おかしい…。
どうにも、満足行く仕上がりになりませんでした。色々詰め込み過ぎてしまったのかもしれません…。
どうぞよろしくお願いします。
アバンは満身創痍である。
再度拳を交えるまでもなく、勝敗は決している様に見えた。
待ちに待った瞬間が訪れたハドラーとて、現状をそのように分析している。
アバンは15年前とは、見違える程に力を増していた。そして自身はより大きな成長を遂げた。それが結論であった。
しかしハドラーには、この男がまだまだ未知の力を秘めている確信があった。恐らくは、アバン自身がまだ訓練中なのであろうが…。
思えば16年前に凍れる時間の秘法を使われたときにも、そのような状況だった。あの時、一目でも発展途上の刀殺法の技を見ていれば、その1年後の決着は覆った筈である。
その様な過ちを再び犯す気には、全くなれなかった。そしてその為には、なんとしてでもこの男の全力を引き出す必要があった。
その契機は、思わぬ所から舞い込んだ。
奴自身の弟子の奇襲として。
「さて…このままにらみ合いを続けても、弟子の助けにはならんぞ。おおかた命を賭すとホザきながら、向こうがひと段落した所でルーラでも打とうとしているのだろう?そうはさせんぞ。」
「やれやれ…手の内を晒しすぎた相手というのは、やりにくいものですね。」
ため息混じりに零したアバンの言葉に、ハドラーはニヤリとした。
「まだまだ隠しているのだろう?最後の引き出しがある筈だ…だからその余裕がある。」
「買いかぶり過ぎですよ。それよりこのまま、向こうが落ち着くまでお話しする訳にはいかないのですか?」
ハドラーは、まだまだこの男を見抜けていなかったことに気づいた。
アバンは冗談抜きでそうしようとしている。おそらくこのまま畳み掛けたところで、ギリギリのところで耐え、この状態を保とうとする筈だ。下手すれば薬草をネダリ始め兼ねない。
敵から向けられる期待を、存分に使いこなすつもりなのだ。
それで時間が稼げるなら、安いものだとでも思っているのだろう。
ならば、その余裕を打ち砕く迄である。
「オレも好きにさせて貰うぞ。」
そう言って、ハドラーはアバンに背を向けた。
今、アバンが一番恐れていることをしたのである。
ハドラーの目は、ノヴァに注がれている。
全方位から襲い来るビュートデストリンガーを何とか凌いでいるが、このまま押し切られるのも時間の問題であろう。
ましてや、ハドラーがそこへ介入すればどうなるか。
「お待ちなさい!」
事は、ハドラーの目論見通りに運んだ。
背を向けた敵を放置するほど、アバンは甘い男ではない。ましてや交戦中の弟子の不意を打とうとしたのだ。これで反応してこない方がおかしい。
しかし。
「オレを舐めているのか?」
ハドラーは、闘気を込めたヘルズクローを裏拳で一閃すると、アバンの放ったストラッシュを打ち消してしまった。
「そこまで弱った体で…なけなしの闘気で…既に見せた技で…このオレが討てるとでも思ったのか!」
彼は怒りにかられて、アバンの体に鉤爪を突き立てようと躍りかかった。
かくなる上は、腕の一本くらいは貰うつもりである。
しかし。
アバンの身体は、まるでラーハルトの疾駆の様にハドラーの視界から掻き消えたのである。
ならば、とばかりにハドラーは反応する。
突進の勢いをそのままに、アバンの残像でも捉えるようにして、超低空のタックルをかけたのである。
視覚の外から襲い来る相手に対してただ一つ言えるのは、目の前にはいないという事である。
そうして、アバンの攻撃も空を斬った。
ハドラーは飛び込み前転の要領で崩れた体勢を整えると、振り返って相対した宿敵に対して獰猛な笑みを浮かべた。
