取り込むなんて、この男はどれだけ歪んでいるのか。どんな高尚な目的のためにその身を獣にやつしたのかと思えば、身も心もモンスターに成り下がっただけではないか。

 

「怒り、憎しみ、攻撃性…アンタの背後には、フォースのダークサイドしか見えない!そんなのがあんたの…竜の騎士の正体なのかよ!笑わせるな!」

 

「オマエの師も、中々に良いことを言う。その通りだ。生温い感情など、我ら竜の騎士には不要だ!やがてお前にもわかる時が来る、この姿に覚醒する瞬間が訪れるだろう…。」

 

ダイは本能的に、バランの言うことが真実だとわかってしまった。しかし、そんな事は受け入れられない。とてもではないが、こんなのが自分の本当の姿だとは思いたくないのだ。

 

ダイの心は、悲鳴を上げていた。

そんな悲しい事があって堪るかと。

 

「やめろ!マスターは…アナキンは、それでもオレの力を素晴らしいと言ってくれたんだ!自分の身を守る闘気は、いずれは自分も身につけたいと。邪心なく雷を操れるのは、オレの心が純粋だからだって…。こんなオレでも、平和の守護者たるジェダイの一員として、認めてくれたんだ…。」

 

「成る程な…。実に人間らしい、言葉の上手い奴だな。だが…気づいているのか、あの男の抱える闇の深さに。そもそもお前は、師のことを理解しているのか?」

 

思わぬ事を言われ、ダイは面食らった。頭が真っ白になってしまう程に、それはショックな言葉であった。

これ程容易く精神的に揺さぶられるなど、ジェダイとしてはあってはならない事である。

 

しかし、ダイもまた1人の少年である事には変わりが無かった。

彼は、バランの話術に引きずり込まれた。

 

「アナキンはジェダイの騎士で、オレのマスターだ。それが全てだ。」

 

ダイの声に、寸前までの力はなくなっていた。

 

「奴自身もそう名乗っていたな…。しかし、その名字については思いを巡らせなかった様だな。奴を討ちに行った4人の中には、スカイウォーカーという名字を調べた者がいる…そんな名の王侯貴族は、この世界には存在しないそうだ。ましてやあれ程の力を秘める男だ、一体どんな生まれなのだろうな?」

 

「オレには関係無い!マスターは、知識と力に精通した立派な人物だ。オレにとっては、アバンって人よりも偉大な先生なんだ!そう思っている。…オレにはそれだけで、充分だ!」

 

「いいや、十分では無いぞ。よく聞け。」

 

ダイは、初めて会った時にアナキンからされた事を思い出していた。あの時彼は、ザボエラという魔王軍の幹部が放つ言葉の悍ましさから、自分を守ってくれた。

けれども今、彼の耳を塞ぐあの温かなフォースは、ダイの周りには無い。

彼は、一人きりであった。

 

「お前は無知だ。そもそも自分の…竜の騎士の事についてすら、素直に知ろうともしない。我々は、魔族・竜族・人族の神々がその力を結集して築き上げた、神威の代行者だ。彼らの恩寵に預かりながら卑しくも魂を堕落させた人間達を、我々の代で討ち滅ぼす義務があるのだ!

 

これは私のカンだが…。スカイウォーカーというあの男もまた、我々と同じく、神に選ばれし者の筈だ。そしてあの、人を食った目の下には、他言できぬ過去を隠している。お前にも、隠したことがある筈だぞ。…私とお前の関係について、真実を語らなかった筈だ。

 

この時間、この場所で我々が邂逅を果たしたのは、どう見ても偶然では無い。あの男の指示に他ならない筈だ。さあ言え、あの男は何と言ってお前を、この荒野に導いたのだ!」

 

「竜の騎士がこっちに向かっているから逃げろと…。アンタは、オレの動揺を誘うために、身内を騙ると。」

 

「違うな。私こそが、お前の父親だ。」

 

ダイはこの瞬間のことを、生涯忘れないだろう。

言葉は力、そのものだ。

 

それに込められた思いが、時として勇気を与えるように。その反対に、受け入れがたい言葉はそれだけで、暴力となる。人の心に、深い傷を刻み込むのだ。

 

----やはり、こうなってしまうのか。

 

