一方通行は若干憂鬱な気分で王城への道を馬車で揺られていた。
「だりィ」
「一方通行様の都合上、やる気がないのは仕方ないとしても、真面目にやっていただかなければ困ります」
「分かってるつうの」
王選。
それは巫女候補に選ばれた5人の候補の中から王を選定する儀式。
その5人が一同に会し、公式に開催される日が今日なのだ。
当然前々から言いつけられていたし、本人にやる気がないのだから一方通行はラインハルトの指示通り動くだけである。
王城に着くなり、手筈通り一方通行は待機場所へ、ラインハルトは謁見の間に向かった。
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一方通行が開かれた扉を潜ると、そこには壮観な光景が広がっていた。
それは現代では見られないであろうファンタジー極まりない光景だ。
謁見の間最奥にある空白の玉座。
それを囲む名のある上級貴族の集まり、国を運営する賢人会のご老人方。
そして騎士甲冑を着た数百に及ぶ近衛騎士達と高位の文官達。
最後に、玉座の前に集まる四人が聞かされていた王候補達だ。
彼ら、あるいは彼女らがすべてぽかんとした表情で呆気にとられて自身を見つめているのを一方通行は晴れやかな気分で見返していた。
(あァ、この間抜け面を見に来たと思えば元も取れるってもンかねェ)
唖然としないはずがない。
なにせ誰もが最後の巫女候補が出てくると期待し、そこで出てきたのが男だったのだから。
「自身が王として仰ぐ御方、名を一方通行様と申します」
ラインハルトが玉座の前で最後の王候補の名を告げた。
それからの議論を、一方通行は内心眠気を我慢しながら聞いていく。
まず、文官の一人が巫女候補であるからといって無条件に王候補にできるはずがないと言い出す。今更と言えば今更、当然と言えば当然の主張だ。上層部を人間が占め、階級社会である親竜王国ルグニカに、カララギ人であるアナスタシア・ホージンやハーフエルフであるエミリア、今や浮浪児扱いの一方通行(国籍はルグニカ扱い)を王候補にしようというのは正気の所業ではない。
それでも、表面上まともな王候補が一人、プリシラ・バーリエルの言葉で話は進む。簡潔に言えば、どうせ相応しくないものは王選の中で排除される。故に早く王選を始めろということだ。
結局上層部は、王候補を推奨した近衛騎士の面目と、この状況を示唆した竜歴石、それにプリシラの言葉、最後に王候補筆頭たるクルシュの存在を内心で考慮し、王選候補から王を決める賢人会の開催へと移ったのだった。
そこで話し合われるのはどうやって王を決めるのか、だ。
竜歴石に書かれていなかった以上、極端に言えばここで武を競い合わせ王を決めても構わないわけである。もちろん、結果が分かり切ったこの方法が採用される事もない。戦うまでもなくラインハルトの一人勝ちである。その認識はこの場すべての共通認識であるため、話は真っ当なところ、所信表明へと落ち着いた。
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(哀れだなァ……)
所信証明を聞いて、一方通行は同情していた。
上位の貴族達の集まり、賢人会にだ。
王によって一番影響を受けるのは実際に国を運営している賢人会である。
故に賢人会からすればこの王選は出来レースであることが望ましかった。
自国の者同士でのこの政治的争いは下手すれば国が割れかねないものである。よしんば速やかに終わったところで国が多少なりとも疲弊するのは間違いない。
そんな状況で、大本命クルシュが「竜の盟約を忘れてもらう」と言い出した。
そもそもが竜の盟約を保つために巫女候補から王を選ぶ、という話にも関わらず、この発言である。いくら言っていることが立派でも、理想的でも、王たる器があっても、この状況でクルシュを王にするのでは本末転倒だった。それでもクルシュを支持する者が絶えないのはクルシュの器故か。
賢人会としてはたまったものではないが。
そしてクルシュを本命とすれば対抗と言えるプリシラ・バーリエルも「この世界、妾の都合のいいことしか起こらない」と言いだす辺り、正気とは思えなかった。少なくともまともな人間でないことは確かだろう。
(頭がおかしくなきゃァ、巫女候補になれないってかァ?)