「そうだ…。せめてこのくらいの事はしてくれなければ、蘇った甲斐が無いというものだ!」
ハドラーには、どうしていきなりアバンの速度が増したのかは全く分からなかった。
これほどの動きができるなら、なぜ最初からそうしなかったのか。恐らく時間制限のある技なのだろうから、ここまで追いつめられる前に成せばよかったものを。
しかし彼はもう、闘争本能の塊と化していた。
「オレを楽しませろ、アバン!」
ハドラーは全速を出しても追いつけ無いのにもかかわらず、再び突進をかけた。
単純に考えれば、距離を保ってイオラを連射するなりすれば良いのだ。しかしそんな良策をとれるほど、ハドラーは殊勝ではいられなかった。勝ちたいのではない、圧倒したいのだ。
力でも、闘気でも、魔力でも、そして速さでも。
全てにおいてアバンを上回らなければ、気が済まなかった。
どれ一つ、負けたままにはしておけない。
彼はこの戦いで、失った誇りを全て取り戻すつもりだった。
クロコダインは力で、バランは闘気で、ザボエラは魔力で、ヒュンケルは速度で、ハドラーを上回っていた。軍団長を統べる地位につきながら、ハドラーは実力的には彼等の誰1人として及ばなかった。その事に憂い、自らの可能性を押し殺してしまっていた自分自身の過去を、彼はこの闘いで完全に払拭するつもりだった。
この上なお、アバンにどれ1つとして負ける訳にはいかなかったのである。
だが、それはアバンの思う壺であった。
「ようやく、一太刀浴びせる事が出来ましたね…」
ついに、彼はハドラーの身に大地斬を叩き込む事に成功した。
それはヘルズクローを叩き折り、間違いなく敵の左腕から戦闘力を奪っていた。。
アバンは一息入れながら、ようやく勝ちの目がこちらに向き始めた事を実感していた。
しかし。
「流石は勇者と名乗るだけの事はある。だが…オレとて単純に力ばかりを増した訳では無いぞ。」
ハドラーはそう告げると、ベホマでその傷を回復してしまった。アバンのこれまでの奮戦は、これで全て振り出しに戻る。
アバンは冗談抜きで、この場から逃げ出したくなった。ノヴァの戦況次第では、間違いなくそうしたであろう。
実のところアパンの手の内としては、今の闘法はかなり上等のものであった。アナキンとの会話でフォースの概念に触れ、より繊細な闘気のコントロールを覚えたばかりだったのだ。短時間だが速度を底上げすることには成功したのだが…。
その成果が、いとも簡単に覆されてしまった。
まさかあのハドラーが上位の攻撃呪文でなく、回復呪文を身につけてくるとは思わなかった。やはりこの男は以前とは精神構造そのものが異なる。刹那的な野望に駆られていた以前では、回復の概念すら持てたか怪しい。
こうなった以上は、何度繰り返そうが同じ結果に終わるであろう。
それどころか。
「なるほど、こういうカラクリだったのか。武器以外に闘気を纏うとは、流石に目のつけどころが違う…」
ハドラーは、その身に闘気を張り巡らした。
アバンがあれほど苦労して身に着けた技術を、この戦いの中で見事に盗んでみせたのだ。
剣士であるアバンに比べて、格闘家であるハドラーがこの技に長けるのは当然のことなのかもしれない。
アナキン・スカイウォーカーが天才と称したアバンを上回る才能が、ここに芽吹きつつあった。
ハドラーは無謀な戦い方で自身の命を敢えて危険に晒すことで、急速にその実力を高めたのである。
当初の目論見通りに、魔力と闘気と力に加えて、速度でもアバンを上回ろうとしている。
もはやこれ以上の戦闘行為は、彼の成長を促すだけである。
かくなる上は…。
