理力の導き   作:アウトウォーズ

24 / 28

地の文が長くなりましたが…。

どうぞよろしくお願いします。


竜の騎士の親子 後編

 

 

 

――助かった!

 

安堵のあまりにそう呟きかけたポップは、言葉を飲み込んだ。

アナキン・スカイウォーカーと顔を合わせるのは、これが二度目である。しかしとてもでは無いが、以前見た人物と同じ人間とは思えなかった。

 

ポップには、あの不思議に大人びた少年が、今では疲れ切った老人の様に見えた。

繰り返す事に憂いた処刑人の、成れの果ての様である。

 

「…愚か者め。」

 

アナキンは、冷静さを残した声で、そう告げた。別に相手の反応など、求めてはいない。

耳を傾けられる状態で無いことは、一目瞭然である。

 

「表面的な力に溺れ、ダークサイドの侵入を許すとは…傲慢にも程がある。」

 

アナキンは軽蔑し切った目で、目の前の愚者を見つめた。

 

ダイの事だ。

 

彼には許し難い事だった。まるでなってないと思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった。こんな未熟者を一時でも信頼してしまった自分は、まさしく道化である。

 

もはやアナキンは、ダイを直には見てはいない。額に輝いていたフォースが失われ、右手に集中し始めていることから、大体の経緯を悟ったのである。精神的な洗脳…その一歩手前くらいのことをされたのであろう。

 

ここまで見事にハマるジェダイは、もはやそう名乗るに値しない。

 

しかしそれ以上に許し難い者が、目の前には存在していた。

 

「そんな姿をとらなければ、ガキ一人の相手も出来ないのか。」

 

アナキンの眼前には、ダークサイドに溺れ、漆黒の仮面を纏ったシスの暗黒卿が、在りし日の姿のままに佇んでいた。

そう…。前世での過ちの象徴、ダース・ヴェイダーである。

 

----住む世界を変えてまで、こんな事を繰り返すのか、お前は。

 

アナキンは、心の中でそう呼びかけた。

 

「戯言はそれまでにしてもらおうか…。お互いに、相手のことをとやかく言える姿では無い筈だぞ、スカイウォーカー…今のお前は、あまりにも邪悪だ。」

 

バランの声が響き、アナキンはその幻影から解き放たれた。

しかし眼前の事実は、何も変わらない。

 

少しばかり姿形が変わり、力を増した程度で…やろうとした事は、全く同じである。

 

後世を、悪へと導く。

スラム街でのならず者達と全く同じ事が、成されようとしていたのだ。

 

いや、彼らにはそうする事でしか明日を生きられないのだから、その罪はまだ軽い方だろう。しかしアバンとの会話では、この男も自身と同じくらいに稀有な生まれだと伺えた。それが本来の…。

 

アナキンは、それ以上思いを巡らせるのをやめた。もはや意味を成さないからだ。

 

「バカのやる事は、時間と場所を問わないな。竜の騎士というのも、タカが知れる。」

 

アナキンはもう、心を決めていた。

バランにだけは、容赦しないと。持ちうる限りの手段を全て用いて、打ち倒すと決めたのである。そう、全てである。

 

当然、フォースの暗黒面も含まれる。

 

彼には確信があった。今なら、ジェダイとして暗黒面すら正気を保ったままに使いこなせると。その思い込みが如何に多くのジェダイをシスに転向させてしまったかを、重々承知の上で。この様に判断していた。

 

「妙な力をつけた程度で思い上がるなよ、人間風情が。確かにお前から感じる闘気は、以前とは比べものにならん程に凶々しい。…しかし竜魔人と化した私には、その程度の力などは等しく無意味だ。」

 

「…なるほど。確かにお前は、自力でフォースに目覚めつつある様だな。このバカ弟子では、手に余る訳だ…」

 

アナキンは、密かに慄いていた。

 

――これは、洗脳とはまた別だ。

 