笑えねェなァ、おィと一方通行は心の中で続ける。
そんなこんなで本命、対抗本人達が率先して支持者を篩にかける中、大商人たるアナスタシアの方針は幾分か、まともなものだった。十年近く金に困り、なお悪化を続けるルグニカ王国の財政をなんとかする。それがアナスタシアの出した方針だ。最下級の出とか、他国の人間だとか、その根底にあるものが国を自分の物にしたいだとか越えるハードルが少し多すぎるが、金で国を買い取るようなこのやり口なら、大穴としては成立しうるだろう。それでも、アナスタシアに賭けるのは博打が過ぎる話なのは間違いない。本命対抗が支持者を落としても堅実な方法では支持者は増えまい。
ただ、最も支持者が増える余地がないのはハーフエルフたるエミリアだろう。推薦するは近衛騎士ではなく宮廷魔術師筆頭のロズワール辺境伯。亜人及び亜人愛好家辺りからは支持されるだろうが、それ以外の支持者は絶望的と言ってもいい。賢人会を脅し、公平であることを要求するなど手段も本人も推薦人も無茶苦茶なのはともかく、最低限の王の器を示したとして、その後どうやって王になるつもりなのか、一方通行にも、真っ当な手段では見当がつかなかった。
(考えられとるすりゃァ――)
――候補者の皆殺し、かァ?
皆殺しは極端だとしても、何らかの手段で候補者のほうを落とす腹積もりにしか見えない。特に後援者のロズワール伯が。
(まァ、好都合かァ)
一方通行は王になる気はない。故に本命を落とされたらある意味困るが、自身に仕掛けてくれるのであれば望むところである。ファンタジーな殺し方から何か学べれば万々歳だった。ついでに本命、対抗辺りを監視し、暗殺(?)から救い出し、ファンタジーを学べば恩も売れて一石三鳥である。
そして、最後の候補者一方通行の出番が来た。
「それでは一方通行様。よろしくお願いします――騎士、ラインハルト・ヴァン・アストレア! ここに!」
現在の進行役を務めている近衛騎士団団長、マーコスが最後の候補者の名前を呼ぶ。
「あァ」
「はっ!」
一方通行の乱暴な返事に、ピクリと眉を動かすのはリッケルトだ。これまでのやり取りを含め、矢面に立って発言している文官の一人である。キツイ言葉が目立つが、クルシュが有象無象とは違うと評価しているようにまともな感性を持った文官だ。それ故に一人残らず型破りな王候補へ一貫して非難する立場を取っていた。
「では、名前や徽章に触れた経緯などお話し願えますかな?」
そう口に出したのはマイクロトフ・マクマホンだ。
賢人会代表を務め、この所信表明でも主な対応はマイクロトフが行っている。
「あァ。
オレの名は一方通行。
察しの通り、本名じゃァねェ」
「ほぉ、偽名で王選に登録しているとは。
何か特別な理由でもあるのですかな?」
「俺も覚えてねェってだけの話だ」
そのふざけた返答にリッケトルがキレた。
「ふざけているのかッ!
自身の名前を忘れるなど、記憶喪失だとでもいうつもりかッ!?」
文官を代表したその言葉に、周りも頷いていた。
それに対し、一方通行は淡々と話し始める。
「いいや。
ただ、おれァ幼いころから今の今迄能力名でしか呼ばれてこなかった。
その結果だなァ」
「能力名?」
一方通行は簡潔に説明する。
神の知識を手に入れるためにとある実験が行われていて、自身はその被検体なのだと。
その副産物として手に入る力が能力と呼ばれ、その能力名が一方通行であり、今はその能力名を名乗っていると。
「随分胡散臭い話だな」
リッケトルの言葉に、ラインハルトが口を挟む。
「横から失礼します。
その能力についてはつい先日検証を終えています」
「む……」
「マーコス団長以下近衛騎士10名、及び宮廷魔術師20名を、模擬戦にて一方通行は単身で撃破しています」
息を呑むような沈黙の後、一斉にざわつき始めた。
「バカな……」「加護、か?」「戦力としては素晴らしいが……」「むしろ騎士に取り立てた方が」「あんなチンピラが騎士になどなれるものか」「だとすれば剣鬼の再来だな」
勝手なことを呟く彼らの頭に浮かぶのは、幼いころのテレシア・ヴァン・アストレア。かつて、加護の重さに耐えられず、引きこもりだったテレシアは線が細く、肌が白く、髪はぼさぼさの酷い状態にあった。それでもなお、剣聖の加護を持ったテレシアは恐ろしく強かった。騎士を一太刀で倒せる程に。
そんな当時のテレシアの姿や実績が、今の一方通行に被る。
「加護や魔法でないことは……」
「はい。
加護でないのは私が確認しております」
ラインハルトは『審判の加護』で他者の加護を確認することができるのだ。
魔法かどうかはマナの動きで容易に分かる。
悔しそうなリッケトルを横目に、マイクロトフが話を進める。
「なるほど。
名前の方は分かりました。
して、徽章に触れた経緯は?」
男にしか見えない一方通行がどんな経緯で徽章に触れたのか?