アバンは、地面に剣を突き立てた。
この技は、ハドラーにも覚えがある筈だ。ならば、今直ぐに仕掛けて来る事は無いであろう。
何よりも、アバンには絶望から立ち直る時間が必要であった。
「成る程、確かにそれならば…わかっていても、避けられぬな…」
ハドラーは忌々しげに告げた。
「だが…今のオマエが、このオレの全力の一撃に耐える事ができるのか?その技は、今程に追い詰められてはタイミングを逃すことがあるのでは無いか?」
アバンはこの戦いが始まってから、初めて笑みを浮かべた。
ハドラーの分析があまりに的確で、思わずそうせずには居られなかったのである。
そして何よりも…。
この時初めて、自分の目論見が相手を上回った事を知ったのだ。
「同じ技を用いるのには、もう懲りましたよ。」
そうしてアバンは、剣の鍔の部分に闘気を込めた。
刃と交わり、十字を描くその部分に集中させる。
そして、持ち得る限りの全ての闘気を瞬間的に解き放つのであった。
かつてヒュンケルにその理を説いた技とは異なり、これは捨身技である。アバンは最早、確実な死が訪れる自爆呪文よりはマシという意識でそれを行った。
その結果、絶大な闘気流が剣を叩き折って放たれた。
そう、ミストバーンが見た閃光はこの光である。別に意図して彼の方向に放たれた訳では無いのである。運悪く事が運ぼうものなら、この一撃がノヴァを捉える事があったかもしれない。
アバンはハドラーに対して命をかけると言ったが、この技を使った事によりその言葉の正しさが証明された。アバンとて、2度と同じ事はしたくも無いし、出来ないであろう。
しかし…。
ハドラーは、生きていた。
アバンが生命を危険に晒してまで放った特大の闘気流をもってしても、この男を仕留め切る事は出来なかった。
無傷でこそないが、いまこの瞬間にも回復呪文の光がその傷を癒していく。
「どうした、それで終いか?」
ハドラーは口から鮮血を流しながらも不敵に笑った。
彼とて、さすがに軽傷では済んではいない。しかし、闘気の大きさはより強い輝きを放ち始めている。
「この程度の攻撃で、我が命奪えるとは思うな!」
――攻撃だ。
アバンは咄嗟に思った。最早一刻の猶予も無い。受けに回ったら、その瞬間に命を落とす。
しかし最早、剣折れ闘気尽きた。最後の最後で放つ手段が、通用しなかったのだ。今更何が出来る。
この男にメガンテが通用しない事は、格闘能力の差からして明らかである。
今の自分には、何も残されてはいない。
そう考えた時の事である。アバンは目を見開いた。
――いいや、まだこの命がある。
闘気などでは無い。より根源的な生命としての力そのものを、振り絞る必要がある。まさしく自身の命が脅かされたこの瞬間だからこそ出来る事がある筈だ。
そうして目を閉じたアバンの右腕には、一振りの剣が握られていた。
それはノヴァが扱う闘気剣とも、アナキンがそれに変な改造を施した擬似ライトセーバーとも違う、生命の剣であった。
「…撃って来い。」
ハドラーは回復の半ばでそれを止め、仁王立ちしていた。
そこから先は、怒鳴り声の応酬となった。
「それがオマエの辿りついた答えなら、この身で受け切ってやる!さぁ来い、オレが紛い物では無いと、キサマ自身の命で証明してみせろ!」
「これが…私にできる最高の一撃だ!このまま砕け散れぇ!」
裂帛の怒声とともに放たれたのは、先程の闘気流にも勝るとも劣らない、極大の閃光。
勇者アバンが己の命を賭して放つ必殺技。
生命のストラッシュである。
アバンはその瞬間、最早勇者でも何でも無い、1人の戦士であった。高尚ぶった言葉など吐かず、ただ1人その身を武器に変えて眼前の敵を討ち果たそうとする。