ダイはもう、この事には薄々気がついていた。

単刀直入なアナキンが、あの時に限っては妙に歯切れが悪かった。その事から、何となく嫌な予感はしていたのだ。

 

けれども、予感するのと現実として突きつけられるのとでは、まるで異なる。

 

諦めにも似た境地が訪れると思っていたのに…、こんなのはあまりにも酷すぎて、諦める気にもなれなかった。

 

「やめてくれよ…。オレは、落ちこぼれもいいとこだけど…仮にもジェダイなんだ。そんな強い憎悪を撒き散らしておいて、気づかないとでも思ったのか?アンタはダークサイドの奴隷だ!何が魂の堕落だよ、自分こそ憎しみに囚われて、竜の騎士の役割を忘れてるじゃないか!

 

竜の騎士がそんなに立派なら、何で魔王軍なんかに加担してるんだ。神様から貰った力を持って、一つの勢力に肩入れしたらダメじゃないか。やるなら一人でやれよ!オマエみたいな奴がオレの父さんだなんて、何かの間違いだ!いっそ縁を切ってくれ!オレは、デルムリン島で爺ちゃんに育てられた、人間のダイだ!竜の騎士なんかじゃない!」

 

その言葉は、ダイの願望に他ならなかった。

ジェダイの教えを受けた後にようやく出会えた父親が、まさかその精神に逆行するような男だったなんて、悪夢でしかない。

夢なら今すぐ、覚めて欲しかった。

 

けれども、それを許すほどに、眼前の存在は甘くはない。

もとい、彼の胸中に宿る人間の浅ましさへの怒りが、これしきの言葉で払拭される筈も無かった。

 

「どうやら、予想以上に悪質な思想に汚されているようだな。…間に合って良かった。今ならまだ、取り返しがつく。」

 

そう言うと、バランは額の紋章を爛々と輝かせ始めた。

ダイには嫌な予感がした。今までの力にあかせた攻撃などまるで及び持つかないような事が、自分の身に起ころうとしている、と。

 

その時、ダイの頭にこれまでの思い出が、走馬灯の様に駆け巡った。

 

鬼面同士に抱き抱えられる自分、笑顔で微笑むじぃちゃん。デルムリン島のみんな、不思議な友達のゴメちゃん。厳しくも優しかったアナキン、そして臆病だけど初めての友達の、ポップ。そして、出会って間もないマァム。

そして…。

都会的な、一人の少女。

確か、どこぞの国の偉い人だった。けれどもそんな素振りは全然なくて、ひたすらに天真爛漫で。難しいことも優しく教えてくれて…。

初めてこの紋章の力を出せたのも、あの子と出会った時だった。

 

その事に思い至り、ダイの顔から表情が抜け落ちた。

 

今、自分が何をされているのかに思い至ったのである。

 

「やめろ〜〜〜〜!」

 

ダイは心の底から叫んだ。

ダメだ、あの子の思い出だけは、絶対に無くしたくない!

恐ろしいアナキンなぞ、思い出なんかなくったってすぐにでも思い知らされる。いっそ消し去ってくれることには、感謝したいくらいだ。

 

けれど、あの子のことだけは、忘れる訳にはいかない。たしかどこぞの王女だとか言ってたはずた。きっとこの世界のどこかで、助けを必要としている。自分がジェダイとして一人前になれたら、助けに行こうと思っていたんだ。

 

それが、こんな形で奪われてしまうなんて…。

 

「ポップ…リリルーラだ…。お願いだ、マスターを…呼んで来てくれ。コイツはもう…どうしようもない。」

 

ダイは、既に手遅れになのがわかってはいたが、それでも助けを求めずにはいられなかった。

自分の中で、大事な記憶が消されていくのがわかる。

 

こんな事は、あのアナキンですら不可能だろう。

自身の額で光り輝く紋章が、恨めしくて仕方が無い。

この超絶の事態は、バランとの望みもしない絆が成す、呪われた所業だ。

 

せめて、額ではなく別の場所に発現してくれたら、まだ何とかなっただろうものを…。

 

ポップは呆然としていた。突如として苦しみ出した友人の額から紋章の輝きが薄れていく光景を、彼は何もできずに眺めていた。そして、自らにかけられた言葉の持つ意味に気付いて、絶叫するのであった。

 