ダイのフォースを探ったアナキンは、弟子のフォースが以前と僅かに異なることに気がついたのだ。ダークサイドに染め上げられているとかそういう問題ではなく、質的に別物となっている部分がある。まるで、記憶の一部でも奪われたかの様に、別人のフォースとなってしまっていた。

 

全く未知の理であった。

 

そしてそれ故に…許し難い。

 

「…それで、その弱小な身で今更どうしようと言うのだ。我が子との再会に水を差すというなら、容赦はせんぞ。」

 

――やはり、息子とわかっていて手をかけたのだな…。どこまで同じ道を歩もうとするのか。

 

アナキンはようやく、目の前のバランを、バランとして見つめた。

爛々と光るその額の紋章が、鬱陶しくて仕方がない。成る程、この妙な紋章を媒介とすれば、このような真似も可能かもしれない。フォースのみでこんな事を成した訳ではないと思い至り、アナキンは胸を撫で下ろした。

 

その秘術が完全には行われなかった事が、せめてもの救いであった。

すんでの所で間に合った、という訳だ。

 

「…言い残すことがあるなら、ダイに伝えておくぞ。」

 

「その貧弱な力で出来る事があるなら、やってみせるが良い。」

 

バランの不敵なセリフが響く中、その場を離れるようにアナキンに合図されたポップは、ホッと胸を撫でおろしていた。

たしかにアナキンの姿は異様だが、敵味方がわからなくなる程に耄碌している訳では無いようである。

 

彼はマァムとダイの身体を抱き起こし、その場から離れた。ダイはまるで、眠っているかのように目を閉じ、グッタリとしている。魔法使いのポップには少し、困難を伴う作業であった。

 

そうして彼らとの距離が開くと、アナキンはバランを嘲笑った。

 

「傲慢にも盲いたな、竜の友人よ。」

 

そう呟くと、彼は練り上げたフォースを、一気に解き放った。

音速波ではない。より過激な攻撃性を秘めたこの技は、シスの秘術である。

 

――フォース・ライトニング。

 

それを彼は、前世で息子のルークがシディアスにされた時と同じように、両手から解き放ったのである。

片手で放っただけでキルバーンの身体を粉砕したものを、それ以上のフォースを込めて。

 

その際の異様な発光と電撃音は、夢に出てきそうな程に毒々しいものであった。

 

ズガガガガガ!

 

青白い閃光が禍々しい折れ線を描いて、空気を焼いていた。

 

その電撃線の本数が、これまた尋常では無い。その一本一本はバランのライデインの半分以下の威力だが、量で補って余りある。それが、横薙ぎの豪雨の様に打ち寄せているのである。

 

その光景の凄惨さには、顔色を変えざるを得無い。

 

――水平の雷撃?!しかも発動迄の時差が無い!

 

さすがの竜魔人バランも、これには対処出来ず、まともに直撃を受けた。

いかに竜闘気で防御しているとはいえ、これほどの量の電撃を嵐の様に叩き込まれては、身動きの取り様が無いのである。

せめて真魔剛竜剣を引き抜いていれば捌けたであろうが、その間を全く与えぬ、見事な不意打ちであった。

 

そして…さらに恐ろしい事態が彼の身を襲った。

 

「これが、フォースのパワーだ!思い知れ!」

 

怒声を張り上げたアナキンが、続け様にその技を叩き込んで来たのである。

こうも連続して電撃を使用されるのは、まるで想定外である。それも、威力が全く衰え無い。いやむしろ、一発打たれるごとに、重さを増してくる。

 

アナキンからすれば、当然のことであった。

 

――たかだか始めの1、2発を防いだくらいで止められる技なら、苦労はない。効果が堆積するのが、この技の真の恐ろしさだ。

 

「防御し切れる技だとでも思ったのか?ダークサイドの表面を舐めた程度で、つけ上がるな、若造!」

 

この技は、アナキン自身が前世で散々に苦しまされた技である。

――直撃雷を防ぐ?

