でも、次話でのエピソードは作中登場人物では不可能な演出だと思いますので。
もう少しばかりお付き合い下さい。
「それはつまり…飛び道具を用いる害虫の群れがいる、と考えれば良いのですか?」
「…お主流に言うとそうなるかの。しかしベビーサタンの群れを害虫扱いとは、さすがじゃのう、スカイウォーカー将軍!」
いま、アナキン・スカイウォーカーは人生で初めておんぶというものをしていた。
背負っているのは他でもない、ジャンヌ老その人である。
幸いなことに彼女は12歳のアナキンでも十分に背負えるほどに身長が低く、その姿勢そのものに無理は無い。
しかしながら基本的には田舎に隠居している彼女を近隣の大きな町まで連れていくとなると、これは立派な重労働である。
そのため、フォースを全面的に活用しての行程となっている。
「う〜ん、風が気持ち良いのお。」
「手を放したら危ないですってば。しっかり掴まっていてください。」
徒歩から始まった道のりであったのだが…。
若いくせにもっとキリキリ歩けんのか、との叱責にイラッとしてフォース・スプリントで応えたところ、現在に至ってしまっている訳である。
フォース・スプリントとはこの世界の魔法でいえば…ピリオムに当たるのだろうか、フォースを用いて全身を強化して突っ走る、基礎的な疾走技術である。
乗り物酔いするのでは無いか、との心配から当初は遠慮してあげたというのに、今ではもっと飛ばせ、との命令を受ける有様である。
今や突撃騎馬の数倍もの速度に至っており、いつの間にやらちょっとした行軍記録に迫ろうかという次元の話になってしまっている。
「ふん、心配症なやつめ。しかし、フォースとは便利なものじゃのう。こんなことなら、去年のドナ村にも同行すべきじゃったな。」
「…仰せのままに、マスター。」
馬車扱いしやがる気、満々じゃないか!
と、ぼやきたくなるアナキンであったが、図らずも賛成できることであったので、頷いておいた。
ここ最近、ジャンヌ老の調子が思わしくないのだ。
病気を患っているとかいう訳ではないが、如何せんもういい歳である。
隠居を決め込んではいるが、それにしても最近は少しの外出も億劫になっているようだった。
今回の件で無理に同行を願った背景には、実はそういった事情が関係している。
要するに、これまでの恩に報いたいのである。
「お達しとあれば何処へでもお連れしますが…。今回は的確なアドバイスをお願いしますよ、マスター。なにせ私は…。」
「うむ。まさかモンスターを知らずにこれまで討伐し回っていたとは、盲点じゃったわい。不肖の弟子とは思っていたが、ここまで無知だとは思わなんだ。」
ことの次第はこうだ。
ここ2年でアナキンは凄腕の剣士という触れ込みで、周辺の村落に知れ渡るようになっていた。
ディー村の周辺は世間一般レベルでモンスターが出現するため、ジャンヌ老が、腕に覚えのあるアナキンにそういうものの討伐をこなすよう達したのがきっかけである。
今回はその中でも特に厄介そうな、アナキンとしても初めてとなる魔法を用いるモンスターを討伐する内容であったため、巧みに魔法を操るジャンヌ老にも同行を願ったという訳である。
その際に、今まで戦っていたモンスターのことを話半分に聞いていたアナキンは、魔法をぶっ放してくる奴らもいると聞いて、少しばかり背筋が寒くなったのだった。
「しっかしお主も気の利かない弟子じゃの。こんな便利な能力があるなら、ちゃんと申告せぬか。…ムッ、スピードが落ちておるぞ。しっかりせんか!」
「…。マスター、これはそもそも長距離を移動するスキルでは無いのです。戦場を瞬間的に駆け抜けるときに使う手段なのですよ。それをぶっ続けで使い続けているんですから、労いの言葉くらいですね…。」
「ハッ!戦場で使う能力が2時間で息切れとは、お笑い草じゃの!将軍様が聞いて呆れる。泣き言はいいから、キリキリ走らんかい!」
ーー言わせておけば!