そしてこれこそが、ハドラーが待ちに待った姿であった。
「「うおおおおお!」」
絶叫が重なり合う中、ハドラーは歓喜していた。
ついにアバンに理性を忘れさせ、その存在の全てを闘争に傾け、獣の様な怒鳴り声を上げさせた事に、彼の全身は打ち震えた。
この男はもはや、勇者でも何でもない。ハドラーを殺そうとしてくる、正真正銘のただの敵であった。それ以上でも以下でもない。
この瞬間に、魔王は勇者の魂を打ち倒したのであった。
そして、全ての決着がついた。
ミストバーンは、困惑に包まれていた。
彼の目の前でハドラーは、アバンが文字通りに命を賭して放った一撃に膝をついていた。
その身に負ったダメージは、死に至る程のものではない。何故そのままの体勢で、敗北を喫した様な姿を晒しているのか。
何も今に始まった事ではない。
途中から観戦し始めたミストバーンの目からすれば、ハドラーは敗北へ向けてひた走った様にしか見えなかった。
せっかく身につけた回復呪文を半ばで打ち切り、避けれる攻撃を真正面から受け止めるなど、フザケているとしか思えない。
一体、何がしたいのか。
今やアバンは力なく立ち尽くし、ハドラーはその身を抉られ膝をつきながらも不屈の闘志を保っている。
何故、この後に及んでトドメの一撃を刺そうとしないのか。
挙句の果てにハドラーが言い放った言葉に、彼は我が耳を疑った。
「オレの…負けだ…」
誰がどう見ても、真逆の状況である。
しかしハドラーは、理解してしまったのである。
今の一撃が、自身には決して繰り出せないものであると。
彼には全てを投げ打って高みへと上り詰める覚悟があった。
しかしせっかく拾った命を犠牲にしてまで成したいとまでは思えなかったのである。そんな事は、本末転倒である。こう思ってしまう限り、今のアバンの様な事は決して成しえないであろう。
そしてそれが己の限界なのだと、気づかされてしまったのである。
彼はアバンに負けたのではない。
自身に巣くう保身という名の本能に、敗北を喫したのである。
「…オマエのその力は…一体何なんだ…」
もはやアバンは立位を保つのがやっとである。
その声はとぎれとぎれも良いところであるが…弱さとは無縁の響きを持っていた。
「貴方にはわからないでしょう…ハドラー。貴方は間違いなく天性の戦士だ。しかし貴方が闘争の果てに求めているものは、私からすれば取るに足らない…いつでも捨てされる物に過ぎないのですよ…。」
誇り?そんなもの、一体何になるのです。
アバンの言葉に、ハドラーは激高した。
それは、彼にとっては断じて許せぬ言葉である。
「男の生き方に、誇り以外の価値など無い!何故だ!何故、誇りすら投げ打つ卑屈なお前に、これ程の力が出せる!」
「貴方には…守るべき者が居ないからですよ、ハドラー。」
「…何を言っている。」
「私には、あの子達が…ノヴァやポップ、そしてマァム…、ヒュンケルがいる。あの子達を立派に導くまで…そして彼等の未来を守るため…私はこんな所で負ける訳には行かないのです!この、思いが…他者への思いがある限り…私は戦える…どんなに絶望的な状況でも、決して諦める事は無い!」
ハドラーは気おされた。
何故、これほどの圧力をアバンから感じるのかが、まるで理解出来ない。しかし、それは確かな力となって、今のアバンを支えているのだ。
アバンの怒声は、まだなお続いた。
「貴方にはわかるまい…。私がどれ程の辛酸を舐めてこの場に立っているか。かつての貴方の実力に憂い、必死でその差を埋めようとした私の努力が、どれだけ惨めなものだったか、わかる筈も無い!