その程度は、前世でも実力のあるジェダイなら、だいたいこなした。けれどもその後が、真に厄介なのだ。

ライトニングの照射時間はせいぜい長くて2、3秒だが、この側撃雷は倍以上の時間継続する。

そこに2発目以降が襲いかかると、歯止めがかからなくなる。

 

それを今、アナキンは本気になって相手を沈め切るつもりで行っていた。こう思ってしまうのは大いに反省すべきだが、やはりダークサイドの力は強力だ。フォースが無限に湧き出てくる様な感覚がある。

必要とあらば一日中、ライトニングを撃ち続けられそうだった。この感覚こそがダークサイドの初歩的な誘惑なのだが…アナキンはその事を、嫌と言う程に認識していた。

 

故に、それが自覚出来ている今のうちに、有無を言わさず勝負をかけたのである。

 

「竜の騎士の力を舐めるなぁ!人間がぁ!」

 

ついには竜闘気の防御すら貫かれ、バランはその身を焼かれ始めた。雄叫びをあげたのである。

アナキンは悔し紛れの悲鳴と断じたが、その判断は誤りであった。耐え難い激痛に襲われて、いよいよバランの闘争本能に火がついたのである。

 

――ギガデイン!

 

常人なら意識を保つことすら困難なフォース・ライトニングを一身に浴びせられながら、バランは立ち上がった。そして上位の雷撃呪文を唱えたのである。

 

それは、ライトニングの連撃にすら負けぬ轟音を立てて、天から降り注いだ。

 

アナキンの頭上に向けて。

 

彼は攻撃を即座に中断し、その場から飛びのいた。

フォース・スプリントを用いて、一瞬で10メートル以上を移動する。

 

「この私が、配下の者より遅いとでも思ったのか!」

 

しかし、陸戦騎ラーハルトもかくやというアナキンの疾駆に、バランは何なりと追いつき、剣での一撃を見舞った。

先の戦闘では闘気を纏わせたが故にアナキンに素手で受け止められてしまったため、今回は闘気の一切を纏わせていない。

 

言うならば単なる振り抜きである。

 

しかし、それを打ち払おうとしたアナキンの擬似ライトセーバーは…。

 

闘気で模ったその刀身を、粉々に打ち砕かれてしまった!

 

「チィっ…離れろ!」

 

アナキンは咄嗟に、音速波を放った。竜闘気をまとった身体ごと、バランを吹き飛ばすためである。闘気を突き破る程に出力を高めることは、咄嗟には無理であった。

ダメージは殆ど与えられない。

 

しかし今の彼には、何よりも距離が必要であった。

 

アナキンは今の一瞬で、痛感させられたのだ。もはやこの男に、接近戦では絶対にかなわないと。

下手をすれば、素手の一撃で同じことをされてしまうだろう。天地がひっくり返っても勝ち目が無い。

 

「お前は…近づけてはダメだな。」

 

砕かれた刀身部分を再構築すると、バランの背後から襲う軌道でセイバースローを放つ。

フォース・ライトニングを連続で放つ。

反撃しようと動かれたら、即座に音速波で吹き飛ばし、距離を保つ。

 

アナキンの戦術眼は流石のものであった。纏わりつく様に空中から襲いかかるセイバースローと正面からのライトニングの波状攻撃に、バランは反撃の機会を奪われた。おまけに時折放たれる音速波が、攻撃に緩急をつけてタイミングを読ませない。

 

一方的に嬲り殺すことが可能な展開に持ち込んだ筈だった。

 

しかし…。

 

バランの剣技とパワーは、アナキンの予想の上を行った。

 

「ギガデイン!」

 

――無駄な足掻きを。

 

アナキンは直上から来るであろう攻撃を避けるべく、先ほどと同じ様にフォースを使った回避行動をとった。先と同じ轍を踏まぬ様に、倍以上の距離を開ける。

 