猛スピードで大地を駆け抜ける小さな人影は、そんな気の抜けるやりとりをしながら街道をひた進むのであった。
馬車で3日はかかる道のりを、アナキンたちは3時間ほどで走破してしまっていた。
彼には知る由も無いことだが、これは息子であるルーク・スカイウォーカーがマスター・ヨーダの指導のもとに行っていた訓練と比しても遜色無い強度である。ーーそう、あの鬼のような沼地を、ヨーダを抱えて突っ走るという悪名名高きロスカントリーである。
街道とはいえ未舗装の道を、休憩すら無しに駆け抜けてきたのである。
おまけに途中からは、僅かな揺れにすら文句を言い始めたジャンヌ老をフォースで浮かながら、である。
当然、12歳になったばかりのアナキンは息が上がっていた。
依頼主であるエス村の長宅で差し出された杯を、彼は勢い良く飲み干した。
「見苦しい孫で申し訳ないのう。まずはもてなしに感謝するぞ。」
「いえ、そんな…。モンスターに荒らされなければ、自慢の果実酒をお出しできたのですが…。」
魔法使いとその孫という触れ込みで接するジャンヌ老に対して申し訳なさそうに振る舞うこの村長、実はしたたかだった。
この世界でモンスター被害自体はよくある話なのだが、ことに今回の相手はベビーサタンの群れである。
たまに放ってくる「冷たい息」が厄介な反面、小柄で知能が低いため単体では驚異では無いのだが、束になってかかってくるため非常に厄介なのだ。
本来、そこそこ名の売れた冒険者パーティーにすべき依頼である。
今は困ったふりをして依頼達成の暁には村の備蓄庫から果実酒を引き出すことで、報酬の話をうやむやにしようとしているのだった。
「なに、こ奴は未成年じゃし、ワシも酒は嗜まぬ。もとより特産品目当てで参った訳でも無し、早速取り掛かからせてもらうとしよう。なに、報酬の心配ならせんでも良いぞ、こ奴の修行じゃて、案内も不要じゃよ。ホレ、何と言っておったか。」
「サーチ・アンド・デストロイです、マスター。森林ゲリラの殲滅方法としては基礎中の…。」
「この通り、自分で探し出す気満々なんじゃ。やる気は十分じゃろうて。」
唖然としている村長をよそに、その名の通りの挨拶を済ませた弟子とその師は、そそくさと森林の中へと向かうのであった。
「次は右じゃ。…違う!その後ろの2匹じゃ‼︎」
「…。ちょっと黙ってて頂けませんか‼︎ 的くらい自分で探しますってば!」
アナキンの突撃思想は、世界が変わったからと言って変わるものでは無かった。
かかるベビーサタンの群れを見つけるや否や、そそくさと斬り込んで行って現状に至る。
自身の命とすら見立てるよう教えを受けたライトセーバーは現在その傍らに無く、一般的な鉄製の剣を振り回すその姿は、かつての彼を知るものからすると、ずいぶんぎこちないものに見えた。
いかにパワー重視のフォームⅤで戦っていたアナキンとはいえ、そもそも刃にあたる自重が無いライトセーバーの扱いに長じていたのであって、剣士としてそのまま通用するほど甘くは無い。
「ああ、また外した…!全く情けない…!」
残念そうにつぶやき、悪態を吐くのはジャンヌ老である。
アナキンは頭に血が昇っており、それどころでは無い。もはや悪態すら吐かなくなるザマである。
彼はこれまで、飛行するタイプのモンスターを複数相手にすることは無かったために、目にも留まらぬ初撃で勝負をつけてしまっていた。ことここに来て、不慣れな剣の扱いが顕在化したのである。
自身に扱い切れない大魔法を発動しよとうして失敗するベビーサタンと、その速度に目を奪われるも技量のぎの字も無く剣を振り回す弟子。
そんな長閑とも言える、どこか緊張感の無い戦いの場において、さすがにジャンヌ老は危機感を感じていた。
ちなみに何故か、ベビーサタンは彼女に目もくれずにアナキンに襲いかかり…、その大半が呪文を唱えようとして失敗している。
「冷たい息」を吐こうとしている個体、つまりは魔力を発動せずに攻撃姿勢をとるものをアナキンに教えて倒させているが、それにしても効率が悪い。
一体いつまで持つことやら…、と考えていると、ついに恐れていた事態が現実となった。
「冷たい息」がものの見事に弟子を直撃したのである。
アナキンはとっさにいつもの癖で剣で敵の攻撃を受けた。
ブラスターを弾き返すライトセーバーで攻防一体の戦法を身につけたジェダイとしては当然の反応なのだが、それは通常の剣では成し得ない道理だ。
その結果、剣で防いだ範囲外の吹雪が彼の全身を直撃し、鋭い痛みを伴って全身に極寒が走る。
この世界に至って初めて攻撃をその身に受けたアナキンは、反射的に剣をそのベビーサタンに投げつけた。
「やりやがったなこの野郎!」
我を忘れてフォースと共に投げ付けられたその、ごくごく一般的な長剣は、それまでの戦いの様相を激変させた。
ブラスターの射撃もかくやという速度で宙空を走り、ベビーサタンの体を串刺しにした剣の一投は、そのまま6本の木々を貫くと共に根すら掘り起こし、岩を叩き割ることでようやく停止した。
まるで何かが爆発したような惨状が一直線上に展開され、口うるさいジャンヌ老ですらその光景には言葉を失った。
一瞬にして静まり返った戦場の中で、アナキンはふつふつと湧き上がる敵意を、必死に抑えていた。