私は貴方と出会って以来、自身の誇りのために戦ったことなど一度も無いぞ!そんなものはとうの昔にあなたに、徹底的に粉砕されたのです!」
「…だったら何だと言うのだ…貴様は一体、何のために戦っている!」
「愛弟子たち…彼らを取り巻く人々、まだ見ぬ人々…そうした者達を守りたいと思う心…、これを、私たちは勇気と呼んでいる。私の肩書を忘れましたか?私は…その先鋭たる、勇者なのですよ。」
アバンの声はわずかに、しかし確かにハドラーの心を揺るがした。
ハッタリなどでは、あり得なかった。
「成る程…。その力は…人間特有の感情に由来するという訳か。どうりで理解できない訳だ…」
「まだお分かりになれないか。貴方とは、闘いの先に見ているものが異なるのです。私は貴方に勝とうとして勝った事など、一度も無い。必死で負けぬよう食らいついただけです。貴方の様に勝算がある闘いしか経験していない者には、この気持ちは分かろう筈も無いのか…。
勇者の闘いに、勝算など無い!逃げ去った者すら守りたいという、無私の闘争があるだけだ!守る者を持たぬ貴方など、どれ程強かろうが全く怖く無い!」
ハドラーは、唐突に敗北を悟った。
ーー成る程。道理で貴様は、この後に及んでも心が折れぬ訳だ。
その口から参ったと言わせられなかったオレは、やはり貴様に敗れていたのか。
オレは…弱いままだったんだな。技と体を磨き上げたが、心を鍛えて来なかった…。
ハドラーは思った。
やはりミストバーンの言う通りだったと。
あれは、純粋な夢でしか無かったのだ。
大魔王バーンの魔力により蘇ったとき、確かに輪廻の中で祖霊を、雷竜ボリクスを見たと思った。この血を敗北の色で絶やしてくれるなと、激励すら頂けたと思っていた。
確かに仰ぎ見た筈だった…。
それがこの様は何だ!
捨てた筈の慢心が重傷を負わせ、あろうことか同じ相手に二度も敗北を感じるとは。
本物の竜の騎士を前にして、よくも恥知らずに雷竜の末裔を名乗れたものだ!
ハドラーは脳裏の存在に、高々に呼びかけた。
「雷竜ボリクスよ、身の程知らずにも貴方を祖先とまで崇めたオレは、正真正銘の道化者だ‼︎ 貴方の末裔を騙り、その名を無駄に貶めただけでは飽き足らず、ここまで無様な敗北を晒して、本当にすまない!どうか、許して欲しい…」
敗北の辛酸に狂気の一歩手前まで追い詰められていたが、不思議と悔しくは無かった。
ハドラーは知らずのうちに、涙すらしていた。
それは、哀しさだった。
不思議と悔しさは湧いて来なかった。
最早彼は、悟ってしまったのだ。
自身が夢にまで見て、必死にここまで追い求めた雷竜は、本当に単なる幻想だったのだと。
この身は本当に、どうしようもないほどに一介の魔族に過ぎない。
必死で否定してきた、まさしく有象無象の存在であったと。
こんな気持ちだったのか。
かつてオレが殺してきた、魔界や人間界の住人どもは。
こんなにも真っ白で、哀れさ一色に染まった気持ちを抱きながら消えていったというのか。
2・3回種を変えて生まれ変わった程度では覆しようが無いほどの彼我の差に絶望しながら、声も無く果てていったのか。
この世に存在したという痕跡を、欠片も遺すこと無く逝って…
「すまなかったな、アバン。魔王だとか、魔軍司令だとか、まして雷竜の末裔だなどと、自身を大きく見せようとするあまりに本来の姿を忘れ、偽りの名乗りを上げてしまっていた。オレはハドラー、ただのハドラーだ。…それ以上の存在には、終ぞなれ無かった。」
彼はそう言うと、双拳のヘルズクローを収め、魔法力すら極小にまで収めた。
そして不思議と自然に、頭を垂れていた。
「自分より弱い者を求めて地上に躍り出てしまったのが、そもそもの間違いだった。魔界では取るに足ら無い存在だという事実に目を背けたいがばかりに、傍迷惑な憂さ晴らしをしたものだ…。二度も手間をかけてさせて済まないが、どうかまたお前の手で送り届けてくれ無いか。今度こそ、オレは間違いなくあの者達に頭を下げに行かねばなら無い。」
アバンは動揺を隠しながらも、歩むべき道を悟った好敵手の願いに真っ向から向き合った。
これは非常に辛い作業であるが、その前にどうしても確認しなければなら無いことがある。