しかし、バランは意外にもそれを、自身に向けて放ったのだ。

 

自爆を疑うほど、呑気なアナキンではない。

彼はそれを、連続ライトニングへの対抗策と読んだ。

電撃を雷撃で撃墜することで、防御するのだろうと。

 

「いや、まさか…」

 

そこまで予測を立てたアナキンの脳裏に、非常に嫌な予感が走った。

 

本物のライトセーバーは、シスの放つフォース・ライトニングを受け止める性能があった。彼の師のオビ・ワン・ケノービに至っては、ドゥークー伯爵のライトニングを吸収したかの様に見せたくらいだ。

 

バランの振るう剣は相当な業物だ。ひょっとしたらライトセーバーと同じことが出来るかもしれない。

 

そして…。

 

今のバランであれば、自身に向けて雷を落とし、それを剣に纏わせて攻撃に転じることくらいは、容易いだろう。

 

いや、「かもしれない」とか「だろう」レベルの話ではない。

現実であった。

 

それはギガブレイクという、竜の騎士バランの必殺技に他ならない。

 

バランは超大な電荷を受け止めた剣を右手で振りかざしたまま、左手を添え、そのままに突っ込んできた!

 

躱しようの無い速度で。

 

――マズイ!

 

アナキンは、死の予感に包まれた。

この攻撃には最早、対処のしようが無い。どれだけフォースを込めようが、擬似ライトセーバーが対抗できる技ではない。

 

シスの秘術であるフォース・ライトニングすら、最早対抗できまい。対処どころか、原理的に相手の攻撃力を高めてしまう。何せバランは、より高威力の雷撃であるギガでインを、そのまま斬撃として用いようとしているのだから。

 

「…アバン先生、技を借ります。」

 

アナキンはジェダイとシスの技を以ってしても対処し切れない事に愕然としながらも、セイバースローを放って、バランの足元の地面に突き立てた。

遠距離型の大地斬である。

 

バランの足止めを狙ったのだ。

 

「こんな小技で、ギガブレイクを止められるとでも?」

 

しかし、バランは生易しい相手では無い。ダイに同じ事をされた以上、体勢を崩しもしなかった。刀身に溜め込んだエネルギーを逃してしまうような幸運は、訪れようが無かった。

即座に追撃に移れる状態である。

 

けれども…。

竜の騎士たるバランとて、敵が武器を放置することまでは予測できなかった。彼はその瞬間確かに、擬似ライトセーバーの挙動に気を取られ、敵からの注意を逸らした。

 

アナキンはフォース・スプリントを再び用いて、なけなしの距離を開けることだけには成功した。しかし全く安心出来ない。バランの物騒な技のパワーは未だ健在であり、いつでも死を撒き散らせる状態だ。

 

そして、再度の突撃をかけられる前にアナキンは、再び電撃を放った。

 

「…愚かな。この技の本質がわからぬのか?」

 

バランは予想通りにその電撃を、その剣で受け止めた。フォース・ライトニングはいとも容易く、バランのその技に呑まれ、威力を上げるだけの結果に終わった。

 

アナキンの唇が歪む。

 

思った通りである。バランはこの化物の姿をとるようになって、傲慢さが増し、隙が多くなっている。

常の彼ならば、こんな見え透いたことをするアナキンに、違和感を感じた筈だ。

 

ならば…一気に畳み掛けさせてもらうまでである。

 

「その剣、ブチ折るぞ!」

 

アナキンはこの時、前世で妻の死を知らされた瞬間並みに、ダークサイドへ深く踏み込んだ。

もう、精神への影響は度外視していた。

可能な限りの手段でフォースを集め、ライトニングとして両手から放つ。それをひたすら、愚直に繰り返す。

 

彼は、竜の騎士バランの剣技を逆手に取ることにしたのだ。このギガブレイクという技は、持ちうるすべての技術を用いても防ぎようが無い。吸収できる容量以上の電撃を叩き込み、相手の技の暴発を誘うくらいしか、対抗手段が思い浮かばなかった。