それは皆が気になっている部分でもある。
衣装が男物だが女なのだろう、と思っている者も多かった。
実際、今のところラインハルトは明言していないし、だれもそこに言及していない。
一方通行が女であるのなら、男なのか、と聞くのはとても不敬な発言に当たる。仮にも王候補であるのだ。
その質問にはラインハルトが続けて答えた。
「住む場所のない者は、未だ徽章による判別が済んでいません。
中でも男の恰好をしているものならなおさら」
その発言にやはり一方通行は女なのかと、納得するような表情が散見された。
「なるほど、ラインハルトなら加護で男女の区別がつく。
これなら今迄見つからなかったのも、うなづける話ですな」
一方通行は何も言わない。
ラインハルトも嘘はついていない。
ただ、勘違いされるような発言をしただけだ。
「ふん。
それで、住む場所すらない浮浪児が、力さえあれば王になれるとでも思ったか?」
「一方通行様は力だけではありません。
現在の王の仕事をそのまま継げるだけの才能を持ち合わせております」
リッケルトの挑発染みた発言に、ラインハルトが小気味よく返す。
「なに?」
「前王の教育係からのお墨付きです」
「…………」
そこで黙り込んだのは一方通行の優秀さ故、ではない。
そもそも前王に難しい仕事など、ない。
ルグニカ王国に置いて、極論を言えば王は何もしなくていい。
王がおらずとも問題なく運営されている今の国を見てわかるように、元々この国の運営は賢人会が取り仕切っている。王はできるだけ仕事をしないでほしい。それが紛れもない賢人会の多数派意見だ。
何か危機が起これば龍が解決してくれる。
普段の国の運営は選ばれたエリート達、賢人会が行う。
王族に求められるのは龍の巫女としての能力のみ。
男である王に求められるものなど、いつかの王のように愚行で財政を傾けたりしないことだけだ。
それでも、前王の教育係から認められたというのは、浮浪児扱いされている一方通行には必要な評価だった。
ラインハルトは言葉を続ける。
「そして、一方通行様には能力を得るために必要な技術をすべて提供する準備があります」
「ふぅむ、能力とは技術さえあればだれでも得られるモノなのですかな?」
「いやァ、手に入る確率は4割だなァ」
マイクロトフの質問に一方通行が答える。
嘘はついていないが、事実でもない。
「おぉ!それは素晴らしい」「だが、一方通行様はこの国のものだろう?」「なら、王にならずとも技術提供は強制すればよいのでは?」
「あァ?
王になれねェのに技術を提供するなんざありえねェな」
王になる気がない一方通行はそれを感じさせないほど自然に啖呵を切る。
「それが、次代の王の命令であってもですか?」
「あァ、オレはこの国に拘ってないしなァ」
「なるほど」
今迄この国に保護されてなかった浮浪児、しかも実験体となればルグニカ王国に対する愛国心など期待するだけ無駄。そう納得した彼らだが、実際には少し違う。そもそも一方通行はこの国の人間ではない。
だが、一方通行達はやはり嘘を言っていない。
そこでマイクロトフが意地悪な笑みを浮かべて問いかける。
「しかし、それでは一方通行様が王になったとしてもルグニカ王国をまともに運営してくださるか疑問ですなぁ」
「それについては私が保証しましょう」
まるで打ち合わせていたかのようにラインハルトが口を挟む。
続けてラインハルトは告げる。
「代々剣聖を輩出してきたアストレア家が、そして剣聖たる私、ラインハルト・ヴァン・アストレアがここに宣言します。
一方通行様が王になった暁には賢人会の意向を第一とした上で、公約として掲げる技術の提供をしていただくと!」
この宣言には皆もざわつかずにはいられなかった。
今まで王国に、剣聖達が捧げてきた功績はあまりにも大きい。
この宣言を信じないわけにはいかないだろう。
そして、候補者の中で唯一賢人会を尊重、どころか第一とすると言う。
財政問題も提供される技術内容によっては何とかなってしまうかもしれない。
表面上だけの話をするなら、一方通行は浮浪児たる最低階級の者が王になるために必要なハードルも全て越えているように思われた。
他の候補者を考慮すれば、ある意味一番まともな候補者にすら見える。
あくまで他の候補者がおかしすぎるだけとも言えるし、一方通行達が王国を詐欺に掛けているとも言える。
それでも、この場に集まる皆に、一方通行が王になってもおかしくない、と思わせることには成功していた。
この宣言を最後に、一方通行の所信表明は終わり王選の開始が宣言される。
一方通行が男であるという問題を誰にも悟られず、王選は始まった。
そしてラインハルトの企みも、一方通行は知らない。
各々の思惑が絡み合い、誰もが自身の勝利を疑わない。
それでも勝者は一人。
期限は3年。
神龍ボルカニカの前で、王は、すべては決まる。