「…ハドラー、残念ながらそれは不可能です。貴方が手をかけた者達は、私達人間に伝わる教えが正しければ、 天国という魂を慰撫する空間に招かれている筈です。そして貴方はまさしくその対極に位置する、地獄という魂の汚れを削ぎ落とされる空間に行くことになる。…それでも宜しいのですね?」
「そうか…最早、贖罪の機会すら己の手で摘んでしまっていたか。仕方あるまい、やってくれ。」
迷いの無い澄んだ瞳で見返すハドラーに対して、アバンは無表情で頷き返した。
おそらくここまで極限に力を抑えた彼は、アバンストラッシュで十分であろう。しかし…。
仮にも因縁のある相手が新たな道を踏み出そうとする門出の儀式なのだ。
こちらも全身全霊をかけて臨まないことには、礼を逸するにも程があろう。
アバンは生命の剣を発動すると、ストラッシュの構えをとった。
この状態で繰り出される技は、まさしくつい先ほどのグランドストラッシュ。アバンの生命そのものを削って放つ一撃に他ならない。
「…余計な世話だろうがな、遺言として受け取ってくれ。その技はあまり使うなよ、寿命を縮めすぎる。その一撃で救える生命よりも、お前の声や教えが救う生命の方が多い筈だ。 」
「確かに受け取りましょう。私こそ、今の貴方だからこそ贈りたい言葉がある…生命を数えるな‼︎」
ーー難しいことを言う。
それが、魔王ハドラーの今世での最後の思念になった。
グランドストラッシュは先ほどの威力と何ら遜色無い破壊を周囲にもたらした。
ハドラーが身に纏った防具はことごとく粉砕され、空気中の塵と化した。
葬送の 儀とばかりに光り輝いたその軌道は、眩いきらめきをもって周囲を白一色に包み込む。
そして…。
ハドラーはその身を地面に横たえ、天を見上げていた。
もう、身体を起こす気力すら湧いて来ない。
これが、本当の死か。
そう思い、彼はゆっくりと目を閉じ…以前のそれとはまるで異なる静寂に身を委ねた。
そして暫しの時が経った。
ーーどういう事だ?
訳がわからず、彼は驚愕していた。
今の一撃は間違いなく、アバンが生命を削って放った至高の一撃だった。
それを喰らって尚、意識をここまで保てるほどに分に力は残って居なかった筈だ。
最後と定めた先の瞬間、ハドラーはおそらく魔族として初めて、敗北者達に目を向けた存在となっていた。
そしてその事により、確かに彼は自身の力でその殻を破るに至った。
彼は知らなかったのだ。
生物は、進化を遂げるということを。
環境の変化に自身の形態すら変え、弱肉強食の連鎖すら及ばぬ解法を見出してみせると。
そしてハドラーは、たったの1代においてそれを成した。
最早回復魔法を使う必要すらなく、つい先ほど負ったダメージが回復されていく。
さすがにアバンの生命を賭した必殺技は未だに生々しく痛むが、それを上回る生命力が彼の胎の底から溢れ出していた。
「バカな…。」
アバンは戦慄き、そして後悔した。
最早つい先ほどまでのハドラーとは、完全に別格な生物が誕生してしまった。
魔族の肉体をすら上回る再生能力を持ち、全く未知な力を秘めた傑物。
アバンはその怪物を、自らの闘いが呼び起こしてしまったことを悟った。
恐らくこの者は、今の自分ではどうしようもない。
おとなしく尻尾を巻き、対抗策を錬るまではひたすら雌伏すべき程の相手だ。
アバンには全くためらわずに、それが出来た。
「弟子に正道を説きながら、それはできませんよね?」
…以前の彼ならば。
最早、アバンとて以前のアバンでは無かった。
彼には弟子がいた。この時代を打ち破り、必ずや荒みきった人心に再び希望と気高かさをもたらすべく、今この瞬間にも成長を続けているであろう、輝かしい愛弟子が。
既に技術的には、教えることが無くなっている。
それほどの逸材だ。
いやそれ以前に、家族を大事にする優しい心の持ち主だ。
そんな輝かしい存在に一層の光を放たせるべく、彼は心を決めていた。
”勇者”を育て上げるのだと。
自分では辿り着けなかった伝説の存在。
そのものに、彼を…ノヴァを、育て上げてみせるのだと。
ーーノヴァ、聞こえていますか。貴方の存在が、私にここまでの勇気をくれました。貴方は私の、自慢の勇者です。どうか私の後を継ぎ、"勇者"を完成させて下さい。
ジェダイ?竜の騎士?そんなもの達に、負けないで下さいよ。完成度が何ですか。私達の先達達は、確かにこれまでの間、この世界を守り抜いて来たのです。彼らの様な特別な力など持たぬ、ただの人間の身でありながら。どうかこの事に…誇りを持って欲しい!