 

ライトセーバーの得意フォームがシエンであることからして、基本的にアナキンはゴリ押しを好む。前世に比べてかなり器用な真似をする様になったが…その基本スタンスが、ことここに至っては遺憾なく発揮されていた。

 

最早、アナキンには欠片程の余裕も無かった。

 

「自滅しろぉ!」

 

「ぐおおおおお!」

 

今のアナキンに、バランと共にこの世界を支配するだとかの考えが浮かばなかったのは、そんな暇が無かっただけの話である。彼はその瞬間、全く意図せずに、自身の生存のためだけにダークサイドの領域に佇んでいた。

 

そこには、死への恐怖も、痛みへの恐れも、バランへの怒りすら無かった。

 

純粋に、フォースの操作に集中していたのである。

 

「あわわわわ、ヤッバイ!」

 

この命がけの腕相撲に、ポップは真っ青になった。

これはもう、どっちに転ぼうが周囲の被害は避けられない。

仮に万全の状態でフバーハを使ったとしても、しのぎ切れる余波では無いだろう。

 

最早、人間同士の戦いでは無い。

 

彼からすれば、アナキンも人外である。

 

「ポップ…オレの後ろに…」

 

その時、彼が待ちに待った声が響いた。

今までついぞ目を開けようとしなかったダイが、フォースの奔流に当てられて意識を取り戻したのである。

 

「今から防御する。確か…、防御呪文ができたよな。それで援護してくれ。」

 

「ダイ、オマエまさか記憶…」

 

「所々、抜け落ちてる程度だよ。…それより、やるよ。」

 

そう言うと、ダイは右手の紋章を輝かせた。

ダイにはもう、全てがわかり始めていた。バランは否応がなく、自分の父親なのだろう。そしておそらく…母親の方は特別な力は持たない人間だった筈だ。実際に自分の持つ紋章の力はおそらく、あの男の半分くらいである。

 

けれどもこのように、自身の片手にのみ紋章自体を移してしまえれば…。

 

部分的には、バランの攻防の力を上回れる筈である。

 

そしてついに、その瞬間が訪れた。

 

 

 

 

 

「クソッタレ…。」

 

アナキンの身体は、ボロ雑巾の様に宙を舞った。

たったの一撃で、勝敗は決してしまったのだ。しかも散々警戒したあの技では無く、単なる拳の一打で。

 

アナキンは、バランの性格からして絶対に今の技…ギガブレイクで、トドメを刺してくると踏んでいた。

この男は自身の肉体とその剣に、絶対の信頼を寄せていた。前世でジェダイがライトセーバーに寄せるものと、同等以上のものを、確かに抱いていた。

 

実際にバランは、ライトニングの連撃全てを、その剣で受け止めて見せたのだ。この時点から、アナキンは読みを外していた。最終的には自身のダークサイドのパワーが上回り、その剣ごと押し包めると、そう思っていたのである。

 

おまけに、バランはその剣を、アナキンの視線を誘導する為だけに使ってしまった。つまりは、無造作に地面に放り投げたのである。

 

「何を驚く。得物を捨てる闘法は、貴様もやったではないか。…まさかこの私が、剣や魔法を頼りにしている様に見えたのか?」

 

直後に繰り出されたバランの右ストレートは、アナキンのフォースで防護した左腕をへし折り、その身を吹き飛ばした!