「バカ言うなよ!この後に及んで…死んだってごめんだぜ!誰がお前を見捨てて…」

 

「マスターなら…アナキンなら、絶対何とかしてくれるんだ!だから頼む…もう、これ以上耐えるのは、無理だ…!」

 

「そんなの絶対にできない!やめろよ!オレを卑怯者にしないでくれ!」

 

ポップは必死で叫んだ。

心の叫びに抗う様に。

 

彼は今、本気で逃げ出したかったのだ。勘弁して欲しかったのだ。

どだい無理な話だった。少しくらい魔法が使えるからって調子に乗ったのが、そもそもの間違いだったのだ。

自分は名字すら持たない、ランカークス村のポップなんだ。こんな、目の前で確かに起こっていることに想像すら及ばない事態に巻き込まれるなんて、真っ平御免だった。

多少ぶん殴られようとも素直に頭を下げ、あの退屈だが穏やかな故郷に帰れば、まだ見ぬ未来がある筈なんだ。こんな所で終わりたくは無いんだ。

 

こんな事を考えてしまう自分が恨めしく、そして本当に逃げ出してしまいたかったのだ。

 

「頼む!オマエにしかできないんだよ!」

 

ダイの叫びに、ポップは涙した。

彼にはダイが、何を言っているのかわからなかったのだ。本気であの金髪の少年を呼びに行けと言っているのか。それとも…既に望みはなく、単純に自身をその言葉で逃がそうとしてくれているだけなのか。

 

恐らくは、両方だ。

 

この状況が既にどうしようも無いことは、誰の目にも明らかなのだ。どれだけ未知のパワーを秘めていようが、時間だけは止められないだろう。仮にバランを止められるだけの力を持つ者がココに来ようとも、もう、間に合いようが無い。つまりは助けを求めるということは…。

 

「約束したろポップ!お願いだ!オレを…助けてくれ!」

 

ダイのその一言に、遂に彼は動いた。

 

そうだ。恐怖心に負けて、卑怯者に成り下がることなんて…。まるで容易い。何度だってやり直しがきく。

 

でも、今この瞬間に、もしもダイを失ってしまったら…。

 

「くそったれがー!」

 

ポップは叫び、そして拳を突き出すと、呪文を放った。

効果が無いと知りつつも、そうせずにはいられなかった。単純に移動を図ったのでは、撃ち落とされることがわかり気っているからだ。いかに未知の技を使用しているとはいえ、相手はバランだ。そのくらいの余裕は残しているだろう。

 

だが…。

 

リリルーラを唱える必要は、無かった。

すぐ側に、助けを求めた人物が近づいているとわかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

それは、あの独特の低音を響かせて宙を走った。

 

楕円を描く、セイバースローである。

 

さすがのバランでも、ダイへの精神鑑賞を中断せざるを得なかった。

ポップの呪文と同じように今の自分にとっては脅威となる攻撃ではないが、それにしても彼の脳裏を一つの事実が過ぎった。

 

「…破れたか、ラーハルト…」

 

ここまで苛烈な道に走るバランとて、信頼する相手がいない訳ではない。

その対象が無残に散ったということを、現実は物語っていた。

 

そして何よりも、この男もカールで出会った時とはまるで異なる雰囲気を漂わせている。

あの時の彼は、どこか飄々としていた。実力は頭抜けていたがその全ては発揮せず、あくまでこちらの手管を探ることに集中していた。本気ではあるがまだまだ底を伺わせない、そんな余裕があった。

 

だが。

 

今の彼に、以前の面影はまるで無い。

殺意の塊と化していた。

溢れ出んばかりの怒りを宿らせた瞳は、青色から禍々しい黄土色に変わっている。

 

バランはその瞬間、かつて相対した冥竜王ヴェルザー並みの邪悪さを感じ取った。

自身がその身を竜魔人に変えたように目の前のこの男も、人間性の蓋を開けたのだ。

 

そしてその結果…まるで異なる存在と化していた。

 

その事を象徴する様にあの、見慣れぬ剣が…。

 

紅い凶星の輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ次話で、このシリーズを始めた目的である、竜魔人バラン vs ダークアナキン戦です!

当初はダイが言ってたようなことをアナキンが言い募って、ブチ切れたバランが竜魔人化する予定だったのですが…。
弟子にセリフをとられてしまいました。

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