アバンはクルリと背を向け、ミストバーンへとひた走った。ビュートデストリンガーを放ってくるが、それも最早気にせずに突っ込んだ。どうせ捨て去る命だ、この上、どんな傷も厭うものか!
「やらせん!」
その時、復活したハドラーが、彼とミストバーンの間に、目にも留まらぬ速さで割り込んだ。
アバンの特攻は、失敗したかの様に見えた。
「かかりましたね…今の貴方なら、この人を庇う。そう思っていました。」
アバンが狙ったのは、あくまでもハドラーである。
そして一対一なら天地がひっくり返っても無理な事が、この状況であれば可能な筈であった。
それは現在のハドラーだからこそ成立する、危険な賭けであった。
「…さあ、今こそ約束を果たしますよ、ハドラー。これが私の、最後の一撃だ…」
ノヴァは、アバンのフォースが消え去る瞬間に、意識を取り戻した。
師の呼びかけに応えるには、それ程の時間と、新たな力への覚醒を必要とした。
ーー先生。ごめんなさい。
ノヴァは、無力な自分を恥じ、詫びた。
彼は、またもや師を失ったのである。
みすみす、目の前で。
視界の外の出来事であったが、彼にはアバンの声が、確かに届いていた。それはもう、眼前で会話をした様に、ハッキリと。
それは、視界すら伴っていた。
だからノヴァはこの瞬間に、意識を取り戻す事が出来たのだ。
師が寸前に放った闘気流を、忠実に再現する事によって。
元より彼は、自力で闘気に目覚めるだけの才があった。その契機がかつての師を失った瞬間に訪れた事は、此度の事と合わせて、彼には皮肉でしか無い。
しけし、だからこそ最早耐え切れなかった。
「チクショウ…何でだ、何故こうなる…。何でみんな、同じことするんだ。先生、どうして…」
逃げてくれなかったんだ。
その言葉を、ノヴァは必死で飲み込んでいた。それだけは言う訳にはいかない。この言葉だけは、決して言い捨ててはなら無い。
けれども、けれどもだ。
勇者だって、1人の人間だ。伝承には、省かれた部分が付き物だ。彼らだって一度や二度くらい、尻尾を巻いた事がある筈だ。何で、どうして、自分を見捨ててくれなかったのか。
そんな事がグルグルと、彼の心に渦巻いていた。
そしてやがて日が陰り…闇夜が訪れようとしていた。
その時の事であった。
「見つけましたよ…」
耳馴れぬ声が響き、ノヴァは思わず後退った。
「…凶星の残り香を放つ、新星の勇者様…どうか私をお導き下さい。私は…黒の星の、生まれ変わりを探しています。太陽を駆る女性から、彼に伝言を頼まれました。」
そこには、黒髪の少女がぽつねんと佇んでいた。