 

その瞬間、アナキン・スカイウォーカーは自分の未熟さを痛感させられた。表面的な闘気の強大さや剣技に惑わされたのは、彼の方であった。この敵の真の恐ろしさは、この闘争のあり方に他ならない。この男は、勝利の為なら全てを武器に変えられる。しかも…その全てが実体験に基づいている。

 

バカ弟子とは違うのだ。ダイとて、どう見ても別人のフォースが宿る紋章を同じ様にその身に宿しているが、所詮はボンボンだ。その力の殆どは、過去の別人が獲得した経験なり、バランから直接に授かった器に基づいている。しかしバランは、前世でのアナキンに勝るとも劣らない闘争を、実際にその身で経ているのだ。

 

これほどの事実を見誤った時点で、ジェダイとしては失格であった。

 

だが、ここで終わりを迎えるほど、アナキンとて柔では無い。

 

先の悪態をつきながらも、空中で身を捩り、フォースの音速波を叩き込んだのである。通常の3倍の出力を込めて。

 

結果的に、双方相撃つ形となった。

 

両者は等しく吹き飛びあったが、手傷を負ったのは、片方だけである。アナキンには、抗いようの無い激痛が押し寄せていた。それに、手足の反応が鈍くなり始めている。

 

ダークサイドの力で強引に動かしてきた全身が、遂に悲鳴を上げ始めたのだ。あの四人から負わされた手傷が、ここに来て彼から行動の自由を奪おうとしていた。

 

アナキンはもう、これ以上の継戦は無理だと判断した。ジェダイとして暗黒面の力を使役出来るのは、ここまでが限度である。

 

しかし。

 

――負ける訳にはいかない。

 

アナキンは、退く訳にはいかなかった。前世ではフォースにバランスをもたらすとまで言われた者が、同じ…いや、それ以上の悲劇を見過ごす訳にはいかなかった。

 

これ以上のダークサイドへの踏み込みは、おそらくシスへの転向をもたらすが、それすら選択肢に入れ始めていた。バランがその経験の全てを武器と出来るならば、アナキンにとってはシスの道すら武器となる。

 

何よりも、出来損ないとはいえ直弟子を敵の手に渡すのは、耐え難いことだった。

 

高弟たるドゥークーをシディアスに横取りされ、表情ひとつ変え無かったマスター・ヨーダは、いっそ化物だ。寛容だとかでは済まされない、ある意味ではシス以上の怪物である。あの境地には、自分にはどうあっても辿り着けそうにない。

いっそ同じ過ちを繰り返す方がマシである。

 

それに…ダイには、それだけの輝きがある。いずれルーク並のジェダイとして大成し、シスに堕ちた自分を再び光の道へと呼び戻してくれるだろう。

 

アナキンはこうした思考を瞬時に行っていたが、その瞬間は、文字通りに無防備であった。

 

その間に、バランは次なる攻撃の準備を整えていた。重ね合わせた両手が竜の顎の様にゆっくりと口を開けて、絶大な呪文を放とうとしていた。

 

「私にこの技を使用させたのは、個体としてはお前が二体目だ。…人間風情と侮蔑した言葉は、撤回しよう。」

 

アナキンはその瞬間に、寸前までの思考を捨て去った。

 

――無理だ。

 

たとえこの瞬間に、ダークサイドを全開にして全てのフォースをそれに同調させたとしても…。再びダース・ヴェイダーへの道を歩んだとしても、これ程の強大なフォースは身につけられまい。

 

何よりこの男の放とうとしている技は、信じがたいことにフォースのライトサイドの輝きを放っている。

その身を化物に変える程にダークサイドに染まり切りながらも、こんな芸当を成しているのだ。暗黒面にひた走ればすぐさま身につけられるような浅い技で無いことは、一目瞭然である。そしてその理由は…その過去において、フォースのライトサイドのみを完全に覚醒させてこの大技を使用した経験があるからに他ならない。

 

この男がいま呟いた言葉と合わせると、とんでもない事実が浮かび上がる。

 

――この男はこの技で、巨悪を討ったのだ。

 

アナキンは、根本からしてバランを見誤っていたのである。

 

シスに成り下がったジェダイ…悪に染まった光の騎士…前世でのアナキン・スカイウォーカー…その程度の存在と同等に見たのが、そもそもの間違いであった。

 

バランはおそらくもう、自身が天命として授かった宿敵を、討ち果たしている。

 