愛嬌のある姿形をしているベビーサタンを相手にどこか集中力を欠いていた彼であったが、まさかの一撃をもらって、年甲斐も無くムキになってしまったのだ。
この世では12歳だが、前世と合わせると年金暮らしを始めてもおかしくない年齢のアナキンである。
まさかこんな小動物ごときに、将軍職にまで就いた元・ジェダイナイトが本気になるわけにもいくまい。
そんなことを考えていた彼の眼の前で、その怒気に晒されていたベビーサタン達は、あろうことか互いに目配せをしていた。
キョロキョロと動く眼球が、その動揺を物語っている。
既に数体の仲間が倒されているのではあるが、ことここに至って彼等もようやく、命のやり取りをすることの恐怖に直面したということだろうか。
やがて彼等は一匹の目つきの鋭い仲間の合図と共に息を吸い込んだ。
「いかん!よけるのじゃ‼︎」
ジャンヌ老の声が響き渡ると同時に。
一斉に「凍える息」が放たれた。
まさしく息のあった同時攻撃を展開したその様は、相も変わらずどこか憎めないものであったが、その光景たるや壮絶なものがあった。
突如として展開された極寒の暴力は厚みを持ってアナキンに襲いかかり、扇状に展開された効果範囲内の全てを瞬く間に凍てつかせた。
ベビーサタンが群れでいること自体が珍しいのだが、その彼等が一斉に飽和攻撃をかけるなど、前代未聞である。
最早、百年に一度の奇跡とまで呼べるその威力は、マヒャド級にまで高められていた。
アナキンが弾かれたようにその右手をかざすと、そのブレス全体が、空中で押し留められた。
それは本来、この世界ではあり得ないことである。
耐える、避ける、弾く、又は跳ね返す。
それ以外に対処方法の存在し得ない攻撃をアナキンは空中で押しとどめ、そして。
怒りに燃えた一睨みと共に、ベビーサタンの群れに叩き返したのである。
「ビっ!?」
「ビビィ!」
「ビービー!」
こいつら鳴くんだな、との感想を抱いたのは傍観者たるジャンヌ老である。
言語を用いているかすら定かでないベビーサタンではあったが、こういう場合に上げる声の意味するところは、たとえ種が違ってもそうそう変わらないだろう。
混乱とも断末魔とも言えない鳴き声が響き渡った後に残されたのは、氷雪に打たれ血を流し凍りついた無残な屍の数々と、運良くその下に潰される形で救われたベビーサタンがたった一匹、という有様だった。
「なかなかシブトイのがいるじゃないか…。」
アナキンはその一匹を見とめるや否や凄まじい形相で睨みつけ、力を込めて右手を突き出した。
両者の間には明確な距離が開いていたが、これから何かしらの圧倒的な力がサタンパピーに作用することは誰の目から見ても明らかだった。
「さっさと逃げ出しておくべきだったな。」
「ビ‼︎…ビ……ピ……ィ………。」
ジャンヌ老の目にそれは、はじめサタンパピーが自身の頼りない翼で空に羽ばたいたように見えた。
アナキンから放たれる不可視の力から逃げようとしているのだと。
しかしサタンパピーはどこか違和感のある鳴き声を上げている。
それが段々小さくなると共に力が抜けたのか、手に持ったフォークのような三股の槍を取り落とすに至って、アナキンに”持ち上げられて”いるのだということに思い至った。
しかも、喉を締め上げられる形で。
「やめんか、バカモン。」
ジャンヌ老はルーラでアナキンの側まで移動すると、手に持っていた杖をその頭に叩きつけた。
しかも、割と本気で。
軽量な彼女とはいえ移動速度と合わせて荷重の乗ったその一撃は、かなりの威力である。
「ぐあ!」
アナキンは今生で最大の衝撃を頭に受けると、その場に倒れこんだ。
「なんてことするんです、マスター!」
「やれやれ、怒りに我を忘れるのには懲りたんじゃなかったのかい…。」
「これは啓蒙活動です!この無礼な害獣に、命の重さを思い知らせてやってるのですよ!断じて暴力などでは無い!」
「語るに落ちるとは、愚か者め。何もモンスターの命を取るなとは言わんがの、戦意を喪失した者に情けをかけてやるくらいの余裕は無いのかね、ジェダイとやらには…。」
アナキンはハッとなり、フォースを弱めていった。
「ビィ、ピィィ…。」
羽ばたくことすら忘れ、弱々しい声とともに地面に倒れ落ちるベビーサタンを、彼はなんとも言えない表情で見つめた。
一瞬見間違いかとすら思ったが、間違いなく涙すら浮かべているその生物には、最早哀れとしか表しようが無い。
防御と知恵のため、を掲げるジェダイの教えでは、たとえ命を脅かす敵とはいえ、戦意の無いものを最後の一兵まで殲滅するやり方はあり得ない。
本気になって攻撃することでダークサイドに捉われるほどアナキンは未熟ではなかったが、さりとて前世の大半を暗黒卿として終えた実績がある。
それは綻びとして、このような形で今世にも影響を及ぼしていた。
「…。その通りです、ジェダイは誇り高いんだ。下等生物にかけるくらいの情けは、持ち合わせていますよ。感謝するんだな、この薄汚い羽虫め。」
「気づいておらんじゃろうがお主、頭に血が昇ると尊大な態度になるぞ。まずは心から鎮めよ。」
「くっ…。」
ベビーサタンの鳴き声は、適当です。
しかし1話ごとの区切り方が、やっつけで申し訳ありません。
精進します。
次話こそ、少しずつ物語を進めていきます。