宿敵一人打ち倒すのに一生かかった挙句に、息子の手すら煩わせた、どこぞの世界の騎士は、天命の担い手としては三流以下だろう。これに対してバランはまず、仕事の速さが違う。終わり良ければの精神でその過程の紆余曲折を有耶無耶にした結果論騎士サマとは、そもそもの格が違うのである。

 

言うならば、正道をひた走ってシディアスを打ち倒し、ジェダイとして完成されたアナキン・スカイウォーカーが、妻たるパドメの死に対する怒りだけで、暗黒面を爆発させた様なものだ。

同じ様にシスへの転向を果たしたはいえ、その質は段違いだ。途中で道を誤ったとか、敵に屈したとか、そんな後ろ暗い思いが一切無いのだ。ましてや敵という明確な目標すら無い。自身に対して全く非を感じずに、理不尽な運命そのものに対する怒りだけを爆発させるのが、どれほど上位の行いかは想像すら出来無い。

 

その結果がどれ程までに恐ろしく、手の施し様の無い存在となるかは、今のバランの姿が如実に物語っている。彼にどんな事情があるかは知らない。恐らく妻に関する事だろうが、単なる予想だ。しかし、竜の騎士としての天分を全うした後に、何らかの堪え難い経験を経て怒りを爆発させた事は事実だ。

 

臨終の際に、天命を全う出来た事に心のどこかで安堵してしまったアナキンとは、怒り・悲しみの深さがまるで異なるのだ。おそらくバランは、天命そのものに対する怒りを抱いている。

 

アバン先生に対しては人間を滅ぼすと語っていたが、それすら表面的な怒りの発露に過ぎないであろう。

この男の怒りの矛先は、憎しみの対象でしかなくなった人間を守らせた、天命そのものに向けられている筈だ。神と呼ばれる者への憎しみと言ってもいい。

 

「思えばこの技を地上で撃つのは、2度目の事となる…。その魂に刻むが良い、お前の師、セブランス・ジャンヌが仕えたアルキード王国を滅ぼした技…竜の騎士ですらこの竜魔人の姿でしか放てない呪文…」

 

――その名を、ドルオーラという。

 

その言葉がバランの口から漏れ出ただけで、アナキンは抗いようの無い死の予感に包まれた。…いや、それならばこの戦いが始まってからは幾度か感じた。

 

いまこの瞬間に彼を包むのは、諦観に近かった。

 

恐らくこの男にとっては、先のギガブレイクや、今やろうとしてるドルオーラ、果てはこの竜魔人という姿すら、力の発露の一端に過ぎないであろう。ライトセーバーのスキルやフォースの大きさが、ジェダイの本質を意味しないのと一緒である。確かに強烈な印象を与えるが、表面に浮き出た泡の様なものに過ぎず、深淵を垣間見た事にはならない。仮にこの技や竜魔人を強引に打ち破ったとしても、その斜め上が、必ず存在する。バラン自身すら気づいてない事だろうが、それほど迄に、竜の騎士の底は深い。

 

――フォースの深淵には程遠いが、この身とて同じ事である。

 

その直後、アナキンは最後の抵抗として自身の身体をフォースで包み込んだ。所詮は気休めだ。間違いなく諸共、吹き飛ばされる事になるだろう。

 

しかし、最後の瞬間まで、抵抗を捨てるわけにはいかないのだ。

たとえ敵が、及びもつかない存在であったとしても、ジェダイならば最後まで屈してはならない。

 

そう…彼の師たる、オビ・ワン・ケノービの様に。

その死すら、武器としなければならない。

 

あの出来損ないに全てを託すことになるかと思うと…とてつもなく癪であるが。

 

――いや、待て。オビ・ワンが直接指導した頃のルークは、ジェダイの技などロクに身につけていなかった。だとしたらダイも、それなりに見込みがあるのか?

 

だったら、この身を精神体と化して、ダイへの指導を続ける事にも、大きな意味がある筈だ。いや、最早それしか無いだろう。フォースの渦に帰り、オビ・ワンやマスター・ヨーダの知識を分けて貰い、ダイの修行を完成させるのだ。

 

「マスター、遅いよ!でもオレも遅くなったから、おあいこだね!」

 

そうしてフォースとの一体化を果たそうとしたところに、バカ弟子の呑気な声が飛び込んできた。その腕には、いつぞや譲り渡した剣が、確かに握られている。

 

そして忌々しい事に、爛々とあの目障りな紋章を拳に輝かせていた。

 

「バカめ…せっかくいい所だったのに。」

 

「素直じゃないなぁ。あのビリビリ、お願いします。」

 

ダイは、アナキンの成そうとしていた偉業の痕跡にはまるで気づくことなく、負け惜しみの一種として聞き流してしまった。

 

――もう好きにしろ。

 

アナキンは、ヤケクソになってフォース・ライトニングをその剣に撃ち込んでみせた。この状況で弟子がやろうとする事くらいは、透けて見えるのだ。

 

今のダイでも御しやすい様に、なるべく直線的なライトニングにする事も忘れない。

 

――ライデイン!

 

ダイはライトニングの電撃を天空の剣で受け止めると、躊躇いもせずに連続ライデインを闘気を纏わせたその刀身に直撃させた。そうして築き上げられた威容を目にして、アナキンはバカバカしくなって溜息をついた。

 

コレは正しく、ギガブレイクそのものではないかと。こんな目にあってまで参戦した意味が、急速に薄れてしまった。コイツ一人でも何とかなったんじゃないか、と思えるからだ。

 

その直後、彼等の身体をフォースの奔流が走り抜けた。

 

――来る!

 

一国を丸ごと消滅させた極大呪文が、彼等の身に遅い掛かったのである。

 

「ライトニング・ストラッーーシュ‼︎」

 

――全くもって屈辱だ。

 

ダイのテキトーな命名に、アナキンは裸足で逃げ出したくなった。不本意極まりない事である。この身がこんな恥晒しな技に救われようとしているとは、ジェダイの名折れである

 

しかし最早この状況では、この弟子の一撃に頼るしかない。

 

アナキンは防御に回していたフォースを全て、攻撃に回した。

かつてのオビ・ワン並に頼もしいこのヒヨッコが隣に居てくれる今ならば、シスの秘儀ですらフォースのライトサイドで実現できる気がしたのである。

 

そうして、今ある全てのフォースを結集させて、電撃を放った。

それは、いつぞやキルバーンに放った電撃の残滓と、同じ色の発光を伴った。

 

そうして、ドルオーラの閃光とジェダイの師弟の合成技が、真正面からぶつかり合った。結果は大惨事である。

 

その場の全てが吹き飛び、ロモスの海岸線までの地形が変革された。詳細は省くが、この大爆発によりこの世界が球体を模る事が証明されてしまった。でなければ、これしきの被害でおさまる筈が無いからだ。

 

 

そして…最後の最後で、師弟揃って何ともジェダイらしいミスをやらかした。

さあもう好きにして下さいと言わんばかりの、あの油断っぷりを晒したのである。

 

アナキンは、もっと良く考えるべきだったのだ。何故、圧倒的優位にあるバランがこれ程の溜めを必要とする技を放ったのかを。

そして、寸前に学んだ教訓を深く省みるべきだったのだ。あの男は、目的の為なら全てを手段に変えるのだから。

 

竜闘気砲呪文ですら、アナキンとダイのフォースを出し尽くす為のエサに過ぎなかった。

 

最早、身動きすら取れぬ程に消耗し切ったジェダイの師弟は、いとも容易く分断された。

 

 

ダイの記憶を、完全に消し去られて。

 

 






如何でしたでしょうか。
バランとの対決は、これにて一旦終了でございます。

これからは、他のキャラクター達を動かしてまいります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。